拉致②
「放て」
という声で、矢がレオナードとアレルに向かって放たれた。二人は剣で矢を跳ね返す。毒蛇達が、矢を放った男達に近づき、噛みつく。男達は、倒れ、苦しそうにしている。
レオナードがメルのもとに来た。
「メル、大丈夫か」
メルは、泣きながらうなづく。レオナードは、倒れているメルを抱きかかえる。いわゆるお姫様抱っこ。レオナードは、メルを安全なところまで運ぶ。
「メル、触れてもいいだろうか?」
メルは、うなずく。
(レオは、やはり高貴な方ね。きちんと触れる許可をとって)
レオナードは、馬車から落ちた時についたメルの体の傷をメルの塗り薬で優しく塗る。
「痛くないか?」
と聞きながら、丁寧に優しく傷に薬を塗っている。
(なんか、恥ずかしいわ)
メルは、顔を下に向ける。顔が赤くなる。
「メル、顔」
メルの顔を上げさせると、
「森で私の顔にクリームを塗ってくれた時のお返しだ」
レオナードは、熱のこもった眼差しでメルを見ると、顔にできた傷にも薬を優しく塗る。
(なにこれ、すごくドキドキするわ)
メルは、その気持ちをごまかすように視線を下に向け、
「レオ、ありがとう。助けてくれて」
と涙声で言い、微笑む。レオナードは、メルの頭をなで、
「無事で、本当に良かった」
と切なげな表情で微笑んだ。
(心配をかけてしまったのね。ごめんなさい)
馬車から第二王子も剣を持ち、出てきた。今、アレルと剣で戦っている。アレルは剣術に長けているが、やはり戦い慣れている国の王子だけあって強い。アレルが押されている。
(アレル、頑張って。でも、あっ、負けてしまいそう……)
メルは、心の中で応援する。
すると、そーっと毒蛇が第二王子の側に寄ってきて、がぶっと足を噛んだ。
「うっ、……」
第二王子は、剣を落とし、倒れた。苦しそう。アレルは、ほっとしたように剣を下すと、メルとレオナードの方を向いて、苦笑いした。
(毒蛇に援護してもらって気持ちが複雑なのよね)
孤児院でメルの腕を取った従者は、今、クゥーに飛び掛かられ、噛まれ、そして、ぴーちゃん率いる小鳥たちから頭や顔に襲撃を受け、倒れていた。
(小鳥って集団になると強いのね)
メルは、目を大きく開け、驚く。
木の上からは、りすたちが、どんぐりを次々に落としてる。木の真下にいる従者は、頭を抱えてる。そこへ、いのしし達が、タックルしている。従者は、倒れてしまった。
他の者たちも動物達から攻撃を受け、あっという間に倒されてしまった。特に毒蛇強し。毒蛇が味方で良かったわとメルは思う。
エビスシア国の者たちが、倒された直後、王宮からの応援騎士たちも到着した。メルを助けようとした女性騎士もいた。
(無事だったのね。良かったわ)
メルは、安堵した。
アレルが騎士たちに状況説明している。道を塞ぐように毒蛇や動物たちが沢山いるからだ。
「あれ、レオ? さっきまで私の隣にいたのに、いないわ」
メルは、レオナードを探す。レオナードは、メルと第二王子が乗っていた馬車の中に屈んでいて、隠れているように見える。
(隠れているはずないわよね。あっ、きっと、この拉致事件の物的証拠かエビスシア国の情報を探しているのね。さすがだわ、レオ)
メルは、感心する。
そして、エビスシア国の第二王子とその従者は捕まり、王宮に連れて行かれた。エビスシア国の者たちは、メルの薬を持っていたようだ。倒れた後、すぐ飲んだため、全員、一命を取り留めたようだ。
「敵であっても、全員、無事だったのは、良かったわ。もしかして、毎回、薬を買いに来ていたのはこういうことがあった時のためだったのかしら」
メルは、安堵する。
