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02 嫁ぎ先が中に入れてくれない、とは?

「だめだ、だめだ」

やっぱり。

皇都に入ろうとしたところ、門扉で検問があったのだ。

自国の民はほぼ一発で通るのだが、いかんせん私たちみたいなのは無理だった。

衛兵二人に槍で通せんぼをされながら、冷たい扱いをされる。

「入城許可証はないのか」

「入城許可?」

こいといっておいてそれはないだろう。

とは思ったものの確かにない。

「いま、この皇国は穢れが広がり、その対策の一環として皇都への入城を規制している。自国民は別だが、他国は許可証が必要だ」

じろりと見られる。

そういうことかとようやく納得したが、弟が何も言わなかったのはどういうことだといらっとした。

「あるのか、ないのか?」

問い詰められてあるとしたら…と、役に立つと思えなかった一通の手紙を思い出す。マントの内ポケットに入れてある手紙を取り出す。

少し厚めで滑らかな指ざわり、角度によってところどころキラキラと反射する何かを織り込んだ上質な紙だ。

その紙にはたった一言。

『皇后を求む』

これだけ。そして皇王の署名と重厚感ある印が押されている。

はっきりいって事情を知らなければ用件が全くわからない。

この手紙とともに私の義理の姉が、たった一言で私をここによこしたのだ。


『これからアフィリア皇国へいき、皇后となりなさい』


ため息しかでない。

手紙一つで国の后になれとはいかに。

精いっぱいの抵抗はしたが、一発で跳ね返された。


『これは形だから。いままでも皇后という形で男子が行っても皇妃ってことで終わってるから。それに国政の実務はないし、あくまで教会の聖堂を直すだけだって』


なら兄でいいじゃん。

兄弟たちは何人もいる。みんな男だけど。

強気にでたが、最初から男が行ったら可哀そうだろうという姉の奇妙な理由で押し切られた。

そんないわくつきの手紙なのだが、役に立つのか。


「一応こんなのもあるんですけど」

広げて相手に見せる。

衛兵2人が目を細めて手紙を見るが顔を見合わせて笑った。

「こんなのが本当にあったら酒をおごってやる」

「どういう意味ですか?」

「陛下は今それどころじゃないだろう。城内外を問わず、問題だらけで連日、遠征兵が出入りしてる。ほれ」

衛兵が指さす方を見れば、ちょうど騎龍にのった兵士が戻ってくるところだった。

なにやら物々しい鎧を着ている一行が都の門を通っていく。

鎧と言っても肩当てに小手、胸当てを部分的につけているだけで軽装だ。髪がみな長くて、比較的若く見える。

「毎日、化け物退治だ。あー、あのなんだっけ」

「汚染」

「違う違う。空気の汚れじゃないんだからさ。そんなものここじゃ、穢れって呼んでるだろ。」

いや、知らんし。たまに言語や文化が違うと共通の言葉じゃなくなるのは面倒だ。

万物を動かす力の根源のことを言っている。日本では生命力とか言うものに近い気がする。

それがここの世界では2種類あり、汚染されているか清浄かで扱いが異なる。

私はその汚染を掃除するのが仕事だ。

「穢れが増えすぎて、とりつかれた獣や虫が最近やたらと出ている。その駆除で毎日兵隊が出てる。凶暴化してて手がつけられない。それもあのー、土地が黒くなるっていう」

「汚染地区」

「おうそれ。穢れの地。そんなのまで地方で出始めて今やてんやわんやよ。そんなときに陛下がこんなこと、するわけがない」

ごもっとも。

納得してしまった。

あまりにも話が噛み合わなくてびっくりだが、汚染に関してここは元々の教えがあるから仕方がない。

そういう国もみてきた。

はあとため息をついて、いそいそと手紙をしまう。

いけるって直前で言って、去っていった弟の言うことを信じた私がばかだった。その弟は遠くから見てるからと言ったくせに、途中から物陰にすらいなくなってしまった。

なんて奴だと思うけれど仕方がない。

「それにしてもお前、怪しいな。なぜ顔をみせない?」

衛兵に上から下までじろじろ見られる。

たしかにフードをすごく深くかぶり、口元ぐらいしか見せていない。あまり顔を見せたくないのだ。

「髪もなんだかここらのもんじゃないな。怪しすぎる」

ローブの裾から出た自分の髪が見つかったらしい。思わず毛先を掴んで、ローブの中にたくし込む。

