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◇07◆ んっ、あんっ、んくぅ……だ、だめぇ……(嬌声)



◇◆◇◆◇◆◇




 真夜中。夜風を受ける白亜の建物がある。

 夜間でも比較的交通量の多い片側二車線に面した大きい施設だ。

 3階建てで、やや塗装が剥げてきた外壁は一部をガラス張りにしている。



 その建物は、ざっと100台分ほどの駐車場を備えている。

 しかし停車している車は無く、建物内にも一切の光が無い。



 施設の閉館時間である22時からとうに一時間以上は過ぎているのだ。

 誰もいない。非常灯だけが小さな緑の光で存在感を示していた。



 その無人である筈の施設の中。二階のとある場所に人影があった。



 ココだ。

 女子トイレの個室内にココはいた。



 四方を壁に囲まれた閉鎖空間において、ココはピンクのツインテールを揺らしていた。



 用を足すわけでもない。

 蓋をした便座の上に座るココの耳に入ってくるのはニュースを読み上げるキャスターの声だ。小物置きに置いたピンクのスマホからニュースアプリを垂れ流している。



 便座の蓋、ハンカチを敷きつつ跨がるココはあるものを数えていた。



「一、二……トータル八万円。ま、暴行罪の慰謝料としては妥当な額?」



 肖像画が擦られた薄茶色のそれは紙幣。

 女性を無理やり襲い、あまつさえココにすら無礼を働いた男どもから徴収したものだ。



 羽振りがよいと言っていたのは確かで、男どもの財布には札束が大量に入っていた。

 ほとんどは被害者女性の財布の中に入れておいたので、これでも控え目だ。



 あの後ココは女性のスマホを使い、警察と救急車を呼んでからその場を後にした。

 舗装工事などといったプリマジョとムネン獣の戦いの後始末もあるので、すぐには来られないとはいえ、男たちが目を覚ますよりは早いだろう。



『続いては、この時間に入ってきた主なニュースです。えー、夜の遊歩道で女性を暴行、男二人が現行犯で逮捕』



 ピックアップされた見出しを読み上げたニュースキャスターの声にココは反応する。

 スマホを手に取り確認。読み上げられた地域と移されている場所は先ほどまで自分がいたところだった。



 顛末を簡素に説明した後、ニュースキャスターは事件の落着の様子を語る。



『どうやら男たちは、女性を襲う最中で仲間割れを起こし取っ組み合いの喧嘩に発展、通報された警察官が来るまで気絶していたようです』



『被害者女性の証言とも一致しており、警察は男二人が薬物の常習犯であることから今回も薬物を使用して錯乱していたのではないかと見ており、詳しい話を――』



「よしよし、言ったとおりになってる」



 ココは事実と異なる報道に上機嫌だ。

 自分が日本刀を振り回し、男二人をぶっ飛ばして解決したことは何一つ触れられていない。



 肝心の当事者ですら忘れているのだ。

 ココの存在が明るみに出ることは無いだろう。



「うんうん、一日一善っしょ♪」



 ココが夜の歓楽街に繰り出す理由、それはあのような不逞の輩を相手にした、謂わば私的制裁を行うためだった。

 街で見かける、警察の目を逃れて行われる現行犯を対象としたお仕置きだ。


 相手は半グレ、チンピラ、ヤクザの事務所にお邪魔したこともある。

 いずれも秘密裏に行った。街を守るヒーロー活動はバレてはいけない。


 と、言うよりも。



「バレたらあたしが捕まるんですケド」



 銃刀法違反だ。愛刀、陸奥守ヨピ行は自ら可愛い名を付け鞘や柄にスワロを盛っているが、正真正銘本物の日本刀だ。



 美術品だと言い張ればなんとかなるかもしれないが、所持に必要な鉄砲刀剣類登録証など、その存在すらココは知らない。



「ついでに現金チョーダイしてるのもバレたらマズいし……。非合法で稼いだ金だろうけどさ」



 だから人目を憚りながら私刑を執行していた。



『えー……この事件が起きたのは、ムネン獣が出た地域に比較的近い場所だったとか。ムネン獣が移動するとも限りませんし大変度し難い危険な行為ですね。ムネン獣と言えばプリマジョ特戦隊の今回の活躍も実に素晴らしいものでしたね――』



