急転(3)
戦闘になるとわかっているとき、矢杜衆なら、決して単独では戦わない。
任務はただ戦いに勝つことではなく、勝ったその後に、達成すべき本当の目的があるからだ。
だから矢杜衆は、生存確率を上げるため、必ずチームを組む。
『矢杜衆は兵士にあらず。闘いは手段である』
養成所の教えの一つだ。
だからといって、仲間の助けがなければ戦えない、そんな修業はしていない。
一人でも戦うことができるように修練を積んでいる。でなければ、隊のリーダーを務める杜仙にはなれない。
けれど、この敵については、情報が少なすぎた。
その目的も、戦闘能力、そして戦力の全体も見えない。
わかっていることは、矢影程度の矢杜衆並に訓練されている、ということだ。
その動きには、まるで無駄がないことから判断する。
社に村人を追い込むと、厄介な存在である矢杜衆をこの場に縛り付け、後方から社に火をかけた。
最初から三対一に持ち込む計画だったのだろう。
一対一ならば、負けはしない。あるいは、真鳥がいれば三人相手でも倒すことができただろう。
しかし、村人を庇いながらたった一人で戦わなければならない。一颯にとってこの戦闘は圧倒的に不利だ。
すでに、利き手の右腕と右耳、そして右足に傷を負っている。
一颯は、荒い息の中、流れ込んだ汗に霞む目を凝らす。
敵の一人が、どさりと倒れる。
もう一人は、すでに向拝からずり落ちるように事切れている。
彼らの握る刀は、見せかけではなかった。明らかに矢杜衆の太刀筋が含まれていた。
真鳥の言葉は正しかった。
矢杜衆か、あるいは矢杜衆の訓練を受けた者が関係している。
「あと、一人……どこだ……」
一颯は、力の入らない右手から左手へと、愛刀を持ち替える。
社の後方から、火の爆ぜる音がする。もうもうと煙が流れてくる。
けれど、村人の声は一向に聞こえず、中から出てくる気配もない。
もう、煙に巻かれたのか?
ここを守れと、真鳥に言われたのに。
自分は確かに頷いた。
なのに、俺は守れなかったのか。
ほんの一瞬、一颯の注意が社の扉に移った、そのときだ。
「!」
一颯の左大腿部に、小刀が突き立つ。
「うぐっ」
ぐらりと身体が傾ぐ。バランスを崩し一颯は倒れ込む。
その首筋に、すっと刃が当てられる。
一颯が顔をあげると、ぴりっとした痛みが首筋に走る。研ぎ澄まされた刃が、一颯の首を傷つける。新しい血の染みが、白いシャツにじわりと広がる。
目の部分だけを抜いた黒覆面の男が、冷たい表情で一颯を見下ろしている。
一颯は、持てる力で刀を一閃する。間合いなどはかる余裕はない。
覆面の男が、容易くその刀筋を避け、後ろへ飛び下がる。
「足掻いたところで、その小刀には毒が塗ってある。長くは保たんぞ」
一颯は男を睨みつけたまま、大腿部に刺さっていた小刀を抜く。ぬるりとした暖かい感触が足を濡らす。幸い、腱は切れていない。だが傷口から入った毒による痺れが、ゆっくりと回り始めている。
まだだ。
まだ戦える。
村人を守る。
約束したのだ。
唯一のバディと。
おそらく真鳥も彼の戦いをしているだろう。
これは互いに背中を預けた共闘なのだ。
僕が諦めたら、先輩が動けなくなる。
一颯は立ち上がると同時に、相手の刀を避けながら、斬りつける。幾度か頭で再現してみるが、毒に侵され始めた身体と、左手しか使えない状況で、敵に致命傷を負わせることはできそうにない。
次の手を打て。
考えるな。
諦めるな。
一颯は、刀の柄を握りしめる。
社が勢いよく燃え始めている。その熱を肌で感じる。
どうすれば、全員を助けられる?
どうすれば……。
「一颯さん!」
「!」
社の裏側から、社沿いにイーレが現れる。
男の意識が、瞬時、イーレに向く。自分へ向けられた刃から感じる殺気が揺らぐ。一颯は、その一瞬を逃さなかった。
左腕だけで刀を振るい、男の脚を切り付ける。
「ぐっ」
男がバランスを崩し、倒れる。
一颯は重い体で床を蹴り、男からイーレまでの導線を遮る場所に移動する。
しかしそれが限界だった。
一颯は刀を前方の男に据えたまま、片膝を付いた姿勢で喘ぐ。
苦しい息の下、背後のイーレに向かい怒鳴る。
「来るな!」
「嫌です! これは僕たちの村の問題です! 一颯さんに頼りっぱなしはもう嫌です!」
「そうだ! 俺たちの問題だ!」
「わしらが戦わなけりゃらならないんだ!」
「俺らが村を守るんだ!」
イーレの他にも声がする。
一颯の一太刀を受けて倒れた男に、いくつもの石が投げつけられる。
一颯は彼らを振り返ることなく、目の前の敵に注視する。
身体を庇うようにしていた男が再び刀を握り、一颯目掛けて飛びかかる。
立ち上がれないまま、一颯の刀が受ける。
その刹那、銃声が轟く。
「!」
男が一颯の方へ、前倒れに身体を崩す。
その目が、何があった? というようにぐるりと動いたが、自分を倒した者の姿を捉えることなく、男は事切れる。
カタンカタン、と男の刀が向拝を転げ落ちていく音が響く。
倒れた男の後ろに、薄く硝煙をあげた猟銃を手にした老人が立っている。
「一颯さん!」
イーレが一颯に駆け寄る。
「……レ」
「一颯さんっ」
「社の、中の……人は」
「無事です! 社の中から外に通じる穴があるんです。そこから全員逃げました。一颯さんが敵を引きつけておいてくれたから」
「……よかっ……た」
「でも一颯さんだけに戦わせて、僕たちだけ逃げるなんてできませんでした。僕が戦わなければいけなかったんです」
イーレの言葉に一颯が小さな笑みを返す。
けれどもうその唇から言葉は出なかった。
一颯の瞼が眠るように落ち、全身から力が抜ける。
「一颯さん!」
イーレが一颯の身体を必死に持ち上げようとする。しかし小さな彼の力では、支えることすらできない。
「一颯さんっ! 誰かっ! 手を貸して!」
逃げ出した村人たち何人かが、イーレと一颯の元へと駆け寄ってくる。
「一颯さんっ! 目を開けて! 一颯さんっ!」
「おい! もっと水を持ってこい! まだ火は消えていないぞ!」
「社だけは守るんだ」
「桶を持って来い!」
「傷口の色が! これは毒ね。誰か毒消草を!」
「綺麗な水もたくさんいるわ」
「俺、汲んでくる!」
「村はわしらが守る!」
「おう! まだまだやれるぞ!」
イーレは、女たちの手を借りて一颯の傷の手当てを始める。
動ける村人たちはみな、社の消火に走り回る。
老人たちが猟銃を手に、彼らを守るように立つ。
夏の太陽が、そんな彼らの上に容赦なく照りつける。
ウォルテクス村に、再び生気が戻り始める。
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