(エビスシア国の皆さん、一度、ホープの演奏を聞きに来て下さい。心穏やかになると評判だから、きっと、もう、拉致なんてしようと思わなくなるはずだわ)
メルは、心の中で叫んだ。
結局、レオナードは、王宮から来た騎士達が帰るまで、姿を見せなかった。
(馬車の中で、この拉致事件の物的証拠かエビスシア国の情報探しに夢中だったようね。何かいい情報見つけたかしら)
メルは、微笑む。レオナードは、メルに自分の身分がバレるのではないかと思い、隠れていた。レオナードは、自分が王子だとバレたら、メルが離れてしまうのではないかと不安だった。
メルは、動物たちの前に行き、
「みんな、助けてくれて、ありがとう」
と頭を下げ、微笑む。そして、
「ケガしていない? 大丈夫?」
と聞くと、剣で体をきられた毒蛇や矢が刺さった熊などがメルの前に来る。
メルは、側にいたレオから、自分の薬をもらい、
「痛かったわよね。ありがとう」
と言いながら、動物たちの傷を薬で治していった。倒れている動物はいない。みんな無事だったようだ。良かったわとメルは思った。
そして、動物たちは森に帰っていった。メルとレオナードとアレル、クゥー、ぴーちゃんで、動物達を見送った。
***
孤児院に戻る途中、レオナードが今日の件について話が聞きたいと言ってきた。怖い思いをしたから、思い出したくなかったら話さなくてもいいという。
レオナードは優しいわね。とメルは思い、重要な話もあるため、メルは、話すことにした。メルは、レオナードととアレルに連れられて、この街で美味しいと言われているカフェにきた。席は、外にあるテラス席だ。
クゥーはメルの足元で、レオが注文した肉を食べ、ぴーちゃんは、テーブルの上で、ビスケットを細かくしたものを食べている。ご褒美だそうだ。メルたちは、このカフェ一番人気のローストビーフ入りサンドイッチを食べている。
「毒蛇は、強かったですね。まさか、毒蛇に援護してもらえるとは思ってもみませんでしたよ」
アレルが苦笑しながら言う。
「そうですよね。実は、最近、森の入口近くで、毒蛇が、剣で切られて、倒れてるところを見つけ、薬で助けたことがあったんです。私の洞窟の家には、蛇除け草が沢山あるので毒蛇は、来ませんが、森を歩いてるときに、そっーとけがした毒蛇が来るようになったんです。私も蛇除け草持ち歩いてるので、苦手な臭いも我慢して来てくれてるのでしょう。多分、今日は、治療のお礼に苦手な臭いも我慢して助けに来てくれたんだと思います」
(ありがとう、毒蛇さん達……)
「へぇ、そうなんだ。それにしても、森の動物から毒蛇まで味方につけるメルは凄いね」
「うふふ、ありがとうございます。それで、私の拉致犯は、エビスシア国の第二王子でした。名前はごめんなさい。忘れてしまいました。私を妻として、迎え入れたいと言われました。連れて帰ると。エビスシア国は、この国をいずれ我が国の領土にするとも言っていたわ」
「なんだって。メルを妻にだって」
レオナードは、手に持っていたティーカップをテーブルの上に思いっきり音を立てて置いた。
(レオが怒ってるわ。怒るところ違うんじゃないかしら? この国を領土にするって言ってるのよ?)
メルは、不思議そうに首を傾ける。
アレルは、黙って真剣に考え、メルに言う。
「あの国は、本当に攻めてくるかもしれない。メル、重要な情報ありがとう」
メルが、孤児院に戻ると子供たちが駆け寄ってきた。
「メルちゃん、良かった」
と抱き着いてきた。
「みんな心配かけてごめんね」
メルは、心を癒すため、ホープを演奏した。
「今日の怖い思いを早く忘れてしまいますように……」
という思いを込めて。