第5章26話
「なぜ貴方がここにいるんですか?」
「いちゃ悪いか?」
真鳥との待ち合わせのために一颯が神殿に行くと、そこには先客がいた。
「僕的にはあまり気分が良くないのですが、玄馬さん」
「そりゃ気の毒に。なんの病気だ? 医療院行った方がいいんじゃねえか?」
「病気ではありません。なんでここにいるのかと訊いているんです」
「長から真鳥への伝言を言付かってきた」
「それなら僕が伺っておきます」
「言えないね。機密情報だ」
「二言目にはそれですね」
神殿の表門付近に立つ二人の矢杜衆が、顔を合わせるなり場の空気を一気に悪くしていた。
神聖な気持ちで神殿を訪れた参拝者たちが、びくびくと二人の傍を避けながら迂回していることに、二人は気づいていない。
「お! 来た来た。お〜い!」
本殿の方からやってくる銀髪を見つけて、玄馬が大きく手を振る。
神殿の表門から本殿までの間は、広い参道になっている。
広場といってもいい。
その両側は緩く弧を描くように植えられた木立に囲まれており、それらは今ちょうど、花の時期を迎えている。
この季節は、花見をするために訪れる者たちも多いほど、見事なものだ。
周囲は薄暗くなり始めていたが、満開の白い花たちが仄かに光を放っており、歩いている人々はまだ十分に見分けることができる。真鳥の銀の髪は人混みの中でも目立つのだが。
「あ〜玄馬さんだ。どうしたんです〜?」
「長からの伝言だ。『今夜、六時に雷屋で』」
「わざわざ? 式でいいのに〜。でも長たちの時間が取れたみたいで良かったね〜。ね、一颯」
「はい、先輩」
にこりと真鳥に微笑んだ一颯の顔は、玄馬に向けられると同時に無になる。
「僕の目の前でベラベラと話しているそれのどこが機密情報なんですか?」
一颯の声が一段、低くなる。
玄馬はそんな一颯を挑発するかのように、ニヤリと笑う。
一颯と玄馬、二人の間に漂うただならぬ空気感に気づいているのかいないのか、真鳥は呑気に笑顔で二人を見ている。
「あ、そうだ! 一颯、イトゥラルがケーキおいしかったって。喜んでたよ〜。すみれの砂糖菓子が可愛いってさ」
「ありがとうございます。巫女様のお口にあってよかったです」
一颯は真鳥に向けて、なんの含みもない穏やかな顔で微笑む。
「お前も真鳥の犬か」
「それは貴方の方でしょう」
「俺は喜んで犬になる。真鳥、俺を飼ってくれ」
「え? 飼うの? 玄馬を?」
戸惑う真鳥の前に、さっと一颯が割って入る。
「貴方の飼い主は長では?」
「お前、俺のこと、調べただろう」
「当たり前でしょう。先輩の周りに現れた不審者を調べるのはバディとしての務めですから」
「うわうっざ。まじで小姑だわ」
「なんです? それ」
「お前、真鳥の小姑って言われてるぞ」
「誰がそんなことを」
「みんなだよみんな」
「貴方が言っているだけでは? 僕は気にしませんよ。小姑結構。先輩に一番近いところにいるという証拠ですからね」
「開き直りやがった。冷静沈着で部下思いで孤児たちにも人気の杜仙さんはだいぶ図太いんだな。そして真鳥のことになると心が狭い。実は腹黒だったりすんだろ」
「貴方も僕のこと、相当、調べてますよね」
「これから一緒に過ごすことが多くなるんだ。下調べは重要だろ?」
「それはありませんよ。任務のチーム分けに貴方の希望は通りません。バディでもない貴方が先輩や僕たちと任務に就く可能性は低いです」
「それはどうかな〜」
玄馬は腕を頭の後ろで組み、楽しそうに笑う。
「オマエら、仲良いね〜」
「どこがですか!」
「どこがだ」
真鳥がぷふっと吹き出す。
「そういところ」
真鳥の言葉に、二人は少しだけ渋い顔をする。
