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◇08◆ フゥレトドッグズあァーゥ フッ、フッ、フッフッフッ♪(洋楽)



◇◆◇◆◇◆◇




 ガシャガシャガシャ――と。

 断続的に鳴り続けるマシンの駆動音が、閑散極まるフィットネスクラブに鳴り響く。



「はぁはぁはぁ……!」



 その音に合わせるように素早く動き続けるココ。



 太ももの激しい上下運動。

 体幹やボリュームのあるピンクの髪はそこまで揺れていない。

 あくまで下半身が目まぐるしく動いているのだ。



 エアロバイクだ。

 筋トレメニューをこなしたココは、固定式の自転車型のマシンを使って有酸素運動に取り掛かっていた。



 電磁負荷を大幅に効かせたペダルはとにかく重い。

 激しい登山道のように、一歩一歩踏み込む度に足に荷重が掛かる。

 錆び付いたように重いエアロバイクを無心で漕ぐ。



 ココが漕ぎ始めて、既に一時間は優に超えている。

 上がり切った心拍数は血流を活性化させ体外に汗を、体内にアドレナリンを放出させている。




「ムカ、つくん、ですケド……!!」



 一心不乱に漕ぐココの表情は鬼気迫るものがあった。



 筋トレのように負荷を掛けて辛いから、ではない。

 ピンク髪の下、美しい顔に怒気を帯びている理由は至極単純だった。



『えー、続いてはぶっちゃけQ&Aのコーナーです! 視聴者の質問に赤裸々に答えていただきましょう! 準備はいいですかプリマジョ特戦隊の皆さん!?』



『はーい!』



 プリマジョが映っていたからだ。

 エアロバイクに跨がるココが見ているのはスマホではなく、マシンの前に備え付けられた眼前のテレビだ。



 その小さい画面に大きく映るプリマジョ特戦隊が目に入ってから、ペダルを漕ぐココの力が倍増した。



 自分が落ちた試験に受かった連中だ。

 もっと言えば、受けることすら叶わなかった試験だ。



「深夜番組だろうとっ、ゴールデンタイムだろうとっ、どこにでも現れるんですケドっ!」



 魔法管理局は行政機関だけでなく様々な会社と繋がっている。

 メディアとて例外ではないし、むしろ一番強固に結び付いているであろうことは誰でも容易に想像できた。



 画面に映るプリマジョたちも慣れた様子で司会の質問に答えている。



『普段気を付けていることですか~? う~ん、食べ過ぎないようにすることかな~』



『よく言うわよ! 聞いてください皆さん! この子、寮の冷蔵庫のプリン、私の分まで食べたんです! 五本入りの乳酸飲料とかも一回で全部飲むしっ!』



『あ~それ言っちゃダメぇ! カメラ止めて~っ』



 わざとらしく慌てふためく一人のプリマジョ。彼女のどことなく緩いキャラクター像が浸透しているのか収録スタジオも笑いに包まれる。



「アイドル……とかっ、タレントかっ、って感じでっ、腹が立つんですケドっ……!」



 前傾姿勢で漕ぎつつ上目遣いにテレビを睨むココ。

 スタジオのプリマジョ達には、すでに次の質問が向けられている。



『運動とかですか? う~ん、実はあんまりしてないですね。走れなくても私たち箒で空飛べちゃうんで。太ってもまぁ……魔法で無駄なお肉を凹ませたりできるんで』



 魔法管理局内の訓練内容に言及した質問に対してややずれた回答が返ってくる。

 間の抜けたキャラクター像のプリマジョに補足を加えるように、生真面目な印象を受けるプリマジョが口を開く。



『魔法管理局が私たちに課すトレーニングの大半は魔法に関することなんで、体を動かすような訓練は、そもそもあまりしてないですね』



 ガシャガシャガシャ!! と。



 深夜に運動中のココはペダルを踏みしめる力を増す。



『特戦隊という部隊名から過酷な訓練を想像している人も多いですが、基本は魔法の修練を始めとした座学や実習が主になります。魔法の熟練度を上げれば大抵のことは応用が利きますから』




『はぁ……すごいんですね、魔法は。私は男ですのでピンとこないんですが、一般の女性でも魔法はどのくらい使えるんでしょう?』



『実は体内にある魔力の数値……私たちは血中含魔量と呼んでいますが、これが多い人なら比較的簡単に魔法が出せるんです』



「……っ!」



 血中含魔量。この言葉に足を止めるココ。

 ちょうどノルマ分の距離を完走したこともあるが、それ以上にプリマジョの言葉が足に引っ掛かった。

 


