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岩壁のシラル

 木々や丘が段々と低くなり、冷たい空気が一層乾いてくると、見える景色も茶色からさらに色が抜けて枯草色へと変化していく。

 街道沿いには、灌木の代わりに大小様々な岩石が転がり、時に巨大な岩が直進を阻むので、街道は左へ右へと迂回しながら続いている。

 盗賊にも狙われ易い地形だが、四人の矢杜衆がキャラバンの前後左右、つかず離れずの距離を取りながら、時に岩などの上からの監視を続けているので、それらしい気配はあっても襲撃に出てくる者はいない。


 ジジっ


 真鳥のイヤホンが音をたてる。


『左前方に五人ほど隠れています』


 一颯からの報告だ。


『武器は?』


 しんがりを務める真鳥が問う。


『斧とか鉈とかですね。飛び道具はありません。盗賊にしてもレベルが低そうです。格好からすると、彼らもソムレラの少数民族のようです』

『またか』

『最近、この国の辺境は生活が厳しいそうです。特に少数民族が虐げられていると、ヴァレ商会の方たちが言っていました。村全体が協力して、見よう見まねでキャラバンを襲ったこともあるそうです。軍の制裁を受けたそうですが』

『軍が動くのか? 盗賊に?』


 奏羽の説明に、帆岳が割り込む。


『ええ。それも皇族直属の軍だそうです』

『なんだ、そりゃ?』


 帆岳と奏羽のやりとりを聞きながら、真鳥はキャラバンを遠巻きに見送る盗賊たちに意識を集中する。

 根っからの盗賊たちもいるが、昨日襲ってきた者たちといい、少数民族が多い。ここ五年分の護衛任務の報告書に目を通したが、少数民族が関わる襲撃はこれまではなかった。


 国が乱れるとき、貧しい者たちから荒れる。


 どこかでそんな話を聞いた。

 何もない綺麗なだけの国などないだろう。イカルでさえ、矢杜衆と議会は常に対立の構図を作っている。

 ソムレラ国であれば、なおさらだ。

 ソムレラ国の現皇帝は高齢だ。皇帝には、二人の息子と二人の娘がいる。彼らももう立派な大人で、皇太子である長男は、皇帝以上の切れ者という噂である。

 なにが起こってもおかしくはない。

 ソムレラ中央の悪い噂はまだ聞かないが、矢杜衆の耳に入ってこないだけで、この国の変化はもうとっくに始まっているのかもしれない。


 真鳥がそこまで考えを巡らしたときだ。


『先程の五人組、引いていきます』


 再び、一颯から報告が入る。


『昨日の襲撃の結果が伝わってんじゃないですかね〜』


 帆岳が呑気な解説を無線で流す。


『いや、街に近づいたからだ』


 その日の朝、遠く地平線の横一杯に広がってみえていた岩山が、キャラバンの目の前に立ちはだかる断崖絶壁となって迫っている。

 人間ではとうてい登れないだろうと思われる絶壁は、幾筋もの地層を含み、人工物と見紛う不思議な幾何学的模様を創り出している。その迫り来る高さとどこまでも横に広がる幅が、近づく者を威圧する。自然の要塞だ。


 その頂上から、猛禽類と思われる大きな鳥が飛び立つ。

 まるで飛び降りたかのようにまっすぐに地上へと向かい、すれすれのところで大きな翼を広げ、再び上空へと滑空していく。


『すげえ〜』


 キャラバンの右側を守る帆岳が、大きな鳥と巨大な岩壁を見上げ、感嘆の声をあげる。

 その岩壁に幅十メートルくらいの亀裂が入っている。その入り口に検問所があり、街道は亀裂の奥へと続いている。

 奏羽も初めて見るこの風景に、声を奪われている。


『ソムレラの南の玄関口、シラルだ』


 真鳥の静かな声が、矢杜衆たちの無線機に流れた。



 砂と岩に被われた街、シラルは、絶壁の割れ目を抜けた向こう側に広がっている。

 イカルの首都ルーの半分くらいの街で、人口は二万。土地が痩せているためあまり農業には向いていないが、この地を取り囲む岩山の一部は鉱山となっている。主要な鉱物は金だ。

 絶壁の内側からみると、岩壁には大小の穴が開いており、そこへ登るための階段が用意されている。この街を外敵から守るための要塞の作りになっている。

 街の中心部には古い石造りの寺院が建っており、街全体を見下ろしている。どこか威圧的に見えるのは、その塔の天辺に、この国の皇族を示す紋章が刻まれているからだろう。

 ソムレラでは、皇帝は神の子である。人々は、神の代理でもある皇帝の定めた教典に従って生活をしなければならない。背いた者は、治安部隊に捕らえられる。


 マウリ・ヴァレ・キャラバンは、街の中心部にある商館へと、石畳の道をゆっくりと進んでいく。

 市場が引ける時間なのか、荷を背負った人や荷馬車などが賑やかに行き交う。

 中心に近づくほど、家よりも店が増えていく。砂漠の街とは思えないほどの瑞々しい野菜を並べているところもあれば、この街の特産である貴金属を加工する店や、昼時のいい匂いを漂わせる食堂もある。道まではみ出したテーブルは、街で働く男たちですでに一杯になっている。

