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断絶(2)

 夜半過ぎに降り出した雨は、今もまだ止むことなく真鳥の頬を冷たく濡らしている。

 焦げ臭さの消えない焼け跡に、水蒸気の靄が煙る。


「ここもか……」


 手の中の焼けた破片を握りしめる。


 真鳥は夜明けと同時に社を抜け出し、焼け落ちた家を一つ一つ、調べていた。

 昨日、自分の目で見たように、明らかに誰かの手による放火だった。火を噴く直前に見た白い光は、発火物が使われていた証拠だ。燃え広がりやすい場所を狙って仕掛けられていた。火の周りが早かったのもそのためだろう。


 彼らは何者なのか。

 何のために、村を焼く必要があったのか。


 村人たちが泣き疲れて眠るまで、なぜと繰り返したその問いを、真鳥はずっと考えている。


 最初の問いの答えを、二軒目の家で見つけた。

 偶然、焼け残っていた戸口に、あり得ないものを見た。見知ったものだから、間違えるはずもなかった。


 真鳥が見つけたのは、呪文の書かれた紙札を戸口に焼き付けるという術で、普通は中にいる人を外敵から守るために内側から使う矢杜衆の術の一つだ。

 村人たちの話によると、火事が起こったのは昼頃だったという。

 畑や田んぼ仕事を終えた農夫たちが、強くなる陽射しを避け、家に戻り、昼食を取ったり昼寝をしたりする、そんな時間帯だったはずだ。


 奴らは家人を閉じこめた上で火をつけた。


 その可能性が浮上する。

 真鳥は、俄に信じがたい想いで、家々を周り、調べていく。

 二年前、ここを訪れた一颯たちの誰かが施したものかもしれないという僅かな希望を抱く。しかし調べた家のほぼ全てで、術の痕跡が見つかった。

 家から出ようと必死に藻掻いた家人たちは、みな、出入り口の辺りに折り重なるように倒れていた。


「胸くそ悪くなるね……」


 残忍な手口に、真鳥の形の良い眉が、嫌悪に歪む。

 そう呟いた自分の言葉に、真鳥ははっと顔をあげる。


 何のために村を焼いたのか。

 これが、その問いの答えかもしれない、と、ふいに思い当たる。


 最後に火をつけたのは、殺された村長の家であることは自分の目で見たのだから確かだ。

 村長は、何者かに脅されていたのかもしれない。家族を、そして村人たちを人質に取られていた。けれど、村長は屈しなかった。あるいは何もできなかった。そんな村長を追い詰めるために、次々と家を焼いたのだとしたら。


