表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/125

敗走

 隣国ニリには身分を隠した矢杜衆が送り込まれ、常にその動向を探っている。

 軍隊や大量破壊兵器を持つニリと、小国イカルの差は明らかで、まともに戦えばイカルが不利であるのは明らかだ。

 過去に何度か大きな戦いがあったが、それでもイカルが国として生き残ってこられたのは、敵国の内情を探り、大きな争いへと発展しないよう火種を消すという地道な活動を続けてきたからである。



 矢杜衆五万人を束ねる長、伐瑛至ばつえいしは、巫女誘拐計画を阻止すべく、指示を出した。

 ニリ内部からもたらされる情報を元に、敵工作員の侵入を阻止し、波打ち際で防御する作戦だ。部隊を整え、フォーマンセルを十チーム、国境へと送る。ニリの工作員が街道ではない経路でイカルへ向かっているとの報告があり、山林の中、広い範囲に網を張ることになっている。

 その全てを率いるのは、八束真鳥やつかまとり渡会一颯わたらいいぶきという二名の若い矢杜衆だ。

 どちらもまだ二十代前半であるが、矢杜衆の中でも特に優れた技量を持つ者に与えられる杜仙とせんという称号を預かる身だ。



 均整のとれた体に、イカル国には珍しい銀の髪を持つ青年、真鳥は山林を見渡せる高い樹木の上から、吹き出す若葉で日に日に深くなる緑の下を探るように見据えている。

 その隣に立つ長身に黒目黒髪で、その背に長刀を携えているのが、真鳥のバディである一颯だ。

 矢杜衆長による命を受けた真鳥と一颯、そして両名の率いる四十名の矢杜衆たちが、イカルの西側国境を護る高い岩山を背に、ニリ側に向けて緩やかに下る山林を見通せる位置に陣形を整えていく。

 ニリとイカルを結ぶ街道を避け、北へと離れた位置だ。

 真鳥の視認できるぎりぎりに街道が見える。

 緊張の続く国交ではあるが、商人達による商業活動は活発だ。ニリの工業技術は高く、彼らの生み出す製品はイカルの民の生活水準を大きく進歩させている。イカルからは、薬品や素材となる薬剤などが輸出されている。

 街道には日々、両国のキャラバンが行き交っている。商隊の多くは、矢杜衆を道中の護衛としてつけていることもあり、彼らには、不審な商隊や輩が混じっていないか、別途、指令が出ている。



『こちらアルファ、位置に着きました』

『デルタ、同じく』

『イータ、準備完了』



 隊長である真鳥の耳に装着したヘッドセットには、各隊から続々と報告が入っている。すべての隊が位置に着いたようだ。

 真鳥は隣に立つ一颯に視線を送る。小さく頷いた副隊長の一颯が隊の報告に応じる。


 

「そのまま待機せよ」

『了解』


 

 イカル側の布陣は整った。

 敵の動きはまだない。

 森は静かだ。

 何者かが密かに侵入しようとしている、そんな気配など欠けらも感じさせない。



 しかし真鳥の訓練された五感の何処かが、周囲に立ち籠める僅かな違和感に反応し、先ほどから警鐘を鳴らしていた。



「な〜んか嫌な空気だよねぇ」

「ここまで静かだと間に合ったというよりはむしろ……」



 真鳥がすっと右手を挙げ、隣に立つ一颯の言葉を遮る。

 その真鳥の肩へ、朱い鳥の形をした式が舞い降りる。

 斥候に出ていた者からの緊急の式だ。

 ヘッドセットではなく矢杜衆にしか使えない術を用いて式を飛ばした理由は、中身を読まなくても真鳥にはわかった。



『作戦が漏れている』



 乱れた筆跡に、真鳥の決断は早かった。



「作戦中止。全隊を率いて直ちに撤退しろ。殿はオレが務める」



 一颯への指示を出しながら、同時に矢杜衆長への緊急の式を僅か数秒で発する。

 直ぐにでも巫女周辺の警護の強化が必要な状況であることは間違いない。一刻も早くイカルへ報告する必要がある。

 しかし、敵もそれくらいは予測しているだろう。内通者の存在がイカルへ伝わることを少しでも遅らせる手を打ってくるに違いない。だとすれば、放った式も無事に届く保証はない。矢杜衆崩れを雇っているとしたら、式の検知と破壊も可能だ。

 直接、誰かが伝えに戻らなければならない。

 式を送ってきた斥候に状況を確認したいがその時間はなさそうだ、と真鳥は小さく歯噛みする。

 

 

 真鳥の頭の中は状況をまとめるために目まぐるしく動いている。



 こちらの人数、戦力、布陣。

 どこまで漏れているのか。

 本当に内通者がいるのか。

 この隊の中に?

 あるいはイカルの中に?

