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ふたり(2)

 アカギ国宮殿、その謁見の間までの回廊は、近隣諸国でも有名である。

 最初の観音扉を潜ると、そこはまるで宝物庫のように光り輝いている。

 途中で直角に曲がる全長約五十メートルの廊下は、上下左右を問わず、各国から取り寄せた様々な品で飾り立てられている。

 奥に向かって右側の壁には、絵画が等間隔に並ぶ。誰もがその名を知っているような名画ばかりだ。おそらくは、その額縁までも価値があるものに違いないと、美術品に詳しくない素人目でもわかる。

 左側の壁沿いには、貝殻や真珠が細部に施された棚やテーブルが並び、その上にはさらに煌びやかな調度品が飾られている。金の盃に、銀の皿。貴金属をあしらった輝く鳥の置物は両翼を広げ、珍しい動物の剥製がそこを行く者たちを見つめ続ける。

 いくつもの美しい花瓶には大ぶりの生花が飾られ、彩りと香りを振りまいている。

 天井からは、透明度の高いガラス細工の照明がいくつも吊り下がる。窓のないこの空間が、まるで真昼のように明るいのは、ガラス細工が四方八方へと散らす光と、それを浴びた調度品が跳ね返す反射光が入り乱れているからだ。

 足もとの絨毯は、細かい模様が織り込まれた手織りで毛脚が長く、歩くときのすべての音を吸収する。

 そこにあるもの全てが、そしてこの空間そのものが、美術商が涙を流し喜びそうな代物ばかりで埋め尽くされている。



 この廊下の噂は真鳥も耳にしていたが、一歩踏み入れた瞬間に気を奪われたのは、その絢爛さではなく、その構造と閉塞感、そして鋭い視線だった。



 矢杜衆として隠密の仕事をしているときには、相手方の建物に潜入することも多々ある。事前に建物の構造がすべて解っている場合でも、内部に入れば、退路の確保や、柱の数、その場で武器になりそうなものを確認しておくなどの訓練を受けている。

 この廊下には窓がない。

 そして横道もない。

 途中で左へと折れているが、謁見の間へと続くのみである。

 衛兵は、曲がり角に二人と、謁見の間の扉の左右に一人ずつ立っている。

 しかし、それ以上の、幾つもの視線を感じる。

 一颯も同様に感じているのだろう。

 真鳥のすぐ横を並んで歩くその視線は、絵画や調度品ではなく、柱や、壁の隅、物陰に向けられている。

 二人がほんの一瞬、交わした視線の中で、互いに注意を促す。

 横に並んでいた一颯がさりげなく歩を遅め、真鳥の後ろに付く。

 前後の隊列で周囲を警戒しながら、それでも二人は平然とした足取りで扉へと進む。その間、二人を見定めるよう視線の圧力は、ずっと続いていた。



「ようこそ、アカギへ」



 謁見の間に入った二人を、よく通るしっかりとした声が出迎える。

 扉から真正面に王座が据えられているが、今は空である。

 その前に二人の男が立っている。

 二人は、アカギ国の民族衣装である踝まである絹のチュニックの上に、同じく丈長の質の良い麻でできた貫頭外衣を着ている。外衣には、一目で身分が高いとわかる刺繍が施されている。

 一人は白地に金の刺繍のある外衣を身につけた中年の男で、物腰にも重厚感が漂っている。もう一人は、紺地に銀の刺繍が施された外衣を纏い、年齢はおそらく真鳥たちよりも若い。衣装の色は対照的だが、二人の相貌がどことなく似ていることから、血縁関係があると見て取れる。



 入室と同時に真鳥が確認した謁見の間は、幅と奥行きが二〇メートルくらいの正方形の室で、真鳥たちの右手側は大きなガラス窓となっており、その向こうには花木で美しく整えられた宮殿の庭が見える。左側は華美でないほどに設えられた壁で、左手奥に一つ、扉がある。



 歩み寄ってきたアカギ国の二人と、イカル国矢杜衆の二人は、謁見の間のほぼ中央で顔を合わせる。



「お初にお目にかかります。ルーベース・グラウェ内務大臣殿」



 真鳥は、躊躇なく、目の前の人物の名を口にする。

 内務大臣の横に立つ若い男が、真鳥に興味を引かれたように軽く目を見開く。



「イカル国矢杜衆二位、八束真鳥です。こちらは同じく三位の渡会一颯。貴国よりイカルに要請のありました薬を、議長に代わりお届けに参りました」



 真鳥が頭を下げた後、一颯も同様に頭を下げる。



「遠いところ足を運んでいただきありがとうございます。八束殿、渡会殿。こちらは私の息子です」



 紹介された若い男が、軽く膝を曲げ、真鳥たちにアカギ国風の挨拶をする。涼しそうな麻の外衣が、さらりと磨かれた大理石の床を滑る。



「本来ならこちらから取りに伺うところですが、何分、一刻を争っておりましたので、矢杜衆の方にお任せすることになってしまいました。我々がかける時間の半分以下で、イカルからこのアカギまで移動される。大したものです」



