自称平民②
「メルは、この洞窟に住んでいると言ってたよね。両親はどうしたんだ?」
(あっ、待ってました。私の平民設定を話す場が出てきたわ。レオさん、いいえレオ、聞いてくれてありがとうございます)
メルは思い、俯きながら、悲し気に言う。
「母は、病気で亡くなりました。父は、母の死後、家から出て行ったきり、帰ってこなくなったのです。それで私は、この森でひとりで暮らしています」
「さみしくないのか? 生活は大丈夫か?」
レオナードは、少女がこの森で一人で暮らしていることに驚く。心配性のようだ。
「私の側には、動物たちがいますので寂しくありません。森の恵みがあり、飲食にも困りません。ここでとれた果物や野菜やきのこ、それに薬を街で売ればお金も手に入ります。快適な生活を送れています」
レオナードとアレルは、庭を見回し、納得したように頷く。
「そうか。危険はないのか?」
「危険があるとここにいるクゥーが威嚇して守ってくれます、ねっ」
メルは、隣に座っていたクゥーの背中をさすりながら、声をかける。クゥーは、立ち上がり、勇ましく「ワン」と吠える。クゥーは、主に従順な犬だ。
「うふふ、私の護衛なのですよ」
「そうか。頼もしい犬だな。でも、メル、この森には毒蛇が生息しているだろう。私たちは、三匹の蛇に襲われた。実際、アレルは、噛まれ、死にそうになった。大丈夫なのか?」
「毒蛇についてですが、ちょっとお待ちください」
アマリリスは、ハート型の葉っぱを洞窟から持ってきて、レオナードとアレルに見せた。
「これは、蛇除け草。私が勝手に名付けました。どうもこの葉っぱの臭いが毒蛇は苦手なようなんです。この葉っぱから、かすかに臭いがするんです。動物は臭覚が敏感ですからね。私は森を歩くときは、蛇除け草を持ち歩くか、足にこすりつけてます」
「これが。そうか、蛇よけ草を持ったメルが来たから蛇たちが逃げて行ったのか。メルが来なかったら、私もやられていたよ。蛇たちは、アレルを噛んだ後、私と私の馬チェリーに牙をむけてきたんだ。剣で追い返そうとしたけど、何匹もいたから、もう駄目だと思ったよ。本当、助かった。ありがとう」
レオナードは、葉っぱを持ち、アマリリスに微笑みながら言った。レオナードは、葉っぱの表や裏を見たり、臭いを嗅いだりしていた。毒蛇が苦手な葉を見つけたメルにレオナードは感心した。これがあれば、今まで足を踏み入れられなかったこの森を探索することができるともレオナードは、思った。
「メル、この葉は見たことがない。どこに生えているんだ?」
「この洞窟のまわりに生えてますよ」
メルは、ここにも、ここにもと生えてるところを微笑みながら、指差す。この周りには沢山生えているのだ。だから毒蛇はここには来ない。ここは、毒蛇が来ない安全な場所にレオナードとアレルは、安心した。見たことのない植物が生えていて、蛇除け草もあるこの場所が何か特別なように感じていた。
「少し摘んでってもいいか?」
「もちろんです。持って帰ってください。帰りも襲われたら大変ですから」
「あぁ、もう襲われたくないな」
アレルは、辛く苦しい思いを思い出したのか、嫌そうな顔をし、苦笑した。その表情を見たレオナードとメルは、笑う。
「この森が毒蛇がいるとご存知で、何故入ってきたのですか?」
メルは、アレルがこの森に毒蛇が生息していることを知っていたので不思議に思った。
「メル、君がこの森に入っていくところを見たからだよ」
とレオナードがメルの顔を見て言う。メルは、驚き、俯く。
「この毒蛇が生息してる森に少女が入っていたことに心配したこと、それと、メルが、私の知り合いに似ていたからね」
