◇04◆ プリマジョ、嫌いだっつってんでしょ!(憤怒)
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ココの通う高等学校の校舎は、上から見れば『コ』の字の形だ。
三つの建物が並んだ『コ』の字の一画目をなぞるように、生徒たちが校舎内を歩いている。
放課後だ。昼休みよりもさらに賑やかな時間帯。
帰宅する者、部活動に行く者、ぞろぞろと生徒たちが下駄箱へ向かう。
生徒の波に混じってココも下校中だ。
スワロを盛ったギターケースを、軽音部でもないのに担いでいる。
ブレザーを羽織る黒髪の女子の中で、真っピンクの髪をしたココはひと際目立つ。
そんなココの横、一人の女子がいた。
ココはその女子との会話に夢中になりながら階段を下りる。
「日サロ一択だって~筋肉目立たなくするなら! ココなら黒ギャルも似合うし~」
「逆に筋肉だけ悪目立ちしそうなんですケド……。晴美はあたしを黒ギャル化させたいだけでしょ」
「あっ、バレちっち~?」
友人である晴美の提案を断るココ。
脱力しきった緩い歩幅。左右に頭を揺らしながら喋る。
フワリと咲き誇ったピンクのツインテールもゆらゆらと揺れる。
ただでさえ女子の中では高身長で発育も良く、モデルのような体型なココはその明るい髪型で目を引く存在だった。
遠目に見る男子がヒソヒソと静かに囃し立てるその美貌もまた、話題を集めるのに一躍買っている。
漫然な歩みと同様に、顔もどこか気怠げなピンク髪の美女は続ける。
「日サロってさぁ、あのカプセルみたいなのに入るじゃん? あれが怖いんだよね。壊れて蒸し焼きにされそうなんですケド……」
「拒否る理由が独特すぎる~……。そんな壊れ方しないでしょ」
「いや、ファイナルデッドコースターでそういうシーンあったから。日サロマシンから抜け出せなくなって、めっちゃウェルダンに焼け死ぬんだって!」
「ファイナルデッド……何? またマイナーな映画の話~?」
「いや有名だから。あっ、ほら! オタク君も反応してるし! ねっ、オタク君も知ってるっしょ?」
挙げた洋画に反応したのか、前を歩くクラスメイトの男子が一瞬だけ振り返ったのをココは見逃さなかった。すかさず男子に声を掛けるココ。
「う、うん、知ってる……。確か、シリーズ三作目だったかな……ファラリスの雄牛みたいな、グロいシーンだったよね……」
「ほら、オタクくんなら通じると思ったんですケド!」
趣味の話が通じて笑顔になるココ。ピンク髪の揺れるツインテールに戸惑う男子生徒。
「オタク君、あたしのネタ拾ってくれるから助かるわ~。ダクソとかセキロゲームの話とかも通じるしマヂ感謝だわ」
「え、あ、う、うん……」
「はいは~い。髪の毛真っピンクギャルは善良で無害なオタク君を困らせないの」
震え声で視線を泳がせる男子生徒と、にこやかに相槌を打つココ。
会話こそ成立しているが、噛み合っていない両者の人間性に呆れつつ晴美は、ココの背中を押して会話を切り上げた。
「ココってアウトドア派でもあるけど、映画とかゲームとか結構インドア趣味持ってるよね~。」
「あー、うん、そうかも。映画は前から好きだし、ゲームなんかは中学校くらいから目覚めたんだよね~。もちろん運動とかもめっちゃ好き。またラウワン行こうよ~。ロデオマシーンにリベンジするんですケド」
そんな会話をしながら再び二人で階段を下り、一階へ。
あとは下駄箱へ行くだけだった。
「あっ、お前!」
そんなタイミングでココと晴美は教師と鉢合わせした。
初老の体育教師だ。
年配ゆえに頭部の風通しが良い体育教師は生活指導も担当している。
ダルいのとエンカしたね……とココと晴美はアイコンタクトを交わす。
校則を軽視しているココにとっては会いたくない相手だった。
体育教師は自分の薄い白髪交じりの頭部とは真逆のボリューミーで真っピンクのココの頭髪を見た。
しかし――
「またチャラチャラしたスマートウォッチなんぞ付けておるのか!」
体育教師はココのピンク色の髪については何も言わない。
