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エプローグ(2)

 イカル国神殿。

 その入り口に、一人の矢杜衆が立っている。

 目の前には広大な広場が夏の太陽に照らされている。白い石畳が眩しい。広場の両脇にはずらりと木が植えられており、神殿に参る訪問者は日差しを避けてその下を歩いている。

 本殿は広場の先にある。

 そして、矢杜衆の青年が目指す場所は、本殿のさらに奥まったところにある。本殿まで徒歩五分。そこから様々な手続きを経て、女官の案内を付けた上で、入り組んだ通路や回廊を抜けて行かなければならない。


「暑すぎでしょ」


 矢杜衆の制服は黒。夏場でも基本は長袖長ズボンだ。ギラギラと容赦なく照りつける太陽から、制服がその熱を吸収しまくる。青年がぐいっと袖を捲り上げる。銀の髪をぎゅっと縛り直す。


「てかこんな任務、ないよねふつー」


 八束真鳥は遠くに聳える神殿を見上げて大きなため息をつく。


 真鳥と一颯がアカギから帰国して一週間が経つ。

 その間、矢杜衆長と加内への報告や報告書の作成をどうにか終えて、今回のアカギでの騒動に関わったことへの上層部の審議が行われた。

 元矢杜衆である臨也の関わりは真鳥も一颯も報告しなかったこともあり、そこまで深刻な問題には発展しなかった。しかし、全権使の館への不法侵入や、アカギの憲兵隊に捕えられた際に他の任務中の矢杜衆に身元確認のため迷惑をかけたことなど、看過できないことがあったため、審議中は自宅謹慎を命じられていた。


 今朝、矢杜衆長からの式により詰所に出頭してみると、呼ばれたのは真鳥一人でバディである一颯はそこにいなかった。

 矢杜衆長の執務室で、長の右腕の加内を前に、真鳥一人が、両手を後ろで組み姿勢を正して立つ。

 加内が手にした書類に視線を落とす。


『八束真鳥、この度の件の沙汰を下す。オルトゥスの代理全権使からの強い希望により処罰はないものとする。しかしその行為に矢杜衆として相応しくない行為もあったことは確か。よって本日より一週間、巫女の警護を命ずる』


 巫女の警護?

 ニリの危機は去ったはず。また新たな問題でも発生したのだろうか。


 真鳥の中でしばし考えが巡る。

 そんな真鳥の思考を読んだかのように、加内が任務の主旨を説明する。


『巫女の機嫌が悪い』

『は……?』


 了承なのか、疑問なのか、よくわからない声が真鳥から出た。

 執務室の窓枠に腰掛けていた矢杜衆長がくっと笑い声を立てる。それを加内が視線だけで制する。


『犬神様が現れなくて大変なお嘆きらしい。公務に影響が出ており、女官長からどうにかして欲しいと依頼があった。八束がいないと出てこないと巫女が仰っているそうだ』


 加内が説明を続ける。


『つまり、巫女が犬に会いたいからオレに神殿に来いと』

『犬神様だ』

『それ任務なんですか?』


 真鳥がそう言えば、即座に『任務だ』と返ってくる。


『巫女の公務をつつがなく進めるための重要な任務だ』

『はあ』


 気のない返事をすれば、『お前しかできんだろうが』と伐が口を挟む。


『好きで犬神を連れているわけではありませんよ。勝手に現れるんです』

『お前のとこにだけな』

『処罰はないと仰いましたが、これ処罰ですよね』

『お前がそう思うならそうなのかもしれないな』



 伐と加内がニッと笑う。

 真鳥は大きくため息をつくと、右手を左胸に当て、『この任務、承りました』と頭を下げた。


『少しは自重しろよ。目立つんだから』


 という矢杜衆長の言葉を背中で受けながら、執務室を出て受付であらためて任務書と神殿で発行された入館許可証を預かる。

 任務書を見ても巫女警護としか書かれておらず具体的な内容はわからないまま、今、真鳥は神殿の入り口に立つ。


 真鳥は後ろを振り返ってみる。そこからぐるりと自分の足下を探す。


「いないねえ」


 とりあえず、犬神の姿は見えない。

 最後に犬神を見たのは、いつだったか。


 誘拐された巫女を追った際の戦いの後、医療院を退院してから二日経ったその日、今日のように長から式が届き、神殿の中庭に行けと指示された。行ってみれば、巫女から『用? ないわよ』と言われた。

