貴族の側仕えですが、仕えていたお嬢様と婚約する事になりました
私には、大切に想っているお嬢様がいる。
それはもう高飛車で、可愛くて、頭が良くて、スタイルだって抜群で、ちょっとわがままなお嬢様が。
私は、そんな彼女の側仕えを勤めてきた。
子供の頃から、ずっと。
代々、『メイナード公爵家』に仕えてきた私もその例に漏れず、小さい頃から彼女のそばにずっと仕えてきたのだ。
素直で可愛らしい少女だった時も、思春期に入って棘のある振る舞いを始めた時も、大人の女性としての落ち着きを持つようになってからも、ずっと。
だが、そんな彼女ももう18歳。
上品な色気を纏う素敵な大人の女性へと成長した彼女は、婚約者である王位継承権第一位のアルフレード王子と結婚する。
そのはずだった。
「シェリア、私はお前との婚約を破棄する!」
事もあろうに、未来の国王夫妻を披露する場として開かれたパーティーのど真ん中で、あの馬鹿はそんな事をほざきやがったのである。
「……え、ええと、アルフレード殿下? お戯れはおやめになった方が」
「断じて戯れなどではない!私は本気だ!私はシェリア・メイナードとの婚約を破棄し、マリア・セレステとの婚約を発表する!」
衝撃のあまり、フラリと倒れそうになった彼女の身体を即座に支える。彼女は小さな声で「ありがとう」とだけ呟くと、静かに深呼吸をして立ち上がった。
普段は気丈なお嬢様ですら、おもわず倒れそうになるほどの衝撃。それもそのはず。なぜなら、このパーティーには各国から王族や高位貴族などの要人が集まっているのだから。
さて、そんな重要なパーティーで盛大なやらかしをした王子はと言うと、隣に小柄な女を侍らせている。
まあ顔は悪くない。よく見かけるタイプの、ちょっと可愛い女の子といったところ。セレステと言っていたから、おそらくはセレステ男爵家の御令嬢だろうか。
酷いことを言うようだが、見た目だけで見ても、正直なところウチのお嬢様と比べて顔もスタイルも劣っている。婚約者のいる男と懇ろになっているあたり、性格も酷いものだろう。だが、こんな場で馬鹿をやらかすほどなのだから、王子は相当あの女に入れ込んでいるらしい。
「お嬢様、あまり無理はなさらぬよう」
「大丈夫よレオン。貴方はそこで待っていて」
「いえ、私も共に」
「いいの。これは私の問題だから」
「……かしこまりました。お気を付けて」
先程まで未来の王妃として、各国からの招待客の対応に勤しんでいたシェリア。
彼女は私をその場に待機させ、たった一人で王子と女の前へと出ていく。
ホールの中を歩き回っていた人々は、事の成り行きを見守るように自然と円を描くように王子と女、そしてお嬢様を取り囲んでいた。
「本気、なのですね」
「そうだ。傍若無人で傲慢なお前にはほとほと愛想が尽きたのだ。お前は学園で、マリアに対して幾度も差別的な言動や暴力を働いたそうじゃないか」
「私はその方に対して、一度もそのような行為は行っておりません」
「いいや、嘘だ。貴様がどれだけの悪事を行ってきたか、証明してくれる者もいるとも」
王子がそう言って群衆に視線を向けると、3人の若い貴族の男が前へと出てくる。いずれもこの国で大きな影響力を持つ貴族の息子たちだ。騎士団長の長男、宰相の一人息子に、王立魔法研究所の現所長の息子。
お嬢様の側仕えでしかない私は、貴族のご子息・ご息女が学問や魔法を学ぶ為の学園に入ることは出来なかった為、その中で何が起きていたのか把握出来ていない。だが、家柄上、下手なことは出来ないはずの彼等がなぜこのタイミングで出てくるのか、わけが分からない。
そもそも、シェリア様があの馬鹿王子の言うような事をしでかすとは到底思えない。特に暴力など、お嬢様からはかけ離れた概念だ。いくら婚約者をぽっと出の男爵家令嬢に取られたからといって、わざわざ暴力をふるいに行くような人ではない。
