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88話 フェンリィ③

 私は冒険者になった。

 でもステータスが底辺だから誰も相手にしてくれない。能力の代償のせいで五感が鈍くなって運動能力が低下し、運動すればすぐに息が上がる体になってしまったのだ。必死に魔法も覚えたけど実用には至らないレベル。


 笑われて、たくさんたくさん陰口を言われた。


 どうしよう。

 どうしよう……。


 孤独に悩む夜だった。

 今日生きる方法を考える毎日だった。

 生きたくはないけど死にたくない。


 そんな日々を送っていたある日。

 ついに(ゴール)が見えた時の事。



「泣いてるの?」



 ゴミ溜めで倒れているとその少女に出会った。

 私よりも幼くて赤い髪が特徴的な少女。


「これ食べていいわよ」

「え……でも」


 その少女、ルーナは痩せ細っていて体には痣もできていた。

 私と同じ目。自分も酷い目にあっているはずなのに手を差し伸べてくれた。


「いいから。ほら」

「んっ!? むぐぅ!」

「どう? おいしい?」

「……美味しいです。ありがとうございます」


 正直味はわからなかった。

 でもお腹と心は満たされた。


「ご、ごめんなさい。私何も持ってないです」

「ん? 別にいいわよ。その代わりアタシと遊んで」

「そ、そんなのでいいですか?」

「いいの。アンタも独りでしょ」

「わ、わかり……ました」


 それからはよくルーナと遊んだ。

 二人で悪戯したり、ルーナに教えてもらった料理店に行ったり。

 初めて同年代の子に優しくされて嬉しかった。

 お互いに境遇が悲惨だったからか、すぐに打ち解けて仲良くなった。


 でも私は最低な考えを持っていた。

 ルーナは善意だけで接してくれているのに裏を勘ぐった。

 この子もいつか裏切るんじゃないか。

 腹の底では私を笑ってるんじゃないか。


 私は、この子が苦しんでいるのを見て嬉しく思ってしまった。

 自分だけじゃない。この子も生きるのに苦しんでいる。そう考えると心が軽くなった。友達という関係に酔って、自分を正当化するために利用した。



 ごめんなさい、ルーナ。

 今はそんなこと思ってないですよ。

 本当です。信じてください。

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。




◇◆◇◆◇◆




 ルーナも働かされていて忙しそうだった。

 だから私は独りの時間の方が多い。独りの時は冒険者の仕事をすることにした。

 私は愚図で使えないから何度も追放されたけど、そのおかげでようやく自分の使い道に気づいた。


「私は道具です! 魔法を跳ね返せます!」


 そうやって自分を売り込んだ。


「あぁ? んだこのガキ。冷やかしなら帰れ!」

「本当です! モンスターに向かって投げるだけでいいんです! 報酬の取り分も少なくて構いません!」

「……死んでも文句言うんじゃねえぞ?」

「はい!」


 この作戦は上手くいった。

 お金も手に入るようになって生活も安定し始めた。

 しかも今度は犯罪ではなく正規の方法で。

 モンスターは死ぬほど怖かったけど頑張れた。

 しかし、人間というのは一度贅沢を覚えると戻れなくなる。

 美味しいご飯を食べるために、私は何度も何度も投げられた。



「フェンリィ、大丈夫なの? 無理してるでしょ」

「私は元気ですよ! 今日もニコニコです!」

「そう。ならいいけど……ってウリウリしないで」

「え~いいじゃないですか。ルーナ可愛いですよ」

「こ、子どもじゃないんだからやめてよ」

「えへへ!」


 馬鹿みたいに笑ってた。

 自分は大丈夫だと思いたかった。

 ルーナといる時でさえ無理して笑った。

 気づけば全部終わる。

 一瞬でも気を緩めれば私が壊れる。

 私は道化。気狂いピエロだ。


「ゲホッ、……おっ、オェ……うえぇぇ゛!」


 毎日吐いた。

 どんなにご飯を食べてもお腹が空いた。

 お金がいる。もっともっと稼がなきゃ。

 その一心で投げられる日々。

 なりふり構わず、ただ生きるために生きていた。




◇◆◇◆◇◆




 そして、その日は訪れた。


「お、お前は追放だ! ここで捨てる!」


 いつものように洞窟を攻略すると魔王軍の幹部に見つかった。

 圧倒的な力を前に、パーティメンバーは私を置いて逃げやがった。

 私の力なんて幹部には通用しない。

 このまま生きた状態で玩具にされることを悟った。

 そんな現実を前に私は、


「……ふざけんな」


 怒りが沸いた。


「ふざけんなよ」


 私の犠牲の上に人が生きる。

 それがどうしても許せなかった。


「全員死んじゃえ」


 どうして私だけ。


「死ね」


 私が何をしたっていうのか。


「死ねよ」


 ただ死にたくないだけなのに。


「死ね死ね死ね」


 なんでこんな思いしなきゃいけないのか。


「死ね死ね死ね死ね死ね」


 みんな私を捨てやがって。

 憎い。憎い。憎い。

 いっそ皆殺しにしてやろうか。

 ここから出たら全員殺してやろうか。

 そうだ。それがいい。

 私が味わった以上の地獄を見せて……



「大丈夫?」



 その人との出会いは運命を変えてくれた。

 やっと……やっと見つけてくれた私の王子様。

 私をちゃんと人間にしてくれた存在。


 リクト様は、薄汚いボロ雑巾みたいな私に嫌な顔一つしなかった。

 強いのに優しくて、私の呪いも解いてくれた。

 私の世界にも色がついて、輝いて見えるようになった。



 でも、やっぱり最初は利用しようとした。

 もし裏切られてもこっちも利用していたという言い訳が欲しかったのかもしれない。

 だから、


「リクト様!」


 笑顔を張り付けて抱き着いた。

 猫なで声で名前を呼んだ。

 こうすれば好いてもらえる。

 嫌われることはないだろう。

 この人は優しいからきっと私を守ってくれる。

 それに、魔王を倒すと言った。


 考えてみれば私がこんな生活をするようになったのは魔王のせいだ。フェンリル様を殺して私を独りにさせた。だから、この人に殺してもらおう。そう思って従順な女を演じた。誰にでも優しくて元気なヒロインを演じた。演じてたのに……。