 いつから?



「内通者がいるとしたら、この撤退、難しくなるよ」

「内通者……ですか」



 真鳥の指示の元、部下達への命を発し終えた一颯は、動きを止めて真鳥を見つめた。

 任務失敗というこの状況で、隊長である真鳥の言葉はさらなる暗雲を一颯に投げかける。

 その僅かな隙を狙ったかのように、真鳥と一颯が身体を預けていた巨木の枝を一陣の風が吹き抜けた。ざわりと神経が逆立ち、身体は反射的に枝を蹴り、その場を離れる。



 直後、二人のいた場所から轟音と共に火柱が上がった。

 火の粉を含んだ熱風が頬を舐める。

 時を置かず、あちらこちらで同様に大木が火を噴く。近くにいた仲間の一人があっという間に炎に飲み込まれる。助ける間もなく、その体が塵となって消えていく。



「爆炎の術式!」

「こちらの陣形を読まれています!」

「撤退パターンをレベル9に! 一颯、全隊へ伝達!」

「諾!」



 一颯はヘッドセットに命令を叫びながら、枝から枝を駆け抜ける。真鳥がその背をフォローしながら跳ぶ。



 再び、ドンッという音が空気を揺るがす。

 進行を遮るように前方から火の手が上がる。火柱に飛び込む前に一颯は近くの枝を握り、跳躍する方向を変えて叫ぶ。



「先輩! 先回りされてます!」

「他の隊は?」



 真鳥と一颯は予め打ち合わせていた退路を取っているが、まだ誰も合流していない。



「確認中です」



 一颯がヘッドセットに呼びかけるが、返答は全くない。



「まさか、全滅……?」



 真鳥の呟きを肯定するかのように、渦巻く火炎が二人に襲いかかる。

 これだけの火の手は、矢杜衆の爆炎の術式でなければ、このような山林で展開することは難しい。明らかに矢杜衆の知識を持つ者が関係している。

 真鳥の表情は厳しい。

 髪を結えていた紐が解け、銀の髪がなびく。

 ちりっとした感覚が走る。

 背後から追手が来る。



 やっと姿を現したか。



「先輩、追手の気配です」

「うん」



 一颯も同じ気配に気づいたようだ。



「応戦しますか?」

「今すべきことは、何がなんでも生き延びて、この状況を長に知らせることだよ」

「そうですね」



 一颯が速度を上げる。

 火の手を縫うように山林を駆け抜けていく。

 連続する爆炎を突破し、国境となる岩山を越える。追手の気配は構わず国境を越えてくる。同時に、先回りで仕掛けられた爆炎の術式が二人の行手を阻むように発動していく。

 用意周到な敵の攻撃に、秀でた能力を駆使する余裕もなく、仲間の合流を信じつつひたすら敗走の一途である。

 体勢を整える間も、仲間への式を発する間もなく次々に仕掛けられる攻撃が、二人の青年の気力と体力を奪い続ける。爆風に混じる飛礫によって、その身に受ける裂傷がじわじわと数を増やしていることが、二人の疲弊を証明している。



 このままでは仲間にニリの侵入を伝える間もなく全滅する。

 長の元へ情報を届けるにはどうすればいい。



 真鳥は悲鳴を上げ始めた身体をほんの一時、樹上で休ませる間に思考を巡らせる。

 それは刹那の出来事だった。



「先輩!」



 一颯が叫んだ。

 真鳥の至近で空気が破裂した。

 爆風に自分の身体が木の葉のように吹き飛ばされていくのがわかったが、既に何かできる状態ではなかった。手も足も空を掴むばかりで、眼下には緑に満ちた森が腕を広げて待っている。

 咄嗟に崖を蹴って飛び出そうとする一颯を、真鳥の目が捉える。



「来るな!」



 真鳥が叫んだときにはすでにその長い腕が届き、一颯はそのまま真鳥の身体を護るように腕に囲い込んでいた。

 気を操る術が一颯の口から発せられる。

 周囲の空気が僅かながらも二人を包み込む感触に変化するも、落ちてゆく二人に追い打ちを掛けるように爆撃が阻む。大小の岩が飛礫となって二人の身体を裂き、紅い血が空を彩るように飛び散る。



 真鳥が最後に見たものは、相棒の手を離れ、風を切り落ちてゆく漆黒の長刀の鞘が、春の陽光を弾く美しい姿だった。

ここまで読んで頂きありがとうございました。


イカルとニリの軍事点の差ですが、

ニリは西欧型で、誰でも簡単に扱える兵器を開発して物量で押すタイプです。

反対にイカルは、少数精鋭。

個人の技量をギリギリ、もしくは、それ以上に高めて行って闘い、生き残るのを良しとするタイプになります。


次回の更新は、明日2023/9/3(日)です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