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第5章17話

「雷吾、いるか」

「はい。芳司様」


 芳司守土ほうじもりとの呼びかけに、大柄の男が音もなく姿を現す。


「先程、外が騒がしかったようだが?」

「申し訳ありません」

「失敗したのか」

「そのようです」

「そうか……」


 守土は家族との夕食を終えた後、屋敷の一階にある広さ二十畳ほどの書斎に籠もり、アカギを訪問している間に溜まっていた書簡に目を通していた。

 この書斎に家族の者は入れない。入出を許されているのは、守土の専任護衛の一人である杜仙三位の梶間雷吾かじまらいごだけだ。使用人が掃除をする場合には、必ず雷吾が立ち会うという徹底ぶりだ。

 家人に見られることを憚るような情報を守土はこの部屋に蓄えていたからだ。それは議会での地位を確立するために必要なものであり、守土の父や祖父もまた、同じようにこの書斎を使用してきた。


 入り口からみて右側の半分を占めているのは天井まである書架だ。祖父の代、父の代と少しずつ増設していき、今や書架も八列まで増えている。今後も芳司家が代々、続くことで、いずれこの部屋は書架で埋まるだろう。


 書架と反対側は、東方の国の有名な職人に作らせた応接セットが並び、その奥には書き物をするための机と椅子がどっしりと場をしめている。

 事務仕事を行うためのその机と椅子と机の上に置かれたガラス製のランプもまた、どこか遠い国の名匠の手によるものだ。


 守土は読み始めたばかりの書簡を机の上に置く。

 優雅な仕草で金縁の眼鏡を外し、美しい装飾のなされた椅子の背に身を預けると、膝の上で長く細い指を組む。机を挟んで向こう側に立つ雷吾の顔を見上げる。

 守土の姿勢が整ったところで、雷吾が報告を続ける。


「あの男によりますと、議長襲撃を行ったのは我々だけではなかったようです」


 守土の眉間に皺が刻まれる。


「詳細を聞こう」

「私が送り込みました部隊が予定通り議長の襲撃を始めたところ、別の者たちがどこからともなく流れ込み互いに戦闘になったようです。議長およびその護衛、そしてその謎の者たちによる攻撃で、こちらはほぼ全滅です」

「残った男はどうした。あの矢杜衆になれなかったという男は」


 守土が言っているのは、先程、芳司家の門の前で騒いでいた男のことだった。

 彼は雷吾がみつけてきた男で、矢杜衆養成所を出たは良いが才能には恵まれず、ずっと輜重部門に配属されていた。戦闘部門を希望し、鍛錬に励み、昇格試験を受け続けたが、矢影七位よりも上に行くことはできなかった。自分を認めてくれない上層部に対し、強い反感を抱いていた。

 飲み屋で見かけたその男を、雷吾は慎重に調査した上で雇った。もちろん、自分が議会の副議長付きであることは伏せていたが、男も下位とはいえ矢杜衆の端くれ、馬鹿ではなかった。逆に雷吾のことを調べ、守土宅に出入りしていることを突き止めた。

 そして議長襲撃の依頼が副議長の命ではないかと雷吾に詰め寄ったのだ。


 男の目的は明白だった。

 金だ。

 生活するのもままならない状態だった。


『副議長が議長を襲撃っていうのは穏やかじゃないねえ』


 男は雷吾を脅してきた。礼金を上げなければ、このことを世間にばらすと。

 そこで雷吾は、男の矢杜衆上層部への逆恨みを利用し、男の欲を巧にすり替えた。

 議長は現矢杜衆長のバディなのだと教えたのだ。矢杜衆上がりの中途半端な男が、議会を乗っ取ろうとしていると。


『あなたの能力を認めなかった矢杜衆上層部への復讐です』


 雷吾の一言で男の腹は決まったようだった。もちろん礼金の値上げも抜かりなくちらつかせておいた。


 男は祈織暗殺を主張したが、雷吾はそれでは意味がないと男を説得した。死んでしまえば苦しみもない。だから殺さずに痛めつけ、議長の椅子から引き摺り下ろすことで、生きていることの苦しみを味わわせるのです、と。

 矢杜衆長のバディを餌にすれば、昇進も可能だとも囁いた。


 男の性格や力量に合わせ盗賊や矢杜衆崩れなどを集め、襲撃チームを作り、男に指揮を任せた。

 男は期待した以上に実に巧くやっていた。長年、輜重部門で前線を支えてきただけはあった。

 実際に襲撃が始まるまでは……。


「議長の護衛から太刀を浴びせられ負傷し、ルーへ戻ってきたところへ何者かの襲撃を受けたようです。匿ってくれと懇願されました」

「それを追い返したのか?」

「はい」

「それでいい。お前の判断は正しい。あの男のことなど、私は知らないのだからね」

「はい。例えあの男が矢杜衆に捕まったとしても、芳司様の名は私が絶対に出しません。議長襲撃の一件はすべて私の一存で計画したものです。何があろうとも、あなただけは私が御守りいたします。この命、果てるまで」


 雷吾は守土の前で膝を折り頭を垂れる。

 雷吾の視線のないところで、守土は僅かに眉をひそめる。


 守土には、今回の事の行く末がはっきりと見えていた。

 事が露見しても、目の前に跪くこの優秀な矢杜衆の言うとおり、自分の身に罪が降りかかることはないだろう。全員が守土の命だと、心では思っていたとしても、それを口に出すことはしない。自分は副議長として、これからも議会を率いる。

 すべては、この男の責任となるだろう。


 守土は、雷吾に気づかれぬように、小さく息を吐く。


「少しは、自分のために生きてみたいと思わないのかね?」


 雷吾は顔を上げることなく、胸に手を当てこう言い切る。


「この命は、貴方に拾われたそのときから、芳司様のものですから」


 どのように幕を閉じるか、この男はもう決めている。

 守土はまた、小さく息を吐いた。

今回もお読みいただきありがとうございます。

次は水曜更新予定です。

よろしくお願いします。

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