代わりに指をさして注意をしたのはココの右腕だった。
ココの細くしなやかな右腕には、不釣り合いなほどに大きい男性物の腕時計が巻かれている。
校則では腕時計は着用可だが、腕時計型の端末は禁止されていた。
だが、ココの時計はそのように複雑なCPUは搭載していない。
それを証明するように、腕ごと時計を見せつけるココ。
「だからこれスマートウォッチじゃなくて、おじいちゃ――祖父から貰った腕時計なんですケド!」
年季の入った古い腕時計だ。あちらこちら錆び付いている。
ココのネイルが煌めく指先とは対照的に実にシックなアイテムだ。
ただ、壊れているのか時針、分針、秒針どれも動いていない。
爺のあんたよりこの時計のほうが先輩なんですケド! と悪態を添えてやりたかったが我慢した。
「お、そ、そうか……。まぁ、その、うん。あんまりチャラチャラした格好はしないように!」
と、無理やり説教じみた言葉で締めて体育教師はその場から離れた。
ココは、去っていく体育教師の禿頭を見ながら、己のピンク髪を靡かせて、毛量の差を揶揄する挑発をかました。
「あのジジイ体育教師マヂ勘弁。腕時計にケチ付けるとか、つらたんだわ。まじでツラタンつらたん鍛高譚」
「最後のおやじギャグみたいなの何? ……ていうかさ、ココ?」
「ん、どしたの?」
体育教師とのやり取りを真横で見ていた晴美がココに尋ねる。
「何でココって、髪の色スルーされてるの? 私の場合、髪を染め直すまでめっちゃ注意されたよ?」
晴美は己の黒髪を指さす。
先週までは金髪であり、彼女は体育教師をはじめ複数の教員から何度も注意を受けていた。
だからこそ、金髪以上に喧嘩を売っているとしか思えないココのピンク髪が、何故注意されないのか不思議で仕方がないのだろう。
「ああ、髪はね。うん、大丈夫なのョ。ま、理由は秘密だけどね♪」
ボリュームのあるツインテールの片方を指でクルクル弄りながら下駄箱へと進むココ。
その秘密教えてよ~と続く晴美だが、ココの言う秘密が共有されることはなかった。
二人は下駄箱へとたどり着く。
上履きを脱ぐために屈むココに、晴美がごめーんと声を掛けた。
「今日は残るんだ~。特別進路説明会があってね」
「進路説明会?」
うん、と頷き晴美は廊下の先を指す。
渡り廊下を経て体育館があり、体育館の入り口には制服姿のままの女子生徒が多く集まっていた。
「魔法管理局のね。願書の書き方とかも色々やるんだ~」
「え……?」
魔法管理局とはプリマジョ特戦隊をバックアップする公的な機関だというのはココも既知の事実だ。
だが、そこへの進路相談が今日あるとは思っていなかった。
目の前の晴美が、進路として見据えて入局を目指しているとも。
「……晴美、進路に魔法管理局考えてんの?」
「うん、そだよ。金髪辞めたのもこれが理由なんだよね~。プリマジョ本人はともかく、魔法管理局って公務員レベルでお堅い組織だしさ~。まぁその分、安泰でお金に困らないらしいし」
就職できればだけどね~、と苦笑する晴美は続ける。
そして周囲に聞こえないようにほんの少しだけボリュームを下げた。
「実は私プリマジョ好きなんだよね~。だからプリマジョのサポートしてる魔法管理局に就職できたらな~って」
「う、うん。いいかもね……」
言葉に詰まるココ。
プリマジョ、魔法管理局。
どちらも、ココにとって心地の良い言葉ではなかった。
だが、プリマジョと仕事ができると言うことに魅力を感じているであろう友人の手前、本音で言うのも憚られた。
「魔法管理局って血中含魔量に関係なく、勉強次第で入れるから頑張ろうって思ってさ~。多いに越したことはないんだけどね」
「そ、そうなんだ。……ほらっ、説明会遅れたら大変だしあたしは帰るねっ」
うわべだけの返事を返すことに限界を感じ、ココはこれ以上歯切れが悪くなる前に帰ろうとする。
「うん、それじゃあね~。また月曜~」
手を振りながら体育館へと向かう晴美の足取りは軽い。晴美だけではない。体育館に集まる女生徒はどこか皆楽しそうだ。
そんな同窓生たちを後目にココは上履きからローファーに履き替える。
