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対決(2)

「土師臨也」


 真鳥は広間入り口の正面に佇む長身の男を見据える。

 あの焔の中に見た男だ。


「先輩! 全権使が」


 寝間着姿のラケルタが、奥の扉から逃げようと床の上を這いずっている。


「……あ……わ……だ、だれか……」


 真鳥はラケルタを視線だけで一瞥すると同時に、クナイを一本、投げつける。ガッという音と共に、クナイはラケルタの目の前で扉の木を抉り、深々と突き刺さる。


「っひーっ!」


 女のような悲鳴をあげるラケルタに、その場にいた誰一人として注意を払うものはいない。

 臨也は自分の主人には目もくれず、真鳥に視線を合わせたまま動かない。

 窓にゆったりと背をもたせかけ腕を組んだ姿は、一見、寛いだ様子にも見える。が、その黒い双眸から発せられる気は、若い矢杜衆たちの動きを制するほど鋭いものだ。


 一颯は、斜め前方の真鳥を窺う。

 真鳥もまた、正面の元・矢杜衆を見つめたまま、身動き一つしない。

 まるで、二人の間で視線だけで言葉が交わされているかのように、一颯には感じられる。


 やはり先輩はこの男を知っている。

 その名前だけでなく、人となりまでも良く知っている。


 そう確信する。

 二人の年齢は、親子ほども離れて見える。

 そんな二人が過去にどのような関係だったのか。

 イカルを抜けた矢杜衆を見つけた者には、その対象の捕縛、あるいは処分が義務づけられている。

 知己であろうとも、血が繋がっていようとも、その義務は平等に課されている。


 先輩はこの男をどうするつもりなのか。

 捕らえるのか。それとも……。


 二人は動かない。

 時間だけが過ぎていく。

 あとどれくらいこの時間が続くのか。

刀を握る一颯の左手に、じわりと汗が滲む。

長い緊張に耐えかねるように幾度も柄を握り直す。


夏の朝は早い。

窓の外は明るさを増し、やがて日の出を迎えた。

窓の外の大きな木に連なる葉が朝陽を反射し、ちらちらと眩しい光を送ってくる。


全権使の館の大広間で臨也と対峙してから、実際にはまだ数分しか経っていないはずなのに、一颯にはもう何時間にも感じられた。

 階下のざわめきが少しずつ近づいてくる。

 館の警備の者がここに集まってくるのも時間の問題だろう。


「……先」

「一颯」


 焦れた一颯を真鳥は一言で制する。


 目の前の男は、年を取ったとはいえ、やはり真鳥の知る臨也だった。

 父親が殉職するまでバディだった男。

 その広い背に憧れた。

 当時、まだ幼かった真鳥には、臨也がどれほどの力を持っていたかわからなかった。

 だが、今ならわかる。

 腕を組み立っているだけでも、その威圧感に呑まれそうになる。

 格が違うとは、このことだ。

 たとえ、負傷していない一颯がいたとしても、この男を倒すのは難しいだろう。


 真鳥の背中がぞくりと震える。

 それは怖れではなかった。


 圧倒的な力の差を前に、真鳥の中にあるのは一つ。


 戦ってみたい。


 あの憧れの人にどれほど自分が追いついたのか。

 自分の今の力量がどこまで通用するのか。

 真正面から挑んでみたい。


 真鳥の額から、汗が流れる。

 顎の先に集い、滴となり、煌びやかな絨毯の上に音もなく落ちて、染みを作る。


「先輩、全権使が逃げます」


 真鳥の背後から周囲に目を配っていた一颯が、そっと声を発する。

 臨也も、広間から全権使の執務室の方へ繋がる扉をみやる。

 かつての主は、巨体を引きずって扉の向こうへ行こうと喘いでいる。まるで溺れかけのブタのようだった。


「全権使はオマエに任せるよ」

「先輩」

「ここはオレに任せて」


 その声は冷たく低い。

 それは、一昨日の夜、イーレに放った言葉と同じ温度だった。


『オレは矢杜衆だけど、人殺しじゃない』


 そう言った彼から、今は剣呑とした気が漏れている。


 真鳥の両手にクナイが二本、握られている。

 臨也は動かない。

 一颯は二人を見据えたまま、動くことができない。

 全権使の気配が部屋から消える。


「古文書なら、執務室の机の隠し扉の中だ」

「なぜそれを教えるの?」

「それが目的だろう」


 かつての父の仲間を見つめる。

 真鳥が武器を手にしても、動じることはない。静かな表情で若い矢杜衆の二人を見つめている。

 何かを見出そうとしている目だ。