「俺は見たぜ、テメェがマリアに泥水を浴びせた所をな」
「私もしかと見ましたよ、取り巻きの令嬢と寄ってたかってマリアを苛めているところを」
「僕も同じです。貴女は権力を笠に来てマリアへの嫌がらせを続けていた。そうでしょう」
顔には出さないが、開いた口が塞がらないとはこの事か。
よもや彼等のような重要な立場にいる者が、こんな馬鹿げた事をこの場で声高に叫ぶとは。
だが、今ので大体の状況は察した。
いちいちあのマリアとか言う令嬢を気にしたような態度。
全員が馬鹿王子と関係の近い者であること。
まるで台本でもあるかのような展開。
間違い無い、王子を含めて四人全員、あのマリアという女に惚れている。
おおかた、学園内であの四人つるんでいたところにマリアが現れ、何があったか全員揃って惚れてしまい、それに対してウチのお嬢様が苦言を呈したといったところだろうか。他の三人にも婚約者の令嬢がいたはずだが、そちらからも非難されれば苛めと取るような者が居てもおかしくはない。
「では、証拠はございます? 証拠も無く非難を続けるようでしたら、私への侮辱と取らせていただきますわよ」
「そ、それは……」
後姿からでもわかる。相当怒っている。
お嬢様の怒りももっともだ。
時期国王夫妻への挨拶の為に、各国から多くの人がわざわざ集まってくれているこの場で、当の王子がろくな証拠も無しに婚約者を断罪。下級貴族の娘を引っ張り出してきて婚約の破棄まで叫び始めた。婚約を決めたのは両家の父親だと言うのに。
一応、将来王妃になる予定だったお嬢様の付き人と言うこともあり、彼女の助けとなるべく私も為政者としての知識も学んで来たが、ちゃんと学んできたのであればあのような立ち振る舞いは有り得ない。
確かに貴族は結婚において自由は基本的に無い。大抵が、家と家のつながりの為に親同士が決めた結婚相手と結婚する。故に結婚したあとも夫婦仲が冷え切って、互いに愛人を作るという事もあるというのは知っている。だが、それはあくまで公私を分けてやっている事で、こんな大々的に恥を晒すような真似はしないのが普通だ。
「こ、此処に三人も目撃者が居るだろう! 貴様の悪事をその目でしかと見ていた者が三人も居る。これが証拠だ!」
「アルフレード殿下……」
だが、彼はすっかり耄碌してしまったようだ。
まだ若いというのに、あのマリアという女に骨抜きにされてまともな思考能力すら失ってしまった。
先程まで怒りをぐっと堪えた様子のお嬢様だったが、あまりにも情けない彼の言葉を聞いて、心做しか疲れたような、悲しそうな声で彼の名を呟いた。
くったりと下がった肩からは、諦めのような感情が感じられる。周りで事の成り行きを見守っていた中からも、小さくため息が聞こえてくる。
「ええ、殿下、貴方の考えは理解いたしました。お気持ちが変わらないようでしたら、私は引き下がると致しましょう。婚約の解消については、後に両家の間で話し合いの場を」
「ほう!つまり貴様は罪を認めると言うことだな!」
「………えっ?」
全てを諦め、お嬢様が引き下がろうとしたその時だった。
こちらの予想を超えたセリフが殿下の口から飛び出して、ホール中が凍りついた。
あれだけ気丈に振る舞っていたお嬢様からも間の抜けた声が漏れる。
「おい、衛兵!こやつは自らの罪を認めたぞ。即刻ひっ捕らえよ!」
「え、いや、しかし」
「殿下、これは」
「何をしている。早く捕らえろと言っているのだ!」
会場の警備についていた衛兵達も、彼の命令に困惑した様子を見せるが、彼らでは権力に逆らうことは出来ない。
嫌々ながらも、槍を構えてお嬢様を囲うようにじりじりと距離を詰めてくる。
流石に、これ以上は見ていられない。
「お嬢様、帰りましょう」
「……レオン」
空間跳躍の魔法を使い、お嬢様の前へと出る。
