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妖狐のお庭〜妖怪小噺〜  作者: KUZUME
6/8

にゃーと鳴く郷愁

 ミーン、ミーンと外では蝉が元気に鳴いている。

 子供達が帰宅してすっかり静かになった校内では、この春に赴任してきた新人の教師がひーん、ひーんと泣いていた。


 「うぐっ、おわ、終わらない…」


 大量の書類を抱えて、ばたばたと廊下を走る。

 日中は自身が子供達へ廊下は走らない!と注意する立場だが、今は子供達は居ないし仕事に追われているし、自分で自分に言い訳をする。


 「っうわ!」


 踵を踏み、つっかけ履きをしていた上履きがずるりと脱げかけ、体勢を崩す。

 ただでさえ荷物を持ち上手くバランスを取れない中、走っていた勢いそのままに廊下に顔面から倒れる。

 ばさばさばさ──!と四方八方に散らばる書類。


 「………」


 痛いし、情けないし、慣れない仕事は大変だしもう帰りたいし、と廊下に倒れ込んだままぐすっと鼻をすすると、どしっという腰への新たな衝撃と共に降ってきたのは動物の鳴き声。


 「いぃ…ったあああ!!」


 『にゃあん』


 「…猫?」


 むくりと顔を上げると、すぐ目の前にトラ柄の猫がするりと着地する。

 どうやら先ほどの追撃のような衝撃はこの猫が腰に乗っかってきたかららしい。


 「窓から入って来ちゃったのかなぁ」


 流石は田舎の学校だぁ、と猫を見つめていると、べしりとその猫の尻尾で顔面をはたかれた。


 「いたっ!?」


 『廊下は走るんじゃねえって教わらなかったのか?小僧』


 「………っ!? しゃべ、しゃべ、しゃべ…喋ったぁ!!?」


 『それと、大声も出すんじゃねえや』


 「ぶっ!」


 べし、べべしっ!と今度は二回続けての尻尾叩き。

 慌ててまじまじと猫を見つめると、確かにその可愛らしい小さな口が動いて人の言葉を発している。

 ついでに顔をはたいてきたその尻尾は、うねうねと猫の背後に二本ある。


 「えっ!?おま…えっ!!?」


 『ったく、五月蝿え小僧だな。おい、その散らばっちまったのはいいのか?』


 「ああっ!そうだこれを早く採点して、それから…っ!」


 仕事の存在を思い出して、そして散らばりまくっているそれを見てまたつん、と鼻の奥が痛む。

 やらなきゃいけない事は分かっている。どうすべきなのかも。

 けれども、自分の実力がついていかない。

 何もかも上手くいかない。

 理想はあるのに。

 やっと夢だった教師になって、地元の学校へ戻って来れたのに。


 『…おい、それ集めたら俺についてきな』


 「…え?」


 『いいから、ついて来いっつってんだ!』


 「はいいっ!!」


 シャ───!!と牙をむく猫の剣幕に押され、思わず姿勢を正して返事をしてしまう。

 猫に睨まれながらぱぱっとぐしゃぐしゃながらも書類を集め終わるやいなや、くるりと背を向けた猫の後を追う。

 たったか、たったか。猫の足取りは軽い。


 「(…いや、なんだこの状況?)」


 ずずっと鼻をすすり、猫の後を追うだなんてアニメの様なシチュエーションに気が抜けてくる。

 やるべき仕事もせずに、果たして自分は何をしているのだろうか。

 しかし、自分の中で張り詰めていた糸が転んだ瞬間にぷつりと切れてしまった事も確かだった。

 もう別になんでもいいか、と諦めて猫の背をひたすらに追う。

 やがて辿り着いたのは、一つの教室。

 窓際の一番後ろの席の机の上に、猫が座っている。


 「ここは…」


 『お前の席だったろう?』


 「…そうだ、なんで知って…」


 『俺はずうっとここに居るからな、色んな事を知ってるのよ』


 そっとかつての自分の席に触れる。

 するとぶわっ!と押し寄せるように胸に広がる、いつかの夢を思い描いていた頃の自分の想い。

 楽しかった事、悲しかった事、同級生と将来の夢を語り合い、無邪気に笑い合った頃。


 「…担任の女の先生が、初恋の人だったんだ」


 当時を思い出して、ふっと口角を緩める。


 「綺麗で、みんなに優しくて、授業は面白くて、でもたまに厳しくて怖かった。特に廊下を走ってるのを見つかった時は、危ないってしこたま怒られた」


 『そうかい』


 「…先生のような先生に、憧れたんだ」


 最初からなんでも完璧に仕事をこなしたかった。

 生徒からも周りの先生からも頼られたくて、憧れの、#先生__あのひと__#みたいに早くなりたくて。


 『俺から言わせりゃ、お前人間なんてみんな鈍臭いひよっこだね。大人だなんだ言ったって、あいつもこいつも、みーんなひんひん泣いてやがる。五月蝿いったらありゃしねえ』


 机から顔を上げて、目の前で不機嫌そうに二本の尻尾を揺らす不思議な猫を見つめる。

 昔から妖怪やらお化けやらの逸話が多かったこの村だ。

 きっと目の前のこの猫も、この学校の守り神的な何かなのだろう。

 先ほどに比べ、随分軽くなった胸にふっと笑みを落とす。憑き物が落ちた、なんて表現があるが、まるでこの猫が自分をはたいた時に何か良くないものを追い出してくれたみたいだ。


 「ありがとう、猫さん」


 『ふんっ』


 お礼に頭を撫でようとした手を、二本の尻尾がぴしゃりと打つ。

 そしてそのまま机から飛び降りると、廊下へと消えて行く。

 『まぁ、のんびりやんな』という声が、何処からともなく聞こえた気がした。

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