自称平民③
「あっ、レオ、この手」
隣に座るレオナードの手がメルの目に入る。ここで話題を変えるチャンスだわ。とメルは意気込む。レオナードの手は、かさかさしているようで、ところどころがやけどのように赤くなっている。顔や首にもよくみると少しある。この国は、温暖だが、日差しが強い。肌の弱い人は、日光に浴びると軽いやけどのように赤くなり、ヒリヒリしたり、肌の水分がなくなり、かさかさしたり、かゆくなる。肌が荒れてる人はこの国には多い。
「あぁ、肌が弱くてね。メルがうらやましいよ。きれいな肌で」
「待っててください。今、治すクリーム作りますね」
痛痒そうに見えるレオナードの肌を治すために、メルは、洞窟の中に入り、クリームを作った。ヤシの葉で編んだ小さな入れ物にクリームを入れ、除菌効果のある葉を蓋代わりにかぶせ、紐で結び、渡す。街では、クリームの効果だけでなく、入れ物もかわいいと評判だ。森にあるものだけで作った自信作だ。
「これ使って見てください。肌、きれいになりますよ。街でも売ってるんです。好評で、すぐ売り切れてしまいます。肌の乾燥、火傷、肌荒れ等に効きますよ」
「ありがとう。入れ物もかわいいね。助かるよ。使わせてもらう。これは、しっとりとして、ひんやりして気持ちいいな」
レオナードは、クリームを手、首に塗った。
「貸してください」
メルは、クリームをレオナードから預かり、レオナードの顔のところどころにある赤く荒れてる部分に塗ってあげた。レオナードは、メルの白く小さな柔らかい手で顔にクリームを塗ってもらって嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちで心の中は、乱れている。近くにあるメルの顔がきれいで、眩しかった。レオナードの心は、どうしようもないほどドキドキしている。
レオナードにメルは、クリームを返すが、レオナードは口を手で抑え、メルから目をそらす。レオナードは、顔を合わすのが、恥ずかしいのだ。うっすら頬がピンクがかっている。アレルは、嬉しい反面恥ずかしい複雑な思いでクリームを塗ってもらっているレオナードを微笑ましく思う。メルは、治療している感覚で、レオナードにクリームを塗ったので、レオナードの反応にどうしたのかしらと首を傾けた。
***
まだ帰らないのかしら。とメルは、思う。
「そういえば、メル、今ここから弓が見えたのだが、狩りをするのかい?」
アレルが聞いてきた。
あぁ、あれね。とアマリリスは思い、また洞窟に入り、アレルが聞いてきた弓を持ってきた。
「これは弓ではありません。私が作った楽器です。ホープと名付けました。遠い国ではホープを希望と意味するらしいです。素敵でしょう。この国にはない楽器ですが、本にのっていた北のとある国で使われているハープという楽器の形を真似てみたのです。私、音楽が好きなのです。たまたま森で落ちていた弓を見つけて、細くした木の皮を弦として、木の部分に弦の長さを変えて隙間をあけて何本かくくりつけ、指ではじいてみたのです。そしたら、音階ができたのです。それで、自分で曲を作って弾いているのです」
「すごいな。是非、聞かせてくれないか?」
レオナードが自分で楽器を作ったことに驚き、目を大きく開け、楽しそうに言う。
「素人が作った楽器です。お聞き苦しいところがあるかもしれませんがよろしいのですか? 」
「あぁ、頼む。聞きたい」
ポロン、ポロン、ポロポロポロン……
ポロポロ……
アマリリスは、心を込めて、自分で作った曲を弾いた。この曲は亡き母を思い作った曲だ。
きれいで、透き通るような、心地いい音色。
メロディーに合わせて暖かい優しい風が吹いている。
その風に合わせて、森の葉は静かに揺れている。
弾き終わると、レオナードとアレルは、立ち上がり拍手した。
「すばらしいよ。すごく透き通ったきれいな音色だった。心があらわれるような、優しく温かい気持ちになれる演奏だったよ」
とレオナードが笑顔で言う。
「私もこんな音色初めて聞いたよ。とってもきれいな音と曲で、心癒される演奏だった。ありがとう」
とアレルも笑顔で言う。
レオナードとアレルから、大絶賛だった。興奮している。
(嬉しいわ。人間に聞かせるのは初めてだったから心配だったけど、大丈夫そうね)
メルは、安堵する。
周りを見ると木の上にはたくさんの鳥たちが、りすやうさぎ、鹿、いのしし、くま等森に住む動物達も集まっていた。レオナードとアレルは、目を大きく開け驚いていた。でもこれはいつものことなのだ。メルの演奏は、いつも動物たちが聞いてくれるのだから……。
「皆も聞きに来てくれたのね。ありがとう。では、もう一曲」
メルは、もう一曲違う曲を弾いた。夜の星空を見ながら作った曲だ。
こちらもレオナード、アレルともに大絶賛で興奮していた。メルは、さらに嬉しくなる。
「音楽を嗜むなんて、メルは本当に育ちがいいのだな。それに自分で楽器がつくれて、曲がつくれるなんて……、貴族みたいだ」
レオナードが鋭く聞く。(あっ、また油断をしてしまったわ。どうしましょう)