突然現れた私に王子とその取り巻き達の目が驚愕に見開かれる。
「なっ……お前、なぜ精霊魔法を!?」
「僭越ながら殿下、お嬢様は体調が優れないようなので、本日はここで失礼させて頂きます」
「なに、待て、逃さんぞ!」
ゆるりと礼をし、お嬢様の手をとってその場から姿をくらました。次に視界に入ってきたのは、懐かしの故郷の景色。
夜の闇の中でもメイナード公爵家の屋敷は星のように明るく輝いている。
「レオン、どうして」
「心配は無用です。私ならば、例え彼等の手の者に追われようと、身一つでどうにかなりますから」
「ごめんなさい………けど、ありがとう」
「私ごときには勿体ないお言葉です」
すっかり元気をなくしてしまったお嬢様の身体を支えながら歩みを進める。屋敷からは私の瞬間移動に気が付いた父と他の使用人達が、屋敷の門を開くために走ってきていた。
「レオンよ。此度は災難であったな」
「いえ、私がお嬢様をしっかりとお守り出来ていればこのような事には……」
「良い。そなたの精霊魔法をもってしても、国で最高クラスの守りの魔法をかけられた学園内を探ることは出来なんだ。こうして娘を無事に連れ帰ってくれただけでも有り難い」
「恐悦至極に存じます」
お嬢様を連れ帰った次の日。
メイナード公爵家現当主であり、お嬢様の父親であるセルエル・メイナード公爵に私は呼び出されていた。
昨日の事もあり、今日の公務を休んだ彼だが、顔にはくっきりと疲れの色が浮かんでいる。
てっきり、私は何かしらの罰を受けることになると思っていたのだが、意外にもかけられた言葉は感謝であった。
「しかし、まさか殿下があのような暴挙に出るとはな」
「ええ、私も怪しく思い、件の令嬢が何かしていたのではと調べたのですが、問題は見られませんでした。完全に、殿下をはじめとしたあの四人の暴走が原因のようです」
「嘆かわしい事だ。昨日の一件で我が国は周辺諸国にすっかり見下されてしまった。今朝すぐに、娘への新たな婚約の誘いが何通か届いたほどだ。まだ正式な婚約の解消もしていないにも関わらずだ」
思わず手に力が入る。
相手からすれば、お嬢様は馬鹿な王子に捨てられた馬鹿な女なのだろう。だから安く見られている。こんな礼に欠いた誘いを入れても、次の婚約を決めるために必死に食いついてくるだろうと思われているのだ。
「酷い侮辱ですね。許せるものではありません」
「そうだろう、そうだろうレオンよ。お前ならそう言ってくれると思っていた。そこで、だ。お前に一つ聞きたいことがある」
彼は少し机から身を乗り出すようにして私をじっと見つめてくる。よほど重要な事なのだろう。先程まで柔らかな雰囲気だったというのに、その目は獲物を狙っている魔獣のようにやけに熱が籠もっていて、少し恐ろしい。
「もし、お前が王家の血筋で、シェリアと結婚できる地位があるとしたら、どうする?」
「せ、セルエル様……? 私はただの平民の血筋。珍しい精霊魔法を使えることから、現在までメイナード公爵家に仕えさせて頂いている身です。ご冗談とはいえ、そのような事――」
「レオン、私は『もし』そうだったらと聞いておるのだ。今のお前の身分なぞ関係ない」
びしりとそう言い放った彼の覇気に気圧される。
だが、何故こんなことを聞くのか。彼の考えがわからない。
私の家系はずっとメイナード公爵家に仕えてきていると、父に教えられてきた。
通常、エルフにしか使えない筈の精霊魔法を使うことが出来た私の家系は、その貴重さ故にメイナード公爵家に拾われ、代々使用人となることで保護されてきたのだと。
もしや、彼に心を見抜かれてしまっていたのだろうか。
使用人の身でありながら、お嬢様に懸想してしまっていた事。平民と貴族、それも公爵家という大き過ぎる身分の差。この恋が絶対に実らない事などわかっていた。だから、彼女が誰かのものになったとしても、側で見守り続けていられるのであれば幸せだった。