 外の荒れた岩と砂だらけの土地とは対照的に、街には活気があり、そこで暮らす人々の生活も、イカルとなんら変わらないように見える。


 真鳥たち矢杜衆は、キャラバンの後ろについて、ゆっくりと歩く。

 盗賊が出るのは街の外だったため、街の中で、上下左右からの警戒は必要ない。先頭は行き先を知っている熟練の者に任せ、目立つ行為を避け、最低限の注意を払うに留める。


 街に入り二十分ほど歩いたところで、キャラバンは大きな商館へと入っていく。

 賑やかな通りに面した大きな木戸は、彼らの到着を待つように開かれている。門を潜ると、そこは荷馬車が二十台は停まれるだろう広さの中庭となっていた。停めたばかりの荷馬車から、カシットが元気よく飛び出す。

 商館から、少し小太りの主とみえる男が、二人の男を引き連れて小走りで出てくる。


「マウリ! よく来てくれたね!」


 マウリを親しげに名前で呼ぶと、大きく手を広げてマウリと抱き合う。


「スルト、元気そうだ」


 マウリも、この主の肩を叩いて再会を喜んでいる。


「旅はどうだった? 今年はまた盗賊が増えたみたいだが無事だったかい?」

「今年もイカルに警護をお願いしてね。今年の四人はこれまでで最高のメンバーだ」

「たったの四人? 大丈夫なのか?」

「彼らは十人分の働きをしてくれているよ。うちの息子が惚れ込んでしまってね。自分も矢杜衆になるんだと言っているよ」

「息子? カシットか? 連れているのか?」

「息子も今年で十歳だ。キャラバンの仕事を覚える年齢だからね。カシット!」


 マウリが息子を呼ぶ。荷馬車を解かれた馬が馬番に引かれ、馬小屋へと運ばれていく。カシットは馬番に混じって、馬たちに草をやっていた。金色の髪をふわふわと揺らしながら、父の元へ駆けてくる。


「ご挨拶を。私の友人のスルト・フェーベだ。同じ大学に行っていたのだよ」

「お父様のお友だち?」


 カシットは物怖じせずスルトに向かうと、「はじめまして、カシットです!」と大きな声でハキハキと挨拶をした。


「はじめまして。キャラバンの旅はどうだったかな? その腰に下げている格好いい剣はどうしたの?」

「すっごく楽しい! これね、矢杜衆のお姉ちゃんに作ってもらったの! ぼくも矢杜衆になって、キャラバンを守るんだ!」


 褒められた剣を掲げ、勇ましくカシットが宣言する。


「これは頼もしい」

「好奇心ばかり旺盛でね。どうやら母親に似たようだ」


 マウリは息子の言動に苦笑しながらも優しい目をして言った。


「いやいや、顔は奥方にそっくりだが、好奇心は君じゃないか」


 マウリとスルトが、声をあげて笑う。


「中へ入ってゆっくり話を聞かせてくれ。他のみんなにも部屋を用意するよ」

「ありがとう。カシット、みんなの邪魔をしてはいけないよ。外には出ないように」

「はい、お父様!」


 カシットは、荷下ろしを始めた男たちの間をすり抜けるように再び厩の方へと駆けていく。

 マウリの側に、真鳥がすっと近づく。


「ヴァレさん、我々は念のため周囲をチェックしてきます」

「そうですか。お疲れの処、申し訳ない。終わったら八束さんたちも商館へどうぞ。スルトが部屋を用意してくれている。久しぶりの宿だ。今夜はゆっくり休んでください」

「ありがとうございます」


 マウリを誘って商館へと入っていくスルトを見送ってから、真鳥は一颯たちが待つ中庭の片隅へと足を向ける。


「疲れてるところ悪いけど、一応、周囲をチェックしておきたい」

「やっぱり街も安心できないですか……」


 一颯がちらりと辺りを見渡しながら言った。


「街に盗賊は入って来られないのでは? 亀裂のとこにあった検問所、すごく入念でしたよね。木箱の一つ一つをチェックしていたし」


 盗賊なんて入れる隙がどこにあったんですか? という反論が、奏羽の言葉には込められている。


「ちょっと気になってね。念のためってことで……ここを中心に半径五百メートルくらいでいい。一颯と帆岳は周囲を歩いてみてくれ。オレは上からいく。特に少数民族の人たちの動きに注意して。道中一緒だったやつらが紛れてないかどうか気をつけて。奏羽にはここを任すね。何かあれば無線機で連絡して」

「了解」


 一颯と帆岳が街の雑踏へと消えるのを見送ると、同時に真鳥の姿も消えている。

 奏羽が見上げると、すでに商館の屋根の上にいる。そのまま隣の建物へと軽々と飛び移る。外套を纏った姿だからか、まるで白い鳥のようだ。

 昨日の戦いでも感じたが、やはり伊達に杜仙ではないのだと思わせる身のこなしだ。街の人たちは、自分たちの頭上にいるあの男に気づきもしないだろう。

 けれど、街中でこれほどまでに警戒する必要があるのだろうか。

 気になると言うだけで、その根拠を詳しく告げてはくれない真鳥に、奏羽は焦れるようなもどかしい想いを抱えたまま、大きくため息を吐く。


「奏羽おねえちゃーん!」


 カシットの奏羽を呼ぶ元気な声が、商館の中庭に響いた。




今日もお読みいただきありがとうございます。

次の更新は明日(11/5)を予定しています。

よろしくお願いいたします。

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