髪がすごく長いのに結ぶのが苦手で、いつも隠せないでいる。

「えーあ、出直します」

ふんと衛兵に鼻で笑われ、列から外れた。

もっと交渉とかうまければ違うかもしれないのに。この効力があるんだかないんだかはっきりしない手紙に文句を言いたくなる。

そう思いながら歩いていくと、いつの間にか弟がそばにきて声をかける。

「だめだった?」

「見てたでしょ」

弟が肩をすくめるのをみて、私は続けて言った。

「教会が喜ばれないなんていつものことだから」

色々な国がいろんな考えを持ってて、理解はしても喜ばない国もあれば、理解すらしない国もある。上層部と下の考えがあまりにも違うときもある。それでも強引にやれと言われたらやらざるを得ない方が多い。

どちらの利益が大きいか。

遠くでざわつく声が聞こえた。人々が遠くを指さし、声を上げている。

弟がふふんと鼻を鳴らすのが聞こえた。

「…何かした?」

弟の様子に嫌な感じを覚えてきくと、弟は肩をすくめた。

きゃああ。

はっきりと叫び声が聞こえた。

「虫だ」

弟がいう。

声の方向を見ずともわかる。同時になんとなく嫌な予感がする。

「だしたのではなく?」

「騒ぎに乗じてっていうのは定番でしょ」

弟がいたずらっぽく笑う。

どうやら仕込んだらしい。迷惑なのはここの人たちだろうに、それよりも中に穏便に入ることが益が多いと判断したらしい。

さらなる恐怖の声があがる。

「少し掃除してくる」

迷惑をこうむるこの国の人たちが不憫で思わず口に出た。

「了解。気を付けて」

お前が言うな。弟の一言を皮切りに人ごみを迂回し、しずかに走る。

人ごみの中で前のほうに出ると、皇都の右横にある開けた平原が見えた。緩やかな斜面の、その傾斜に沿うように黒い線が見えた。その線は動いていた。波打つように動き、少しずつ大きくなってくる。

「虫だ!」

叫び声がする。

声の通り黒い線は虫だった。子供の大きさほどある虫が群れを成して走ってきていた。走るそばから、草木が枯れていく。枯れるところから黒い霧が少し立ち込めては消えていった。

「やれやれ」

これは自分の仕事だ。

門扉から衛兵が来る音がする。

早くやるか。

フード越しであろうと関係なく、何が起こってるか周りをよく見る。

人が目で物理的に見ることよりも、もっとよく。

そうすると目で見えるものとは違うものが見える。

「十数匹かな」

ちりちりと目のあたりが痛む。


虫は実際の虫ではなく俗称だ。

汚染虫ともいわれていて、この世の汚染、ここでは穢れが目に見えるほど凝り固まり、虫に取りつきその虫を巨大な化け物に変える。

虫に取りつけば大きな虫の化け物に、獣に取り付けば大きな獣の化け物に、更にでかいものもある。

どれも共通しているのは、私の目には黒い線がとりつかれたものの中でぐちゃぐちゃと体内で暴れまわっているのが見える。黒い線は、線の周りの清浄を食い散らかし、お互いを食い合い、肥大化して、周りをさらに食い破ろうと暴れまわる。

私の目がそれがよく見える。その黒い線が虫の中から、更に外へもつながっているのも見える。

汚染は更なるエネルギーを求めて、人を襲い人のエネルギーを食おうとしている。


今も肥大化した虫が汚染をまき散らしながら、検問の行列、前方30メートルぐらいのところにまで迫っていていた。

「さあ、仕事」

虫十数匹の黒い線を、息を吸うように吸い上げる。

ほかの汚染も吸い取れるが、あまりそういう繊細な作業はできないので、気にしない。

近寄ってきた黒い線十数本を手でつかみ、一気に手繰り寄せ吸い上げる。

線が嫌がるかのように手元で暴れる。

それを押さえつけるように一気に汚染を吸い上げた。

虫が動きをとめ、もがきだす。衛兵が来ているからそこそこに弱らせればいいだろう。

吸われまいと抵抗する虫の汚染を強引に吸上げ、ほどほどのところでとめると虫がその場で痙攣しだした。

けほ。

小さく咳をした。気持ち悪い。

おお。

逃げ惑う周りの人が驚きの声を上げ、散り散りになっていたひとが門扉のほうに戻りだす。これで問題ないだろう。

弟がそばに来て肩をたたく。

「いまのうち」

混乱する人ごみをすりぬけ皇都に入りこんだ。

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