一颯と帆岳
「やっぱ俺達、目立ちますかね〜。矢杜衆支給のこの外套がいけないっぽいですよね〜」
商館周辺の街頭チェックを命じられた帆岳は、道行く人々から送られる視線を受け流しながら、薄汚れた外套に目をやる。
「目立っているのは、君だろう。北の民族に長身は多いが、それでも二メートル以上は普通じゃない」
「一颯さんだって、平均よりも高いですよ」
「君の横にいれば、僕だって子ども並だ」
「どんだけ俺をでっかくする気ですか〜」
「潜入任務ってわけじゃないから、人目に付くことは構わないけれど、確かに目立ちすぎだな。商館が多いこの区域は昼は人通りも多いし」
一颯は道を挟んで両側に並ぶ重厚な建物と、そこに出入りする人々に、不自然ではない程度に視線を走らす。
商館が多いだけに、異国の者の姿もよく見かける。けれど、誰もが一見して金銭にゆとりがあることがわかる、きちんとした身なりをしている。真鳥が気に掛けているソムレラの少数民族の姿はない。もちろん盗賊など明らかに裏家業と思われる者たちの影もない。
どう見ても、自分たちの方がこの場に相応しくない。
一颯は、最初にキャラバンを襲った盗賊との戦闘後から考え続けている問題に心の目を向ける。
あのとき真鳥は、何かを掴んだのではないだろうか。
何の根拠もなく、少数民族の動きに注意せよとは言わないだろう。
けれど、その根拠の説明は一切なかった。
真鳥自身もまだ漠然としているのか、あるいは自分たちには言う必要もないということなのか。
マウリとは何か話していたようだが、仲間である自分たちには、何の話もしていない。
一颯の心がざわりと揺れる。
一颯にとって、真鳥との任務はこれが二回目だ。
それだけの時間しか一緒にいない。
まだ、完全には信用されていないってことだろうか。
だから真鳥はすべての考えを共有してくれないのだろうか。
そこまで考えたとき、ふいに一颯の中に、前の任務で知り得た真鳥が顔を覗かせる。
けっして多くを語る人ではなかった。悩みも葛藤も、自分の胸のうちに閉じこめて、一人でなんとかしようとする人だった。
けれど、自分が伸ばした手に、彼は応えてくれた。
十日ほどの任務。
けれど、自分は真鳥のことを知っている。
きっと誰よりも……。
そんな自信がどこかから湧いてくる。
つい今し方の、まるで子どものように拗ねていた自分に、一颯は自嘲する。
真鳥がすべてを話さなくても、彼の考えを自分なりに分析しサポートする、それが副リーダーである自分の仕事であるはずだ。
真鳥との任務で、今さら、何を疑い、迷うことがある?
一颯が再度、自分の立場を認識する。
「渡会さんは、リーダーとの付き合い、長いんですか?」
ふいに帆岳が尋ねてくる。
まるで一颯が考えていたことを読んだようなタイミングだ。
「帆岳から見て、どう見える?」
「渡会さんとリーダーの間には、俺たちには無いもんがありますね。幾度も生死を共にしたことがあるような」
帆岳の読みの鋭さに、一颯は感心の色を示す。
「プライベートの付き合いはないけれど、それなりに理解していると思うよ」
ほんの数分前の自分なら、「付き合いなんてない。一度、同じ任務に就いただけだ」なんて言いかねなかっただろう。思い出してよかったと、胸の内で安堵する。
「あの人、いつもああなんですか?」
「ああっていうのは?」
帆岳が言いたいことはなんとなく予想できるが、敢えて問うてみる。帆岳が真鳥のことをどのように見てるか、興味があるからだ。
「言葉が欠けてるっていうか、思うことはあっても絶対に外に出さないっていうか」
よく見ている。
手操帆岳という男は、長身で体格が良く体術に優れているが、それだけではない。陽気な彼は、誰とでもすぐに打ち解けていく。それは、彼が人をみる能力に長けているからだ。相手に自然に自分を合わせていくことができる。自分を主張しすぎることはない。気付いたら仲間に入っている。一颯は帆岳の人柄をそう分析する。