「リクト様、私のこと好きじゃないですか?」


 私はこの人になら全てあげてもいいと思った。

 初めてだから怖かったけど、お礼のつもりで夜こっそり部屋に侵入した。

 こういうことをすれば喜んでもらえると思った。そういう大人を見てきたから。そういう世界で育ったから。ちゃんとご奉仕しなきゃと思った。


 なのに、


「簡単に体を売るな」


 拒絶された。

 あ、また捨てられる。

 そう思ったけど違った。


「そんなことしなくていい」


 この人は私のために言ってくれたんだ。

 この人は私を道具として見ていない。

 ちゃんと一人の女の子として見てくれる。

 そのうえで私を大事にしてくれた。

 それが何よりも嬉しかった。



「大好きです」



 自然と言葉が出た。

 嘘じゃない言葉に自分が一番驚いた。

 演じてたはずがいつの間にか恋をしていた。


 その気持ちは本物で、だからこそ苦しい。

 利用しようとしていた事実。

 私がどれだけ最低な人間か知ってもらいたいけど言えなかった。

 怖い。もし嫌われて捨てられたらと思うと怖い。


 それに、もう分からなかった。

 自分が本当はどんな性格なのか分からない。

 ずっと媚びを売って作り笑いを浮かべていたからどれが本当の私か分からない。


 だからずっと演じ続けた。

 笑って笑って笑って……。

 日に日にこの気持ちは強くなった。


 太陽が昇るたびにリクト様を好きになって、ルーナと友達になれてよかったと思えた。今ではメメちゃんも大切な友達。もう私は独りじゃなくなった。


 そして太陽が沈むたびに懺悔した。お前は嘘吐き。最低な女。本当のお前を知ったらみんなお前を信じなくなる。お前はずっと独りぼっちのままだ……と。




◇◆◇ 現在 ◆◇◆




「私って、やっぱ最低だ……」


 涙が頬を伝うと水面に波紋を広げた。

 昔のことを思い出すたびに泣いている。


「ごめんなさい」


 私に泣く資格なんてない。

 自分は可哀そうなんだと思い込んでる自己中な女だ。


「ごめんなさい」


 一度謝るごとに湖に石を投げ入れる。

 自分の映った顔を消したくて投げた。


「ごめんなさい」


 ねえルーナ。

 私、お兄ちゃんとかいないよ。

 羨ましいって思っちゃった。


「ごめんなさい」


 ねえメメちゃん。

 私、お母さんの顔知らないの。

 羨ましいって思っちゃった。


「ごめんなさい」


 ぽちゃんぽちゃんと投げ入れていく。

 投げても投げても水面には醜い顔が浮かび上がる。


「ごめんなさい」


 みんな辛い思いをしてたことは知ってる。

 でも愛してもらったことあるんでしょ。

 羨まし……


「……ごめんなさい」


 そんなこと考えるなんて最低だ。

 少しでも頭をよぎったその考えに自分が許せなくなる。

 欲しがるな。甘えるな。自分の立場をわきまえろ。


「ごめんなさい」


 みんなは私と一緒にいてくれる。

 一緒に笑って幸せをくれる。

 でもそれは私が作り出した偽物だ。

 本物じゃない。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 もう取り返しがつかない。

 みんなの笑顔が眩しい。

 みんなが私を気にかけてくれるのが辛い。

 嘘を吐くのがこんなに苦しいって知らなかった。


「ごめん、なさい……」


 きっとみんな何でもなさそうにしてくれる。

 でも私は私を許せない。


 ごめんなさい。


 ……めんなさい。



 ……さい。





 ……。



「フェンリィ!!!!!」



 あれ?

 声が聞こえる。

 大好きな声。リクト様が呼んでいる。


「フェンリィ! おいフェンリィ!」

