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走錨(2)

「昔々、この村の外れに、大きないかづちが落ちました」


 イーレは矢杜衆二人を伴い、かつての自分の家まで行くと、焼け跡を見つめながら昔話を始めた。


 村人たちは恐れながらも、いかづちが落ちた場所へ近づいていくと、大きな穴が開いていた。暗いはずの穴の中は、柔らかい光に満ちていた。村人たちは、穴の入り口辺りにたむろし、中へ入るか否か、迷っていた。

 そのとき、ふいに穴の中から人が現れた。

 見たこともないような輝く装束を身に纏い、美しい顔立ちをしていた。

 男か女か解らなかった。

 「人」には見えなかった。


『ここは神々の門の一つ。決して立ち入ってはならない。ここを護れ。さすれば豊饒を約束しよう』


 穴から現れた神は人々にそう告げると、空へ舞い上がっていった。

 穴はもう光を発していなかったが、彼が立っていた場所に、光の欠片が一つ、落ちていた。


「調べてみるとそれは、金の塊でした。村人はその金を使い、社を建て、神を祀りました。その後は約束通り、村は豊饒を賜りました。小さい村の小さな豊穣でしたが、決して絶えることはありませんでした……この村に伝えられている昔話です」


 話を終えたイーレは、真鳥と一颯を見上げる。


「この国が出来る前からここに住んでいた、遠い祖先から受け継がれてきた伝承です。じいちゃんが話してくれました。僕はただのお伽噺だと思っていました。一昨日までは」

「言い伝えの類は大なり小なり真実を含んでいる。だから少しずつ形を変えながらもずっと必ず伝えられていく。大切なものを護るために」


 真鳥の返答に、イーレは頷く。


「そのとおりです。この村には金鉱があります。伝承の方はある程度、周囲に広まっていますが、金鉱の事は村長の一族しか知りません。村人でさえ、知りません。知っているはずがないんです」

「でも、漏れた」


 一颯が言葉を継ぐ。


「……はい。いくら考えても、他に理由が見つかりませんでした。誰かが金鉱のことを知り、手に入れようとした。そのために、僕の家族は、殺された」


 吐き出された最後の言葉は、とうてい十歳の子どもの声ではなかった。

 大切なものを失った者だけが持つ、心が押しつぶされるような声だった。

 真鳥も一颯も、そんな姿を多く見てきた。

 だから、今この瞬間に彼の気持ちにかける言葉などないことを知っている。

 言葉なき空間を鎮魂の香がゆるりと流れていく。


「どうやって外に漏れたのか。何か思い当たることは?」


 沈黙を破ったのは真鳥だ。


「長の家には、口伝と共に護るべき古文書があります。一度だけ見たことがあります。大昔の文字で書かれていて、今、この村に読める者はいません。じいちゃんも読めなかったと思います。漏れるとしたらその古文書しか考えられません。大きな街には古文書を読める人もいるかもしれませんし」

