夏の宴(2)
「おい、矢影五位の奴が、賞金もらったってよ」
「知ってる、知ってる。八束真鳥と同じ任務についてた奴だろ? 神殿警護んとき、巫女に追いかけられてたって話だろ」
「賞金の話はホントだったのか?」
「げー、マジかよ?! すげえな」
「情報はまだまだ募集中らしいぜ」
「でもいくら探っても出てこないんだよ」
「よし、俺は八束ん家を探ってみる」
「あ、それは止した方がいいよ」
「なんでだ?」
「八束の後つけて、住所を調べて家に押しかけようとした奴がいたらしいんだけど、長に瞬殺されたらしい」
ラウンジが冷凍室に早変わりしたかのように、カチンと静まり帰る。
長が、たまたまそこにいたのか、見張ってたのかまでは知らないけどな・・・、と情報通らしい男は身体を震わせる。
「そいつは病院行き。薬や食料品を届ける癒やし手以外、誰も近づけないって話だ」
「長が動いてるのか?」
「トップシークレット発言は本物だってことだろ」
「一体、何者なんだ、あいつは」
「全くわかんねえ。本人が寝込んでて任務に出てないし、家に近づくこともできないしな。あれ以来、長や加内様も口を閉ざしたまんまだし」
「珍しく、長の部屋のドアまで閉めてるって気の入れようだ。この状況で、八束真鳥の何かを掴んだら、すげえ賞金が出ると思うんだけどなぁ」
「だかやるしかない!」
「どうやるかが問題なんだよ」
「長に見つかったら半殺しだろうし」
「だよなぁ〜」
矢杜衆詰め所に入ってすぐのラウンジには、テーブルを囲み頭を抱える若い矢影たちの姿があちこちに見受けられる。
渡会一颯は、そんな彼らを一瞥すると、さっとラウンジを抜けて中庭を囲む回廊へ出る。
最近の矢杜衆たちの間では、どこへ行っても八束真鳥という杜仙のことが話題にのぼる。
犬神を連れ、巫女誘拐を阻止した長お墨付きのトップシークレット人物だ。皆の興味を引くのもわかる。
一颯は、自分と真鳥の出会いを彼らが知ったらどんな騒ぎになるだろうかと、想像を巡らせる。
ニリとの攻防戦で重傷を負った一颯が、次に気づいた時には病院のベッドの上だった。
真鳥との出会いはその病室だ。しかし、彼は見舞いに来たわけではない。あろう事か、窓から覗いていたのだ。
毎朝、毎晩、木の上から病室を覗き、一颯の様子を窺い、しばらくすると帰って行く。彼が去った後にそっと窓の外を見ると、彼の側にはいつも犬神が付き従っていた。
上級矢杜衆が犬神を連れ歩き、その存在を誰も覚えていない、という二つの神秘的要素が、若い矢杜衆たちを刺激しているのだろう。
一颯はそう分析していたが、自分自身はお祭り騒ぎの中に入っていくことはなかった。
何かの理由があって真鳥に関する記憶は犬神によって封印されたのだろうと、上司である永穂が言っていた。犬神の存在を目の当たりにすれば、そういうこともあり得るだろうと、素直に頷ける。
けれど、一颯にとって重要なのは、皆が騒ぐ八束真鳥像ではない。
渦中の人は、自分が選んだ、ただ一人のバディだ。
彼はずっと前から矢杜衆としてイカルにいたはずだ。
幾度も死線を越えて、共に戦ってきたはずだった。
傷も癒えた今、自分にとって一番大切な事は、一刻も早く真鳥との距離感を掴み、任務に戻るという事だ。
入院中のあの夜以降、隣のベッドで寝ていた仲間を殺された事件を追っていたが、やがて手詰まりとなってしまった。
同じ部屋にいたのに、自分は助けられなかった。彼のためにどうしても何かしたくて、ベッドを抜け出し、永穂たちと共に、クサリの影を追ったのだが、クサリはその存在の欠片すら残さない、周到な集団だった。
やがて巫女誘拐を機に、調査は一端、打ち切られた。
その後は、筋力の回復と勘を取り戻すことを目的としたリハビリプログラムに従い、矢杜衆養成所卒業以来、久方ぶりに修行場で汗を流していた。
そして今日、詰め所から連絡が来たのだ。
指定された時間に、長の執務室をノックする。
さっきラウンジの矢影たちが言っていたように、いつもなら開けっ放しになっている扉も、今日はぴたりと閉まっている。
「入れ」
