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エピローグ(1)

 二人の矢杜衆が、山道を西へと歩く。

 同じ道を逆方向に通ったのは、一週間と少し前。

 そのときには、こんなに長い旅になるとは、どちらも思わなかった。

 任務を果たした帰り道の今、二人を襲う盗賊に出くわすこともなく、欠けてきた月の明かりだけ頼りに、もたもたと歩いている。


「先輩、ちょっとゆっくりしすぎじゃないですか?」


 一颯が後方を振り返る。


「オマエが怪我してるから痛いかと思って、ゆっくり歩いてあげてるんだよ」

「普通に歩けますよ」

「それはわかってるんだけどさ」


 真鳥が口の中でごにょごにょと言い澱む。

 一颯が腕と足に傷を負っていたことも理由の一つだが、イカルに戻れば一国を揺るがすような惨事のど真ん中でしでかした数々の行動について、矢杜衆長・伐と、その右腕の加内を相手に、言い訳をしなければならない。もちろんその後は、長い報告書を提出するまで、矢杜衆の詰め所を出してもらえないだろう。

 身元確認に来た矢杜衆は一颯と同じ杜仙三位だったが、上位である真鳥に対しても遠慮無く睨み付け「覚悟しておいた方がいいですよ」と言い切った。

 足も遅くなるというものだ。


 独り言のように真鳥は呟く。


「言い訳って、先輩……」

「だって言い訳でしょ?」

「理由ならあります。村が焼かれてたんですよ? そんなの放っておけるわけがないでしょう?」

「だったらさ、あの時点ですぐにアカギの憲兵隊に連絡すればよかったんじゃないの? アカギの問題なんだからさ、わざわざオレらが関与しなくてもいいでしょ? 彼らだって無能なわけじゃないんだから」


 真鳥がそう言うと、一颯が虚を突かれたような顔をした。


「はっ! そうでした……なんで思いつかなかったんだろう」


 そんな一颯が可笑しくて、真鳥がほっとしたような顔で笑む。


「まあ、矢杜衆が絡んでたかもしれなかったからね……」

「そうですよね!」


 一颯の顔がぱっと明るくなる。

 真鳥は一颯の表情の変化に吹き出しそうになるのを必死で堪え、自分たちの置かれた状況を説明する。


「何、納得してるのよ。こういうの、まさに言い訳でしょ。加内先生なら、なんですぐに知らせなかったって、冷静に突っ込んで来るに決まってる。そんじょそこらの言い訳じゃ通用しないのよ。あの人には容赦って言葉はないんだから。長さえも黙らせるよ、あの人」


 真鳥の脳内には、矢杜衆養成所時代の、鬼師匠・加内永穂の姿が蘇った。彼に睨まれただけで泣き出した生徒がいたのを思い出す。

 それだけで、真鳥の背中を冷たいものが流れた。


「でもちゃんと話せば解っていただけるのでは?」

「オマエはあの人の本当の怖さを知らないから、そんな風に軽く言えるんだよ」

「先輩にも怖いものがあるんですね」

「オレをなんだと思ってんの?」

「え? あー、そうですね……ええと」


 一颯が言葉を詰まらせる。

 真鳥も先を促すことはしない。

 二人はしばし無言で、夜道をトボトボと歩く。


「あのさ、一颯」

「何か良い言い訳、思いついたんですか?」

「臨也のこと、言わないでくれてありがとう」


 真鳥の方からその名を出されるとは思わなかったので、思わず一颯の足が止まる。

 一颯の腹の中に収まっていたはずのささくれが、またちくんと痛みを発する。


「なんで先輩が礼を言うんですか。言うならあっちの方でしょう? それに僕が名前を出したところで、あの男の形跡なんて欠片も見つからないでしょうし。ラケルタが何を言ったって証拠の無いものはどうしようもないですからね」


 畳みかけるように次々と言葉が出る。つい早口になる。


「……一颯」

「はい」

「怒ってる?」

「……いいえ」

「怒ってるよね」


 機嫌を伺うような真鳥の言い方が気に触る。先に立って歩き出す。


「怒ってませんって」

「怒ってるじゃない」

「先輩」

「はい」


 歩く速度を緩めない一颯の後ろを俯き加減でとぼとぼと着いていた真鳥が、ぱっと顔を上げる。


「待ちますから」

「え?」


 待ちますと言いつつも、すたすたと先を歩いていく一颯に、真鳥は首を傾げながら早足で後を追う。

 子どものようにしょげた様子の真鳥を知ってか知らずか、一颯は頑なに後ろを振り返らない。

 そんな一颯の態度から、臨也を追わなかったことも、その男について何も説明しなかったことも、やはり怒っているのだと真鳥には感じられる。

 一颯の背中を伺うように見つめた。

 そんな真鳥の視線に気付いたのか、一颯がちいさくため息をついてから口を開く。


「先輩とあの人との関係とか、知りたくないといったら嘘になります。これでも僕はあなたのバディですから。あなたに危険が及ぶなら、それを避けるのは僕の役目だ。あの男は僕にとっては危険人物です。……でも、あなたにとっては違うのでしょう?」


 真鳥は答えることができなかった。


 土師臨也という人物は、父・華暖のバディだった男であり、幼い真鳥の憧れの矢杜衆でもあった。

 臨也が姿を消した後、すぐに父が亡くなった経緯から、真鳥は父が死んだのは臨也がいなくなったせいだと思ったこともある。バディを失った悲しみから、父は戦いに負けたのだと。