メルの心の中は、また騒ぐ。この国では、音楽は、贅沢な娯楽なのだ。
「まぁ、貴族様のようなんて嬉しいですわ? 私、貴族様に憧れてて真似ごとをして楽しんでたら、音楽にはまってしまっただけです。貴族に見えたなんて真似ごとを頑張ったかいがありましたわ」
にこっとメルは、微笑む。
(八百屋のハルさんには、貴族に憧れて真似しただけです。でごまかせたから大丈夫なはずよ)
メルは、レオナードとアレルの反応をドキドキしながら待つ。
「そうか、貴族に憧れていて真似ていたのか。どうりで話し方や立ち振る舞いもきれいなはずだ」
「えぇ、以前大人気になった『公爵夫人の日常』という本を熟読しましたからね」
(すごいわ、貴族の真似事パワーは説得力があるのね。これからはこれで、ごまかしましょう)
メルは、自分が貴族だということがバレなかったことに安堵する。
『公爵夫人の日常』という本は、完璧な淑女と言われた公爵夫人の日常が書かれた本だ。淑女の定石本だ。
レオナードは、納得してくれたようだが、下を向いて口を手で押さえて笑いを抑えている。肩が震えている。アレルも同じだ。何がおかしいのかしら。とメルは、首を傾けた。
レオナードとアレルは、気付いていた。メルの話し方や立ち振る舞いは、真似事ではないということを……。真似事で、ここまで自然にできるはずはない。メルが必死に貴族ではないとごまかしていることが、面白く、可愛らしく、メルの話に合わせていたのだ。
***
「楽しかった。助けてもらっただけでなく、クリームから美味しいベリー、そして素晴らしい演奏まで聞かせてもらった。ありがとう。今手持ちがこれしかなくて悪いが、お礼だ」
と言ってレオナードがメルにお金を渡してきた。これしかなくての額ではない。このお金があれば今のメルだったら一年は余裕で暮らせる額だ。
「いえ、こんなに頂けません。お気持ちだけで結構です」
「いや。そういうわけにはいかない」
レオナードはひかない。しょうがないわ。とメルは思い、
「では、レオのクリーム代とアレルの塗り薬代と飲み薬代でこれだけいただきます」
と言って、レオナードの手から銀貨を一枚とった。これでも今のメルだったら一か月は余裕で暮らせる額だ。
「これだけでいいのか? 馬の薬代もとってくれ」
「街で売っている金額をいただきました。これで十分です。あと、動物は無料です。ここに来る動物達からもお金はとってませんので」
本当は、街で売っている金額よりメルは、多くもらっている。レオナードは、銅貨を持っていなかった。銅貨一〇枚が銀貨一枚に相当する。
(これだけでいいのか? って言ってたわよね。貴族のような高貴な方は、裕福だから、このぐらいもらってもいいのよね)
メルは、考えた。今、街で皆に同じ金額で、薬を売っている。身分差や裕福差で、薬の金額を変えてもいいのではないかと……。
「はは、そうか、世話になったな。あの……、またここに来てもいいか?」
レオナードが頬を赤らめながら恥ずかしそうに聞いてきた。レオナードは、またこの場所に来たい。彼女とまた会いたいと思っていた。
(あら、顔赤いわ。日に焼けたのかしら。正直、いつ身元がばれるかひやひやした。もう来てほしくない。でもそんなこと言えないわよね)
メルは、気持ちを抑え、微笑み言う。
「えぇ、かまいませんよ。但し、毒蛇にはお気をつけくださいね」
「大丈夫だ。蛇除け草をいっぱい摘んだからな」
レオナードは、メルから来ること受け入れてもらい、安堵する。レオナードがメルに目配せすると、アレルは、鞄の中を開けて見せてきた。蛇除け草が、沢山入ってる。
(いつの間にあんなに摘んだのかしら。少しだけって言ってなかったかしら……)
メルは、苦笑する。
「帰り道わかりますか?」
「すまない、わからない」
この森には道らしい道がないのだ。メルも馬車道までひとりでは行けない。
「そうですよね。ぴーちゃん、送って行ってあげて。この小鳥の後をついてってください。馬車道まで出れます」
「ぴーちゃん? この小鳥の名前か?」
メルは頷く。レオナードは、回想する。
「私の知り合いも小鳥にぴーちゃんと名付けていたな」
メルは、ドキッとする。レオは、やはり私を知っているのかしら。ごまかさないと。とメルは、慌てながら、苦笑し、言う。
「そうなんですね。ぴーちゃんは、小鳥の名前の定番ですからね」
「そうなのか。定番なのか?」
またレオナードは、メルをじっと見る。
「えぇ、平民の間では定番です」
メルは思う。(多分ね……)
「そうか……、あっ、大事な事を聞き忘れた。歳はいくつだ?」
「一五歳です」
「そうか。私たちと一緒だな」
レオナードは、メルに微笑み言った。レオナードは、嬉しそうに言う。レオナードは、年齢が自分と同じことが嬉しかった。アマリリス嬢も同い年だからだ。
メルは、自分の身分がバレてしまうのではないかと、ひやひやしたため、もう来ないでという気持ちで、二人に手を振って見送った。
レオナードとアレルは、馬に乗り、ぴーちゃんの後ろを付いて行った。