「そっかぁ……晴美もプリマジョ好きだったんだ。まぁ、嫌いな人はあんまりいないか」
晴美はネイルやアクセの趣味が合い、駄弁る相手としても心地が良い友人だ。
自分と馬が合う晴美だからプリマジョは嫌いではなくとも冷めてはいるんじゃないか、となんとなく勝手に思っていた。
進路の話は今後避けよう。
と今後の対策を練りつつも、時期的に難しいなぁと思考を巡らせているココ。
「あれ? 説明会に出ないのか?」
そのココに後ろから声を掛ける者がいた。
男子教員だ。教員の中では比較的若く30代後半から40歳くらいだろう。
馴染みのある顔だった。遅刻しなかった日は大体顔を合わせるし、何なら先ほども教室であったばかり。ココのクラスの担任教師だ。
「(うわ、ダル……)」
面倒くさい奴に遭遇した……と体育教師と会ったように、モロに顔に出すココ。
だが先程とは違い、アイコンタクトを交わす相手はいない。
理由は至極単純だ。
「お前、血中含魔量A評価だったろ? 魔法管理局の就職にかなり有利なはずだぞ」
「(出会って二秒で個人情報言ったんですケド!?)」
この担任教師は女生徒の血中含魔量を大っぴらに言うのだ。
全国どこの学校も、担任教師は生徒の血中含魔量を把握している。
別に守秘義務があるわけではないが、ココにとっては事細かに成績を明かされているようなものだった。
「それ内緒だって言ってるじゃんっ!」
このノンデリ上京教師っ、配慮は地元に置きっぱか!
と心の中で続ける。
「それにあたし、魔法管理局とかキョーミないんですケド!」
青筋を立てて、教師を黙らせるように睨みつける。
だが、目の前の担任教師はココの剣幕にも気圧されることはない。
そもそもこちらの怒りの感情にすら気付いていない。
「そうだったっけか。だが受けておけって。血中含魔量は高ければ高いほど有利なんだろ? 現役で入局となれば学校にも箔が付く。それが教え子なら俺も鼻が高い」
ココの否定も虚しく、自分の言葉に酔い始める担任教師。
「それに魔法管理局はいいぞ。プリマジョと一緒に仕事できるからな。お前も好きだろう、プリマジョ」
その言葉が契機だった。
ココは一瞬の動きを持ってギターケースに片腕を突っ込み、あるものを握り締め取り出す。
取り出す勢いそのままに、握ったそれを担任の首筋へ。
当てる勢いで振り払ったが、首に当たる直前で寸止め。
「プリマジョ、嫌いだっつってんでしょ!!!」
怒号。もはや咆哮にも近い叫び声も付けて真正面の教師に浴びせた。
手には鞘に納められたままの日本刀。
ギターケースから抜き出し、そのまま担任教師の首を狩る勢いで振った。
ノンデリ教師の鼓膜を破ってやろうという気概を込めた怒号と、寸止めの日本刀の切っ先をココは解き放ったのだ。
全力の音の塊に殴られ、納刀状態ではあるが日本刀を突き立てられたままの教師は流石に驚き、二、三歩後退ってしまう。
「あ、ああ……わ~…悪かった」
ココの勢いに萎んだように小声になる担任。
鞘に盛られたスワロが、傾く西日を反射して担任の目を眩ませる。
「な、なんで刀を持ってるんだ……? 模擬刀……か、これ……?」
ココの怒号と威圧に完全に委縮した教師はそれ以上の詮索はできない。
「陸奥守ヨピ行。模擬刀っすよ。あたし、剣道部なんで」
それだけ言ってココはギターケースの中に日本刀を入れた。
「じゃ、あたし帰りますんで!」
担任教師を見るココの目は鋭いままだ。
もうあたしに関わるな! と視線だけで怒鳴りつけて踵を返す。
細身の長身だが鬼のような凄みを見せる背中に、逆鱗に触れたことを察知した教師は何も言なかった。
ただ一言、ココに聞こえるか聞こえないか、小さな震えた声で呟く。
「剣道部だからって別に模擬刀は持ち歩かないが……。というか、俺が剣道部顧問……そもそもお前は部活動入ってないだろ……」
ココ所属している部活動、帰宅部。
そして、ココの好きなものは、筋トレ、映画、ゲーム、アニメ、おじいちゃんから貰った腕時計とその数は枚挙にいとまがないが――
嫌いなものは、プリマジョ一択だった。