そんな彼でも、真鳥とはまだ打ち解けていない。後から知り合ったキャラバンの方がよっぽどか会話が多い。
それほどまでに、真鳥は他人に心を開いていないということだろう。
「だからって、リーダーへの信頼感がなくなるわけじゃねえけど、損してますよね」
帆岳は、まるで独り言のようにそう続けた。
「奏羽のことかな?」
一颯は、帆岳が敢えて言わなかった彼女の名を出した。
帆岳は、ちょっとびっくりしたような顔で一颯をみたが、すぐにいつもの優しい笑みを浮かべて語り始めた。
「奏羽のやつは、まあ昔からの知り合いなんですけど。物事をはっきりさせたいタイプなんで、あんな風に濁されるとダメなんですよ。自分は信頼されていないって思い込んじまう。そうすると余計に固くなっちまう」
「ほんと、よく見ているね」
それは、一颯の本心からの言葉だった。
「俺のは職業病みたいなもんです。この仕事やってるうちに、自然に身についたっていうか。でも、見えるだけで、何もしてやれてないんですよ」
それは、帆岳の、自分の能力が足りていないことに対する不甲斐なさの告白だった。
自分の弱さをさらけ出してまで、一颯に話を持ちかけてくる帆岳の気持ちが、一颯にはよくわかる。
「君は奏羽のことをとても大切に想っているね」
「仲間ですからね」
そう言った帆岳の横顔がすごく優しい。
男女のバディというのは珍しい。
大抵は、幼なじみであることが多い。
この二人もそうなのだろう。二人のやり取りや距離感からは、男女の関係はまったく感じられない。
そこにあるのは確たる信頼だけだ。
一颯は小さく笑む。
「何もしなくていいんだと、僕は思う」
「何も、ですか」
「こういう問題は、他人が介入しても無駄だろう」
「でもチームとしての纏まりに影響が出るじゃないすか」
帆岳の疑問に、先日の真鳥との遣り取りを思い出した。
「先輩は、そんなことを求めてはいないよ」
「は?」
帆岳が聞き返す。
「仲良しチームなんていらない、そんなものを求めてはいないと言っていた」
「リーダーがそんなことを? じゃあ、あの人は俺たちに何を求めてるんですか?」
一颯は帆岳を見て、小さく笑う。
「実はそれ、宿題なんだ。解らないと言ったら、お前は知っているはずだってね」
「……一筋縄ではいかない相手ですね」
ううむと帆岳が唸る。
「だからといって、信頼がないわけじゃない。君の言葉だ」
「はい」
「言葉は少なくても、僕は先輩を信じているし、先輩も僕を信じている。そう思っているよ」
「……渡会さんも、だいぶリーダーのこと、好きですよね」
さっきの仕返しなのか、からかうような響きで呟かれた帆岳の言葉に、一颯は笑って答える。
「大切だよ、とても……」
けれどその言葉は、二人の無線機があげた叫びに掻き消される。
「カシットの姿が見えませんっ! どこにもいなんです!」
真鳥は、他から謎めいて見られていますが、圧倒的な存在感を部下に示してリーダーとしての立場を確立しています。
命の遣り取りをする任務に就いている以上、リーダーの命令は絶対です。
1人でも足並みが揃わなければ、チームは瓦解してしまいます。
それを防ぐために、真鳥はリーダーの立場をきちんと確立しておかなければならないのです。
勿論、一颯のサポートがあるからこその部分も有ります。(一颯と帆岳がそれぞれ緩衝材となっていますが…)
真鳥にしても、一颯にしても、今回の新規加入チームの2人も、まだまだ距離感を測っている状態です。
そんな状態でも任務に支障をきたさないのが上級矢杜衆なのです。
ただ、帆岳が心配している様に、性格的に割り切れない部分があるとスッキリ出来ない奏羽のモヤモヤを晴らすのは、奏羽の思い次第なのです。
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