襲撃(2)
「マウリさん、来ました」
御者台に座るマウリに、荷台から帆岳が声をかける。
「えっ! 何が来たの?」
マウリの隣に座っていた少年が勢いよく立ち上がり、帆岳を振り向く。
「カシット、静かにしていなさい」
落ち着きのある声で子どもを諫めるのは、このキャラバンの主、ヴァレ商会の長であるマウリ・ヴァレだ。年齢は五十を過ぎたところで、北の国の上流階級特有の金の髪と碧い瞳に、落ち着いた容姿を併せ持つ。貴族出身の母親から受け継いだ滑らかな金糸の髪は長く、後ろで一つに纏められている。長髪に銀縁の眼鏡は、商人ではなく学者を思わせる容姿だ。
マウリは、ソムレラで最大の医療品を扱う豪商、ヴァレ商会に生まれながらも、自分でも薬の勉強を続け、自国での生産ができないかと日々、研究を重ねる研究者肌の商人だ。
だが、商人としての資質は先代である父親からしっかりと受け継いでいる。商会の者は、先代同様、マウリを慕い、マウリと共に、イカルとソムレラを行き来する。
このキャラバンが、この冬最後の行商となる。ここから先は、ソムレラは雪に閉ざされ、国から出ることも入ることも難しくなるためだ。冬の間の医療品を、ソムレラ国内の街に届けることが、このキャラバンの目的だった。
「数は二十四。烏合の衆ですが、念のため、息子さんは荷台の木箱に入ってください。キャラバンはこのまま進めますので、間を開けないよう、前の荷馬車に続いてください」
「わかりました」
帆岳の指示を了解する。
「カシット、後ろに行きなさい」
「え〜、やだよ! ぼく、ここにいる! 盗賊が来たんでしょ?」
「カシット、これは遊びではない」
「わかってるよ! だからぼくもお父さんと一緒に戦うんだ!」
少年は、落ちていた枯れ木で奏羽が作ったおもちゃの剣を右手に、空に向かって高く掲げる。そんな少年を、帆岳がひょいと抱きあげる。
「ならおまえにも任務をやろう、少年」
帆岳は真面目な顔で抱えたカシットに目を合わせる。
「ほんとに?!」
「ああ。おまえの任務は、この木箱の中の薬を守ること。万一、俺たちが倒されても、おまえがいれば、街の人に薬を届けられる。ここが最後の砦だ。重要な任務だ」
「わかった!」
帆岳は片手でカシットを抱いたまま、木箱のふたを持ち上げる。中にはさらに小さな木箱がいくつか入っているが、子ども一人が入る隙間は十分にある。
「蓋は押せば開く。が、任務完了の合図があるまで、開けるなよ」
「了解です!」
箱の中からカシットが元気よく答える。
「任せた」
帆岳は蓋を閉めると同時に、荷台から愛用の長槍を持って飛び降りる。
自分の持ち場はキャラバンの右手だ。斜め後方、キャラバンの向こう側に奏羽の後ろ姿が見える。敵二人に向かい、まっすぐに走っていく。両手に握った小刀が閃く。
「相変わらず器用だねぇ」
起用に両手を使い、次々と敵を倒していく自分の相棒をみやる。
「さあて俺もやるか! 安らかな眠りを覚ましてくれた礼はきっちりしないとな」
槍先を鞘に収めたまま、帆岳はじりじりと距離を縮めてくる盗賊たちへと、ゆっくり歩いて行く。
「三人目」
奏羽の前に汚い身なりの男の身体が三つ、転がっている。
無謀にもまっすぐに向かってきた一人目は、奏羽がキャラバンの防衛ラインの位置にしかけた少量の爆薬によって吹っ飛んだため、その身体は部分的にしか残っていないが。
それを見た若い二人が、獣のような咆吼をあげながら猛然と襲って来た。小刀を両手に軽く握り、無表情のまま相手の懐に飛び込む。男たちは、何があったかわからないまま、乾いた土の上に崩れ落ちる。
息一つ、乱れてはいない。
数さえあれば、奇襲が成功すると思っているような盗賊は、自分たちの相手ではない。
ただ、倒した男たちの身なりと容貌が気になる。
ソムレラの標準的な服装とはだいぶ違うのだ。縁に刺繍とひだのついたポンチョに、なめした皮を編み上げた靴。その肌は、北の国特有の白ではなく褐色だ。
明らかにソムレラの少数民族の姿だ。
ソムレラには、身分制度が存在する。皇族、貴族、学人とそれ以外だ。身分が上になるほど、その容姿も金髪碧眼に白い肌と、その特徴は強くなる。しかしこの国には、身分制度にも入らない、さらに下層の者立ちがいる。それがソムレラの辺境に点在して生活する少数民族だ。
彼らは褐色の肌と黒い髪を持ち、荒れた土地に住み、貧しい生活を強いられている。ソムレラの現皇帝の御代になってから、少数民族への規制はより強くなった。街への出入りを禁じられ、より貧しい土地へと追いやられている。
