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◇12◆ プリマジョのこと大好きでしょ?(……は?)




◇◆◇◆◇◆◇




 街一つが観光名所となっている歓楽街。

 その駅の西方面の出口付近、巨大な複合商業施設の周辺に出来ていた人混みは解消され、ムネン獣が出現する前に避難が完了していた。



 地下シェルターへと繋がるビルの入り口は、それでも今なお避難民を受け入れており、疎らながら人が急ぎ足で駆け込んでくる。



 その人の流れに逆らうようにココは駆けていた。



 肩に掛けたギターケースと、真っピンクの髪を揺らして。

 ムネン獣の出現に乗じた火事場泥棒を捕まえるために。

 


 魔法管理局の局員にして、プリマジョ特戦隊のサポート要員でもあるプロンプタは頼りにならなかった。



「ボロが出たら文句言ってやるとか……そんな次元じゃなかったんですケド!」



 だからココは走る。

 街に設置されたスピーカーから聞こえる緊急放送によれば、ムネン獣よりも先にプリマジョが到着する予定らしいが今はどうでもよかった。



 火事場泥棒の逃走経路を辿るココ。

 茶髪の窃盗犯が曲がり角を駆けて高架下へと走ったのは確認済みだ。



 だからココも曲がり高架下へ。



 しかし――



「プリマジョの方が先に到着するらしい。勝利確定じゃん。避難前に一目でいいから生で見てぇなぁ……」



「馬鹿言ってないでさっさと避難しようぜ。後ろ、つっかえてるんだし」



 避難民が道を塞いでいた。

 高架下にも地下シェルターへと続く入り口があるのだ。



 プリマジョが到来する話も出ていて、避難する人々は慌てている様子もなくスムーズに逃げ込んでいる。



 それでも人混みは多い。

 突っ切って駆け抜けるのは不可能なほどに、だ。



 一瞬立ち止まってココは逡巡。

 この人混みを掻き分けて進んでは迷惑だし何より時間が掛かる。

 別のルートを思案。



「んじゃ、こっちから」



 そして思い付いたココはすぐさま体を動かす。

 目の前の人混みに向かってではなく、横。

 線路が掛かる高架。それを支える柱へと。



 高架下だが、柱の高さも低く路面との間も近い。



 平時では通過する電車の轟音が不快で仕方なかった道だが、今だけはその低さに感謝しつつ柱を上る。



「よっと――!」



 掛け声とともに跳躍。柱の窪みに上手く五指を引っ掛けて握る。

 跳躍の勢いのまま体を揺らして足を同じく窪みに蹴り入れた。

 蹴り入れた足に力を入れて、体を真上に持ち上げる。

 