『ほほう、血中含魔量……それが多ければ使えると?』



 走り切り、ピンクの髪から伝う汗で濡れる顔は画面を見ていない。

 俯いたまま、肩で息をしつつ、耳で確実にプリマジョの言葉を聞く。



『はい。運動中もしくは運動直後といったアドレナリンが出ている状態や感情が昂ぶっているならばプリマジョでなくても魔法を扱えます』



 理知的なプリマジョの言葉におとぼけキャラなプリマジョが乗っかる形で口を開く。



『あ~…マラソン選手がゴール直後に冗談で詠唱したら炎が出て大騒ぎになったことが昔にあったよね』



 ああ、ありましたね~、と思い出したように相槌を打つ司会者。



 ココも知っている。

 魔法が案外身近にあることを世間に印象付けた事故だ。



『私たちの詠唱は有名な和歌ばかりですし、例えば魔法管理局の公式サイトにも魔法の効果など載っています。詠唱を覚えるのは簡単です』



『ただ覚えるだけじゃダメだし、血中含魔量も少なかったしでライターぐらいの火しか出なかったけどね~。まぁ、それからメダリストがメダル齧るパフォーマンスに変わって魔法を唱えるふりするようになったんだけどね~』



『不用意に唱えると危ないですし、罰せられるのでお気を付けください。そのための法整備は魔法管理局が徹底しているので』



『そうですね。テレビの前の皆さんはマネしないでくださいね。最近では若い方を中心に悪戯で魔法を唱えようとする方もいて、問題に――』



 と言って緩やかに時事問題に切り替える司会者。



 ココはテレビを付けたままエアロバイクから降りる。

 頭の中で反芻するのはプリマジョの言葉だ。



 血中含魔量が多い人ならたやすく魔法は出せる――

 運動後アドレナリンが出ている状態ならば魔法を扱える――



 二つの言葉と、己の今の状況を鑑みてココは一つの行動を起こした。



「恨みわび ほさぬ袖だに あるものを――」



 詠唱だ。

 詠い、そして紡ぐ。

 緩やかなリズムは、子守歌のそれだ。



『一般人が魔法を使うのは危険ですので絶対にやめましょう。訓練を重ねれば抑えられますが、血中含魔量が多い素人の方だとピストルみたいな威力だって簡単に出てしまいます』