 感嘆したかのように、大臣が言う。



「お褒めの言葉、有り難く頂戴いたします。こちらが薬です」



 大臣の言葉に対し、礼を言いつつも受け流し、真鳥が銀の小さな薬箱を取り出す。



「薬は丸薬です。服用の仕方は中にある処方箋をご覧ください」



 大臣がその薬箱を大事そうに両手で受け取り、ほっとした顔つきをみせる。その表情が真に安堵であることを真鳥は感じ取る。本当に心配していたのだろう。



「病に苦しむアエスタースも、これで楽になりましょう」

「お役に立てて何よりです」



 真鳥は微笑みを返した。



「それでは我々はこれにて」

「なんのお持てなしもできず、申し訳ありません」



 退室を口にした真鳥に、グラウェが申し訳なさそうに言った。



「いいえ。直ぐにでも、薬をお届けいただかなくてはなりませんから。イカルの議会の者たちもみな、アエスタース殿のお体を案じております。一日も早いご回復を願っております」

「お気遣いありがとうございます。この度、手はずを整えてくださった議長殿にもよろしくお伝えください。改めてお礼をさせていただきます」

「承りました。それでは」



 真鳥が頭を下げる。その後ろで一颯も軽く跪き礼をする。

 一颯が一歩、身を引く。

 真鳥が一颯を追い越し、先にゆく。

 入ってきときと同様、扉は音もなく開かれ、真鳥たちは謁見の間を後にした。



「あれが矢杜衆ですか……初めて見ました」



 グラウェの息子が、扉が閉まるや否や口を開く。その語尾には抑えきれない興奮が含まれている。



「あの者たちは、あの廊下でも全く動じなかった。それどころか、我々の監視の目にも気づいていた。あの場所はここへ来る者の内面を覗き見る、言わば試練の間。あれだけの調度品を前に、彼らが何を見、何を考えていたか解るか?」



 グラウェは、息子の興奮を窘めるかのような口調で問う。



「調度でなければ何を見たというのです?」



 見当も付かないという目で、息子が父を見る。



「あの場所で戦いになったときの処し方、あの場所で武器として使えるものの品定め、退路の確認、そんなところだろう」

「まさか! あそこを通る者は、誰もが目を惑わされるはずです。あの場所の意味を知っている者だって、何度通っても輝く物に視線と心を奪われる」



 息子の浅慮に、大臣は目を眇める。



「昔、あの者らと同じような顔で平然と通り抜けた男がいた。その者は、この部屋に入るや否や、矢杜衆にあんなトラップは意味がない、どうせ置くなら剣とかもっと武器になりそうな便利な物を置いてくれ、と遠慮無く言いおった。その後、その男は矢杜衆を束ねる長となった」



 彼らは、あの長と同じ目をしている、と、大臣が言葉を続ける。

 大臣は息子の眼の中に、好奇と奇異と畏れの綯い交ぜになった感情が浮かび上がるのを見つける。



「矢杜衆って一体、何なのですか? 父上」

「さて? 私が言えるのは、彼らが我々には無い特殊な能力を持つという事だけだよ」



 情報収集や医療に長け、様々な国の要請を受け、外国へ赴く外交官ともいえるし、闇の部分にも深く関わり、例えば他国の要人暗殺なども請け負うと聞く……と、息子の問いに大臣が答える。



「あの人たちが暗殺を? 僕より少し上くらいの普通の青年に見えましたが」



 まるで父親の言葉を信じていないかの様に、息子が続ける。



「年齢など矢杜衆には関係ない。十代前半で任務に就く者もある。イカル国は人口の半分が矢杜衆だと噂されている国だ。中でもあの二人は戦闘部門に所属しているはず。でなければ、秘薬を求めて群がる盗賊たちを追い払いつつ、たった一日でイカルから無傷で来られるわけがない。彼らの手は、人の命を救う事も、奪う事も、等しく出来るのだよ」

「……っ」



 大臣は、息子が喉の奥で言葉を詰まらせる音を聞いた。



「この薬を届けるために、幾人もの盗賊をその手にかけたはずだ。それだけの価値あるものを作り出すのも、また、矢杜衆なのだ」

「そういえば、この部屋に入ってきたときの彼らの目は、鋭かった気がします」

「おまえは、人の顔やその表情は良く見ているからな。だが、普通の人間には、彼らの本心など見抜けまい。金や宝飾品ごときに惑わされることはない。矢杜衆は誠、御しにくい集団だ。だが、信頼を得る事が出来れば、これほど頼りになる相手もおるまい。難しい事だがな……」