そんな政府に反発し、独立を叫んだいくつかの民族は、軍により完全に消去されたという話も聞く。
「荒れているのね」
今、戦いの場となっているこの荒野よりも、この国は荒れているのだと、奏羽は肌で感じる。国の根本のところが、荒み、悲鳴を上げている。盗賊団に入りたくなるのもわかる。
「でも、それとこれとは別」
哀れな男たちに向かい、奏羽は同情の眼差しを一片だけ送ると、瞬時に次の行動へと移る。
怯んだ男たちが三名、奏羽を遠巻きに、僅かに後退を始めている。
「任務は完璧にこなすのが私のモットーなの」
二本の小刀が僅かにふれ合い、澄んだ音色を奏でる。
「で、リーダーは誰?」
「お、俺、だっ!」
震える声に、さっきまでの威勢はない。
真鳥は、馬乗りになった男の首筋にぴたりと刀を当てて男を上から覗き込む。すでに幾つもの血が男の首筋を伝っている。
真鳥が顔を近づけると、男は嫌々をするように首を振った。
「ダメでしょ。暴れたらまた切れちゃうよ」
「こ、このキャラバンは高価な医療品を運んでるからな。毎年、目をつけてるんだ!」
「ハイ、それ、嘘ね〜」
「ほ、本当だ」
「確かに、この盗賊団はあんたのかもしれないけどね。誰に頼まれたのか言ってみてよ」
「頼まれて、なんか、ないっ!」
「さっき、あっちにいる人が教えてくれたんだよね〜。お金で雇われたって」
真鳥の指が指し示す場所には、小柄な男が倒れている。
「ち、違う」
「誰? なんでそいつが直に来ないの? 来れないってこと? それってどういう意味なのかな?」
「知らない、俺は何も知らないっ!」
真鳥の下で、男は冷や汗と涙と鼻水を流している。
真鳥はひらりと男の上から立ち退くと、地に突き刺していた刀を抜く。父の愛用していた刀だ。普段は持ち歩かないが、戦闘任務や長期任務には持っていくようにしている。
「……?」
「行っていいよ」
「……あ?」
「オレがやらなくても、その誰かさんがやってくれるでしょ?」
真鳥の顔に張り付いた冷たい笑みに、男の身体が小刻みに震え出す。
真鳥は男に背を向ける。
刀を鞘に収めると、キャラバンの去っていた方へと走り出す。
金で雇われた盗賊団。
その構成員は明らかに少数民族の若者たち。
これは何を意味するのか。
本格的な冬が到来し、ソムレラが雪に閉ざされるこの時期、沢山のキャラバンがソムレラへと帰っていく。
中でも医療品を運ぶこのヴァレ商会は、盗賊団垂涎の荷を運んでいる。故にヴァレ商会は、毎年、高い料金を支払って矢杜衆に護衛を頼む。
けれど、これまでの報告書にはこんなケースは記されていなかった。
何かが裏で動いている。
真鳥の頭の中を濁った色のカーテンが覆う。真鳥はそれを取り払うかのように、軽く頭を振るう。銀の髪が一房、零れ落ちる。
真鳥の視界に、キャラバンが見えて来る。
すでに全員が戦闘を終え、ヴァレ商会の人とともに、今一度、荷の安全を確認しているようだ。
カシットはおもちゃの剣を振り回し、奏羽の戦いぶりを熱く語っている。どうやら木箱の隙間からのぞき見していたらしい。帆岳が肩をすくめている。
「先輩」
一颯が真鳥に気づく。
「遅れてごめんね。みんな、無事?」
「大丈夫です。先輩は?」
「問題ない……わけじゃないな〜」
「え! どこか怪我したんですか?」
「違う違う。怪我はないよ。気になることがあってね〜。ちょっとヴァレさんのとこに行ってくるよ」
ひらりと手を振って、真鳥は一颯の横をすり抜けていく。
「……はい」
少数民族が盗賊化しているという違和感は一颯も感じていた。それが、真鳥の一言で大きな不安へとその姿を変えていく。真鳥がマウリ・ヴァレの荷馬車の影に消えても、一颯は動けないでいた。
この先に深刻な事態が待っているのではないか。
ざわりとした予感が、一颯の動作を奪う。
「そろそろ出発しよう」
キャラバンの先頭を任されたベテラン案内人が、男たちに呼びかける。男たちは手慣れた様子で馬と荷馬車を繋ぐ革ベルトを点検し、御者台にあがる。
明日の昼までには最初の街に着かなければならない。
盗賊を倒したという興奮と歓喜に包まれる商会の男たちとは反対に、姿の見えぬ不安を抱えた矢杜衆四人を従えて、キャラバンは再びゆっくりと動き出した。
お待たせしました。
また日が開いてしまい申し訳ありません。
次は明日(11/4)更新予定です・・・(小声)。