 持ち上がった上半身を柱から高架の柵をキャッチ。

 ちょうどバスケのダンクシュートを打ちゴールを掴むような姿勢へ。

 柵にぶら下がった状態から、柱と同じ要領で体を持ち上げて乗り越えた。



 さして苦労も無く高架下の路面から、高架へと飛び上がった。



「えっ、い、今……ギャルが上に登っていかなかった?」



「は? 何それどんなSASUKEだよ? 気のせいだろ、上は線路だし」



 高架下の避難民の声が聞こえる。

 しかし、それ以上にココが気にしていたのは己の手指だ。



「ネイルはッ!? ……剥がれてないっ、ヨシっ!」



 ギターケースを肩に掛け直すココが立つのは線路上だ。

 線路へ侵入したココは、しかし焦らない。



 ムネン獣警報が出ている時点で電車は即座に最寄りの駅に停車する。

 警報から10分以上は経っているのだ、轢かれる心配は無いだろう。

 駅と駅の中間に止まった電車から避難する人が線路を歩くのも珍しくない。



 それでも電車の来ないレールの上に、真っピンクのツインテールが揺れている様はあまりにも非日常な光景であった。



「火事場泥棒、見ぃ~つけたぁ!!」



 火事場泥棒を探す為にココは線路上から身を乗り出す。

 高架下を見下ろすと、すぐさま見つけることが出来た。



 避難民が作る人の流れを逆走する茶髪の男がいた。

 手にはバカでかい紙袋を持っている。

 小太りの少年から盗んだ品物だ。



 少年とは違う地下シェルターへ移動して有耶無耶にしようとしているのかもしれない。

 もしくは、


「避難しないでビル陰に隠れてやり過ごす気ぃ? どっちにしろ、そうは問屋が卸さないんですケド♪」



 窃盗犯は滑稽なことに高架下に沿って逃走している。

 避難する人々を押し退ける度、避難のために乗り捨てられた車や乱雑に置かれた荷物を避ける度、逃走の速度を遅らせていた。



 そんな窃盗犯をココは追いかける。

 線路の上を猛ダッシュだ。

 こちらの行く手を遮るものは何もない。



「脚力には自信があるんですケド!」



 太ましい足と言われるがそれは外見の話に限る。

 内面は鍛えているのだ。

 推進力を生み出すハムストリングは特に鍛え上げている。



 障害物競走をしているような相手に負けるわけがない。

 あっという間に火事場泥棒に追いついた。



 ココの眼下にして真下。必死に走っている窃盗犯がいる。



 ココは走りながらギターケースを片手に構える。

 そして、茶髪の男目掛けて飛び掛かった。

 