中からの長の声を受けて、ドアを開く。
「渡会、もう体調は大丈夫なようだな」
長は大きな机の向こうの椅子に座っている。ドアが閉まっていることも、長がちゃんと椅子に座っていることも珍しい。いつもなら日当たりのいい南側の窓枠に腰掛けているのだ。
そしてなにより、任務の指令ならわざわざ長の執務室まで来る必要はない。事務室で担当官から命令書を受け取り、説明を受けるのが常だ。
さらに今日は、長の片腕である加内永穂までもが、その傍らに控えている。
何かある。
それはもちろんあの人のことだろう。
「問題ありません。長らく休みを頂き申し訳ありませんでした。任務を成功できなかったことも……」
一颯は深く頭を下げる。
相変わらず堅い男だ、と長がふっと笑ったが、脇に立つ永穂に睨まれて、一颯が頭を上げる前にその笑みを隠す。
「詫びる必要はない。あいつらは用意周到だ。何十年も追っているが、尻尾を見せん。簡単にケリがつく問題じゃない。それでも相手は人間の集団だからな。いつか綻びの一つも出る。情けないことに、今はそれを待つことしかできんがな……」
そこで瑛至は深い物思いに沈み込んだように黙する。
長もまた、クサリという存在には特別な心情があるのだろう。
しばらく沈黙が流れたあと、「長」と、永穂が矢杜衆長を促す。
「あー、ええと、実はまだ一つ問題が残っていてな」
長は机の上で組んでいた両手を解き、困ったように首筋を撫でる。
「八束真鳥のことなんだが……」
やはり、と一颯は察する。
真鳥は敵の毒により一週間入院し、今は自宅療養中だと聞いている。
一緒の任務に就けるのかもしれない。
それも、こんなに早く。
一颯の胸が期待に膨らむ。
瑛至の静かな眼差しが、そんな一颯をつぶさに観察している。
やがて瑛至は、ちらと永穂に視線を送った。
永穂は口元を僅かに引き上げる笑みで応える。
如何なる状況下でも冷静に周囲を観察し、人の表情や仕草から内面を読み取る能力があるといわれている永穂だ。
矢杜衆全体が、真鳥に対する反感や物珍しさでお祭り騒ぎになっている今、たとえバディであっても、真鳥と共に任務に就かせるべきか、判断する必要があった。
そのために今日、一颯をここへ呼んだのだ。
この男なら大丈夫だろう。
瑛至の中で予想が確信に変わる。
もっとも永穂の方は最初から渡会ならば大丈夫だと言っていたが、瑛至は自分の目でも確かめたかったのだ。
それほどまでに、八束真鳥に絡む問題は繊細だ。
瑛至がすっと姿勢を正す。
「任務を伝える。アカギ国の大臣へ薬を届けて貰いたい。難病の薬だ。我がイカル国でも貴重でな、外へ出ればその百倍の値が付く。すでに大臣がその難病に掛かっていることは公になっている。つまり……」
「その薬を盗賊や他国の敵から護り、無事にアカギの大臣へ届けなければならないということですね」
「そうだ。あまり目立ってもならないし、かといって一人ではバックアップができない」
「八束さんと二人ですか?」
「その通りだ」
「あの人は今、伏せっていると聞いていますが」
「出発は二日後の早朝だ。薬を調合するのに明日いっぱいはかかる。八束なら出発までには体調も整えるだろう。周りがちょっとばかりうるさいので、家から出るなと言ってあるだけなんだ」
瑛至の言葉に、一颯は心のうちで安堵する。
自分が見舞ったときにはそれほど体調が悪いようには見えなかったが、癒し手が自宅で看病していると聞いて、それほど酷かったのかと、心配していたのだ。
あの人と一緒の任務に就ける。
一颯の中にじわりと何かが湧き上がる。
歓びなのか、期待なのか。
その理由を言葉で説明することはできない。
ただ彼と共に任務に就けることに浮き立つ気持ちを抑えられない。
一颯は、そんな思いを振り切るように、気持ちを引き締め、片膝をつく。
「その任務、矢杜衆の印に懸けて、しかと承りました」
一颯は慣例通りの作法で、長の命を受ける。
「必ず帰って来い。ここに戻るまでが任務だ」
これは、長が任務に赴く者に常に伝える言葉だ。
任務に命を懸けても意味はない。任務を完了し、ここに戻ってくることに命を懸けよというその言葉が、一颯は好きだった。
