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◇06◆ 突いて、突いて♪押して、押して♪払って、払って♪最後にkill♪(剣道)



◇◆◇◆◇◆◇





 ムネン獣。古来より虚空から生まれ人を喰らう大怪獣。



 魔法管理局の発表によれば、人々の怨恨や後悔などの負の感情が大気中の魔力と結び付いて生まれる獣とされている。



 個体差が激しく形状や色はバラバラだが数少ない共通した特徴もある。

 見上げるほどのバカでかい巨躯と、触手を生やしているという点だ。



 そしてそれ自体が膨大な魔力の塊であるということも大きな共通事項であり最大の特徴だ。

 ムネン獣の瞳も、鼻腔も、牙も、四肢も、触手も。

 角質、筋肉、骨、細胞、いずれも莫大な魔力で構成されているのだ。



 魔力だけで構成された魔法生物は人の兵器を無効化する。

 銃弾を弾き、細菌を無効化し、核兵器ですら傷一つ付かない。



 醜悪な外見にして純然な魔力で構成されている怪獣に効果があるのは一つの手段だけだ。



 魔法。



 魔力には魔力をぶつけるしかないのだ。

 魔法によって放出される魔力こそ、ムネン獣を退治する決定打になる。



『そろそろいっとく? 愛のキラキラフィナーレ!!』



 だからプリマジョたちは魔法を詠うのだ。



 人が避難しきった街のはるか上空。

 金属の箒に跨がり三人のプリマジョが個性的な色の髪とドレスを揺らして夜空を彩っている。



『オグラ式魔法術、詠唱第三句『アシ』!!』



『了解!!』



『了解! あしながおじさん、ね!』



 攻撃魔法を選出した一人のプリマジョに二人のプリマジョが承諾。



『あしひきの 山どりの尾の しだり尾の――』



 詠唱。

 特定の条件下で特定の言葉を紡げば魔法が発動されるように身体に染み込ませた魔法のパスワードだ。



 詠うことで魔法陣を呼び起こし。

 紡ぐことで魔力を活性化させる。

 いずれも無意識に近い程、体に染みついた反応だ。



 不発などあり得ない。

 何千何万と諳んじて発動させる訓練を経たプリマジョが会得した、強力な魔法を放つ術だ。



 日本では古来の歌に置換し覚えさせるのが主流となっている。

 プリマジョの原点、イタリアではオペラに置換。

 決まった詠唱が無く、個人で置換して好きな歌で強力な魔法が発動できるのは、自由な国アメリカで育った人間くらいだ。



『ながながし夜の ひとりかも寝む――!!』



 三人のプリマジョが等しく詠い終えると、三つに重ねられた巨大な魔法陣から光の孔雀が噴出された。



 光の美しき怪鳥は真上から真下へ。

 抵抗するように伸ばした触手ごとムネン獣を一呑みにした。



 光の孔雀に奔流されたムネン獣は、跡形も無く消失していた。

 そこにはムネン獣の重さに耐えきれず陥没した道路だけが残っていた。



◇◆◇◆◇◆◇




 都会にあってなお、緑豊かな木々を街路に並べた遊歩道がある。

 見る者を癒やす新緑の木々は、しかし夜となれば不気味なカーテンとなって街を照らす人工的な光を遮る。



「『あそこで詠唱第三句は正直微妙ありえんティ。今のムネン獣的には水と風属性の三十七句の方がどう考えても効果的じゃん!』ってコメントするべきか悩むんですケド……でもBANされたくないしなぁ……」



 そんな不穏な遊歩道を唯一照らしているのはスマホのバックライトだ。 持ち主の趣向が形となった真っピンクのカバーが特徴的だった。



 ココはプリマジョがムネン獣を退治する一部始終を見ていた。

 恐るべき速さでコメントをフリック入力する。

 配信に感想として載せるか悩んだが、結局載せずに全消去。



『ムネン獣の退治完了ですっ! 避難されている方は、各自の判断でご帰宅くださいっ! 家屋の倒壊などの被害に遭われた方は、必ず魔法管理局の支援センターにご連絡くださいねー!』