 もちろん、あの規模の火事と家々に仕掛けられた術からして、最初から全てを焼き尽くすつもりだったはずだ。奴らはそれを最も効果的に使ったのだ。


「心底、嫌なやり口だ〜ね」


 真鳥は、朝靄と、火事の名残の薄い煙が立ち籠める中、村長の家があった場所へと向かう。

 村の中心部に建つ一回り大きなこの家に、封印の術はなかった。仕掛ける必要がなかったということだ。

 なぜなら、敵もその家の中にいたから。


 母屋の玄関口から庭を通り、縁側の方へと回る。

 黒焦げになった菜園が雨に打たれ、カサカサと寂しい音を立てている。

 焼け落ちた破片を踏みしめ、部屋の中を探る。


 見慣れたものが目に入る。

 崩れずに焼け残った柱に、クナイが一本、突き立っている。

 昨日、自分が放ったものだ。

 同時に投げた四本のクナイは、一本の刀に一瞬にして弾かれた。


 あの時の黒い影をただ者ではないと感じたが、矢杜衆だとしたら頷ける。

 それも自分と同等以上の能力を持った者。

 今の真鳥が真正面からぶつかって簡単に勝てるとは思えない、そんな格の差があった。


 相手は矢杜衆。

 打ち消したい事実を、動かせない証拠が固めていく。勘ではなく、すべての痕跡を辿り、理論的に導き出した結論だ。否定できる要素が何処にもない。真鳥は奥歯を噛みしめる。


 柱に突き立つ自分のクナイを引き抜く。煤に汚れ、じゃりじゃりとした嫌な感触が手に伝わる。構わず、握りしめる。


 その視界の隅に、小さな黒い歪な形を捉える。

 人だろう。その塊へと必死に伸ばされ、けれどあと少しのところで届かなかった細い手が、焼け落ちた天井の下から覗いている。

 状況から考えて、イーレの母親とその妹に間違いない。

 母親は、無駄と知りつつも我が子へと手を伸ばした。そのときの声が、真鳥の耳にこびり付くように残っている。


 イリア。

 イリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリアイリア……


 開いたままの指先から、母親の執念が今もなお漏れ出ている。絶命してもなお、子どもを腕に抱くまでは諦めない気迫が、真鳥の胸を締め付ける。

 昨夜のイーレの叫びが、重なる。


 そして、自分を見上げた一颯の琥珀色の瞳の中に見えた、強くはっきりとした意志。


 この村の人たちを助けたい。


 まっすぐな一颯らしい、強い想いだ。

 同じような気持ちは真鳥の中にもある。あの村には助けが必要だ。

 それは否定しない。

 けれど、一颯と自分は決定的に違うことがある。


 真鳥の手の中で、握りしめたクナイがジャリっと異音を発する。


 もし今、目の前のこの村を焼いたあの四人がいたら、躊躇いなく殺せる。

 そういう感情があるのに、自分は動くことができない。


 一颯のように村人に寄り添えない。

 一颯のように決意できない。

 一颯のように村人のためだけに動けない。

 一颯のようには……


 矢杜衆として培った冷静な思考に、感情が支配されていく。

 真鳥は焼け跡をじっと見つめる。

 吹き出す炎の中に立っていたあの男の姿形を鮮明に思い出す。


「あの男」


 何かが警鐘を鳴らしている。

 関わらない方がいい、とさえ感じる。


 真鳥の中で繰り返し甦る。

 刀を持ったあの姿が。


 あの男を。

 オレは、どこかで。


 かすかな音に、真鳥は手にしたままだったクナイを、躊躇なく背後に向けて投げつけた。


 クナイが土を貫く音。

 息を呑む呼気。


 真鳥がゆっくりと振り向く。


 全く温度を感じさせない双眸が、そこに立つ一颯を捉える。

 その爪先に突き立てられたクナイが一颯の動きを制し、真鳥から溢れた気迫が言葉を奪っている。

 

 水蒸気を含む白い煙が、まだ、どこかで燻る火種から緩い風に乗って、二人の間を遮るように運ばれてくる。

 一颯の視界から真鳥が消える。

 そしてまた風が吹き、白煙が途切れる。


 再び一颯の前に現れた真鳥からは、先ほど感じた殺気のような気迫は消えている。

 けれどその険しい表情は変わらない。

 今回のアカギ国への任務の間、へらへらと笑った顔ばかりを見てきた一颯は、これが同じ人物かと疑いたくなるくらいだった。その銀の髪でなければ、目の前の人間が真鳥だということも忘れて、身構えてしまったかもしれない。


「何が、あったんですか?」


 髪も肩も雨に濡れているのに、口の中だけが異様に渇き切っていて、一颯の絞り出した声は少し掠れている。

 真鳥はほんの僅かの間、逡巡するように一颯の目をじっと見つめたあと、すっと視線を外す。

 何か大きな覚悟を決めたような仕草に、一颯はふいに不安を覚え小さく眉を寄せる。


「この村を焼いたのは、矢杜衆だ」


 なんの抑揚もない声だった。

 軽くもなく、重くもなく。

 質量を感じさせる声ではなかったのに、その言葉はずっしりと一颯に降りかかる。


 予想外の真鳥からの返答に、理解するのに時間がかかる。

 一颯は眼前に広がる、激しい戦いの跡のような焦土を見つめる。その残骸は未だ燻り続けている。


 生き残った村人たちは、早朝から伴侶や子どもを求めて、瓦礫を掘り起こす作業を始めている。

 生きている者は誰もいない、救いのない辛い作業だ。思わず目を背けたくなるような変わり果てた家族の姿を前にしても、もはや涙も涸れ果てた彼らは、ただ黙々と身体を動かし続けるだけだった。