 子どもの我が儘に思わず目を見張った。

 そんな巫女と誘拐事件について話しているとふいに、巫女と真鳥の間に割り込んできたのだ。

 巫女が嬉しそうに抱きついていた。


 そんなに都合よく犬神が現れるかはわからない。

 が、現れようがなかろうが、日中、巫女の警護をするのが任務だ。

 矢杜衆たるもの、任務のえり好みは許されない。


「さて巫女様のご機嫌伺いに参りますか」


 銀の髪の青年は、強い日差しと熱を反射する白い石畳みに足を踏み出す。





「お土産」


 女官に案内でいつもの中庭に行けば、木陰に用意された椅子に座ってお茶を飲んでいた巫女が真鳥を見るなり右手を差し出した。


「は?」

「真鳥、アカギに行ってきたんでしょ? お土産ちょうだい」

「オレは任務だったんですけど」

「はい嘘。任務は二日で終わって、その後、休暇取ってたじゃない」

「どうしてそんなことを知っているんです?」

「あたしを誰だと思っているの? この国の宗主で、巫女で、民を導く者よ。あたしに知らないことはないわ」

「そんな偉い人なら犬神がいないくらいで拗ねて公務サボるとかやめてくださいよ。迷惑です」

「サボったんじゃないわ! 具合が悪かったのよ!」

「犬神に会えなくて布団の中で駄々こねてグズグズしていただけでは?」

「真鳥に犬神様に会えない日々の辛さが分かる?」

「さあ」

「そうよ! この寂しさは誰にも分からないのよ! だからお土産よ」

「だからと土産の関係がわかりませんが、そんなものはありません」

「なんで!?」

「オレが行ったのはアカギの田舎の方で田んぼや畑しかないところですよ」


 その瞬間、あの村の夕暮れ時の風がざっと音を立てて真鳥の全身を撫でていく感覚に囚われる。

 稲穂がついたばかりの稲を風が揺らし、山の向こうへと渡っていく風を追えば、山の端に瞬く星を見つける。

 どこからか香の匂いが運ばれてくる。

 弔いの香。

 乾いた土に、いくつもの雫が落ちて染みを作る。

 真鳥の服を掴み、叫ぶ。

 イーレ。


『あなたのせいで僕は! この日を! 死ぬまで! 悔やんで生きてかなきゃならなくなった! 村を救ってくれたあなたを、ラケルタと同じように恨み続けなければならなくなった!』


