表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/125

距離(1)

 雲が切れた。

 蒼い月光が、二人の矢杜衆の上に落ちる。



 疎らになった常緑樹の合間に、ごつごつした岩が転がるアカギ国の山中で、二人の男、八束真鳥やつかまとり渡会一颯わたらいいぶきは夜の陣を張っている。

 一颯の視線の先には、寝袋の上に横たわる真鳥がいる。とうに温度を失った焚き火跡の向こう側で眠りについている。





『……こちらこそ、よろしく。一颯』



 男は、矢杜衆のシンボルである犬神らしき白い犬を従え、イカルの宗主巫女イトゥラルを西の大国ニリから護り、ニリと通じていた裏切り者を捕らえた。突然現れた奇異な男のその存在を、誰も覚えていなかった。街中が彼の情報を入手しようと、一時、お祭り騒ぎになった程だ。

 その当の本人が、病院を見舞った一颯の手を握り、ほっとしたような顔でそう言った。



 噂の渦中の男・八束真鳥については、矢杜衆ナンバーツーの加内永穂かうちながほから聞いていた。

 確かにお前のバディだと、加内様は言った。渡された資料には、話題の男が自分のバディであるとしっかり記されていた。

 そして、自分の矢杜衆登録証には、バディの欄に八束真鳥とその名があった。しかも自分の筆跡でだ。



 バディは、簡単になれるものではない。

 大抵の場合、矢杜衆養成所時代の辛い修業を共に堪え、幾年もかけて強固な信頼関係を築き上げた相手を選ぶ。戦場で自分の背中を任せるのだ。相手の技量、性格も重要な判断材料となるが、互いが互いを選ぶことが必要不可欠とされている。

 真鳥と一颯は正式にバディを組んで、二年が経つ。

 一颯にその記憶はないが、彼にはある。これからもバディでいられるのかどうか、心底不安だったのだろう。そばにいた犬神にどつかれながら、なんとか一颯に接しているという風だった。

 実感はまるでなかったが、彼は、自分が選び、そして自分を選んだ、大切な人だ。

 誰よりも信頼する相手に、初対面の挨拶をしなければならなかった彼を、耳まで紅く染めたその銀の髪の上官を、可愛らしいと思った。



 一颯は、自分を信じると決めた。

 そして恐る恐る差し出された彼の手をしっかりと握りしめた。



 そのときの真鳥の顔を、一颯は鮮明に思い出すことができる。

 一瞬、泣き出しそうに眉をしかめた。あ、泣くかな、と思ったら、ほっとしたように息を吐き出してから、はにかむように微笑んだ。拒否されなかったことが嬉しくて仕方ない、そんな感じだった。

