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青空

 

「今日も雨ね」

 メルは、ため息をつく。薬や野菜を売りに行けない。買いに来てくれたお客さん、ごめんなさい。とメルは、心の中で謝る。メルは、傘もレインコートも持っていない。長靴もだ。 いつも街に行くときは、天気が良かったのだ。だから、雨が降った時のことなど考えていなかった。準備しておくべきだった。メルは、ホープを持ち、新曲でも考えようと思った。


 目を閉じると、孤児院で見たレオとその隣に立つ令嬢の姿が目に浮かぶ。

「お似合いだったわ」

 下を向き悲しげにメルは呟く。


 (今さら、私が、公爵家に戻ったところで、私は、公爵令嬢にはなれないわ。 叔母が言っていたわ。デージーがこの家の娘だって。 また、閉じ込められるだけ……。 それだけは、嫌だわ。 だから、身元がばれるのだけは、避けなくてはいけないわ)


「結局、私は、レオ達のあちら側には戻れないのよ……。不思議だわ。ここで初めてレオとアレルに会った時には、身元がばれたくなくて、早く帰ってほしかった。もう来ないでと思っていたわ。二人と距離を置きたかったのに……。 うふふ、今は、会って、レオの馬に乗って帰るのが当たり前になっていたわ。 いつの間にか距離が近くなったように感じていたわ。でも、錯覚ね。まったく近くなってなかったわ」


 涙が出てくる。メルは、涙を拭いながら、そういえば、この顔にレオが薬を塗ってくれたのよね。触れてもいいか。と許可をとって……。メルは思い出し、微笑む。


「あれ? 待って。私、ここの庭で、レオの顔にクリームを塗るとき、許可を取らずに勝手に触れてしまったわ」

 メルの顔が真っ赤になる。両手で顔を覆う。

「なんてはしたないことをしてしまったのかしら。……婚約者でもないのに勝手に触れるなんて」

 恥ずかしさで一杯だ。


 (でも、私は、平民よ)

 メルは、八百屋のハルさんの行動を思い浮かべる。ダルが、計算を間違えた時、ハルさんは、ダルの頭や手を叩いていたわ。『間違っている』と笑いながら……。時には頬をつねっている時もあったわね。ダルは、『あっ、悪い』と笑っていたわ。触れる許可はとってなかった。メルは。ほっとする。


「私、平民に馴染んでいたのね。 どんどん、レオ達と距離が離れていってるのね。それは、私が望んだことのはずなのに……。 これからどうしよう。孤児院に行けば、レオ達も来るわ。でも、今の私にとって、孤児院は、大切な場所よ。孤児院の子供たちが大好きで、楽しいわ。 それにレオの側は、言葉少なくても温かく、居心地のいい場所だった。 できれば、失いたくないわ……。そうね。気持ちに蓋をして、今まで通り接しましょう」

 メルは、悲しげに頷き、前を見る。気持ちを前向きに考えるよう必死になる。


 メルは、小さい頃の母親の姿を思い出した。

 『アマリリス、あなたは、公爵令嬢よ。淑女らしく、上品な振る舞いをしましょうね。そうすれば、アマリリスは、可愛いから、素敵な男性に選んでもらえるわよ』

 母親が微笑み、頭を撫でる姿が思い浮かばれた。


「そうだわ。私は、平民になれて幸せよ! 昔、私は、公爵令嬢として、上品な立ち振る舞いを求められ、素敵な男性に選ばれることだけを求められていたわ。厳しいマナー教育、婚約者も自分では選べない。それが、嫌だったわ。平民なら、上品な振る舞いをしなくていいわ。自由よ。そうよ。平民で幸せだわ」

 昔を思い出し、メルは、レオナードへの気持ちに蓋をするため、必死に平民になれて幸せだと思い込もうとしていた。


 メルは、そんな切なく、複雑な思いを曲にしてみた。洞窟の中に雨宿りにきていた小鳥やりす、うさぎなどの小動物達やぴーちゃん、クゥーが聴いていてくれた。



 少し経つと、外から声が聞こえてきた。

「メル」


 レオナードの声だ。メルは、つるでできた緑のカーテンを開けた。クゥーと一緒にレオナードとアレルがいた。いつの間にかクゥーがレオナードとアレルを連れてきたようだ。


「あぁ、メル。無事で良かった。顔が見れてほっとしたよ」

 レオナードは、安堵した。

「レオ……」

 メルは、二人を洞窟の中に招いた。二人はレインコートを脱ぎ、濡れた体をタオルで拭き、空いてる場所に座った。


「やっと、メルに会えた」

 レオナードは、笑顔で、嬉しそうだ。


「ごめんなさい。雨具を持ってなくて、街に行けなかったんです」

「やはりそうだったのか」

 レオナードは、ほっとする。


「雨が上がったら、街で雨具を買います」

「いやいい、それは、私が買う。メルに会えないのは、辛いし、心配だからな」

「えっ」

 メルは、きょとんとする。

(私に会えないのが辛い? 心配? あっそうだわ。私、攫われたものね。 レオは優しいから、それを心配してるんだわ。ありがとう、レオ)


