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06 ミネリ・シュバリエの場合

変わった人に会ったと明らかに思うことは最近なくなったけれど今回の人は格別に違った。

宿舎の一階でお茶を飲む黒雪を見ながら思う。

この黒雪は、忌みの印をつけて顔を隠し、黒い服とマントを着て来た。明らかにこの国の人じゃない。

黒い衣服をこの国で身に着ける人はまずいないから、ますます怪しいと思った。

でも顔を見たらそんなのが一瞬で消し飛んでしまった。


月の女神みたいな人だった。

奇麗な白い色の髪が輝き、長いまつげに大きな瞳は白で、見るとなぜかぞっとするのにそのまま魅入られてしまいそうだった。

彼女は不思議な魅力があって、自分も女なのに、思わず好きだと言ってしまいそうだった。

その気持ちは顔を隠すようになってもある程度は変わらない。未だにあの顔を見続けてたら、終生尽くしてしまうかもしれないと思う。

その彼女は聖堂に用があるといって、司祭様を教会で待っているが、彼女はまだ司祭様にはお目通りができていない。

その理由も実は知っている。だから胸が苦しい。罪悪感でいっぱいである。

教会員の黒雪が来る少し前のことだ。

そう、黒雪がくる三日くらい前のこと、自分は司祭様に皇城内へ呼び出しされていた。



「教会から教会員が派遣されると連絡が来ました」

司祭さまから皇城内に珍しく呼び出されたと思ったら、まっすぐ個室に通された。それ自体がとても珍しいことだった。

そして司祭様は司祭服ではなく、官僚の格好をしていた。自分の家の家紋の付いたアフィリア皇国特有の前合わせの服を着て、長い髪を後ろで結んでいる。

この国の人はだいたい黒髪にちょっと濃い肌の色が多いのだが、この人は薄い金髪に白い肌をしている。

体の線も細めで明らかにこの国の人と違うのだが、どうやらお母さまが他国の方らしい。

自分もそうだから気持ちは少しわかるけれど、司祭様はちょっと神経質で、そのことをとても気にしているため、あまり触れてはいけない。

ピリピリしているから、細い目がいつもより余計細い。

そして言葉遣いも気を付けなければならない。この時は、筆頭官僚のティドー・ラ・サンティレール、サンティレール家の家長である。

「はい、サンティレール様。」

「司祭です」

…失敗した。

面倒くさい男だ。

「はい、司祭様。で、私をお呼びになったご用件は?」

「あなたも知ってると思うのですが、教会から聖堂の処理に派遣された人が来ます」

おお?と内心ときめく。

噂でなんとなく聞いていた。

聖堂の処理が始まる。

自分が来た時から、聖堂は壊れ封じられていて、教会はその仕事をしたことがない。だからずっと聖堂が修理され、本来の姿を取り戻すのを楽しみにしていた。

教会員の派遣が国に来るということはこの国で意味することはひとつ。

「皇后様ですね!」

「しーーっ! そんなに大きな声で言わない!」

「…」

そうだけど。

このとりつくしまのない感じをどうにかしてほしい。

黙っていると司祭様は先を続けた。

「あなたも知っての通り聖堂はかつて上皇后様がいらっしゃったときから手入れもされず、いまや崩れかけています。聖堂の整備は急務でしたが、聖堂の処理ができるような高位の教会の人を呼べなかったため長期ほったらかしです。そのせいと断言できないですが、あれからずいぶん国の清浄は弱まり、いまでは穢れの地すらできそうな状況です」

知ってはいた。

噂でもこの国に汚染地区ができているとは聞いていた。

不穏な空気に街の人も不安を隠しきれない。

これらは汚染の増幅を助長する。あまりない方がいいのだけれど、そうも言ってられないのだろう。

「ですから王は教会と連絡をとったのですが、今の今まで聖堂の整備で中央教会に手助けが呼べなかった理由は知っていますか?」

「貴族の方々の反発が強かったからと聞いています」

「そうです。わたしのサンティレール家、それからもう一人、アドリアーノ家は陛下の補佐としてこの王城にいますが、それ以外にも主として4人の貴族の方々がいます。皇都と陛下の自治領を除いた国土を7つに分けて治めているわけです。その彼らは早く妃として後宮に人を入れさせ、自分の家紋を強化したがっています。」

陛下はご兄弟がいらっしゃらないうえに、まだお若いということもあって、お妃探しがこれから白熱するだろうと目下の噂だった。

陛下は御年22,3で、遠目からしか見たことがないが、この国の特徴そのものの長めの黒髪を一つに束ね、黒地に金糸の羽織がよく似合っていた。少し怖い感じがしたが、国外の学院に学びに行かれたり、気さくな立ち振る舞いも多く、国民受けが悪く無いと聞いている。

一方で即位のときに官僚の刷新を半ば強引に進め、意見の合わない年配の官僚を切ったのは有名な話だ。

「 そのため教会が入ってくるのは困るのです。上皇后様の二の舞は避けたいんですよ」

「上皇后様というと先々代の皇王様のときにきた教会員の方ですよね? 評判がよく国民にも慕われたと聞いてます。」

「貴族たちは良く思っていませんでしたがね。だから教会の皇后は国政には関わらず、皇王は必ず側妃を受け入れ、皇后との間には子をなさないというのが確約された上でのお迎えだったわけです。」