 かつての仲間をすべて失った男が、やっと一人を取り戻した。

 そして、それは何よりも大切なバディだった。

 彼の微笑みには、そういう重い意味があったのだろうと思う。

 彼が笑ってくれて良かった。

 真鳥の笑顔を得られたことを、素直に嬉しく思った。

 あのときは。



 なのに……。



 一颯は、小さく吐息する。

 どうやら自分は、真鳥とバディの関係であることを、書類一枚で、納得した気になっていただけだったようだ。

 首都ルーの矢杜衆たちが大騒ぎするほどの有名人が、自分のバディであることを、少しだけ誇って浮かれていたのかも知れない。

 真鳥と初めての任務に出て一日が経過しようとしている今、自分の決心さえも疑い始めている。



 たった一日だ。

 その間、彼に対する一颯の印象は、めまぐるしく変化することになった。

 最初の疑問は、待ち合わせの東門で、すぐに湧いて出た。



「捌いて」



 生きた鰻が何匹も入った桶を差し出された。

 一颯は意味がわからないまま、真鳥の言う通りに鰻を捌き、腐敗を遅らせる術のかかった紙に包み、荷物に入れた。

 まだ会って三回目、話した時間は半時にも満たない。

 決定的に上下関係が決まった瞬間だった。

 まだ出発もしていない状態で、この先の任務に不安を覚えた。

 次の疑問はその後、すぐにやってきた。



「あの、先輩」



 一颯は、前を歩く真鳥に呼びかけた。

 真鳥は慌てながらも、先輩と呼んでいいかという一颯の願いを承諾した。

 それなのに、彼は歩調を早め一颯に背を向けてさっさと歩き出してしまったのだ。

 まるで、顔を見られたくないというように。



 気を悪くさせたのだろうか。

 一颯の中に罪悪感のようなものが広がった。



「怒ってるんですか」



 そう問えば、怒ってないと返ってきた。

 真鳥のことを覚えていない自分に、そう呼ばれたくなかったのかもしれないと思い、罪悪感が広がった。



「気を悪くさせたならすみません。では、八束さんと呼んでいいですか?」



 一颯はすぐに謝罪した。

 ふいに、真鳥の足が止まった。



「……でいい」



 一颯には真鳥の背中しか見えなかったから、その小さな声ははっきりと聞き取れなかった。



「はい?」

「先輩でいい!」



 少し怒ったようにそう言い放つと、真鳥はさっさと先へ行ってしまった。



 何がいけなかったのだろう。

 わからない。



 いつまでも街道に突っ立っているわけにもいかず、彼の後を追った。

 一颯が追いつくと、真鳥が「もう少し速度をあげるよ」と言った。声に怒気は含まれていなかった。そのことに少し安堵しつつも、一颯は目を合わせようとしない真鳥に困惑を隠せなかった。

 真鳥は一颯の返事を待たずに木に飛び上がると、枝を蹴り軽やかに駆け出す。

 彼の動きはまるで、山を駆け抜ける牡鹿のように雄々しく、流麗だった。



 以前、一颯が入院していた病院から、一瞬にして姿を消した真鳥を見たとき、風のような所作に感嘆したことがあった。彼の淀みない洗練された軌跡をみれば、体術に優れていることはすぐにわかった。

 一颯も負けじと、枝を蹴った。

 何度考えても、真鳥のことがわからなかった。



 そのまま二人は国境を越え、アカギの山中へと入った。真鳥が昼の休憩を指示するまで、交わす言葉もなく、黙々と走り続けた。初夏に萌える緑の山を気持ちよく駆け抜けていたら、いつのまにか真鳥への困惑も薄らいでいた。



 三つ目の疑問は、しばらく後にやってきた。

 野営地を確保し、夜の食事を準備していたときだ。

 真鳥が温かいスープを飲みたいと言い出したため、火を熾し湯を沸かしていた。

 当然、話題は食べ物の話になる。

 一颯は、何気ない調子で、好きな食べ物や嫌いな食べ物、普段はどんな食事をしているかなどを訊ねた。

 真鳥は、普通に答えてくれた。好きな食べ物はシチュー。嫌いなものはピーマンと柿。普段は、自炊はほとんどせずに、弁当を買ったり、飲み屋で定食を食べたりと、外食派だった。

 食事中も、それなりに話は弾んだ。

 元来、一颯はこういう場で気を遣うタイプだったため、雰囲気を壊さないよう慎重に言葉を選び、真鳥への言葉を重ねた。

 自分のバディだという彼のことをもっと知りたいと思ったからだ。

 それは、話が武具に及んだときだった。



 一颯は、その背に長刀を背負っているが、真鳥は矢杜衆支給のバックパックしか持っていない。入っているのは、水、食料、寝袋だけのようだ。



「先輩は、普段はどんな武器を使うんですか?」

「ん〜、クナイが一番多いかな?」



 真鳥の左手がすっと動いたと思ったら、焚き火の灯りを弾いて鈍色に光るクナイが一本、真鳥の手の中にあった。



 早い。



 杜仙三位の自分の目でも見切ることができなかった。

 クナイはどこからともなく現れたとしか思えなかった。

 


 この人はとんでもなく強い。



 直感でそう確信した。

 真鳥はなんでもないことのようにクナイを仕舞うと、一颯の作ったスープにふーふーと息を吐きかけている。炙った鰻と干した野菜を入れ塩をふっただけのものだったが、真鳥は「おいしい」と笑みまで溢した。

 目の前にいる男が、急に幼く見えた。

 矢杜衆として優秀であるのは間違いないのに、ふいに子どものような言行動を晒してくる。笑ったかと思えば、怒ったように顔を背けることもある。

 つかみ所がないというか、どうにも不思議な人だった。



 あれ?

