発生
アマリリスの横にはレオナードが居る。そして、クゥーもいる。クゥーは、そわそわしている。王宮の馬小屋から、馬が嘶く。アマリリスは、寒気を感じた。地面から、強い力が突き上げてくるように感じる。隣にいるレオナードのジャケットの裾をつかんだ。なんか落ち着かない。レオナードが気付き、アマリリスの手を握ってくれた。ほっとする。アマリリスが、レオナードの顔を見ると、レオナードが微笑んでくれた。
すると、地響きがし、地面が大きく揺れた。周囲から悲鳴が上がる。立っていることができない。しゃがみ、レオナードに捕まる。レオナードが抱きしめてくれた。建物の窓ガラスが割れている音がする。家具が倒れた音も聞こえる。どのくらい経っただろうか。静かになった。揺れも治まった。
アマリリスは、地面に耳を当てた。地面から突き上げるような感覚はなくなっていた。ほっとして、地面にしゃがみ込んだ。ポケットから、ぴーちゃんが顔を出し、ポケットを広げると、外に出てきて、アマリリスの周りを飛んでいる。
アマリリスの後ろから、レオナードが抱きしめてきた。
「リリー、ありがとう」
アマリリスの頬にキスをしてきた。アマリリスは、顔が、真っ赤になる。
(レオ、私達、婚約を公表してないのよ!)
アマリリスは、周りを見る。
(誰も見てなかったようね)
皆、立ち上がり、持ち場へ移動中だった。アマリリスは、ほっとした。
「レオ」
アマリリスは、抗議の声をあげた。
「すまない。つい、リリーが愛おしくなってしまって」
***
アマリリスとレオナードは、王に呼ばれた。
「レオ、アマリリス嬢、ありがとう。各領地から連絡がきた。建物の被害はあるものの、レオとアマリリス嬢のおかげで、皆、安全な場所に避難できた。こんな大きな地震でも我が国の民、全員無事だった。感謝している。ただ、ケガをしている者が、うん、メルローズ領にだけ、若干いるようだが……。アマリリス嬢の薬を提供しようと思っている。どうだろうか?」
(えっ、うちの領地で、けが人が出てしまったの)
「はい。ぜひ、お願いします」
王は、頷き、続けて言う。
「実は、イベリス領から連絡があった。エビスシア国との国境の山道が土砂崩れの土砂が除き終わるころに、ちょうど今回の地震が起きた。それでだ。今度は、国境の山道で崖崩れが起き、完全にまた道が塞がれたそうだ。特に被害にあった者はいないと聞いている。完全にエビスシア国と断絶された。崖崩れとなると通れるようになるまでには、相当時間がかかるだろう。それと、イベリス領地が国境に沿って大きな地割れができたそうだ」
今回の地震で、完全にエビスシア国とこの国との道が閉ざされた。エビスシア国がこの国に来ることは、当分ない。そして、イベリス領には、国境に沿って大きな地割れが生じた。この地割れでの領民の被害は、なかった。
(なにより、皆、無事で良かったわ。 我が領地で、けが人が出たのは、悲しいけれど)
アマリリスは、安堵した。
***
メルローズ領の外れの寂しい街にある修道院にて、二人の母子が話をしていた。
「領主様から、大きな地震があるようなので、避難するようにとのことです。皆さん、すぐ、建物の外に出てください」
修道院長が慌てている。
「お母様、領主様って、叔父様よね?」
「そうよ。ねぇ、なんで大きな地震があるなんて言ってるの?」
「なんでも、領主のお嬢様が予知したそうですよ。早く、外に出て」
クレオナは怪訝そうな顔をする。
「お母様、領主のお嬢様ってアマリリスのことよね?」
「そうね。アマリリスは、公爵家に戻ったのね。どうせ、予知なんてはずれるわよ。こんなにいい天気で、静かなのに地震が来るはずないわよ」
「ええ、そうね。お母様」
修道院長が苛々しながら、クレオナとデージーの前に来る。
「早く、あなた達も外に出なさい」
「私たちは、外に出ないわ。地震なんて来るはずないからここにいるわ」
修道院長は、ため息をつく。
「勝手になさい」
修道院長をはじめ、この修道院にいる修道女達は、外に避難した。クレオナとデージーだけが、修道院の建物内に残った。二人だけになったのをいいことに、お茶を入れ、椅子に座り優雅にお茶を飲んでいた。
「きゃ、熱い、お母さま、酷い揺れだわ」
テーブルから、ティーカップが落ち、割れる。お茶が飛び散りクレオナとデージーの体にかかる。二人は、椅子から落ち、床にしゃがむ。
「きゃ、うるさいわね。わっ、痛い」
揺れが治まった後、二人は、切り傷、打撲、軽いやけどで医務室に運ばれた。今回の地震でけがをしたのは、この二人だけだった。
後に、アマリリス嬢の薬が提供された。
***
アマリリスは、公爵家に戻り、また自称平民メルの恰好になると、レオナードとアレル、リサ、クゥーと街に向かった。王からは、皆無事だとは聞いているが、アマリリスは、確認したかった。
八百屋のハルさんと肉屋のボブさんが皆に伝えてくれたようで、街では、火事もなく、皆無事だった。 窓ガラスが割れたり、物が倒れたりしたものの大きな被害はなかった。一部が崩れた建物もあったが、中には誰もいなかった。
「メル、ありがとう」
とハルさんが言ってきた。アマリリスは、安堵した。
「皆、無事で良かったわ」
孤児院にも行った。マリーがアマリリスに駆け寄ってきた。
「みんな元気だよ」
と笑顔で言ってきた。アマリリスは、ほっとした。
「皆、無事で良かったわ」
その夜、教会の前の広場で、アマリリスは、ホープの演奏会をした。広場には、大勢の人が集まってくれた。犬や猫、小鳥などの動物も集まっていた。
「心が癒され、心穏やかになりますように」
という思いを込めて、アマリリスは演奏した。