『冗談でも唱えちゃダメだよ~。最近の魔法感知器は優秀だからね。すぐに魔法管理局に通報が届くし、特定されちゃうよ~』



 プリマジョ特戦隊の言葉を無視するココ。

 その頭上には火災報知器と並んで魔法感知器が備え付けられている。

 まるでココを監視するように。まるでココの行為を咎めるように。



 だが止めない。

 血中含魔量がA評価のココは、詠唱を止めない。



「恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ――!!」



 詠った。紡いだ。

 しかし――



「……」



 無だ。

 プリマジョが詠唱によって生み出す光も、魔法陣も何も無い。



 光も、音も、熱も、風も、何一つ新たに生まれない。

 ココの詠唱によってもたらされたものは、何一つ無い。



 頭上、魔法感知も何の反応を起こさない。

 当たり前だ。



 魔法など発生しなかったのだから。



 静寂を貫き通すジムエリア。ココの吐息だけが虚しく響く。

 沈黙を打ち破るようにココは口を開く。



「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ――!!」



 しかし、ココの詠う声以外には何も生まれない。

 空虚な空間には何も生まれない。



「逢ふことの 絶えてしなくば なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし――!!」



 天井からココを見張る魔法感知器も実に平静に夜を過ごしている。



「今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで 言ふよしもがな――!!」



 もちろんただ言葉を並べるだけではない。

 和歌を詠いつつ、その古語一つ一つに置換された魔法の特性を想起しながら詠うのだ。



 オグラ式魔法術。

 魔法への特殊な命令文を、古語に置換する。

 その古語で並べられた美しい和歌を紡ぐことで、複雑に組み合わさった魔法を想起し呼び起こす詠唱方式だ。



「村雨の 露もまだひぬ まきの葉に 霧立ちのぼる 秋の夕暮れ――!!」



 上の句は魔法そのものの属性、密度、形状といった性質を表し。

 下の句はそれを撃ち出す速度、軌道、分量といった構成を表す。



 ココは言葉の羅列一つ一つに意識を集中し、古語に秘められている魔法の性質や構成を想起し、それでいて滑らかに紡いだ。



「陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆえに 乱れそめにし われならなくに――!!」



 そうして百ある詠唱の内、ココは百の全てを詠った。

 順不同に。ただ思い付いたままに。しかし最後まで淀みなく詠った。

 だが、それでも周囲に変化が訪れることはついぞ無かった。



「……」



 負荷を掛け過ぎてふらつく足に踏ん張りを利かせて立ち、乱れた呼吸を整えようともせずココ。

 しかしそれ以外は何一つ平穏だった。



 何の反応も起きないまま、オグラ式魔法術の全てを詠い切った。



「それならっ……!」



 だがココは止まらなかった。

 新たなる歌を紡ぐ。



「フゥレトドッグズあァーゥ フッ、フッ、フッフッフッ♪」



 洋楽だ。ココが幼少期からよく聞いているノリのいい歌だ。

 正確には()()()()()()()()()()()()()と歌っており、曲名でもある。



 その歌はメン・イン・ブラック2などいくつかの映画でも使われており、ココにとってもひと際なじみ深い一曲だ。



 翻訳すると、誰が犬を逃がしたのか、とか、犬を放し飼いにするな、とか、そんな感じの曲だとココは認識している。

 理解よりも歌に対する愛の方が重要だ。



 だからアカペラであろうと構わない。



「フゥ~レトドッグズあァーゥ フッ、フッ、フッフッフッ♪」



 自由な国、アメリカで主流となっている魔法術の詠唱方式だ。

 魔法への命令文を和歌に置換させた日本や、置換による詠唱方式を最初に確立したイタリアのオペラとは根本的に違う外連味溢れたやり方だ。



 個人の裁量に大きく影響され、基本的に強い魔法は起こらないが、10体分のムネン獣(アメリカではムネン獣はリグレッターと呼ばれる)を消し飛ばした例もある魔法術だ。



「フゥレトドッグズあァーゥ フッ、フッ、フッフッフッ♪」



 ココの全力の独唱であり熱唱だった。

 いまいち盛り上がれないということでカラオケでの封印を推奨された曲の一つだ。



「フゥ~レトドッグズあァーゥ フッ、フッ、フッフッフッ♪」



 この魔法術において肝要を極めるのは、気分でありノリだ。

 だからココはハイテンションを保ち、歌う。

 プロモーションビデオを意識してリズミカルに体を動かし、ピンクの髪でヘドバンし、小気味いいフレーズを口ずさむ。



 だが。



「……」



 どれだけ思いを込めて歌っても、先ほどのオグラ式魔法術同様に。

 ココが歌ったという事実だけしかその場に残らなかった。



「魔法……出ないんですケド!」



 不発。

 魔法は微塵も引き起こされない。魔法感知器も無反応だ。

 目に見える変化も無ければ、目に見えない変化もことごとく、無い。



 確認できる変化は痩躯なココの動きと、上昇した体温くらいだ。



 だが、上がった熱も虚しく冷めていく。



 ココは無言のまま有酸素運動エリアから、数歩の移動。

 青いマットが敷かれたフリーウェイトエリアへ。



 ココの長身よりも遥かに高い、天井まで届く鉄のフレーム。

 それが支えるサンドバッグの正中に向かって思い切り。



「出ないんですケドっ!!」



 苛立ちの正拳突きを放った。



 かつてトレーナーにも褒められた腰の入った一撃は、重たいサンドバッグを大きく揺らし支えるフレームをギシギシと歪ませた。

 しばらく無言の連打をサンドバッグ相手にかます。



 ストレスの捌け口に利用したサンドバッグを両手で支えるココ。

 パンチを見舞う際に伴っていた興奮が収まると同時、表情は悲しみに溢れていた。



 経験こそ無いが、別れ話を切り出した相手の胸に縋るように、サンドバッグにポンと頭を預けるココ。

 英字が書かれた黒革は、ピンクの絹糸をふわりと受け止めた。



「出ないじゃん……いくら詠ったって……。こんだけ汗かいたのにさ……。あたし、血中含魔量A判定なんだョ……?」



 運動後の汗は至る所から流れる。

 額から、背中から全身から。そして、両目から。 



 ココの血中含魔量はA判定だ。

 その判定だけ見れば、とにかく希少で、魔法に愛された寵児だと人は言うだろう。



 ココはオグラ式魔法術を熟知している。単語に込められた魔法の性質や構成を把握している。魔法管理局の公式サイトの解説や、分厚い魔法の参考書を読み解き、自分の知識として吸収したものだ。

 それだけ聞けば、大した努力家だと人は言うだろう。



 そんなココが、どれだけアドレナリンが出していようとも気分を上げていようとも。

 魔法を発動する全ての条件をクリアしたとしても。



 魔法は発動されなかった。

 今まで一度たりとも、だ。



「……シャワー浴びよっと」



 そう呟いてココは虚しい足取りでシャワー室へと向かう。

 とにかく、瞳をこれでもかと濡らす汗が煩わしくて仕方がなかった。



 シャワー室に入ったココは、ふと五年前の面接を思い出していた。



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