 そういえば……。



 そこで、一颯は気づいたのだ。

 自分が問うたことについては答えてくれるが、一颯については、一切、質問をしてこない。

 首都ルーの東門を出て山中に入ってすぐ、スピードをあげると言ったときも、好きな食べ物を問うたときも、武具の話をしたときも、問うのは一颯ばかりで、真鳥から「一颯は?」と返されることはなかった。



 なぜだろう。



「あの、なにも訊かないんですか?」



 任務中とはいえ、食事時という気安い雰囲気の中で、一颯は思うままに尋ねてみた。



「なにを訊けばいいの?」



 真鳥は両手で携帯用食器を持ちながら、視線だけを一颯に投げかけた。



「初めてチームを組み、長旅をするんですから、互いの能力について知っておく必要があると思います。でも、さっきからずっと僕ばかり質問しています」



 真鳥がすっと一颯から視線を外した。



 まただ。

 また何か、この人の心の琴線に触れてしまったのか。



 一颯は自分の心がざわりと揺れるのを感じた。

 少し近づけたと思ったら、また手の届かないところに逃げていってしまう。

 まるで野良猫のようだ。



「初めてじゃないんだけどね」



 ぽそりと呟かれた言葉はとても小さくて、焚き火の爆ぜる音にかき消されてしまった。



「は?」

「まあいいけど。オレは杜仙。ランクは二位。オマエは渡会一颯、杜仙三位、現在、二十一歳」

「あの……」



 真鳥は一颯に口を挟む隙も与えず、彼のプロフィールを語り始めた。



「東の国アカギへは、二年前の災害時の援助活動など、別の任務で数回行ったことがある。特技は武術。主要な武具は長刀。矢杜衆養成所では面倒見のいいまじめな優等生だった。トップの成績で卒業後、任務遂行の正確さは広く認められている。師匠は前・矢杜衆長。好きな食べ物は焼き魚とちらし寿司。嫌いなものはない」

「僕の資料を読んだんですね」

「読んでないよ。食べ物の好き嫌いまで、資料に載ってないでしょ?」



 ああ、そうか。

 そうだった。

 忘れているのは僕の方だけで、この人はすべてを覚えているんだ。



「どうして貴方は全部、覚えているんですか? 犬神様の御業だとききました。何があったんですか?」



 一颯はどうしても問わずにいられなかった。

 けれど、そのとき真鳥は無表情だった。

 笑っても、怒ってもいなかった。

 どこか疲れたような、感情を忘れてしまったかのような、そんな表情をしていた。

 真鳥はたった一言、こう言った。



「さあ……どうだろう」



 真鳥から貰った答えは、それだけだった。

 それ以上、一颯は何も言えなかった。



 先に見張りを申し出た一颯に、真鳥は遠慮することなく、寝袋の上で丸くなって寝てしまった。



 一颯は、無骨な指を組み合わせ、軽く顎を載せる。

 手甲に施された鉄が、月の光を鈍色に変えて反射する。

 静かに眠る真鳥の、イカルでは珍しい銀の髪にも月光が落ち、異質な光を放っている。



 戸惑っている。

 八束真鳥が分からない。

 肝心なことは何も教えてくれないくせに、向こうは自分を完璧に知っている口ぶりに、正直、苛ついた。

 あの後、また平気な顔で「スープおいしかったよ、ごちそうさま」と笑う真鳥を前に、どう反応していいか分からなくなった。





 イカルを出発してから十九時間。

 その間に盗賊から襲われること二回。

 自分が抜刀するよりも前に、すべての敵は倒れていた。どちらの時も、事が終わってみると、汚れ一つ付いていない戦闘服と、涼しい顔が目の前にあった。圧倒的な攻撃力を見せつけられ、息を呑んだ。

