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襲撃(1)

『お出ましだよ』


 キャラバンと矢杜衆四人がイカルを出発して五日目の昼、イヤホンから定時連絡以外の真鳥の声が響く。


『やっとですか。この二、三日、ちょろちょろしてた奴らですね』


 キャラバンの先頭を進む一颯は、敵の来襲に少しも慌てた様子もなく、平然と答える。その動作にも少しの変化もない。彼の後ろに続くヴァレ商会の八台の幌付きの荷馬車と、換え用の馬二頭、そして商会の人々を警戒させないようにとの配慮だ。


 この数日間、ヴァレ商会のキャラバンの周辺を、昼夜を問わず怪しい者たちがうろつくようになっていた。盗賊団の偵察隊だ。


『隊長、何人ですか?』

『四方八方から、合わせて二十四』

『二十四っ!? そんなに? だからもっと早くに始末しておくべきだと言ったんです! 奴ら、こっちの警護が四人だって知って、頭数揃えてたんですよ?』


 奏羽の高い声がイヤホンを震わす。


『うん、それを待ってたのよ。纏めてやった方が一度に始末できてラクでしょ? 数だけ揃えれば、オレたちに敵うと思ってるとこがカワイイよね〜』


 真鳥の声は平常時とまるで変わらない。

 そんな彼に、奏羽の気が立つ。


『でも、二十四なんて……こっちは四人しか』

『大したことないでしょ。相手は矢杜衆じゃないんだから』


 真鳥の温度を感じさせない言葉に、奏羽に纏わり付いていたピリピリした気配が剥がれて消えていく。


 旅を初めて五日。

 自分はどうやらかなり気が高ぶっていたようだ。

 初めての敵来襲を前にして、取り乱してしまうほどに。

 それを真鳥の言葉が収めた。


 奏羽は状況を冷静に分析する。


 自分は矢杜衆だ。

 矢杜衆であった父を見て育ち、その姿に憧れ、自分もこの道を選んだ。幼い頃から厳しい修業を積み、一般の人間が持つことのできない特別な技量を身につけた。国を、そして民を護るために戦う者となった。戦うだけではなく、傷ついた者を救う技術も得た。

 二十七歳。

 リーダーである八束真鳥や、渡会一颯ほど若くはないが、矢影やえい四位として、その名に恥じない経歴を残している。


 昨日、キャラバンに纏わり付くように偵察していた盗賊団を、逆にこっそりと偵察した。何を考えているか、丸わかりの稚拙な行動パターンだった。


 確かに、そんな者たちが二十余り来ても、ここにいる矢杜衆四人の敵ではないわね。


 奏羽は大きく生きを吸い込む。


 真昼とはいえ、イカルの遙か北のこの平野では、冷えた空気は容赦なく肺を突く。その痛みが心地よく身体の中に広がると、すべての神経が外気と繋がり感覚器官の一つとなって、味方の位置、キャラバンの長さ、周囲から迫ってくる敵の気配を伝えてくる。

 頭の中がしんと冷える。

 戦う準備が整ったという合図である。


「だからって、すぐに信用できるってもんでもないわ」


 奏羽のつぶやきは小さくて、マイク内蔵超小型イヤホンには届かない。


『奏羽、帆岳を起こして。前から四番目の荷馬車で睡眠中だから』

『もう起きてますよ』


 奏羽の代わりに、帆岳の低い声が加わる。


『こんだけ耳ん中で騒がれちゃ、冬眠中の熊だって目が覚めます』

『寝るときはイヤホン外していいよ。きっちり眠ることも大切だからね〜』

『忘れたんですよ。これ、最新式でしょ? 小さくて、耳にはめてるってことも気づかないから。でもこんな真っ昼間とはね、俺たちもなめられたもんだ』

『だよね〜。じゃあ、そろそろ始めようか。一颯、先頭の人にそのまま馬を進めさせて。ヴァレ・キャラバンを率いてうん十年ってベテランだそうだから、彼が慌てることはないと思うけど。前は六来るよ』