なのに――
「レオン、ここでお前が何を言おうと私はお前を罰する事は無いし、お前に対する処遇や態度をあらためることも無い。ただ、お前の気持ちを聞きたいのだ」
「セルエル、様……わたし、は」
きっとセルエル様は、私の忠義を試しているのだ。
傷付いたお嬢様の心のすきを突いて、私が何かするのではないかと疑われている。
そして同時に、言い難い心の内も正直に曝け出すことが出来るか。
「望めるのであれば、シェリア様と結ばれたく思っています」
そう言った瞬間、彼の視線が強くなるのを感じる。
だが、ここで止まってはいけない。
「シェリア様は誰よりも聡明で、勤勉で、美しく、誇り高く、一国の王妃としてこれ以上ない女性です」
「………ふむ」
「ですが、それ以上に彼女の心の綺麗さに心を打たれたのです。気高く気丈でありつつも、時折見せる優しさと思い遣りの心。共に歩んできた時間が、そう思わせるのかも知れません。ですが、私は王子でもなければ、下位の貴族ですらないただの平民。であれば、この身尽き果てるその時まで、お嬢様にお仕えしたく思っております。それが私にとって何よりの幸せなのです」
言い切った。
言ってしまった。
おかげでセルエル様もなんとも言えない微妙な笑みを浮かべている。
彼は私が何を言ったところで処遇を改めるつもりはないと言っていたが、代々メイナード公爵家に仕えてきたこの関係も私の代で終わりだろう。
「成程、成程なあ。全く、これが私以外ならば娘に男の側仕えなど付けるべきでは無かったと反省しているところだ」
だが、予想外にも彼はほっとしたように息をつき、ゆったりと椅子にもたれ掛かった。
「ふふふ、つまり私と娘は賭けに勝ったわけだ」
「セルエル、様……?」
「今の話、聞いていただろう。陛下をお通しせよ」
彼はそう言って椅子から立ち上がる。
困惑する私を他所に、背後で扉が開かれた。
◆◆◆◆◆
扉の向こうから、彼とお父様の話し声が聞こえてくる。
お父様の難しい質問に対しての彼の答えを聞いて、思わず頬が緩んでしまう。
「随分と嬉しそうではないか。余の愚息の時とはまるで違うな」
隣には国王陛下が並び、扉が開くのを待っている。
彼は私の頬が緩んでいたのに気が付いたのか、小さく笑いながら話し掛けてきた。
「ぁ、へ、陛下……これは大変失礼な事を」
「良い。此度の件は寧ろ此方が迷惑をかけた。あ奴らの処分は速やかに済ます故、許してくれ」
「いえ、あれは仕方の無い事でした。私も何度も忠告させて頂いたのですが、恋とはあれほどまでに人を盲目にさせるとは」
「お主も似たようなものであろう。父と共に余に対して賭けを仕掛けるとは」
「これも愛の為せる業ですのよ」
「全くだ。賭けは、お主等の勝ちのようだしな。あのような賭けによもや負けようとは思わなんだったが」
私とアルフリード殿下の婚約を結んだ時、私と父が陛下に仕掛けた賭け。それは、もし現在の婚約者であるアルフリード殿下が何らかの理由によって王族としての務めを果たせなくなった時、もしも私の付き人であるレオンが私を好いていてくれたならば、彼を新しい王太子として私の婚約者にする事。私達が負ければ、素直に殿下と結婚して国を支えていく事。
レオンは自身の事を代々メイナード公爵家に仕えてきた平民の一族の末裔だと思っているが、それは違う。陛下を含めた私達が作ってきた偽の身分だ。
本当は、彼は王族の一人。
それも、本来であれば王位継承権第一位の。
「余としては息子を未来の王に据えたい所であったが、あのような愚か者に一国の主は務まらぬ。まさか、王族としての務めも果たさず、婚約者を無実の罪で陥れようとはな。故にだ、レオンは余の息子として世に出す事にする。余としても彼は大切な存在だからな。なにしろ、兄の忘れ形見だ」