 戦闘能力は自分よりも遙かに優れている。そのレベルは、杜仙一位でも通用するレベルだと一颯は評価した。

 そして、戦闘時以外は、へらへらと笑ったかと思えば、ふいに視線を逸らせたり、急に考え込んだりする。任務中だというのに、温かいスープをねだり、旨そうに平らげた今は、見張りを一颯に任せ、地面に敷いた寝袋の上で、気持ちよさそうに眠っている。



 すぅすぅ。

 規則正しい寝息が聞こえる。



「わからない……」



 思わず声に出てしまう。

実際に行動を共にしてみてわかったことといえば、戦闘能力と非戦闘能力のあからさまなギャップだけで、謎は増すばかりだ。

 一颯は溜息をついたついでに、懐中時計を確認する。

 午前二時過ぎ。

 予定では、三十分後に真鳥と見張りを交代し、自分が休むことになっている。

 放っておいたらこのまま朝まで眠るんじゃないだろうか。

 自分のそんな考えに、この人ならそれもあり得ると、笑みが零れそうになった瞬間だった。



「!」



 わずかな殺気が夜気に混じり込むのを肌が感じ取る。

 愛刀の柄に手を掛ける。

 視線は周囲に配りながら、眠っているはずの真鳥に向かい手を伸ばす。

 しかしその手が彼に届くことはなかった。



 ドサッ。

 人が地面に落ちる鈍く重い音がする。

 真鳥が寝ている場所から右斜め五メートル先の木の根本に、動かない黒い塊を見つける。クナイだろう、その倒れた敵の首筋に鈍色が光る。

 背後に人の立つ気配。



「あと四人」



 一颯のすぐ後ろに、声の主がいた。その両手にはもう次のクナイが握られている。殺気を感じてからここまで数秒。一本目のクナイは、敵にうめき声さえ漏らす時間を与えなかった。



 この人はどれだけの能力なんだ!