「どういう意味? アンタはあのどうしようもないブタの護衛でしょう?」


 真鳥が問うと、臨也は嘲るようにふっと笑う。


「ついさっき、契約期間が終わったところだ。ところで、お前の部下は命令違反しているがいいのか? 奴は逃げるのが得意だぞ」


 一颯がギリと唇を噛む。


「自分で動けないなら動かしてやろう。ここであいつに逃亡されるとこっちも困るんでな」


 刀を握る一颯の拳が小さく震える。

 それを打ち消すように左手の刀をまっすぐに臨也に向けて構える。


 初めて臨也が動いた。


 その手に二本のクナイを握るのを、真鳥の目が捉えていた。

 クナイが臨也の指を離れる。

 一颯へと真っ直ぐに向かう。

 真鳥が跳ぶ。

 一颯の刀が、かろうじて一本のクナイを弾く。

 なおも一颯へと向かう二本目のクナイを、真鳥のクナイがその方向を変えると同時に、一颯の身体を強く押す。

 天井を飾るガラス細工の電灯が、真鳥の弾いたクナイで砕け散る。

 ガラスの破片がキラキラと朝陽を弾きながら散る。


「一颯! 行って」


 バランスを崩し床に倒れ込んだが、一颯はすぐに立ち上がり刀を構える。一颯の後ろには、全権使が逃げていった扉がある。その向こうから騒音が聞こえてくる。

 臨也と呼ばれた男と自分の間に、真鳥が立っている。

 一颯よりも身長が低い真鳥の後ろ姿が、大きく、そして遠く見える。

 

「先輩……」

「行って。アンタじゃ足手まとい」


 胸が痛みを覚える。

 噛みしめた唇から、何かが零れそうになる。

 それでも一颯はただ小さく答える。


「諾」


 真鳥はその背中で、一颯が広間を出て行くのを最後まで感じていた。


「いい判断だ」


 臨也の低く太い声が、天井の高い広間に響く。


「アンタに褒められても嬉しくないけど」

「俺と剣を交えるのは賢明ではないからな」

「交えないなんて言ってないでしょ」

「ははっ」


 臨也が可笑しそうに笑う。


「なんでまだここに留まってんの? イカルに戻る決心がついたの? そうなら連れてくけど」

「いや、君を待っていたんだ」

「なんで?」


 真鳥の心臓がトクトクと鼓動を早める。


「八束華暖」


 臨也の声が、真鳥の父の名を呼ぶ。

 真鳥の肩が小さく反応する。


「その名を知ってるか?」


 臨也の問いに真鳥は答えなかった。

 だが臨也の鋭い眼差しは、華暖の名に真鳥の身体が小さく揺れたことを見逃さなかった。


「お前は若い頃の華暖に、とても良く似ている。奴に息子がいるとは知らなかったが……とっくに捨てたはずの過去が、君を見て久しぶりに蘇ってきたよ。華暖は、元気か?」


 臨也は、懐かしい過去を偲ぶような、そんな顔を素直に見せる。

 真鳥の心臓がくしゃりと潰れたような痛みをあげる。

 真鳥の父・華暖は、臨也がイカルを去った直後の大きな戦闘で殉職した。

 亡骸さえ戻ってこなかった。


「彼は、戦死しました」

 

 真鳥は、華暖の息子であることを肯定も否定もせず、そう答える。

 その刹那、臨也を被っていた鋭い気が、ほんの少し圧力を失い、緩む。

 しばし黙り込んでから、「そうか」とだけ言った。


 国を捨て、国から追われる身となった臨也が、古き友を悼む。


 だったら何故、最後まで父のそばにいてくれなかったんですか。


 きつく唇を咬んでいなければ縋り付いて激しく非難してしまいそうだった。

 握り込んだ真鳥の指先が汗で滑る。


「お前の名は?」


 臨也の視線がまっすぐに真鳥を捉えている。

 それは、懐かしくて優しい、あの頃の臨也の眼差しそのものだ。

 真鳥はそこに父の面影さえ見た。

 今もこの人の中には、父がいる。


「八束真鳥」


 誘われるように、口を開いていた。

 それを合図に真鳥は床を蹴り、臨也へとまっすぐに向かった。

真鳥が一颯に

「行って。アンタじゃ足手まとい」

と言っていますが、これは怪我をしていて万全の状態では無い一颯を慮ってる部分もあります。


臨也は強いので、中途半端に目線に一颯が入って来て、彼を護りながら臨也と闘うのはリスキーなのです。

そして、真鳥としては全力を出して臨也と戦いたいという思いもある。

というか、全力を出しても勝敗は分からない状態なので、敢えて一颯には全権使の捕縛の任を与えました。


今日もお読み頂きありがとうございます。

次の更新は明日(10/11)です。

よろしくお願いします。

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