跡には黒い羽根が舞っている
『うええん、うええええん、ちちうええええ…』
「………」
放課後、学校の裏山で部活の走り込みをしていたら、黒い烏っぽい人っぽい感じの子供が大声で泣いていた。
「……迷子か?」
『ひぐっ、まいごではっござっらん~!うえええんちちうええええええ』
「……」
その場で足踏みをしてからゆっくりと見え見えの意地を張る子供に近付く。
目の前まで近寄ると、膝をついて子供に目線を合わせる。
よくよく見るとその子供は着物を着ており、背中にはおもちゃのような黒い翼をこさえ、小さな両手で隠れていた口元はまるで鳥類のような嘴がぴぃぴぃと泣き声をあげている。
「なんだ、お前…」
ぎょっとして、思わず尻餅をつく。
『うっ、うっ…それがしはっ、おやまの、おおてんぐ…うええん…そのむずごっ…ちちうえええええ!!』
迷子だ。
尻に付いてしまった汚れをはたいて落とすと、もう一度ゆっくりと迷子へ近付く。
「父ちゃんはどうしたんだ、一緒じゃないのか?お前一人でここまで来たのか?」
まん丸な大きな瞳から、ぼろぼろと涙が滴になって落ちていく。
やや乱雑な手つきで涙をぐいっと拭ってやる。
『…ちちうえ、ううっ…っちちうえにおぶってもらって…ねちゃったの…ひっぐ…そしたら…おちちゃったの…』
ため息を一つ吐いて、小さな体を抱き上げてやる。
背中の羽は抱き込まないように注意をして、左右に体を揺すってやる。
泣きっぱなしで真っ赤になってしまった顔面を見て、思わず吹き出す。
「そうか、じゃあ父ちゃんもお前の事心配して探してるな、きっと」
『でっ、でも…ちちうえが…みつけてくれっ、くれなかったら…っ!ぅぇぇぇ…』
「おいおい、随分泣き虫な天狗がいたもんだな。大丈夫だって、俺も一緒にお前の父ちゃん探してやるから」
『ど、どうやって…?』
「そうだな、とりあえず、大っきい声で父ちゃん呼んでみるか。せーのっ!」
ぴゅう、と小さく風が吹く。
「『ちちうえ───っ!!!』」
びゅううううう!!!と耳を劈くような轟音と共に突風が吹き荒れる。
舞い散る塵に自分は目をつむり、子供を抱えていた腕でその小さな頭を抱き込み飛ばされないように踏ん張る。
そしておさまった突風に目を開けると、目の前には2メートルを越えようかという体躯の恐ろしい天狗が立っていた。
視線だけで人を射殺せそうな睨みを受けて、思わず肩を揺らた時、腕の中から嬉しそうな声があがる。
『ちちうえっ!』
「…へ!?」
パタパタと子供の背で羽が跳ねる。
え、嘘。このどでかいのがこの小さいのの父親か?と子供を凝視していると、視界ににゅっと立派な腕が現れ自分の腕から子供を掬っていく。
『…倅が世話になったようだな、人の子よ』
「はぁ…どうも…」
『…お主、剣を握っておるのか』
「え?」
大天狗がじっと掌を見つめてくる。次いで腕、腰、脚と順々にじっくりと見つめていく。
『ふむ、これも何かの縁。どれ、儂が鍛えてしんぜよう。#童__わっぱ__#、これから毎日この場所へ来るように』
「はぁ……っうわ!?」
現れた時と同じように突風が吹いて、辺りはいつもと変わらぬただの山。
頭に疑問符を浮かべながら、走り込みを再開する。
毎日毎日、それからも山の中を走った。雨の日も、風の日も、雪の日も。
そうして、バスも一日に一本しか走っていないようなどえらい田舎の村の中学校から、あらゆる大会制覇を成し遂げる黒衣の日本一の剣豪が生まれるのは、まだ少し遠い話。