「左を頼むね」



 真鳥が囁く。その声の冷たさに、味方であるはずの自分の背筋までが凍える。

 真鳥は次の瞬間、宙へ飛ぶ。

 一颯はその動きを視線で追う。

 敵は右に二人、左に二人。

 一颯は右側へ飛んだ真鳥の背後と、左側の敵の間に移動する。

 刀の柄に右手をかけ、木々の間に巣くう闇に視神経を伸ばすように見据える。

 敵は、手練れだ。

 枝から枝へ素早く移動し、その場所を捕捉できないように巧みに動いてくる。特別な修業を積み、特殊な体術や武術を身につけた矢杜衆並の動きだ。

 けれど、自分たち杜仙の敵ではない。

 一颯は、その動きを読む。

 瞬間的に殺気が強まり、肌がぴりりと張る。 

 敵が二人同時に自分に向けて飛び込んで来る。



 キンッ

 ガキッ

 蒼い火花が散る。



 右手の長刀で一人の刀を受け、左手に構えたクナイでもう一人の刀を受ける。両腕の塞がったこの瞬間、背後からの急襲に備えて、意識を向ける。



「!」



 いつのまにか、真鳥が一颯の背を守るようにそこにいる。

 自分だったらそこで援護するだろうという、まさにその位置に真鳥がいる。



 一颯の頭のてっぺんからつま先まで、電流が駆け抜けたかのようなショックが走る。



 戦い易い。



 しかしその感慨にふける間もなく、一颯は無防備になった背を真鳥に任せ、長刀を振い敵の刀を弾き飛ばすと同時に、左手の敵も力で押し返す。

 二人が闇へと飛び退るその瞬間を見逃さない。一本のクナイが一人の喉笛を捕らえる。岩の上に骸が落ちる。



「発!」



 一颯は空いた左手で印を結び、術を発動する。

 先程攻撃を受けたときに、起爆剤を含んだ札を相手の身体に忍ばせていた。

 暗闇にぼっと橙の光が生まれる。敵の身体は一瞬のうちに炎に包まれる。

 同時に背後で風の動きを感じる。

 真鳥が右側に残っていた一人を倒したようだ。見なくてもそうだと確信できる。

 炎の中で最後の一人が崩れ落ちると、森を照らす光は、再び蒼い月だけになった。



「二時十分か〜、なんか中途半端だなぁ」



 真鳥が両腕を伸ばし、うーんと伸びをする。

 少し伸びすぎた銀の髪が月光を弾く。

 一颯はまだ刀を右手に握りしめたまま、全身に流れた快感とも言えるあの感触を味わうように佇んでいる。



 月明かりしかない夜の森で、言葉一つ交わすことなく、真鳥は一颯の動きにぴたりと合わせ動いた。

 まるで、もう何年も前から、幾つもの死闘を共に潜り抜けて来たかのように、真鳥は一颯の次の動きを読み、完璧に援護した。

 これは、ただ戦い易い、というレベルではない。

 会ったばかりの者同士が、たった数分の戦いの中で、ここまで連携の取れた動きができるわけがない。相手の能力や得意な攻撃方法、そして弱点を知っているからこそフォローができる。



 この人は、本当に僕を知っている。

 バディとして、戦場に出たことがある。

 それも幾度も。



 自分の身体がそう告げている。

 一颯の中に生まれた疑問が渦を巻く。



「先輩、僕たちは……」



 言葉にしようとして、それが愚かな問いであることに気づく。



 本当に、バディだったんですね。



 信じていないわけではない。

 けれど、理解しているつもりになっていただけだったのかもしれない。

 数刻前に問うて、結局答えの得られなかった問いが、一颯の中で再燃する。



 何があったのか。

 なぜ自分はこの人を忘れてしまったのか。



 真鳥は正面から一颯を見据えている。ヘラヘラと笑ってもいなければ、怒ってもいない。そこにあるのは、ただ静かな黒い瞳だ。



「何?」



 真鳥が一颯に続きを促す。

 訊いても答えは返ってこない。そんな気がした。

 だからといって、納得できるわけでもなかったけれど。



「……いえ……何でもありません。すいません」



 一颯は自分に言い聞かせるように答える。

 そして、思い出したように、右手の長刀を鞘に収める。



「先輩、もう少し休みますか?」

「いや、ちょうどいいから交代しよう。なんかこのまま寝たら、朝まで起きられないかもしれないし」



 冗談めかして言ったけれど、この人ならどんな小さな物音でも、覚醒と同時に攻撃ができるのだろうと、一颯は確信している。


「わかりました。じゃあ、休ませてもらいます」



 一颯は、焚き火の横に自分の荷物から寝袋を出して広げる。

 季節は、もう初夏だ。

 山間部の夜だから少し冷えるが、寝袋に入れば快適に眠れるだろう。

 たとえ周囲に、たった今、倒したばかりの敵の死体が放置されていようとも、眠るべきときに眠れる。それが矢杜衆というものだ。



「三時間経ったら遠慮なく起こしてください。夜明けにここを出れば、昼にはアカギの首都に着けます。薬を早く届けたい」



 一颯は、自分の懐に仕舞った小さな銀のケースを意識する。

 真鳥は焚き火跡を挟んで、反対側に座る。ばらけていた銀の髪を後ろで一つに結い直し、一颯に向かって笑む。



「オレたちなら、午前中のうちに届けられるでしょ」



 それは、過言ではのだろう。

 通常なら、ここまでの距離を来るのに一日以上かかるのが常だ。今回は一日かかっていない。

 チームでの長距離の移動は、足の遅い者、スタミナの無い者に影響される。それを計算に入れて道程を計画するのだが、今回は互いの能力を確認することも許されず、いきなりスタートした。

 一颯はそういう展開を好まない性格だったが、真鳥に「大丈夫。オレたち息ぴったりなはずだから」と躱されたのだ。

 行動を共にしてすぐに、真鳥の能力は解った。久しくこんなことはなかったが、足を引っ張るのは自分の方かも知れないと、一颯が思うほどだった。

 自分たち二人ならば、かなり時間を短縮できる。

 それは疑いようのない事実だ。



「そうですね……それじゃあ、明日のために少し寝ます。お休みなさい、先輩」

「お休み、一颯」



 瞼を閉じた一颯の耳に、「また明日」という真鳥の声が、優しい子守唄のようにそっと届いた。



今日もお読み頂きありがとうございます。

次の更新は明日(9/23)です。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