真鳥にはなんとなく感じていた。
この二人はきっと仲良くなる、と。
その時、真鳥の頭の中に、ふとある風景が浮かび上がった。
それは早朝、薄明の時。
どこか丘の上のような見晴らしの良いところだった。
空が薄桃色に染まってゆく。
風が前から吹いている。
目の前には、イカルのルーの街が見える。
真鳥の右隣には、一颯が立っている。
イトゥウラルが一颯の隣にいる。
そして真鳥の左手には、玄馬がいる。玄馬の隣には奏羽と帆岳がいる。みなから少し離れたところに佇む男は、臨也だろう。
皆で、同じ方向を向いている。
その日、最初の光を待っている。
一瞬の間に、そんな景色が見えた。
かつて、真鳥の父である華暖とバディの臨也、瑛至と祈織、その四人は常に共にあった。
そんな四人を羨ましく思っていた。
自分には誰もいなかったから。
同時に、自分にバディや仲間ができることを、当時の真鳥自身は想像もできなかった。
父親が亡くなり、本当に一人になってからは、一人の方がいいと思っていた。
大切な者を失うのは、つらいから。
いつのまに、増えていたのだろう。
共に並び立ち、同じ地平を見て、朝日を待つ者たちは、みな真鳥が大切に想う者たちだ。
それは夢のように美しい光景だった。
オレも親父たちみたいになれるのかな。
そんな願いともつかない想いがよぎる。
一颯の命を救うために、真鳥に関するすべての記憶が人々から消えた、あの日から一年。
異端の目で見られる日々の中で、いつのまにか、こんな近くに仲間ができていたことに、真鳥自身が驚いている。
そして、一人ではない、彼らがいてくれる。そう感じることが、真鳥に力を与えてくれるのだと、今更ながら、実感する。
そこに並び立つ彼らもまた、きっと同じように真鳥を大切に想ってくれていることを、自惚でなく、感じる。
親父たちは、それを知っていたんだろうな。
あの美しい光景を。
だから、ダメなんだ。
自分を諦めたら、彼らを助けられない。
でも、一人じゃないなら、きっと切り抜けられる。
最悪の状況で、最良の一手を見つけられる。
その一枚の絵のような光景に、真鳥は誓う。
そして、いつか絶対に来る未来となるよう、刻みつける。
「ねえ、玄馬さん」
現実に戻った真鳥が、玄馬の袖をちょいちょいと引く。
「オレたちこれから雷屋に飲みにいくんだけど、一緒に来ない? 長と議長もいるよ」
「え?!」
声を上げたのは一颯だ。
無邪気な笑顔で誘う真鳥を前に、一颯の顔色が一瞬で変わる。
そんな一颯を横目に笑いながら玄馬は金髪の後頭部を掻く。
「嬉しい誘いなんだが、これから任務なんだ。また今度、誘ってくれ」
「そうなの? 残念〜」
「じゃあ、またな」
玄馬が右手をあげて、あっさりと歩き出す。街とは反対の方へ向かうようだ。
一颯の横を通り過ぎざまに「お前も苦労するなあ。まあ頑張れ。小姑さん」と肩を叩きながら囁くことを忘れない。
「大きなお世話です」
一颯の声は小さかく、それは先に歩き出した真鳥には届かなかった。
「一颯、行くよ〜」
「はいっ」
「今日はね、親父たちにオレのバディのお披露目だからね」
「光栄です、先輩」
二人の声が遠ざかる。
まもなくして神殿の参道に灯火が入った。
旨い料理と酒、そして瑛至と祈織が待つ雷屋へ、幸せな顔で向かう真鳥たちの後ろ姿を、灯火の淡い光に彩られた満開の花たちが優しく見送っていた。
(第5章完、第6章へ続く)
このまでお読みいただきありがとうございます。
第の5章いかがでしたでしょうか。
少しでも気に入っていただけたら嬉しいです。
次の第6章スタートまで、しばしお待ちください!