誰かを救うために自分が犠牲になったのでは、なんの意味もない。救われた方は、それからどうすればいいのだ。また護ってくれる人を探すのか? 生きているからこそ、大切なものを護ることができる。明日を護らずに、未来はない。
一颯はいつもそう思っている。
それは、真鳥とバディを組む時に、彼に誓った言葉でもある。
「はい」
その想いのまま、一颯は真っ直ぐに長を見上げる。
「明後日の日の出、東門で八束と落ち合え。それから、この任務のことは他言無用に頼む」
「了解しました」
一颯は長と永穂に礼をし、部屋を出てその扉を閉める。
八束真鳥。
またあの人に会える。
一颯は、詰め所の中庭から二階の庇へ瓦を蹴り、三階から最上階の屋根へと、一気に飛び上がる。
首都ルーから北を眺める。
石造りの大きな神殿の向こうに、緑の杜が深々と横たわる。矢杜衆の守護神である犬神が住まうという杜だ。その向こうを連山が囲む。
初夏の空がイカルを包んでいる。
一颯の目の前を、一羽の燕がついーと飛びすぎた。
「あー、疲れた」
長の執務室では、その主が机の上に突っ伏している。
「これくらいで音を上げるとは長らしくもない」
「長って呼ぶな。っていうかもう寝かせてくれ。昨日も八束の家の側で寝ずの番してたんだぜ」
「最初に新聞に流したのはお前だ。自業自得だから同情はしない。昨夜はどのくらい掛かったのだ?」
「矢影三人、杜仙一人」
「大漁だな。で、処理は?」
「いつもと同じだ」
「医療院送りか。院長から名指しで苦情が来ているぞ。これ以上、仕事を増やすなと」
「ふん、もっと働けジジィめ……と、言いたいところなんだがなぁ」
瑛至は頬杖をついて、ぼんやりと天上を見上げる。
「これだけやってもまだわからない奴らがいるのか。矢杜衆たるもの民の模範であれと、私は教えてきたつもりだ。そんな奴らを矢杜衆にした覚えはないのだがね」
「相変わらず手厳しいね、永穂は。それだけ八束の存在が異質だってことだろ。あるいは金に目が眩んでるだけか」
矢影の給料は少ねえからなぁ……と伐がボヤく。
「矢杜衆日報への手は打ってある。元凶はそこだからな。今後も賞金を出すなら容赦はしないと脅しておいた。賞金が出なくなったとわかれば、いづれこの騒ぎも収まるだろう」
「怖いねえ、お前も」
と、瑛至が笑う。
「そう願いたいね。誰も覚えてないといっても本人はちゃんと存在するんだ。皆、初めましてからやり直せばいい。異質じゃなくなればいいんだ。本人がこの状況をどう受け止めてるかまではわからんがな」
「他人はともかく、バディである渡会から初めましてと言われたら、それは辛いだろう」
「お前は辛いなんて思わんだろうが。あちこちで冷酷無比と言われているぞ、永穂」
「いや、もし妻にそう言われたら、私は生きていけないだろう」
愛妻家は健在だなと、笑う瑛至の声が執務室に響く。
「さて、そろそろ出るか」
瑛至が立ち上がる。
「見張りも今夜で終わりだ。ケリをつけてくる」
「ご苦労様」
「お前は、アカギへの薬の様子、確認しといてくれ。今一番重要な任務だからな。あの大臣がいなくなったら、商業上の取引だけでなく、今後のアカギとの友好関係にも影響する……と、議長が言っていた」
「ただの大臣ってわけじゃなさそうだ」
「あの人はこれからのアカギ国に必要な人なんだよ」
「それも議長の受け売りだろう?」
「そんなところだ」
ドアを出て行く瑛至に、永穂が声をかける。
「やり過ぎるなよ、瑛至」
「わかってる」
矢杜衆の長は、伸びと欠伸を連発しながら、執務室を出て行く。
翌朝、矢杜衆詰め所前に人だかりが出来ていた。
八束真鳥の家で張っていた長にコテンパにやられた三人の矢影の無残な姿の写真が、詰め所正面の壁にクナイで繋ぎ止められている。
丸裸だった。
同時に、矢杜衆日報が賞金を取りやめたという噂が流れ、矢杜衆たちの宴にようやく終止符が打たれた。
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