『了解』

『帆岳、その馬車、マウリさんのだよね。カシットに荷馬車の中に隠れているように伝えて。子どもの見るもんじゃないからね。そのままキャラバンの右側を任せる。奏羽は左側ね』

『『了解』』

『キャラバンとの距離を七に保って。それ以上、近づいても遠くなってもダメだからね』

『早く始末して、もう一度、夢の続き見たいっすよ。南の温かい島での長期休暇の夢〜』

『バカ言ってないで、さっさとカシットを安全な場所に隠して!』

『……ドサッ……一人目』


 人が倒れる耳慣れた音と、真鳥のカウントが戦闘開始の合図だった。



「速度を変えずに、何事もなかったかのように進めて下さい。馬が暴れ出さないようご注意を」

「俺も馬も毎年、襲われてんだ。慣れっこだよ!」


 先頭の御者を務めるヴァレ商会の男は、毛皮に包んだ身体を振って豪快に笑って見せる。


「それにおまえさんたち、かなりやるんだろう? 矢杜衆の受付嬢が言ってたぜ。人数は少ないけど、質は去年の三倍以上を保証するってな」

「去年の三倍以上の質かどうかは分かりませんが、あなた方と積荷は必ず守ります」

「俺らはいいんだよ。自分の身は自分で守る。この荷物がちゃんと街に届けばそれでいいんだ」


 男は、荷台に収められた木箱に向かって顎をあげる。木箱には、矢杜衆の医療部門の焼き印が押されている。イカルの首都ルーでしか手に入らない貴重な医薬品だ。


「この薬を守ることはソムレラの人を守るってことだ。キャラバンってのはとびきりの戦士たちの集まりなのさ」


 一颯は、自分を戦士と呼ぶ誇らしげな男に向かい、穏やかな笑みを返す。


「頼もしいですね」

「おう! おまえらも頼むぜ!」

「はい!」


 次の瞬間には、男の視線の先で、一颯の全身を包むベージュの外套が翻る。

 雲間から申し訳程度にはみ出した陽光が、キラリと何かに弾かれる。

 一颯の直文刀が空を裂くように動く。


『二人目』


 四人の矢杜衆のイヤホンで、カウントダウンが始まる。



真鳥は第1章以降、仲間の矢杜衆からは遠巻きに見られてます。

理由として、彼が謎の存在だからです。

長の伐や副官の加内の弟子だという背景(この場合は保証人というのが正しいか)が有ったとしても、彼と実際に組んで仕事をした人間はごく僅か。

そして、外見はイカルでは珍しい銀髪で、犬神を従えている。

やはり怪しいと感じる人は多いのです。

そこで従えている犬神が偽物では無いかと思われないのは、巫女が犬神の存在を受け入れているからです。

国の宗主であり、心の拠り所であり、護るべき最大の存在であるイトゥラルの意向は矢杜衆にとって大きなものであり、彼女が犬神と真鳥を許容(というと語弊があるかもですが)している時点で、真鳥がイカルの国民であり、矢杜衆である事は揺るがないのです。

が、それと個人の感情や考えは別で、奏羽の様に違和感を感じる人間も多いのです。

その違和感は、クロウが一颯を生かす為に行なった世界への干渉で変化した(皆から真鳥に対する記憶が消される)事を、無意識に敏感に感じ取っている場合と、単に合理的な思考で『おかしい』と考える場合の2パターンに分かれます。

どちらにせよ、真鳥にとっては世界をたった独りで立たなければならない事実は変わりません。

その中での救いが、一颯の存在であり、犬神や巫女、伐、加内等ごく限られた人達なのです。


★★


昨日、更新できず、すみません。

いつも読んでくださってありがとうございます。

次の更新は明日(11/1)の予定です。

よろしくお願いいたします。

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