 画面の中、ひと気も無くムネン獣もいなくなった街にプリマジョが降り立つ。



 すると優に千を超えるコメントが覆い尽くす。

 いずれもプリマジョを称え、感謝する言葉の嵐だ。



 ココは秒単位で流れるコメント欄を煩わしく見ていた。

 おそらく先ほど入力していたアンチコメントなど一瞬の内に流されるだろう。



 刺々しい視線はコメントを貫通してプリマジョにも注がれる。



「プリマジョ……あたしがなれなかった、プリマジョ……ふんっ!」



 つい、立ててはいけない五指の真ん中を立てそうになる。



 そんなココに。

 突然、闇夜の遊歩道から声が掛かる。



「そこのピンキーなお姉ちゃんさ、こんなところで何してるの~?」



 語尾を伸ばした、嫌に甲高い声が木々の奥から聞こえてきたと同時。



 バッと手を掴まれた。

 日焼けたした男だ。健康的な日焼けと言うよりは、ただただ下品に焼いただけという印象をココは持つ。



 細いココの腕を覆うように掴む手の甲には、髑髏をあしらった趣味の悪いタトゥーが刻まれている。



「……なんスか?」



「うはっ、お姉ちゃん、手ぇ奇麗じゃん~。つかなんで男物の時計してんの? しかも時間止まっちゃってるし」



「関係ないし。てか手、放してョ。暴行罪なんですケド」



 矢継ぎ早の軽口の男に嫌悪感を顕わにしつつ手を振り払う。



 掴まれた腕はもちろん、視線を注がれただけの腕時計すら得体のしれない何かに浸食された気がしたので自らの手でさするココ。



「うわ固い固い。そういう固さとか今いらないじゃん? もうぶっちゃけ聞くけどさ、俺たち今、金持ってるから本番100kでどうよ? 抜きだけでも30k出しちゃうよ~」



「何と間違えてんの……? あたしそういうの全く興味無いんで~」



 例えるなら夜の歩道に吐き捨てられた吐瀉物を見かけてしまった時。

 そんな心底嫌そうな顔をココは男たちに向ける。



「いいじゃん、あと一人女の子居ればちょうど二対二なんだよね。俺のダチもう始めちゃっててさ~」



「はぁ?」



 怪訝な顔をして男の奥へ目を凝らすココ。



 夜を照らす人工的な光を遮る木々の下。

 草むらに紛れ、ニット帽を被った男がいた。

 後ろ姿からでも派手なチェーンをあちこちに着けている。



 チェーンを揺らしながら男はゆっくりと前後に動く。

 見ればニット帽のさらに奥、抱えられるようにして四つん這いとなっている女性もいた。

 揺れるチェーンの金属音に紛れて、パンパンとやけに乾いた音もする。


 直接見えているわけではない。

 だが何が行われているか想像に難くはなかった。



「……最低」



 ココは路上の吐瀉物を見ただけではなく、間違えて踏んでしまった時のような、不快極まる視線を男二人に向ける。



「んぁっ、だ、誰かいるの……? あっ、ん、たっ、助けて……。け、警察……呼んでっ……!」



 自分を襲う男以外の気配に気づいたのか、首を回す気力も失った女性が俯いたまま呟いた。



 女性の言葉に瞬時に近い反射速度でココは携帯を構える。



 しかし止まってしまった。



 警察を呼んでも無意味なのを知っていたからだ。



「馬ッ鹿、警察なんて来るわけねーじゃん。今頃ムネン獣の後処理でお忙しいっつーの」



 激しい動きの中でニット帽の男が嘲笑う。

 ココの眼前の日焼けした男もにやけた表情を作り同調する。



「ま、そのおかげでヤりたい放題できるんだけどな。巡回もいねぇし」



 助けを乞う女性の言葉を嘲笑う男たちの言葉。

 男たちの言うことは尤もだった。



 ココも、助けを求めた女性ですら男たちの言葉を否定できない。



 その時、アプリを起動したままのココのスマホから配信の声が漏れる。



『今、警察が到着しました。彼ら行政ととも魔法管理局のサポート要員、プロンプタが協力して道路の復旧活動を行います! 私たちは瓦礫の中に逃げ遅れた人がいないか探さないとっ!!』