 コメンテーターの口からプリマジョの名前が出て、ムッとするココ。

 すぐこれだ、と言わんばかりだ。



 コメンテーターやマスコミは全力でプリマジョを支持する。

 尤も、国家総動員で支持している、全国民のアイドルなプリマジョに対して嫌悪を抱くココが珍しいのだが。



「あたしだって街の平和に貢献してるしっ」



 ココはプリマジョに対抗心を燃やし、トイレ内で威張る。



「貢献してるし……。……。」



 したり顔は、しかし長くは続かない。



「そりゃプリマジョに比べたら、ちょっとだけどさ。ちょっとって言うか雀の涙と言うか、ミリとかナノレベルかもだけど……」



 巨大なムネン獣と悪漢を比べてそのスケールの差を想像しては気落ちしてしまうココ。



「プリマジョは大怪獣退治で、なれなかったあたしは半グレ狩り、たまにヤクザハント……か」



 でもっ! と他の誰でもない、自分に言い聞かすように勇み立つ。



「あたしのやってることって、プリマジョの尻ぬぐいみたいなもんじゃん? 今回のなんてまさにそう! プリマジョのせいで強姦魔が暴れてたわけだし!」



 半ば言いがかりだが、言ったもん勝ちなんですケド! とココは強がってイキる。



「そうっ、あたしはプリマジョのケツ拭いてあげてんの! 謂わばプリマジョ専用のウォシュレット! しかも人知れずにやるから実質音姫機能付き……」



 変な直喩を挙げた途端、人感センサーが反応したのか己が腰掛けている便器から水が流れた。



「……って、ウォシュレットは違うわ。音姫て……」



 いやいや、とかぶりを振って自分が持ち出した話題を変えつつ自身に励ましの言葉を送るココ。

 言うべきは己の善行の秀でているところだ。


「こうして悪漢からお金貰えるし! おかげでバイト知らずなんですケド!」



 今月に入って、初週で10万以上稼いでいる。高校生にとっては破格のお小遣いであると言ってもいい。

 自らを鼓舞する言葉を並べる。



「おじいちゃんが残してくれた家あるし? 遺産もあるし? 貯金もしてるし? あたしもう人生勝ち組なんですケド!」



 だいぶ大雑把な人生設計だが、悲観するよりマシだ。

 ココは今日手にした四万と財布に入れている10万をばら撒いた。



 その姿は映画の小悪党のように。

 いや下手したら、初めて見る雪を見てはしゃぎ、掬って頭上に投げて遊ぶ子供レベルなんですケド……とココは客観視。



「何か……虚しくなったんですケド……」



 肩を落として、便器から降りて紙幣を拾うココ。

 覚えてしまった虚しさを解消したい気持ちに駆られた。



「仕方ない……こんなときは……」



 とココはその艶やかな唇をそっと舌なめずりした。



「ちょっと気持ちいこと、しちゃおっかな」



 女子が一人で気持ち良くなることと言ったら一つだ。




◇◆◇◆◇◆◇




「ん…ふぅ……んはぁっ……」



 ココは漏れる声を抑えることができなかった。

 湿り気を帯びた股間部がヒクつき、力んだ体が反射的に跳ねるたびに、熱を帯びた吐息もキュッと結んだ唇をこじ開けて出てくる。



「あっ、ん、んぅ……い、いい……」



 全身が火照っていくのを感じながら、ココは指を擦る。

 動かすのはM字に開脚させた下半身の中央部分だ。

 ゆっくりと丁寧に。



「はぁんっ……んふっ、ぁふぅ……!」



 程よい痛みに優しく襲われる。



 甘味を帯びた痛覚だ。

 それがどうしようもなく心地よい。

 血流が脈動し、ジワリジワリと下半身を中心に活性化するのが分かる。



 ゾクゾクと体が浮つく感じがする。

 下唇を食むように力む。

 力を抜かないといけないと分かっているが、脱力しきれない。



 色白の肌。端正の取れた顔に浮き出た汗が、頬を撫でる。

 揺れるツインテールから乱れた一本の桃色の絹糸が顔に掛かり、ほんのり湿った艷やかな唇に引っ付く。



「んっ、あんっ、んくぅ……だ、だめぇ……」



 ココを襲う暴力的な心地よさ。限界が近いのかもしれない。

 理性がどんどん置いてけぼりになる。

 野生じみた体動は今更止めることなどできない。



 そして――



「んん、効くっ……そろそろ効いちゃうっ……! んんんっ――!!」



 ――ガシャン!!