ひどい話だ。

「でもそれだけ縛りがあれば何も心配することないですよね」

「それは表面的な話です。先々代の皇王様、つまり上皇王は側妃をお召しにはなったものの、御通いになることも少なく、退位後は上皇后と過ごされていたことが多いのは有名な話なんですよ。それが何を意味するかは分かりますよね?」

うつつを抜かしたとか言いそうだ、この人なら。

「側妃様を大事になさればいいものを、うつつをぬかしたんですよ」

「やっぱり」

言ったよ。

上司だけれど、この見下す感じはどうにかならないのか。

「なんですか?」

「いえ、なんでも。つまりその件があったので、決まりがあってもうかうかしてられないということなんですよね?」

「まあ、そんなところです」

急に話を戻されて、司祭様がうろたえている。

「実際、上皇后様も皇后という地位にあって、上皇王様の庇護があっても何度も命の危険もあったと聞いています。肩書だけの状態でも、周りはこの地位に目の色を変えるのです。またこのご結婚もただ権力を得るというだけでなく、陛下の御印がもう一つの狙いです。長く続いてきた王朝にはよくあります。御印はしっていますね」

「はい先祖と神からの贈り物として国と王を守り栄えるために与えれらる祝福だとか」

はっきりとは見たことがないが、どうやら代々国王に与えられる不可思議な力があり、それをここでは御印と呼んでいる。

それは外見で表れるから見てすぐにわかるそうだが、私はまだ国王に謁見したこともないし、拝顔したこともないのでわからない。

「そうです。このアフィリアでは御印で、国の安寧が約束されるといわれるほどです。しかし資格がないものはその御印の祝福を得られません。それは単に継承したというわけではないようです。今は亡き先代皇王はご存じですか?」

「いえ、私が来た時にはもう…」

「ああ、そうでしたね。先代はその御印が少なかった。見てわかるほどに。一方で陛下は先代がご健在のころから御印があったのです。」

この食い気味の返答にもびっくりしたが、司祭様のこの自慢げな様子に若干引く。

「陛下はまだまだご結婚には興味がないようですが、陛下の御印の祝福にあやかりたいと考える貴族は多いのです。だけれど陛下としては、聖堂が機能せず、国が乱れ、政権が交代したばかりとなるとそれどころではないというお考えです。ですから先に聖堂をなおし、少しでも国の乱れを落ち着かせようとしています」

こほんと司祭様は咳を一つすると声を低めて言った。

「…で、私が言いたいのは今回、教会は人を送るといっていますが、このような状況で迎え入れることが困難だと思っています。」

「陛下のお考えは?」

「陛下は迎え入れるべきだと思ってますよ。今回は陛下の主張が通った結果ですからね」

「なら…」

思わず語気が強くなりかける。

それを押しとどめたのは司祭の目が厳しかったからだ。

「余計なトラブルを生むほどいま、この国には余力がありません。貴族がおとなしくなってからでもいいでしょう。教会員の方になにかがあってからでは遅いですしね」

司祭様は大きくため息をついて、椅子にふかぶかと体を沈めた。

疲れているようにも見える。

「だから私からあなたへの指示はこうです。ミネリ・シュバリエ、教会員の方が来たら教会にとどめ置き、何かと理由を付けて王宮内に入れないこと。あとから教会から何か言われたらそれはそれで考えます。あなたしかできないでしょう。王には後ほど私から提言します。」

「本当にそれでいいんですか?」

絶対によくない。

良くないと思うのと同時に、腹立たしかった。

司祭様は兼務とはいえ、教会員の一人であるというのにこのような態度は許されるべきじゃない。

それに陛下のご意見を無視するなんて。

「ミネリ・シュバリエ、うまくやってください。頼みましたよ」



こんな一連のやりとりがあったなんていまだに信じがたい。

それを司祭がいうとは。

信頼は地に落ちたり、といったところだが、上司は上司である。

私たち教会員は大局を見て善と思うことをよしとする。

つまり善が大きいと思うほうを取るときに、多少の悪はよしとされている。どちらも取れない私みたいなのはあまり向かない考えだし、教会員すべてがそうではないと思うが、結構上に行くほどにその考えが強いらしい。

はあとため息をついて、台所から居間に行く。

黒雪がフードを深くかぶったまま、お茶を手に書物を読んでいる。自分ですら読んだことのないこの国の歴史だ。

フードをかぶっているから口元しか見えない。奇麗な桜色の唇に青白い頬がみえるだけで、胸がときめきだすのはなぜだ。

同性だろう!

「…ミネリ?」

はっ。

黒雪の呼び声で我に返る。

「ミネリ、…お茶こぼれてます」

だばだばと茶器からお湯がこぼれて床がびちゃびちゃになっていた。

「どうしました?」

「え、あ、いや、お茶いるかなと思って」

慌てふためきながら返答する。

見とれていたなんて言えない。

「拭くの手伝います」

「いえいえいえいえ、大丈夫です。黒雪はやることがあるのでしょうから」

慌てふためいていうと、台所に駆け戻った。

自分はこの何も疑ってもいないような人をだまし続けなければいけない。それが国のためだという。

自信ない。

胸がときめくこの状態ではとてもじゃないけど、長持ちしない。

あの嫌味な上司の顔がうかぶ。

あんまり忠義もないが、リストラは困る。

脳裏を駆け抜ける自分のネックなこと。ここは私みたいなのでもようやく得た職なのだ。

ため息つきながら、台所から居間へと戻った。

投稿の長さにばらつきがありますが、区切り良いところで切っているのでお許しを。

ここから視点がちょろちょろ変わりますが、こちらもどうぞご容赦を。

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