 プリマジョの天真爛漫な夜の歩道公園に虚しく響き渡る。

 その声が聞こえたのか分からないが、女性涙をすすり上げる音が、乾いた響く音に混じる。



「てかさー、薬切れてんじゃん。この女、全然ラリってねぇし。やっぱキメセクはケチったらダメだわ。なぁ、こっちに薬分けてくれよ」



「このJKに使うから無理だわ~。あ、大丈夫大丈夫、俺らが使うの合法だし。この手には慣れてっからさ」



 そう言って男はココにウインクをする。

 こなれた仕草がココの鼻に付いた。



「あっそうだ、現役JKの太ももとかいいなぁって思ってんだよね。君、太もも太めだし……があああっっ!!」



 ココの眼前日に焼けた男がココに肩を回そうとしたのと、喉から溢れんばかりの絶叫を響かせたのは同タイミングだった。



 サクッと何かが奇麗に裂けるような音が響いたのも、同時だ。



「バッカ、お、おまっ……俺のっ、アソコっ! 刃物でっ!!」



 股間を抑え蹲る日焼けした男。ズボンから染み出た体液の色は、赤い。


「抜きだけでも30kで良いんだっけ? というわけで抜いてあげたョ。まぁヨピ行なんですケドね」



 男を見下ろすココの手には日本刀が握られていた。

 派手な愛刀、陸奥守ヨピ行だ。

 鞘にも柄にも粉雪のようにスワロが散りばめられている。



 鞘の鯉口と刀の鍔の間、少しだけ抜かれた刀身が美しく光っていた。

 光の届かない不気味な歩道を白銀の刃が照らす。



 ココは日焼け男が近付くより早くギターケースからヨピ行を取り出し、ダボ着いたズボンの社会の窓ごと男を断罪したのだ。



 チンッと音を立ててココはヨピ行を納刀。

 肩をすくめながら呆れ顔を男に向ける。



「大袈裟だなぁ……。先っぽに少し切れ込み入れただけだし。強姦魔には甘めの処置だと思うんですケド。ていうかもっと喜べば? ホーケイ手術代浮いたでしょ?」



 ホーケイかどうかはあてずっぽうだ。

 想像でココはそう言ったのだが、日焼けした男は思うところがあるのか顔を歪ませたまま赤面し声を荒らげる。



「てめっ、調子のんな! つ、つうかなんで刀持ってんだ……頭沸いてんのか、おごおぉっ!」



 男の口調が荒々しいものに変わる。本性はこちらだろう。

 だがアソコを抑えたまま凄まれても情けなく見えるだけだ。

 喚く男にココは最後まで言わせなかった。



 日本刀を鞘に収めたまま、男の顎を一閃にかち上げる。

 納刀状態とはいえ、鞘は固い樫の木を鉄で補強している。

 顎に入れば脳を確実に揺らして気絶させるのは造作もない。



「これもおじいちゃ――お爺様の形見なんですケド」



 正確には亡くなった祖父の蔵を解体する際に頂いたものなのだが、気絶した男にそれ以上言っても無駄だと閉口。

 そしてココはもう一人の強姦魔であるニット帽を睨む。



「ったく、地雷女が調子乗りやがってよぉ~……」



 いたぶっていた女性を無造作に地面に捨て振り返るニット帽の男。

 居直るニット帽の男はかなりの大男だ。全高はココより頭二つ分も高く、体躯も一回り大きい。それに比べればココはあまりにも華奢だ。



「死んでも文句言うなよクソアマぁ!」



 男の樹木の幹のように太い腕に力が込められ、握られた拳は岩のように硬化している。

 その拳は振りかぶられ、何のためらいも無くココに振り下ろされようとしている。



 だが。



「突きぃー!」



 脱力した声とは裏腹に、ココの鋭い突きがニット帽の男に刺さる。

 無論、刀は納めたままだが鞘の根底である石突き部分は金属だ。当たればひとたまりもない。



「うげっ……!」



 喉。人体の急所のさらに中央への突然の攻撃に、男は呻き声を上げて後退。



「『剣道バイバイン』って知らない? 刀持ったギャルに敵うわけないじゃん。あれ、3倍段だっけ? 何かとごっちゃになってるんですケド♪」



 ま、いいやとココは次の動きへ。

 姿勢を沈めて前進。彼我の距離を更に詰める動きだ。

 流れるようにさらに加速。



 突いた後、鍔元で顎を殴り押し退ける。