 と、鉄の重りが落ちる音。



「はぁ…はぁ……しゃおら!! 15×3セット終わりなんですケドっ!!」



 マシンに座ったまま肩で息を繰り返すココ。

 全身の汗をメッシュ構造のTシャツと、ゆったりとしたストレートパンツが吸収していく。



 インナーサイ、ヒップアブダクションとも呼ばれる器具にココは鎮座していた。

 中央の座椅子に座り、開脚した状態で固定した下半身を股関の力を用いて内側へと収縮させるマシンで、主に太ももを鍛えることができる。



「はぁはぁ、また声で過ぎなんですケド。ま、人いないからいいけどさ」



 正直、荷重を増やせば増やすほどオーバー気味に声が出てしまうのがココの悩みだったが、一人ならば何の問題も無い。

 声を抑えるために重量を下げては本末転倒だ。



 無人のフィットネスクラブ。明かりはココが用意したLEDランタンだけ。他の客もインストラクターもいない空虚な施設。



 そこにココはいた。鍵の壊れたトイレの窓から忍び込み、今は二階のジムエリアにて体を鍛えていた。



「少しでも太もも引き締まってくれないかな~」



 壁一面に張られた鏡にスラリと伸びた細身を映すココ。

 ネイビーカラーで揃えられたスポーツウェアの上からでも、控えめだが健康的な筋肉が浮き出ている。



 汗で湿る手指を擦って水気を払い鏡を見る。

 主に視線が集中するのは、これまた汗で湿った股間部だ。



 そこには決して細くはない大腿があった。

 ただし、傍から見ればココのプロポーションを汚す程、極端に太いわけではない。



 しかしココは、高身長で痩躯な自分にとって、この部位だけが目立つような気がしてならないのだ。



 実際、大腿四頭筋も多少浮き出るほどには引き締まっているのだが、ココは元来の根底部分の太さをどうにかしようとしていたのだ。



「太くない……太くねぇって! 絶対、細くしてやるし!」



 手応えや充足感は確かにあった。

 激しい開閉運動に太ももの筋細胞が破壊されたが、成長の証しであるこの痛みが何より心地良く感じている。



 満ち足りた痛覚を太ももに得たまま、発光を弱めに設定したLEDランタンを持ちつつ、別の器具へ移動。次の筋トレメニューをこなす。




 プール遊具の巨大ビニールのシャチに抱き着くように、うつ伏せに寝て、脚部でパッドを上げてハムストリングスを鍛えるレッグカール。



 姿勢よく座ったまま尻を浮かさないように、膝を伸ばしてパッドを上げるレッグエクステンション。



 インターバルを挟みながら無理せず下半身を中心に鍛えるココ。

 他の部位である上腕や背中、肩はいずれも別日に負荷を掛けている。



 この筋トレが食事制限とともに美貌を保守し続けるための日課だった。



「閉館したこの時間なら、一人でのんびりできるしっ」



 いずれの器具も15×3セットを終え、自分で用意した布巾で拭きながらそんなことを思うココ。



 このジムは地域で一番大きいのだが快適に利用できるとは言い難い。

 ピンク髪はまず奇異の目で見られるし、そうでなくてもアドバイスと称してナンパされることは何度もあった。ナンパされない日の方が珍しいくらいだ。



 インターバルのたびに、違う男からナンパされ続けては全く落ち着いてトレーニングできないのだ。



 だからココは閉館した後に、鍵が壊れたまま修繕されないでいる人目の付かない窓から侵入していた。



「お風呂もベッドもあるし……ぶっちゃけ住めるレベルなんですケド」



 もちろんフィットネスクラブの会費も払っている。

 しかも系列店を含めて全時間、全曜日利用可能なプレミアム会員だ。



 高い会費を払っているのに姿が見えないため、幽霊会員となったのではないかと心配したスタッフから電話すら掛かってきたこともある。



 ただ営業時間内に利用していないだけだ。



「ま、ちょっとルール違反かもだけど……。バレても誤魔化せるしね」



 バレなければ閉館時間の方がよっぽど気楽だった。

 もしバレても問題が無ければ、なおさら。



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 と、そんなことを思いながら最後のメニューへと移る。



 傾斜した座椅子に背中をぴったりと付けたまま座り、フットプレートを押し上げて大臀筋などに効かすレッグプレスだ。



「ふっ、くうぅ……んっ……! だめっ、声……出ちゃう……」



 ナンパが煩わしいと言ったココだが。



 ココの声はもはや嬌声のそれであり。

 力むことで程よく歪まれたその美しい顔と、極上の天然素材でありながら適度に磨かれたプロポーションに、男たちがワンチャンスを狙って声を掛けるも無理はないのだが――



「く……目指せ美脚! 目指せバオバブ脱却!」



 必死にバオバブの木を細くさせようとするココには、到底与り知らぬことであった。



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