「その古文書はどこに? 奪われたの?」


 真鳥の問いにイーレは首を振り、焼け跡を見やる。


「あると思います。だから、僕の家族は殺されたんです」


 イーレが腕を上げ、瓦礫の山を指差す。

 この家は、他の家よりも入念に発火材が仕込まれており、火の勢いも格段に大きかった。あっという間に燃え広がり、壁は崩れ、屋根が落ちた。

 残っているものなど、ほとんどない。

 迫り来る夕闇の中に、一本の太い柱だけが黒々とそびえている。


「あの中に? 焼けてしまったのでは?」

「大丈夫だと思います」


 そう言うと、イーレは焼け跡に入っていく。

 一颯が続き、少し遅れて真鳥が後を追う。


 一本だけ焼け残り、未だ傾きもせず天へ向いている柱を、イーレは指で触りながら調べ始めた。真鳥のクナイが突き立っていた柱だ。


「これは大黒柱なんです。じいちゃんはいつもこの木に何か薬のようなものを塗っていました」


 一颯がその木に指先で触れる。

 付着していた煤がするりと剥げて、その下には、この家を支えていたときのままの柱の表面が現れる。


「すごい……焼けたのは表面だけだなんて」

「大黒柱っていうのは、そういうもんでしょ」


 一颯があげた感嘆の声とは対照的に、真鳥はなんの表情も見せず、まるで独り言のように呟く。一颯が真鳥に顔を向けると、真鳥はふいっと視線を逸らせる。


 声をかけることさえ拒絶される。

 一颯の心が揺らぐ。


 たぶん今、自分はどうしようもなく情けない顔をしているだろう、と一颯は思う。

 大切なものをどこかに落としてしまったことに今更ながら気付く。

 もう取り戻せないのだろうか。

 もう切れてしまったのだろうか。

 始まったばかりのこの関係は。


 一颯の拳がぎゅっと握られるのを、真鳥はその視線の端で捉えていた。


 一日ぶりに見た一颯は、顔は煤に汚れ、服もくだびれている。亡くなった村人たちの埋葬に力を尽くしていたのだろう。誰よりも率先して動いていたに違いない。真鳥の知る一颯だ。


 真鳥は昨日からの一日を自分の考えのもと、この襲撃の理由を調べていた。

 わかったのは、この村の伝承の存在だ。さっきイーレが話してくれたものに、いろいろ尾鰭がついていた。


 一つだけ確かな事実があった。

 他の村々が凶作でも、この村だけはなぜかいつも豊作だという事実だ。周囲の村は、幾度もこの村の人たちに助けられたと言っていた。けれどその理由は誰も知らなかった。

 何か秘密があるのでは?と、先代の領主が専門家を派遣して調べたこともあったという。

 農作物の収穫によって経済が回っているアカギにおいて、凶作がないというだけでもこの村の価値は高い。

 しかしそれだけだろうか。

 この村には秘密がある。

 それがこの襲撃の理由なのだろう。

 そこまで推察し、真鳥は戻ってきた。

 村長の孫であるイーレから話を聞くために。


 一颯がこんなにも憔悴しているとは思わなかったけど。

 やっぱりオレのせい、だよね。


 この一日で、一颯のことを何度も考えたけれど、どう接していいかわからなかった。

 記憶が消される前も、言い争いや喧嘩はしたことがある。けれどいつも一颯が修復してくれた。たとえ真鳥が悪くても、一颯から歩み寄ってくれた。

 今の一颯にとって、これが初めての一緒の任務だ。突然現れた自分という存在に、一颯が戸惑っているのがよくわかる。真鳥に対し、どう接していいかわからないのだろう。


「あっ! あった!」


 互いに考えに耽っていた真鳥と一颯の視線が、同時にイーレへと向かう。

 イーレが柱の一部を強く押す。

 それとは全く別の部分がギギっという音を立てて開いていく。柱から引き出しのような物入れがゆっくりと現れる。


「こういう絡繰り、アカギは得意だよね」


 イカルよりも広大な森林を持つアカギでは、林業も盛んだ。

 黒檀などを使った高級家具の製作はアカギの主要な産業として有名だ。中でも、特別な操作をしなければ開くことのできない絡繰り仕掛けの家具は、近隣諸国でも人気が高い。

 この家の柱にもそうした技術を取り入れ、大切なものを保管するための物入れを仕込んでいたのだろう。

 イーレは布にくるまれた四角い箱を取り出す。引き出しの内側は、火事のあった痕跡など、まるでなかった。


「君のおじいさんは凄い人だね」


 一颯がイーレに告げると、イーレは誇らしげな微笑を返した。一颯がこの村に来てから初めてみる彼の笑みだ。


 真鳥と一颯の前で、そっと箱を開くと古い本が一冊、入っていた。その表紙に書かれている文字は、古代文字に分類されるかなり古い書体だ。


「さすがに読めない」


 一颯は、師匠の指導の下、古い文献を読むための知識を身につけていたが、イーレの持つ古文書に記されていたのは、一颯が学んだものよりもさらに古い文字のようだ。全く意味が掴めない。