 浮遊感。

 落ちながら、ゴオッと風の層を突き破る感覚を得て飛び降りた。



「愛の斬るkillフィナーレなんですケド!」



「あがぁ――!!」



 掛け声とともに窃盗犯目掛けて着地するとともにギターケースを振り下ろした。

 ココの一撃を受けて窃盗犯は転倒、倒れたまま動かない。



 そのまま着地したココもバランスを崩し転倒しかけたが、右足を力強く踏ん張って耐える。



 疎らだが周囲にいた人間がざわめく。



 高架からピンクの髪を揺らしたギャルが飛び降りたと思ったら、走る男をギターケースで殴り倒したのだ。



 避難する途中でそんなものを見掛けた避難民はココを警戒し怪訝な表情を向ける。



「違う違う、こいつ、窃盗犯!」



 ココは伸びている男を指さす。呼吸はあるようだが動きはない。

 ギグケースと呼ばれる、比較的柔らかい素材で出来たギターケースで殴ったとはいえ、高架から飛び降りた勢いそのままに振リ抜いた上に後頭部に直撃したのだ。

 気絶くらいはするだろう、とココはどこか自信満々だ。



 男の気絶を確認したので、やけにでかい紙袋を取り返す。

 紙袋の中身は無事だった。

 大きい長方形の箱には何やら赤いロボットが描かれている。



「へぇ~すごい、運動神経抜群じゃな~い」



 と、ココの背後から声が聞こえた。

 振り返るとスーツ姿の女性のコンビ、プロンプタの二人がいた。



 眼帯を着用している金髪の女性はココに笑顔を向けながら。

 ポニーテールの少女はココを睨みながらそれぞれ立っている。



「(ふん、追いかけて来たんだ。……って、追いつくの早くない?)」



 ほぼ時間差もなく追いついてきた二人。

 この二人も人混みを避けて線路を走ってきたのかと戸惑っていると。



「はあ、はあ……あっ、取り返して、くれたんです……ね!!」



 肩で息をしながら、火事場泥棒の被害者である小太りの少年がやってきた。彼もまた到着が早いが、その理由はひと目でわかった。

 先程と違い今は自転車に乗っているのだ。

 黒いメタリックボディが映えるマウンテンバイクだ。



「ありがとうございます! ありがとうございますっ!!」



 紙袋に入ったプラモを渡し、小太りの少年の感謝を受けながらあらましを聞くココ。



 どうやら自転車で買い物に来たはいいがその自転車にカゴが無く、持ち運びに苦心していたところに警報が鳴り混乱。

 その隙に盗まれたらしい。



「本当になんてお礼を言ったらいいか!」



「いいよいいよ、それよりムネン獣来るから早く避難しな~」



 少年の感謝に片手で手を振って答えるココ。

 小太りの少年は改めて一礼し、そのまま自転車を漕いで最寄りの避難シェルターへと向かっていった。



「お手柄ね、お嬢さん」



 と、妙に平和ボケしたような声がする。

 金髪のプロンプタだ。右目を患ってるのか眼帯をした見た目はどこか物々しいが、その割には和やかな雰囲気を纏っている。



「この窃盗犯、あんたたちが警察に引き渡しといてよね」



 ココは警察も苦手な上、自分は今も日本刀を不法所持している。

 気絶させたことが過剰防衛だと糾弾されても面倒だ。



 自分は無関係に徹する。



「(本当だったらあの少年にもヒポカンパスジャマーを使いたかったけどね……)」



 だが、そんなことは些細なことだ。

 ココがいの一番に目の前のプロンプタに言いたい文句が別にある。



「ていうか、あんたたち酷すぎないっ!? 避難誘導はしません、目の前の犯罪もスルーしますって……。プロンプタだって、魔法管理局の局員、プリマジョ特戦隊の一員なんでしょっ!? なんかもっとこう……あるでしょっ!?」



 小さなボロをチクチクと攻めるような言葉ならば、もっと流暢に小言を並べられたのかもしれない。



 だが、職務放棄にも近いことを平然とする二人に、具体的な言葉を述べて怒れないココだった。



「プリマジョだってムネン獣が出たときしか活動しないし! 大怪獣に必死こいて、街の治安はスルー! 警察も巻き込むから、周辺は軽犯罪の温床なんですケド!」



 それでもプリマジョへの八つ当たりじみた文句の言葉を怒気を孕ませて伝えたココ。

 意図は十分に伝わっただろう。



 ココの言葉を受けてムッとした態度を作ったのはポニーテールの方だ。

 元々あまり表情を変えない性質なのか、あまり変化が見られない澄ました顔ではあるが、それでも少しだけ不機嫌にさせる。 



「ずいぶんと勝手な物言い。さっきも言った。私たちの仕事は避難誘導でもない、泥棒退治でもない」



 一言一言を短く言い切るような喋り方で話す少女。

 ココに真正面から噛みつくような態度、だ。



「はぁ~?」



 こちらを睨んでくるポニーテールの少女。

 ココも見下ろしながら睨み返す。



「まぁまぁアリッサちゃん、ここは落ち着いて。このお嬢さんのおかげで混乱は収まったんだし。窃盗犯も現行犯で逮捕できたしさ」



 金髪の女性がアリッサと呼んだポニーテールの少女を宥めるように間に割って入る。



 どうにもこの金髪の女性が纏うどこか緩やかな雰囲気に流されては、肩を透かされるココ。

 そんなココの苦手意識を知ってか知らでかココに向き直る金髪の女性。



「いやぁ~本当に助かっちゃった。ありがとうねお嬢さん」



「……別にお礼が言われたくてやったわけじゃないし」



「でも助かったんだもの~。あなたみたいな人が魔法管理局員とかに入ってくれると嬉しいのよねぇ」



「……は?」



 あるいは金髪女性の本心からの言葉だったのかもしれない。

 あるいはココに対してのただのご機嫌取りの言葉だったのかもしれない。

 だが、その言葉はココの神経を逆撫でするような言葉だった。



「だからぁ、あなたみたいな子が魔法管理局に入ってくれると助かるのって話。見たところ学生さんよね、進路先にどう? プリマジョ特戦隊と一緒にお仕事も出来るわよ」



「ふん……何を言ってるんだか……」



 金髪の女性の提案に、肩を竦めるココ。

 怒りと言うよりは、呆れに近い。



「プリマジョ、嫌いなんですケド」



 言い放つ。

 自分が最も嫌うプリマジョや魔法管理局。

 それに属しているプロンプタから出た言葉を煽り気味に返す。



 しかし目の前の金髪の女性は、全く気にしていない。

 むしろ朗らかな笑顔を浮かべたまま不思議そうな顔をする。



「え~、そうなの~?」



「そうなのっ。あたしはね、プリマジョも魔法管理局も嫌いだし!」



「うっそだぁ~」



 ココの全力の否定を、どこか冗談のように受け止める金髪の女性。



「だってあなた――」



 と一拍の間を空けて、口を開く。



「――()()()()()()? ()()()()()()()()