 距離が離れた男目掛けて、鞘を真横に薙ぎ払う。それも往復。

 動きが緩慢になった男の脳天目掛けて、最後に鞘を振り下ろした。



「突いて、突いて♪ 押して、押して♪ 払って、払って♪ 最後にkill♪」



 一連の刀捌きをニット帽の男に見舞ったココ。

 口ずさむ歌は、祖父がよく見ていたコント番組のリズミカルな掛け声だ。最後だけアレンジ。



「愛の斬るkillフィナーレなんですケド」



 闇夜の森じみた歩道公園に、男二人が無造作に打ち捨てられた。

 打ち捨てたココは、哀悼の意を込めて中指を手向ける。



「と、そんな場合じゃなかった……」



 ココは女性に駆け寄る。



「……」



 動きは無いが息はしている。どうやら失神しているようだ。



 どう介抱するべきか悩んでいると、制服のポケットから音が湧いた。



 スマホから歓声が沸き起こったのだ。

 ココはスマホを取り出す。

 バッテリーが心もとないのはずっと配信を流していたからだろう。



 画面を見る。

 複数の警察官と舗装工事の作業員が忙しなく動く中で。

 逃げ遅れたと思しき幼女をプリマジョが大事そうに抱えていた。



 幼女は瓦礫の中にいたのか、顔は涙で、服は汚れでボロボロだった。



『よく頑張ったね、もう大丈夫だよっ!』



 純白のドレスが汚れることをまるで気にせず、胸にギュッと抱くプリマジョ。中学生くらいの幼い少女ながらも聖女のようにも見えた。



 その姿を称賛する人々。

 工事の手を止めない作業員、避難を終えて移動する人、それらを誘導している警察官。



 その場にいるすべての人間がプリマジョに惜しみない称賛を送る。

 コメント欄も褒めちぎる言葉で大賑わいだ。



 しかし、プリマジョは謙遜するかのように首を振る。

 腕に抱えた幼女に優しい視線を送り。



『賛辞ならこの子に! 彼女が助けを求めたから私たちは見付けられたんだっ! 一人ぼっちで、真っ暗闇で……声を出すのも勇気がいることだった筈……』



 そして一拍の間を空けるプリマジョ。



『いざというとき、皆さんも助けを求めてね! 私たちプリマジョ特戦隊は人命第一! 助けを求める声に必ず答えます!』



 接続を切った。

 ココは何度も戻るための「←」部分をタップしてアプリを閉じる。

 そのままスマホをギターケースに突っ込んだ。



「助けを求める声に必ず答えます……ね」



 そう呟くココの視線は、男に弄ばれていた女性に向く。

 気絶した顔は涙で、破かれた服は傷でボロボロだった。



「こういう声は聞き漏らしてるじゃん……」



 プリマジョを嫌う理由のもう一つ。



 自分がなれなかったプリマジョを嫌う理由のもう一つがこれだった。



「大怪獣相手に夢中になって、街の治安はスルーなんですケド!」



 叫ぶ。

 ただ、叫びながらもココは分かっている。



 もちろん、悪いのは男二人だ。

 プリマジョに何の咎も無い。

 頭では理解している。



「ま……ただの言い掛かり兼、八つ当たりなんですケド」



 自嘲するほどには百も承知だ。



 だが、それでも。プリマジョが嫌いなことに変わりはなかった。

 プリマジョ相手にヤキモキした気持ちを、鬱屈とした感情を晴らせないでいるココだった。



「お、てめぇ……覚えてろ……今度その髪を見たら容赦しねぇぞ…!」


 と、ココの眼下でもぞもぞと動くものがあった。

 日焼けした男だ。思っていた以上に丈夫だったのか意識はまだあるようだ。

 体の自由が利くのは口だけなのか股間を抑えたまま微動だにしないままココに対して恨み言を溢している。



 恨み言を聞き流しながら男を見下ろすココ。

 復讐の際に参考にされそうな目立つピンクの髪をわざとらしく弄る。



「ふふん、どうぞご自由に。ただ――」



 寄せたギターケースに片手を突っ込みつつココは不敵に笑う。



「どうせ忘れると思うョ♪」



 そう言って一枚の紙切れを取り出した。



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