 イーレの声がはっきりと聞こえる。 


 この先、感謝など絶対にされないとわかっていても、イーレを止めることが正しいことだと思ったから。

 彼の憎悪はぜんぶオレが背負えばいいと思ったから。

 一颯がオレを止めたように、オレがイーレを止めた。


 あの日、あの少年は神を失った。

 家族を、家を、頼るものを失い、そして最後に信仰を失った。


 オレが、そうさせた。


 真鳥が指を握りしめる。


 かたんと小さな音がする。

 視線を動かせば、巫女が真鳥の側に立っている。


「真鳥」


 右手を差し伸べる巫女に、真鳥は苦笑する。


「だから土産なんてありません……て」


 真鳥を見上げる巫女の眼差しが変わる。

 静謐さと、慈悲と、慈愛に溢れる。


「手を」


 静かな声に真鳥の手が引き寄せられるように動く。

 巫女の手のひらに、真鳥の右手が重なる。


 巫女がその手を取る。

 もう片方の手が伸びて、真鳥の手を包む。

 柔らかな小さな手が、しっかりと握りしめる。


「真鳥、お帰りなさい」


 そう言って微笑んだ。


 その表情は、十歳の子どもではなかった。

 もっとずっと大人びた、先代の老齢の巫女のようにも見え、また同時に母親のようにも見えた。


 包まれた手から温もりが伝わる。

 温かくて、くすぐったい。

 真鳥の中にこびり付いていた罪悪感が、温もりに溶けて霧散していく。


 これを祝福というのだろう。


 真鳥は巫女に握りしめられた手を見つめる。

 祈り方なんて知らないけど、祈りたくなった。


 イーレに祝福がありますように。

 祝福が、彼を導いてくれますように。


 瞼を閉じて、あの夕暮れの村の風の中で、祈る。

 稲穂がざわめく音が聞こえた気がした。


「あ! 犬神様!」


 真鳥の手から一瞬のうちに温もりが離れていく。

 巫女がパタパタと駆け出す。

 振り返れば、白い犬の実体を伴った犬神に、巫女が飛びついているところだった。


「犬神様〜! 会いたかった〜! なんで来てくれないんですか。あたし、毎日ずっとここで待っていたのに。やっぱり真鳥がいないとだめなんですか! あ、真鳥なんだけど、隣のアカギに旅行に行ったのにお土産の一つもないんだよ! ひどくない? あ〜もふもふ。いい匂い〜」


 いつものように犬の首に顔を埋めて、一方的に喋りまくっている。

 犬神の翡翠の目が、ひたと真鳥に向けられる。


「なによ」


 真鳥が問えば、その瞳の色がより深くなる。

 ぜんぶを見透かす目だ。

 しばしじっと真鳥を見つめたあと、ぼそりと呟く。


『ご苦労だった。よく我慢したな』


 真鳥が目を見張る。

 そしてゆっくりと笑みを浮かべた。


 ここは神の庭で、この国で、あるいはこの世界で神に一番近い巫女がいて、犬神がいる。

 自分のいるこの場所は少しおかしいかもしれない。

 けれど、今だけはそれに感謝する。


「ありがとね」


 ようやくアカギへの旅が終わった気がした。

 真鳥の肩から力が抜ける。

 犬神が『未熟者め』と笑う。


 相変わらず土産がないと騒いでいる巫女に、犬神が『この者にそんな繊細で真っ当なことを期待しても無駄だぞ』と言っている。


「期待しても無駄とはなによ」

『無駄であろうが。お主にそんな甲斐性は無い』

「任務でお土産なんて買えるわけないでしょ」

『嘘をつくな。任務は二日で終わって、その後、休暇を取っておっただろう』

「だから! どうしてそんなことを知っているのよ?」

『神だからな』

「巫女だからね」


 犬神と巫女が同時に言い放つ。

 犬神と声が揃ったことに、巫女が笑い出す。

 犬神様の名を呼びながら、手はもふもふを止めない。


『いつまでそうしているつもりじゃ』

「え、ずっとだよ。もう二度と離さないからね。ずっとここにいてね」

『無理を言うでない。我は……おい、お主、我を助けよ』

「オレの任務内容に入ってないんで」

『この裏切り者』

「オレとオマエの間には信頼とか裏切るものなんてないでしょ」

「犬神様はどこで寝てるの? 寝るときはクッションと寝台とどっちがいい? 首輪は何色がいいかな〜」

『だから我は犬ではない!』


 ここは神の庭。

 神に近い巫女がいて、本物の神がいる場所。

 人間代表の真鳥は、一人と一匹のじゃれ合いをちらりと見て、今日もため息をついた。


(第2章完結。この後、第2章後日談をお届けします)


巫女の言うとおり、真鳥が居ないと犬神様は神殿には殆ど顕現しません。

偶には現れますが。


ちゃんと理由があるのですが、それは内緒です!



第2章完結しました。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

この後、第2章後日談をお届けします。

次の更新は明日(10/17)です。

よろしくお願いいたします。

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