 一颯が真鳥に視線で問うと、「読めるわけないでしょ」と、ぶっきらぼうな返事が返ってくる。


「あれ?」


 イーレが声を上げる。


「どうしましたか?」

「変なんです。本が一冊しかありません。二冊組だって聞いていたのに」

「村長が言っていたのかい?」

「はい。二年前のあの災害の後でしたから、ちゃんと覚えてます。復興が終わって、この家が建った頃でした。お客さんが来たんです。じいちゃんの昔からの知り合いの人でした。その時、じいちゃんはその人にこの本を見せていたんです。難しい話をしていました。大切なもののはずなのに、なんで家族でもない人に見せていたのか不思議でした」


 その時のことを思い出して、改めておかしいと、イーレは首を傾げる。


「災害のせいで、村にはお金が無かったはずですよね。皆、辛い生活をしていた。もしかしたら、村長は古文書を解読して、金鉱を探そうとしていたのでは?」

「それはないです」


 イーレがきっぱりと断言する。


「この村が豊かなのは、神様が護ってくださっているからです。神様との約束を守る、それ以上に大切なことはないと、おじいちゃんが言っていました。何があっても金鉱には絶対に手を出してはならないと教えられました」


 古文書を解読して金を得るという一颯の考えを、真鳥も一考する。


「その本、その時、どうなったか見てた? 確かにこの本だった?」


 真鳥が問う。


「その時に見てた本は確かにそれでした。表紙の右上に汚れがあるのを覚えています。もう一冊、あったかどうかはわかりません。途中で友だちが誘いに来たので、僕は遊びに行ってしまって……最後まで見てなかったし。あ、そうか。もしかしたら解読するために預けたのかも知れないってことか。時間がかかるって、その人、言っていたから」

「その人の名前、わかる?」

「いえ。オルトゥスから来たくらいしか」

    

 真鳥の問いに、イーレは首を横に振る。


「そう」

「行き止まりですね」


 一颯が軽い溜息と共に、呟く。


「そうでもない」

「先輩? 何か知っているなら教えてください」


 一颯が問うが、答えはない。


 少しの気まずい空白の後、「あの」とイーレの小さい声がする。


「さっきの依頼なんですけど、受けてくれますか?」

「アンタに手を貸すって頼み事?」

「はい」

「無理」


 あまりにもあっさりと寄越された返答に、イーレが、え? という顔で固まる。


「敵を取るなんて、できるわけないでしょ」

「イーレは村を守りたいだけなんです。これ以上、村を襲われない様にする為に、この騒動の原因と犯人を見つけ出したいだけなんです」


 一颯は思わず、二人の間に割って入る。


「それで満足するわけ?」


 真鳥は、イーレへと視線を移す。


「この村を焼いた極悪非道を捕まえて、憲兵隊に差し出して、アンタはそれで気が済むの? そんなんで、気が晴れるわけないよね。家族を殺した罪人が目の前にいたら、殺してやりたくなるよね。アンタはそれをオレたちに望んでいるんでしょ?」


 イーレがぎゅっと唇を咬む。

 祖父から継いだ古文書を胸の前で力いっぱい抱きしめる。その両腕がカタカタと震え出す。


「先輩! 言い過ぎです! イーレはまだ子どもなんですよ!」

「こいつはね、オマエみたいに甘いことなんて考えてないよ。もっと現実的だ。村を焼いた罪人に、家族と同じ目に、いや、もっと酷い目に遭わせてやるくらい、思ってるんだよ。さすが、村長の血筋だって褒めてあげたいけどね」

「先輩! やめてください」


 真鳥を制しようとした一颯の声は、イーレの高い声にかき消される。




「そうだよっ!」


 その鬼気迫る声に、近くの木立から鳥が飛び立った。

更新が遅くなり申し訳ありません。

今日もお読みいただきありがとうございました。

次の更新は明日(10/3)です。

よろしくお願いいたします。

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