メルは俯きながらドキッとする。メルは、レオナードたちが自分を知っているのではないかと不安になる。レオナードは、メルがアマリリス嬢にやはり似ていると思い、また、じっと見る。やはり、髪の色、目の色、雰囲気がそっくりだとレオナードは思う。
(私、レオと会ったことがあるのかしら。会ったことがあるようなないような……。どうしましょう。身元がばれるのが怖いわ。話題を変えなきゃ……)
メルの心は騒ぐ。
すると、茂みから鹿が出てきた。口に小鹿を咥えている。小鹿がぐったりしている。メルは、立ち上がり、急いで、鹿が地面に置いた小鹿のところに行き、状態を確認する。
「ちょっと待っててね。今、助けるわ」
(鹿さん、ありがとう。レオの話題を変えるチャンスになったわ。このご恩は、しっかり治療で返しますわ)
メルは、ほっとする。
「どうしたんだ?」
レオナードが、不思議そうに話しかける。
「小鹿がケガしたみたいなのです」
洞窟に入り、塗り薬と飲み薬をつくる。小鹿のケガしてる箇所に塗り薬を口に飲み薬を流し込む。小鹿の背中をなでながら、早く元気になってねと願い、メルは、回復を待つ。すると小鹿は目を開け立ち上がる。その場でぴょんぴょん跳ねる。治ったようだ。
鹿と小鹿は頬でメルの頬をなでる。感謝をあらわしているようだ。
「うふふ、元気になって良かったわ。気を付けて帰ってね」
ぺこっと鹿と小鹿は頭をさげると寄り添いながら茂みの中へ入っていった。メルは、笑顔で、手を振って見送った。
優しく、温かいメルの対応と動物たちのメルに対する謝意にレオナードとアレルは優しい気持ちになり、笑顔を浮かべながら見ていた。まるで聖女のようだと思いながら……。
***
話題をそらさなくちゃ。とメルは思い、
「ここには、治した動物達からの口コミなのか、よく怪我をしたり、病気をした動物たちが来るんです。あっ、もちろん元気な動物も来ますよ」
「へぇ、口コミか。ははは、おもしろいな。メルの薬の効き目は凄かったからな。そういえば、薬学の勉強をしてるのか?」
とレオナードが笑顔で気になっていたことを聞く。
「はい。勉強というか、母が病気だったので、それを治してあげたくて沢山本を読みました。その知識を使って薬を作っています」
「メルは、平民の中でもいい暮らしをしていたようだな。商会の娘かなんかか?」
(しまった。油断をしてしまったわ。レオは鋭いわ)
メルの心は、騒ぐ。この国では、本は、高価なのだ。本は、王族、貴族、神官、裕福な商人ぐらいしか買えない。この国は、文字の読み書きができない人が多いのだ。
「いいえ、えっと……父が本好きだったもので。本屋に一緒について行って、立ち読みをしていました。店主が父の友人だったので、立ち読みも大目にみてくれました」
メルの父親が本好きは本当だ。でもメルは、本屋には行ったことはない。すべて公爵家の図書室にある本を読んでいた。何万冊とある。メルは、何かの本で、本屋で立ち読みをするというシーンがあったため、平民は立ち読みをしているはずだと勝手に思い言った。
どうにかごまかせたかしら。とメルは、レオナードとアレルバードの反応をドキドキしながら待つ。
「いい、店主だね。そのおかげで私は助かったんだ。店主に感謝だ」
アレルが笑いながら言う。ごまかせたようだとメルは、ほっとする。
「そうですね。店主のボブさんに感謝です」
メルは、肉屋のボブさんの名前を貸りて、アレルの返答を返す。嘘をついてることに心を痛めたメルは、ごめんなさい。本屋と立ち読みは嘘です。と心の中でレオナードとアレルに謝る。
一方、レオナードとアレルは、メルの立ち読みの話は信じていなかった。平民が本屋に行くことなんてほとんどない。メルは、世間知らずのようだ。きっと育ちがいいのだろう。必死に、育ちが良くないように見せようとしているメルが面白く、可愛らしく笑顔で、話を合わせていた。