「……」



 無音。



「……は?」



 あまりにも突拍子の無い言葉に呆けてしまうココ。

 聞き間違いだったのか、信じられない言葉に返答を詰まらせていると女性は続ける。



「私たちとかプロンプタはどうか分からないけど、少なくともプリマジョのことは大好きでしょ~?」



「な、何で……?」



 怒りよりも相手の発言の意味が分からないと困惑を極める。

 ワナワナと震えているココに金髪の女性は笑顔で続ける。



「いやだって、プロンプタならこうしろ、ああしろ~って私たちに怒るじゃない? それってプロンプタ……魔法管理局への理想像を自分の中にしっかり持ってるってことでしょ~?」



 それに、と付け足す。



「誰よりも助けを求む声に敏感だし、正義感強いし。これって正義のヒロイン、プリマジョそのものだなぁ~ってさっきから見てたの。魔法管理局の理想像を思い描いていて、それでいてプリマジョみたいなことしてるってことは大好きなのかな~って。何なら――」



 ココをのぞき込むように、言う。



「プリマジョになりたい、とか?」



「っ……!?」



 ドクンッと、心臓が散り散りに爆発したような感覚を得たココ。

 透き通った瞳が零れ落ちる程に、目を見開いている。



「そ、そんなわけ……」



 否定だ。金髪の女性の戯言は否定しなければ。

 そんなわけはない、と。

 プリマジョが好きだなんて、ましてや、なりたいなどと。



 そんなわけはない。



 そんなわけはないのだ。

 言わねば。

 だが、ココの声は何故か震えていた。



 いつの間にか、魔法で火を付けられたのかという程に顔面が熱い。

 それほどまでにココの顔面は熱を帯び赤く変色している。



 違う!

 あたしは、あんたらの不始末を片付けているだけ!

 何ならお金儲けも出来るし!

 街の治安を守るのもあんたたちがだらしないからやっているだけ!



 街の平和を乱す遠因を作るプリマジョに誰がなりたいって!

 魔法が使えないからって面接で落としたプリマジョに誰がなるか!



 と、頭の中では反論が容易く出てくるココだが。

 口に出すのは、何故か困難だった。



 違う? と子供を窘めるような優しい顔つきの女性に何故か口を噤んでしまうココ。



 ただ一言違うと言えばいいのに、出来ない。

 そんなココに背後から、ふと声を掛ける避難民がいた。



「あっ、ココじゃんっ! 何してるの!? 避難しないとっ!」



 聞き慣れた声だ。

 焦りを感じさせるが、どこか間延びした声。



 晴美だ、とココは振り向くと同時に反射的に声を出していた。



「は、晴美っ!? な、何でここに……」



 いや、そんなことよりも、



「見てたっ!? き、聞いてたっ!?」



 自分がプリマジョが好きで、ましてや女子高校生にもなってプリマジョになりたいのでは? という相手の言葉を投げかけられ。

 そんなあり得ない事を言われてなお返事に詰まらせている光景。



「え? プリマジョが好きとかどうとか……そんなことより――」



 思いの外、やり取りのボリュームが大きかったのか。

 晴美に見られ、聞かれていた。



 その衝撃に、さらに顔が羞恥で赤くなる。

 避難を促す声すら聞こえなかった。



 一秒でも早くここから走り去りたいココ。

 だから走り去った。



「――!」



 直後、地響きが周囲を襲う。

 遠くから聞こえる不快な金属音。遠くから聞こえるにしてもやたら大きい。



 ムネン獣が近くに襲来した。



 それを知らせるプロンプタの声も、プロンプタに連れられて避難する晴美の心配そうな声も。



 ココの耳には届かない。

 ただただ、ここではないどこかへ。

 この場から一心不乱に遁走する。



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