再開(1)
ヒヨドリが鳴いた。
ふと足を止め、被っていた帽子のつばを少しだけ持ち上げ、聳え立つ木々を見上げる。
若葉に萌える枝に遮られ、鳥の姿はおろか空さえ見えない。
雨粒が頬を打つ。
葉の上で集い、その暈を十分に増してから落ちてくる。
杜に入るまでにすでに濡れそぼっていた身体を、重みのある雨粒がさらに打ち据える。
神殿をこっそりと抜け出した罰だとでも言われているようで、巫女は少し笑い、そしてまた歩き出す。
獣道にも等しいこの道を、五年前、女官長と二人だけで歩いたときのことを思い出す。
イカルを護る犬神が住まうという北の杜に、一本の古木がある。建国より前から存在するという御神木、イカルの要だと教えられた。
巫女となった者は、身を清めてその御神木に触れ、巫女となる誓いを立てる儀式を行わなければならない。
『杜へ入り、儀式を終え、また杜を出るまでの間、言葉を発してはなりません』
杜の入り口で女官長がそう言った。
巫女は目の前の光景に目を奪われて返事をすることもできなかった。昼間でも陽が届かず薄暗い杜の中へと続くその入り口が、魔物の口のように思えて足が竦んだのだ。
尻込みする巫女の手を女官長が引いた。
大丈夫だからと、そっと手の甲を撫でて宥めてくれた。
一歩、足を踏み入れたとたん、すべてが一変したときのあの感覚は言葉にはできない。
母の腕に抱かれているような優しさに包まれ、身体中が歓喜に溢れたのだ。
杜に生きるものたちが、杜そのものが、自分を受けれてくれた。
そう感じた。
あの時と変わらぬ慈愛が、五年経った今でも自分を包んでくれていることに安心し、湧いてくる力に足取りは軽くなる。
人を護るばかりで、自分を護ることをしない真鳥を、自分が助ける。
強い意志が一歩を支える。
もうここは神域であり、杜と自分しかない。
頬を流れる水滴をぐいっと袖で拭い、被っていた帽子を取る。
結っていない髪がぱさりと零る。
その髪を一つに結おうと手を挙げる。
その時だ。
白いものが巫女の視界を流れた。
「っんんっ!」
何が起こったかわからなかった。
きつい匂いのする布が鼻と口を覆う。刺激臭が巫女の目に焼き付くような痛みをもたらし、閉じた眦から涙が零れる。
手足を振り回して抗うが、後ろから抱きしめられる形で身体を固定されていて逃げられない。
「っふ……」
「大丈夫……誰も貴女を傷付けさせない」
耳元で声がした。
聞き覚えのある声だった。
なぜ……
声の主を確かめようとしたが、もう身体は思うように動かなかった。
手にしていた帽子が落ちて、巫女は眠りに落ちる。
「ニリには渡さない。この命にかけて貴女を御守りします。あの方が来るまで、必ず」
力の抜けた巫女の身体を抱え上げ、そっと連れ去る。
その者の姿を見ていたものは、杜そのものだけだった。
今日(9/12)はお昼前にもう一話、アップします。