「それはそうさ。その、……メルは大切だからな。な、なんか近くにいないと落ち着かないんだよ」

 レオナードは、照れくさそうに言う。横でアレルが微笑んでる。

「私が大切……。私は、今まで通りレオの側にいてもいいのですか?」

「どうしたんだ? 当然だ。その、今まで通り近くにいてほしいし、近くにいたいんだが……」

 レオナードの頬が少し赤い。メルは、レオナードが、大切に思ってくれていることがとても嬉しかった。


(多分、私が、アレルとレオのお父様の命を助けた恩人だから、大切に思ってくれているのね。 レオは、優しい人だから)

 メルは、それでも嬉しいわと思い、微笑む。


 メルは、レオナードが今まで通り近くにいて欲しい、近くにいたいと言ってくれていることも嬉しかった。レオの側は、温かく、居心地のいい場所だから、もう少し側に居させてもらおう。とメルは思った。


 そして、何よりこの雨の中、会いに来てくれたこともメルには、嬉しかった。

(なんだろう。身分の差はあるものの遠くに見えたレオとの距離が縮まったように感じるわ。なんか、心がすっきりしてきたわ)

 メルの心は、晴れる。


「メル、ここにあるのは、すべて薬か?」

 アレルが聞く。洞窟の隅に瓶に入った飲み薬とヤシの葉の入れ物に入った塗り薬の山があった。


「はい、雨でやることもなかったので、薬を作ってました」

 それだけではない。レオナードとあの令嬢の姿を思い出したくなく、無心になりたく、メルは、薬を作っていたのだ。


「薬の材料はこの洞窟の周りに揃っているので、そんなに雨に濡れません。 それに、エビスシア国とのことが心配なので。騎士の方達に提供できればと思い作りました。私も攫われたとき、騎士さんに助けてもらいましたし。 アレルは、騎士の方達と知り合いのようだったわよね。 ここには、飲み薬二〇〇個、塗り薬一〇〇個あります。 もしよろしければ、こちらの薬を持ち帰っていただいて騎士の方達にお渡しください。 私には、これくらいしかこの国をお守りするお手伝いができませんので」


 アレルが驚き、メルの行動に感心する。やはり聖女のようだと思う。

「メル、ありがとう。十分すぎるお手伝いだ。騎士達も喜ぶよ。メルの薬は万能薬だからな」



 いつの間にか緑のカーテンの隙間から明るい光が入ってきた。雨が上がったようだ。


 三人で外に出る。もちろん、クゥーとぴーちゃんと雨宿りしていた小動物達もだ。太陽が出て、明るい陽射し。葉や花についていた雫が光にあたりきらきらしている。空には虹がかかっていた。空気もさわやかだ。


「わぁ、きれいで気持ちいい。久しぶりの青空だわ。虹もかかってるわ」

 メルは、笑顔で、レオとアレルを見た。二人も笑顔だ。

「父の薬をもらいに来た時より、庭の植物が増えていて、にぎやかだな。とてもきれいだ。見たことのない植物もあるな」

 レオナードは、驚いていたが、楽しそうだ。見たことのない植物には、興味津々だ。

「そうなんですよ。小さな動物達、りすや小鳥達がけがした治療のお礼に種を持ってきてくれるんです。それを植えたらこうなったんです。うふふ、動物たちが持ってくる種から、どんな植物が育つかいつも楽しみなんです」

 メルは、嬉しそうだ。

「へぇ、それは楽しみだな」


 メルとレオナードは、庭にあるヤシの木やさとうきび、他、この国では見たこともない植物を一緒に見ていた。 ぴーちゃん率いる小鳥たちがヤシの実をつっついて下に落としてくれた。

「みんなありがとう」

 メルとレオナードは、笑顔で小鳥たちに手を振る。二人で石でヤシの実を割る。レオナードはヤシの実を初めて見たようだった。目を大きく開けていた。メルは、側で、嬉しそうに微笑んでいた。



 アレルは、レオナードとメルが小鳥たちが落としたヤシの実を拾い、仲睦しく話している姿をクゥーと後ろから見ていた。 金髪の二人は、太陽の光が当たり輝いて見えた。 レオナードのメルを見る愛しい優しいまなざし、それを優しい笑顔で返しているメル。二人の並ぶ姿はお似合いで綺麗だとアレルは、思う。


(メルがアマリリス嬢であるならば、メルほどレオナード様の婚約者に合う人はいないだろう。そして、レオナード様の隣にメルが立ってくれれば、この国は安泰のような気がする。不思議と安心感がある。

 メルの作る薬は、人と動物の身体を癒す、万能薬だ。 メルのホープの演奏は、人と動物の心を癒す。 あのメルが攫われた時、メルを守るために毒蛇と森の動物たちが道を塞ぎ、戦った姿が目に浮かぶ。あの光景は、壮観だったな)

 アレルは、レオナードとメルの仲睦ましい姿を見て、微笑む。


「私たちの主は、お似合いだな。一緒になってほしいな」

 とクゥーにアレルは、声をかける。

「ワン」

 とクゥーは、しっぽを振りながら、アレルを見る。

 同意のようだ。



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