86話 フェンリィ①
※フェンリィ視点
私はみんなが知っているような子ではありません。
嘘ばっかり吐いて生きてきました。
例えば……そうですね。
性格の話をするなら、
私は純粋無垢ないい子じゃありません。
こんなに明るくて活発な子じゃありません。
優しい心も持ってません。
全部造りものです。挙げたらキリがありません。
そのくらい、私の存在そのものが嘘で塗り固められた紛い物なんです。
本当の私が何かは私にもわかりませんが、少なくともこんなニコニコ笑ってる私は造られた性格です。
本当は真逆の女です。
全部全部違います。
違う。違う。違う。
違う違う違う違う違う!!!
……私は、ただのずるい女。
いい子のふりしてるだけの醜い女。
笑顔なんて全部自分をよく見せるためのアクセサリーとしか思ってない。笑っていればみんな私に優しくしてくれるって思ってる。そういう最低な悪い女だ。
みんなのことは大好き。本当に信じてる。
でもみんなが信じてくれてる私は偽物だ。
もちろん、魔王軍に加担してるわけではない。
そうじゃなくて、私はみんなと対等じゃない。
こんな私を見せたら引かれるんじゃないか。
捨てられるんじゃないかと思うと怖い。
きっと、全部打ち明けてもみんなは変わらず接してくれる。
でも無理。話せないよ。
ずっとずっとそうだったから、
私はもうこの生き方しかできないんだ。
みんなといると罪悪感で潰れそうになる。
苦しい。辛くて寂しくて泣きたくなる。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
こんな私で、ほんとうにごめんなさい……。
***
「気持ちわる……」
夜が来るたびに私は心の中で懺悔した。
自分が憎くて、自分のことが分からなくなる。
時刻は既に深夜過ぎ。
悪夢から目覚めた私は独りで夜風に当たることにした。今日は温泉に入ったせいか身体だけはいつもより軽い。眠れない日はこうして孤独に浸っている。
「んー? フェン、リィ……?」
部屋を出ようとするとルーナを起こしてしまったらしい。その隣ではメメちゃんがぐっすり眠っていた。リクト様は別の部屋にいる。
「トイレ……いったの?」
ルーナはまだ寝ぼけてるみたいだった。
今は独りになりたいから起こしたくない。
「気にせず寝ててください。ほら、ちゃんとお布団かけなきゃ風邪引いちゃいますよ」
「ん…………むにゃむにゃ」
お布団をかけてあげるとルーナはまた気持ちよさそうに眠りについた。
私はその寝顔を見ながら音を立てないようにゆっくり外に出る。
「ふふ、やっぱりルーナは可愛……」
……あ、また今嘘を吐いた。
ふとした時に、私の心は蝕まれる。
もう一人の素面の自分がこう叫ぶんだ。
お前は嘘つきの最低女だぞ?
何へらへらみんなと一緒にいるんだ?
身の程をわきまえろよ。なに幸せ感じてんだよ。
お前は何も見せてないくせに笑ってんじゃねえよ。
この嘘吐き最低ゴミクズ女が!!!
うるさい……。
気持ち悪い……。
吐き気がする……。
黙ってよ。
黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!
「はぁ……はぁ……はぁ……」
息が苦しい。
発作を起こしたように咳が出た。
夜食べたものが喉まで出かかって酸っぱい味が広がる。
「……私って、誰なんですか?」
外に出て湖を眺めると水面に反射して自分の顔が見れた。
日付が変わったからか、綺麗に咲いていた花は蕾に戻っている。次に咲くのは100年後だから私は多分もう見れないだろう。
「誰これ。ひっどい顔」
着飾って見栄えだけ良くした人形みたいな顔だ。
なんとなくムカついたから水面に浮かんだその顔をぶん殴る。
すると当然、ばしゃんと水が跳ねた。
「うっ、冷たぃ」
顔まで濡れて、完全に眠気が覚めた。
「はぁ、何してんだろ私。バカみたい」
まだお祭りの片づけは終わってなくてちらほら明かりも灯っていた。起きている人は誰も居なくて世界に私だけしかいないみたい。もしかしたらどこかで私を観察して笑っているのかもしれない……なんて自己嫌悪に陥ってしまう。
「早く朝にならないかな」
まだ夜は長い。
眠れない夜はこうして風に当たりながら昔のことを思い出す。
朝が来ればみんなに会えて、アホみたいに笑っている間は誤魔化せる。
毎日それの繰り返し……。
私は、こんな自分のことが大っ嫌いだ。
◇◆◇ 十数年前 ◆◇◆
私は捨て子だった。
生まれてすぐに捨てられたらしい。
最初に拾ってくれたのは人間じゃなかった。
「おい人間。ここの掃除も頼む」
「はい! まかちぇてくだちゃい!」
当時四歳。私は拾って下さった方に仕えていた。
もうあまり覚えてないけど最初の主は優しかったと思う。
二人暮らしでこんな薄汚い私に良くしてくれた。
主は家の中では動きやすい人間の姿でいるけれど、外に出かける時は巨大な狼の姿になる。
「きょうも、かっこいいです! フェンリルさま!」
「そうか? お前は変わった人間だな」
フェンリル様は凄く強かったらしい。
それに何年も生きてて物知りだった。
昔はこの世界にもっと多種多様な種族が生息していたと話してくれた。
「あ、そうだ。そろそろお前も言葉を覚えてきたし名をやろう。人間は名前で呼び合っているからな」
私はフェンリル様以外に会ったことが無かった。