 無心で手足を動かす彼らの姿に心を痛めていた一颯を、真鳥の言葉はさらに絶望へと突き落とす。

 同時に、真鳥への異議ばかりが湧いてくる。


 真鳥が視線を上げる。

 漆黒の双眸が一颯へと向けられる。

 冷たい視線に狼狽えながらも、一颯は跳ね返すように、きっぱりとした口調で否定した。


「あり得ません」


 矢杜衆がそんなことをするはずがない。

 当たり前なことだった。


「証拠がある」


 真鳥は持っていた小さな木片を、まるで投げ捨てるように、一颯の足元に向かって投げつける。


「殆ど全ての家に施されていた。外側にね」


 真鳥は外側という言葉を強調する。

 拾い上げた破片の術跡を見て、一颯の心臓がとくんと跳ねる。

 見覚えのあるその破片の文様に、揺るぎない自身が呆気なく揺さぶられる。


 認めたくない。

 その気持ちが先に立つ。


「……でも、長がこんな任務に矢杜衆を出す訳がありません。矢杜衆が村を一つ焼き払う意味がどこにあるんですか!」

「じゃあ、それは何?」


 真鳥への反感を露わに示した一颯が声を荒げる。

 真鳥の言葉は徹底して静かだ。


「オレのクナイを弾くほどの剣術を持ったヤツが、他の国にいると思う? オマエだってよく知ってるはずだよね」


 矢杜衆の技を躱す技術を持つ者は、そうそう居るものでは無い。

 どれほどの武器を用意しても、通常の人間には不可能なレベルで周囲を探ることのできる五感と、尋常ではない速さでの行動に太刀打ちできない。

 特異な存在なのだ。

 故に矢杜衆は、他国から脅威の対象として認識されている。

 それは、真鳥も一颯も、そして矢杜衆ならば誰でも知っている事実だ。


「でも、僕の知っている矢杜衆は、こんなことをする集団ではないです!」


 尚も一颯は強く否定する。


「隠の者ならするんじゃないの?」


 真鳥は、一つの可能性を示唆する。


「それでも、矢杜衆長の命がなければ彼らも動きません。先輩は長がそんな人だと思ってるんですか?」


 矢杜衆の長・伐瑛至ばつえいしは、真鳥にとって上司というだけの存在ではない。

 真鳥の父と瑛至は、よく同じ隊で任務に就いていたという。父にとっての瑛至は、自分にとっての一颯と同じく、最も信頼できる存在の一人だった。真鳥が幼い頃から、家へもよく遊びに来ていた。一番、良く顔を合わせていたのは父のバディを務めた男だったが、その男が姿を消し、父も亡き後は、瑛至は色々な面で真鳥を気にかけてくれた。

 真鳥が幼い頃から互いを良く知る関係だったのだ。

 たとえ他国からの強い依頼があったとしても、何の罪もない村人を家に閉じこめて焼き殺すような任務を部下に与える男ではない。

 一颯と考えは同じだ。


 けれど、真鳥には一颯に言っていないことがある。

 あの男のことだ。


 なぜ自分はあの男を知っていると感じているのか。

 あの男が誰なのか。

 矢杜衆であり、かつ自分に関係があるのだとしたら、それを調べるのは自分の役目だ。

 一颯を巻き込んではならない。


 真鳥の中で何かがストンと収まる気がした。

 自分の取るべき道筋がすべて見えた、そういう目で真鳥は一颯を見つめる。


「先輩、僕たちで調べましょう。本当に矢杜衆の仕事なのか、他に犯人がいるのか。彼らのために僕たちができることは襲撃犯を捕らえることだけです」


 昨日からずっと考えていたのだろう、一颯は村人を助けると明確に言葉にする。

 この村を襲った悲劇の理由をつきとめる。村人たちのためにできることは、それしかないと。

 それが、一颯のただ一つの望みだろうことは明白だ。

 矢杜衆の可能性があるならば、尚更、自分たちの手で調査すべきだと、一颯は主張する。


「それはだめだよ」


 一颯の願いは、一言で却下される。


「何故ですか」

「規則だから」


 声音を高め詰め寄る一颯を、真鳥は冷たく突き放す。


「そんなものっ!」

「関係ないなんて、杜仙のオマエが言わないでよね」


 一颯はその先の言葉をぐっと飲み込む。

 一颯を見上げる真鳥の表情は、どこまでも冷静さを崩さない。


「オマエは自分が関係した村がこんなことになって動転してるんだよ。ちょっと考えればわかるでしょ?」


 一颯を諭すような声音に変わる。


 矢杜衆は、与えられた任務以外の問題に勝手に関わることは許されない。

 もしそれが、別チームに課せられた任務だった場合、同じ仲間で足を引き合うことになりかねないからだ。

 そういう場合を考慮して、任務地が重なりそうな場合には、リーダークラスには予め他チームの任務についても知らされる。

 今回、矢杜衆詰め所で任務を言い渡されたときも、アカギの出張所でも、そのような注意は受けていない。つまり、そんな任務はないということだ。

 そしてそれ以上に、村を焼くなどという残虐な行為が矢杜衆の任務であるはずがない。

 けれどそこには何の確証もない。

 しかもここはイカルではない。事が大きくなれば矢杜衆の介入は外交問題に発展する。


 それでも、一颯は頭を振る。


「わかりません」

「わかってよ」

「このままでは帰れません」


 強い意志を込めて、一颯は真鳥を見据える。

 一歩も引く気はないという意思を感じさせる。


 真鳥もまた見つめ返す。

 二人の間に重い空気が流れる。


 新たなパートナーとして、共にイカルを出発して、初めて感じる気まずさだった。


「あ、あの……」


 おずおずとした声がかかる。村人の一人が、二人から少し距離を置いたところに立っている。


「瓦礫が重くて、持ち上がらなくて……ちょっと手ぇ、貸して貰えるとありがてぇんだが」


 遠慮がちの申し出に反応したのは一颯だった。


「はい。もちろんです。どこですか?」

「こっちです」


 男の後について、一颯は歩いて行く。

 その後ろ姿が見えなくなるまで、真鳥は視線を逸らさなかった。


 村から真鳥の姿が消えたのは、その後のことだった。



今日もお読み頂きありがとうございます。

次の更新は明日(9/29)金曜日です。

よろしくお願いいたします。

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