身分差
王立貴族学園にて、
「カトレア様は、孤児院をご訪問されているそうですわ。お優しく、慈悲深いお方ですわ」
「そうですわ。カトレア様のような方が、国母にむいてらっしゃるわ」
「あら、おおげさですわ。当たり前のことをしているだけですわ。実は昨日も行ってまいりましたの。おほほほ……」
レオナードに聞こえるように令嬢とその取り巻き達は話している。
(カトレア侯爵令嬢か。何もせず、ただ行って、見てるだけだろうに……)
レオナードは、ため息をつく。
今度は別の場所から、
「街で評判のクリームを侍女が買ってきてくれたのです。肌の荒れがなくなり、しっとり、綺麗になったのですよ」
「私の侍女も使ってましたわ。パン一個買う金額で買えるほど安く、効果が抜群だそうですわね」
「えぇ、平民に買えるように安くしてるんでしょう。こんなに効果抜群だから、私の侯爵家で、すべて売値の一〇倍で買ってあげるわよと売っている娘に言ったのよ。そしたら、なんと断ってきたのよ」
メアリーが得意げ言う。
「まぁ、メアリー様のご好意をお断りしたのですか。愚かな方ですわね」
「そうなのよ。私たちの好意で高く買うことで、娘も今より良い生活ができるのに」
「まぁ、メアリー様、なんとお優しい」
レオナードに聞こえるように令嬢とその取り巻き達は話している。
(メアリー侯爵令嬢か。まったくお優しくない。メルの気持ちがわかっていないな)
レオナードに婚約者に向いてるアピールだ。二人ともレオナードの婚約者候補だ。レオナードは、なぜ周りには、こういう令嬢ばかりなのだと深いため息をつく。アマリリスも婚約者候補になっている。
(メル、君は、アマリリス嬢ではないのか?
そうであれば、メル、アマリリス嬢に戻ってくれないか。
確証が持てない。森でメルが言ってたことが現実化している。鳥の名前、立ち読み……、偶然だと思いたい)
エビスシア国がこの国に攻めようとしている動きは、国境の領地からすでに報告は入っていたようだ。既に国境の領地に騎士を向かわせているとのことであった。
王は、当初、学園にいる間に婚約者を決めればいいと言っていた。しかし、自分が倒れたこと、エビスシア国の事もあり、自分の後継者の基盤を早く整えておきたいようだ。
王は、三か月後のレオナードの一六歳の誕生日に婚約者を発表すると急に公表したのだ。王にそれまでに婚約者を決めるようにレオナードに言ってきた。王は、レオナードのメルに対する気持ちを知っている。王は、メルがアマリリス嬢なら婚約者として申し分ないと言ってくれている。
しかし、メルは、今の生活を楽しみ、幸せそうにしている。そのメルにレオナードは、アマリリス嬢か聞くのが怖かった。聞いたら、自分から離れていってしまうのではないかと思ってしまうのだ。
つい、メルの拉致事件の時、王宮からの騎士たちが来た時、自分の身分がバレると思い隠れてしまった。今のレオナードにとって、なによりメルを失うのが怖かった。婚約者を決められなければ、王と王妃で決めるとのことであった。多分、宰相の娘のカトレア侯爵令嬢になるだろう。
レオナードにはもう時間がない。
***
メルは、孤児院の裏にある荒地に植えたさとうきびの状態を確認していた。順調に育っているようね。近いうちに収穫できそうだわ。ほっとして、建物に戻ろうとしたとき、孤児院の中に、レオナードと令嬢が笑顔で会話をしている姿が目に入った。
今日もどこかの貴族令嬢が訪問しに来たようね。とメルは、思いながらも、心は、どきどき、ちくちく落ち着かないのだ。
令嬢は、柔らかそうな艶のある茶色の髪に、水色のふわっとした清楚なドレスを着たかわいらしく、品のある令嬢だった。その隣に立つレオナードとは、とてもお似合いだった。
穏やかに笑っているレオナードとその令嬢を見て、その姿は絵を見てるように綺麗だった。メルは、顔をそむけた。
「私、どうしたのかしら。 とても心が痛いわ。 レオは、高位の貴族よ。私のような平民ではなく、あのような綺麗な令嬢を好むのは当り前よ。ああいう令嬢がレオの隣に立つべきだわ。わかっていることじゃない……」
メルには、今、レオナードがとても遠い存在に見えた。
前のメルは、レオナード達と同じあちら側にいた人間だ。しかし、今は違う。
メルは、二年も着続けている、よれよれの粗末な服装を見る。艶のないぱさぱさの髪を見る。
メルは、悲しく、惨めになった。
(あっ、私、多分、レオを慕っているんだわ)
レオナードは、薬のお礼を言いに来てから、メルが孤児院にいる時は、必ず孤児院に来ている。約束しているわけではない。ただ、一緒に子供達に読み書き、計算を教えてるだけだ。
そして、メルが、ホープを演奏してるときは、側で聴いているだけだ。
帰りはいつも一緒で、森の入り口まで送ってくれる。もちろん、レオナードの馬に乗ってだ。特に言葉を多く交わすわけでもない。
メルが攫われた時は、助けに来てくれた。
身体の傷に薬を塗ってくれた。
そんなレオナードの姿がメルは、思い浮かばれる。
「知らぬ間に私は、レオを慕っていたんだわ。私が、公爵令嬢だったら、あの令嬢のように隣に立つことができるのかしら。
もっと近い存在になれるのかしら。やめましょう。私は、もう平民なのだから この気持ちには、蓋をしましょう」
小さな声で呟き、首を横に振る。
この時、かつての公爵令嬢という身分がとてもメルには、魅力的に思えた。
メルは、帽子を深くかぶり直し、顔を見えないようにする。ぴーちゃんが、メルの肩に乗ってきて、首を傾けた。「どうしたの?」と心配してくれているようだ。
「ぴーちゃん、帰りましょう」
メルは、ぴーちゃんと建物には入らず、裏庭から建物の横を通り、孤児院の入り口で子供たちと一緒にいるクゥーを呼んだ。
子供たちには、急用ができたとメルは、言って、街の中を歩きながら、森の洞窟の家にむかった。
レオナード達に会わないよう秘密の迂回ルートを通って。このルートは、馬車道を通らないで街と洞窟を行き来できるルートだ。
「そういえば、レオと出会ってから森の入り口まで送ってもらわなかったのは初めてかもしれない」
森の中をいつもより沢山歩かなければならない。歩きながら、寂しく、涙が出てくる。
レオナードに馬に乗せてもらってる場所が言葉少なくてもどれだけ温かく、居心地のいい場所だったかとメルは、思った。