 息子は、重々しく吐き出される父の言葉を飲み込むように、ごくりと喉を鳴らす。



「さて、この薬を早くアエスタースに持って行こう。彼らがせっかく早くに届けてくれたのだからな」



 大臣は、重くなった空気を払うかのように、息子に声をかける。



「私もご一緒します、父上」

「そうか。では、行こうか」

「はい」



 謁見の間を離れ、立ち去る二人の足音が回廊に高く響き渡る。

 その通路は、矢杜衆の若者が通った豪華絢爛な回廊とは全く異なる質素なものだった。



 §



「そんなものは、この村には無い! ただのお伽話じゃっ!」



 強い口調で言い放った村長の額から、大粒の汗が流れ落ちる。

 その声は怒りに震え、目の前に立つ全身黒ずくめの長身の男を強い眼差しで見上げる。



「まだ足りないようだな」



 男の視線がすっと横に流れる。

 そこには、もう一人の黒づくめの男に身体を拘束された、村長の息子の嫁がいる。

 長身の男は女の首筋に長刀を当てる。



「ひっ!」



 引きつったような悲鳴があがる。周囲のただならぬ様子に、女の腕の中に抱えられた幼児は、先程から鋭い泣き声をあげ続けている。

 男の長刀が女の首筋の皮をするりと切り裂きながら、幼児へと下りていく。



「や、やめて……おねがい……この子だけは……やめて……助けてお願い……」



 震える声で懇願するも、黒づくめの男たちには届かない。



「やめてくれっ!」



 村長の叫びが響いたとき、男の手にしたその長刀が、子ども諸共女の身体を貫いていた。

 女の身体が声もなく崩れ落ちていくのを、顔色一つ変えずに男が見送る。



 そのときだった。



「お母さんっ! イリスっ!」



 ガタンっと音がして、小さな塊が壁際の暗がりから転がり出る。



「だめじゃ! イーレっ!」



 母親と妹に向かって駆け出したその小さな身体を抱き留めたのは村長だ。



「イーレ! あれほど出てきてはならぬと!」



 黒づくめの男達が押し入ってきたとき、咄嗟に、隠し戸の向こうに押しやったはずだった。



「お母さん! お母さーんっ!!」



 半狂乱になって暴れる少年の身体を、村長がぎゅうと抱きしめる。

 それを見下ろすのは、男の冷え冷えとした目だ。



「まだいたのか」



 感情のない声で吐き捨てるように言った男の横に、さらにもう一人、黒い影が現れる。



「臨也様、何者かが街道からこの村への道に入りました」



 臨也と呼ばれた長身の男は、鋭い眼光を走らせる。開け放たれた障子の向こうには、初夏夏の陽射しを照り返す眩しい菜園が広がる。臨也はそのさらに向こう、街道へと続く山道を見据える。



「時間がないな……」



 小さく呟くと、足元の老人に視線を戻す。



「ご老体、もう一度、聞こう。禁足地の入り口はどこだ?」

「ここに禁足地などない!」

「まだ言い張るのか……まあいい。誰もいなくなった後で、ゆっくり探せばいいことだしな」

「臨也様! 侵入者確認、二名の若い男です」



 傍に控えていた男が屋敷へ近づく者の存在を告げる。



「火を放て」

「はっ」



 二人の男が家にしかけておいた起爆剤に火をつける。



「こんなことをしても、無駄だということがわからぬかっ!」



 突如、燃え上がる炎を背後に、臨也は無言のままゆっくりと刀を持ち上げる。



「おじいちゃんっ!」



 腕の中で少年が叫ぶ。

 しがみついてくる小さな身体を強く抱きしめたまま、村長は外へと身体を踊らせる。

 ガタンと音をたてて障子が外れる。

 長刀の切っ先がぎらりと光を放ちながら二人を追う。

 庭に転がり落ちた白い障子に、真っ赤な飛沫が描かれた。

アカギの豪華絢爛な回廊は、人の本性を暴き出す為に敢えて作られた物です。

交渉相手として真に信じられる相手か、また、金で動かされる相手なのか?

それとも美術品がただ単に好きなだけなのか?等です。


現長の伐も若い頃にこの回廊を歩いていてその存在を知っていますが、真鳥と一颯に特に注意を促す事はしてません。

それだけ、忠実にこの任務を遂行出来ると彼らを信用しているのです。


ですから、ある意味、この回廊はアカギの大臣のみならず、伐からの試しでもあるのです。


まぁ、はなから伐は真鳥と一颯がこんなんに引っ掛かるとは思ってません。

特に真鳥に関しては。

記憶に無くても、真鳥の父親の性格を良く知り、また、自分と自分が信頼を置いている人間が父親代わりの後見人になっているのに、そんなもんに惑わされるわけないだろ?

というのが伐の考えです。


今日もお読みいただきありがとうございます。

次の更新は明日(9/26)です。

よろしくお願いします。

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