「私は話でしか知らないのですが、あれは悲しい事件でしたわね」
「本当に、そうだ。あの反乱さえなければ、兄と彼女がこの国を支えてくれていただろうに」
現国王が即位する前の事。
この国の王になるはずだったのは彼の兄だった。
隣国のエルフの国の姫と婚姻を結び、二人揃って国を導いていく。そうなるはずだったと言うのに、婚姻を目前にした時に事件は起きた。
それはエルフの国の王弟による反乱。権力を欲した王弟と一部の貴族によりエルフの国王は殺害され、エルフの姫もまた命を狙われる事になった。無論、婚約も破談になり即位は延期となったのだが、当時の王太子であった彼は彼女を見捨てられなかったのだ。
結果、当時の王太子とエルフの姫は駆け落ちし、遠い国へと逃れていってしまう。そうして二人の間に一つの命が産まれた。
それがレオン。人間の父親とエルフの母親を両親に持つハーフエルフである彼は、他の純粋なエルフと同じように、生まれながらにして精霊魔法を使うことが出来た。
だが、そんな小さな幸せも長くは続かなかった。エルフの国の追手は彼等が住んでいたその土地にまで届き、王太子と姫は殺害されてしまう。王国から派遣された騎士によって守ることが出来たのは幼いレオンただ一人。
王国は王太子の死を病によるものと発表し、レオンの存在を秘匿した。そして、当時レオンの命を救った騎士が彼の父代わりとなり、メイナード公爵家に仕えている。
「兄は優秀な男だった。それこそ、余よりもずっと」
「陛下が卑下するような事は何もありませんわ」
「いいや、余の息子はあのような愚か者に育ってしまったが、兄ならばそうはならなかっただろう。現に、兄の息子は真っ直ぐに成長した。仕える主の為ならば、自らが処される事も厭わずに盾となるほどの気概も持っている。彼であれば、そなたと共に正しく国を導いて行けるはずだ」
彼がそう言い終えたと同時に、屋敷の使用人達によって扉が開かれた。使用人の中には、彼の父親代わりだった騎士も混ざって笑顔を浮かべていた。
扉が開かれた先には、笑顔のお父様と驚いた様子の彼の姿が。
「では、余の息子との婚約を解消し、ここに新しく婚約を結ぶとしよう。そなたも、準備は良いな?」
「ええ」
ああ、愛しい貴方。
物心付いた頃からずっと私を護り続けてくれた人。
常に私の心に寄り添い続け、喜びも悲しみも分け合ってくれた人。
貴方と離れ離れになるのは恐ろしい。だけれど、二人ずっと共に居られるのであれば、どれだけ幸せで心強い事なのだろう。
「では、ここに我が兄の息子『レオン・オルデニア』とセルエル・メイナード公爵の娘『シェリア・メイナード』の婚約を結ぼう」
貴方と同じ気持ち。
想いあえる事が嬉しくてたまらない。
「シェリア、様……これは」
「シェリアと呼んで、旦那様」
「は、は……まだ理解しきれていないのですが、嬉しいです、シェリア。こんな、夢でも見ているかのようで」
コロコロと表情を変えながらそんな事を話す彼が愛おしくて、貴族令嬢としての慎みも忘れて思わず抱きついてしまった。優しく抱擁を返してくる彼の頬に口づけをすれば、彼の顔がほんのりと紅く染まる。
「あー、シェリア、そういうのは人の居ないところでだな……」
「まあ良い。ふふ、十年以上の大恋愛が成就したのだ。余もここは見逃そう」
「陛下……」
「彼を王太子に据え直す事でまた忙しくなる。そなたにもよく働いて貰うからな」
「娘の為を思えば苦ではありませんとも」
部屋から四人の笑い声が響く。
現王太子と有力貴族の息子達の廃嫡。
諸国との外交の健全化。
レオンを王族に再び迎え入れる準備。
考えられる問題は山積みだが、今、この瞬間メイナード公爵家の屋敷は幸せで包まれていた。
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