「ふぇ……?」


 リクト様が私の肩をゆすっていた。

 そんなにしたら痛いですよ。

 どうしたんですか?


「しっかりしろフェンリィ!」

「……あれ、ここは……って、リクト様!? びっしょりじゃないですか!」


 辺りを見渡すと一面水だった。

 私は無意識に湖の中に入っていたらしい。

 いつの間にか髪もびしょびしょ。


「お前が溺れてたからだろ。何してんだよ」

「ご、ごめんなさい」


 気づかなかった。

 私、もう少しで死んでたんだ。

 私の事……心配してくれるんだ。


「どうしたんだ? 急に様子もおかしくなったしやっぱり具合悪いのか?」


 あーダメですよ。

 そんなに私に優しくしないでください。


「あ……えと、……あの」


 あのキスから余計意識してしまうようになった。

 もう真っ直ぐ顔も見れないくらいに愛おしい。

 愛が溢れて止まらない。

 演技は得意なのに触れられるだけで恥ずかしくなる。

 私があなたをどれだけ好きか、多分半分も分かってもらえてないと思う。


「フェンリィ!」


 リクト様は私が目を逸らそうとするから、手で顔を挟むようにして無理やり目を合わせてきた。


「あ、あわ! あわあわわわわ!」


 だ、ダメ。触っちゃダメ。

 そんなに顔近づけたら変になっちゃう。

 強引にされたらおかしくなっちゃう。


「俺なんか怒らせることしたかな? だったらごめん。何でもするから機嫌直してくれ」

「しし、してないです。ごめんなさいは私です!」


 私はばしゃばしゃと暴れて水を立てた。

 こんなことすればリクト様は当然心配してしまう。

 構って欲しい女みたいで自分が凄く気持ち悪い。

 甘えるなよ。欲張るなよ。

 お前にはそんな資格ないんだから。


「フェンリィ。ほんとにおかしいよ」

「だ、大丈夫ですよ! ちょっと泳ぎたくなっただけです!」


 やめろ。これ以上傷口を広げるな。

 後悔するのはお前だぞ。こんなずるいやり方は今すぐやめろ。


「ドジなので足つっちゃいました~えへへ。リクト様が助けてくれてよかったです。さすが私の旦那さんですね!」


 気持ち悪い。気持ち悪い。

 笑うな。取り繕うな。


「きょ、今日はこのまま一緒に寝ちゃいますか? 私ちょっと眠れなくてですね」


 やめろって……。


「あ、そうだ抱き枕にしてもいいですよ! 私も──」


 それ以上は喋れなかった。

 リクト様が私の口を手で塞いだから。


「ごめんね」

「……?」

「ごめん、フェンリィ」


 逆に謝られた。

 なんで謝られてるのか分からない。


「フェンリィのことはいつもよく分からないけど今日は分かるよ。そんな変な笑い方してたら気づく。無理しなくていいよ……っていうかしないでほしい」


 違いますよリクト様。

 私は最初っから全部偽物なんです。

 いつもと違うから、とかそんなんじゃないです。

 全然分かってないですよ。


「リクト様……私、ほんとは……」


 言え。全部言って嫌われろ。

 その方が楽だ。もうこれ以上大切な人たちを騙すな。


「私は、ずるい女なんです。ほんとはいい子じゃないんです」


 言った。

 けど、リクト様の表情は柔らかいままだった。

 ずっと優しい目で私を見ていてくれる。


「そっか。話してくれてありがと」


 もうやめてください。

 これ以上私を好きにさせてどうするんですか。


 いっそ貶される方がずっとマシだった。

 優しさがこんなにも痛いなんて思わなかった。


「ばか……」


 もう顔も心もぐちゃぐちゃ。

 私は、リクト様の胸を借りて泣いた。

 ほんとにほんとにずるい女だ。

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