 父の後を追うように矢杜衆となってから、父の死が誰のせいでもないことを理解した。

 バディがいても、いなくても、父は最善を尽くしたはずだ。


 しかし真正面から臨也と対峙したとき、真鳥の頭に溢れたのは父のことだった。

 一度は納得した父の死を、臨也に向けて、問い正したかった。

 そして同時に、臨也がまだ父を忘れていなかったことが嬉しかった。

 イカルを去らねばならないほどの何かが、臨也にはあったのだろう。

 取り調べの間、閉じ込められていた部屋の中で、ずっと臨也と父のことを考えていた。


 真鳥にとっての臨也とは、やはり、父の旧友であり家族のような存在なのだ。

 それを一颯に話すには、まだ少し時間が必要だった。

 真鳥の中で、臨也との再会は急だった。自分の中で持て余し整理できないでいる感情を、人に伝えるには早すぎる。


「だから、待ちます」


 まるで真鳥の心を読んだように、一颯が言う。


「一颯」

「もう話してくれる気になったんですか?」

「いや、腹が減ったんだけど」

「……唐突ですね」


 一颯の身体から力が抜ける。


 そうだ、この人は、最初から唐突な人だった。

 矢杜衆としての凄さと、その裏側にある繊細さと冷酷さを見せつけられて、つい忘れていた。

 往路でも温かいスープが飲みたいとせがまれたのは、ちょうどこの辺りではなかっただろうか。

 岩と木々に囲まれた山道の中で、一颯は小さく溜息をつく。


「残念ですが、夜営の装備はありません。全部、村に寄付してきちゃいましたから」


 真鳥の前で両手を広げてみせる。背負った愛刀だけが、一颯の唯一の持ち物だ。

 真鳥の視線が、一颯の上から下までを舐めるように動く。


「無いものは無いんですから、諦めてください。それより加内様への言い訳を考えないと……」


 一颯は歩を止めることなく、言い訳の予行演習をしている。


「……っていうのは、どうですか?」


 自分ではかなり良い線いくのではないかという言い訳を語り終え、一颯が真鳥に同意を求める。


 そこに真鳥はいなかった。


「あれ? 先輩?」


 振り向いた後方、数十メートルに真鳥が座り込んでいる。


「お腹空いた〜、もうダメ〜」


 今にも消えそうな声を出す真鳥に、「子どもですか、あなたは……」という一颯のつぶやきは届かなかった。


 一颯はどうしようかと逡巡しながら、頭をかく。

 それから一つ大きな溜息をつくと、真鳥の元へ戻り、その前に片膝を突き視線の高さを合わせる。


 真鳥は一颯を睨め付けている。

 そんな真鳥に、一颯はにっこりと笑いかけるとこう言った。


「イカルに戻ったら、うなぎ、食べに行きましょう。それまで我慢してください」


 真鳥の目が大きく見開かれる。


 一颯にとって真鳥は、今回初めてチームを組んだ相手だ。任務以外で、飲みに行ったりするようになるまでは、普通、もっと時間がかかる。矢杜衆の、特に戦闘部門の者たちは、誰とでもすぐに打ち解け合うタイプは少ないからだ。

 一颯もそういうタイプだったと、真鳥は知っている。

 記憶を失う前、一颯が真鳥の家に遊びに来るようになるまでには、一颯の真面目な性格も起因して、長い時間がかかった。

 だから、今回の任務が終われば、次に同じ任務になるまでは会えないと思っていた。

 バディを組んでいるといっても、互いにリーダーとして矢影たちを育てる役目もある。杜仙二人が一緒の任務に就くことは多くは無い。


 真鳥は、唐突に一颯から差し出された小さな約束に、戸惑い、本気で狼狽える。


「先輩?」


 一颯が呼びかける。


「すいません、お嫌いでしたか? うなぎ」


 一変して申し訳なさそうな一颯に、真鳥は首を振る。


「うなぎ、食べたい」


 小さくぽつりと零した声が、拗ねた子どものようで、一颯の胸の辺りをほっこりと暖める。

 真鳥が自分に示してくれる反応の一つ一つが、一颯を満たしていく。


 こういうの、癒しっていうのかな。


 んなことを言ったら、また拗ねられそうな気がしたので黙っておくことにする。


「じゃあ、行きましょうか」


 一颯が先に立ち上がる。


「そんなとこに座りこんでても、イカルには着きませんよ」


 差し出した一颯の手を、真鳥は素直に取る。


 月明かりの中、ごつごつした岩が転がるアカギ国の山中を歩く。

 隣を歩く真鳥の横顔が目に入る。

 自分の隣に、八束真鳥という存在がいるという認識が、一颯の中に突如、芽生える。

 今はそのすべてを理解できなくても、夜の果てに必ず朝が来るように、いつかわかり合えるかもしれない。

 この人となら……。


 そして望むらくは、イーレの隣にも、自分にとっての真鳥のような存在がいるといい。

 これからの日々を共に歩んでくれる唯一の存在が。


 一颯は心を新たに、月を見上げる。


「……先輩」

「なに?」

「また先輩と一緒に、仕事がしたいです」


 真鳥は「ふーん」と呟いただけだった。

 一颯はその口元が照れたように綻んでいるのを見逃さなかった。


 そんな二人を蒼い月光が照らし出す。

 涼やかな夏の夜気が、戦いを終えた若い矢杜衆たちを癒すかのように優しく包み込む。

 互いを知れば知るほど擦れ違うばかりで遠ざかっていた距離が、今夜、確かに少しだけ縮まったかのように、二人は感じていた。


とりあえず3歩、歩いて2歩下がる。

の2人です。


今日もお読み頂きありがとうございます。

とうとう第2章もエピローグに入りました。

あと少し、お付き合いください。

次の更新は明日(10/16)を予定しています。

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