他の人間も見たことが無く、言葉もフェンリル様に教わった。
「なまえ? にんげん、じゃないですか?」
「人間はお前の名前じゃない。そうだな……フェンリィ。お前は今日からフェンリィだ。わかったか?」
「はい! わたちは、フェンリィです!」
「はっ、いい子だなお前は。他の人間とは大違いだ」
「にんげん、わるものですか?」
人間の話をするときのフェンリル様は少し悲しそうだった。
「俺は嫌われてるのさ。世界に災いをもたらすとかなんとか……俺は人間も他の種族もみんな大好きなんだけどな。はっはっは」
「わたちは、フェンリルさまだいしゅきですよ?」
「ありがとうフェンリィ。行ってくるよ」
「きょうも、おそいですか?」
私のお仕事はフェンリル様が帰ってくるまで掃除をすることだった。掃除が終わったら遊ぶ許可をもらってたけど一人だから退屈だった。
「遅くなりそうだ。最近は魔王が暴れてるからな……」
「まおう? にんげんのおともだちですか?」
「一番恐ろしい奴だ。フェンリィも食べられちゃうかもな。ガオー! って」
「ひぃ……」
「ははっ、すまんな。魔王サタナは最近いろんな種族を滅ぼして遊んでるらしい。これには神々も手を焼いていてな。ロキ様とかオーディン様とか……って言っても分からんか。遠い昔に伝説としてみんな死んじまった。もう誰も残ってない……」
フェンリル様の話は難しくて理解できなかった。
「フェンリルさま。フェンリィいるからひとりじゃないです」
「ん? そうかそうか。優しいなフェンリィは。お前はきっといい女になるぞ?」
「おんな? にんげんのおともだち?」
「女も人間だ。フェンリィはもうちょっと勉強した方がいいな。今日は掃除せずに勉強してていいぞ」
「やった! おべんきょうしてます!」
「ああ、じゃあいい子にして待ってろよ」
「はい!」
こうしてフェンリル様は家を出た。
フェンリル様を見たのはこれが最後。
その日の夜も、次の日も、次の次の日も、一週間経っても帰ってこなかった。
***
「おなか……すきました」
フェンリル様が帰ってこなくなってから一週間。
家の中にある食料は底をついた。今までご飯は全部フェンリル様が用意してくれたから、どこに行けばご飯があるのかわからない。
「わたし……すてられたですか?」
信じてたのに。
「わたしが……わるいですか?」
原因は自分にあると思った。
「わたし……しぬですか?」
どうやったら生きていけるのか分からない。
とりあえず今はお腹が空いた。
「ごはん……」
食べ物を求めて家を出た。
本能に従ってふらふら歩く。
するとすぐに町が見えてきた。
そこには私と同じような形をした人間がたくさんいた。
「わぁ……! いっぱいいます」
初めて見る人間。話してる言葉もなんとなく分かる。
大人がたくさんいて怖かったけど、こんなにたくさんの人が生きているんだから私も生きていけると思った。
「あ! ごはんだ!」
町では外に食べ物がたくさん並んでいた。
大きな道の両脇に店が並んでいて、野菜や肉を売っていたのだ。
でも私は売り物とかそういうの知らない。
「いただきます……あむっ、んん! おいちいです!」
久しぶりに食べたご飯は美味しかった。
でも、それが私の胃に入ることはなかった。
「コラ! こんのガキ何勝手に食ってんだ!!」
「え? たべちゃだめですか?」
知らない。
だってフェンリル様はお腹いっぱいになるまで食べさせてくれた。
ご飯があったら食べていいんじゃないの?
なんでこの人は怒ってるの?
何もかもが分からなかった。
「邪魔だ! どっか行け!」
「うげぇぇぇ……っ!」
胃に入る前に全部吐き出しちゃった。
もったいないからもう一回食べる。
だって、お腹空いてるもん。
「うっわ……きったねえガキだな」
今度はちゃんとお腹に入った。
じゃりじゃりしてて飲み込みずらかったけど残さず食べた。
ほとんど血の味しかしなかったけど美味しかった。
「頼むから他所に行ってくれ。二度と来るな、ぺっ」
それは向けられたことのない目だった。初めてのことだけど、私は人として見られていないと理解した。その店のおじさんは私をゴミ箱に入れるとどこかに行ってしまった。
「うぅぅ……フェンリルさまぁ」
初めて泣いた。
なんで私はこんな目にあっているのか。
少し前までは独りの時間が多かったけど不自由なく生きていた。
でも今は何もない。私にご飯をくれる人もお話してくれる人もいない。
世界は自分中心に回っていなかった。
それが、当時四歳の時に学んだ世界の常識。
初めて訪れた人間の町はどんどん私を落としていった。
***
ゴミ箱からなんとか出る。
もはや自分が異臭を放っていることにすら気づかない。
「ごはん……たりないです」
ゴミ箱には腐った食べ物があったけど口に入れたくなかった。
でも食べるにはまた痛い思いをしないといけない。
「どこ……いけばいいですか?」
行く当てなんてない。
帰ってもご飯はない。
「いきるの……つかれます」
誰を頼ればいいんだろう。
四歳の少女に分かるはずもない。
「あれ、嬢ちゃんどうしたんだ?」
路地裏を徘徊していると知らないお兄さんが現れた。
私を見ても殴ったり怒鳴ったりしてこない。
ここに来て初めて私に話しかけてくれた。
もしかしていい人かもしれない。
「嬢ちゃん可愛い顔してるね。どこから来たの?」
「わたし……ひとりです」
「そっか。いいとこ紹介してあげようか?」
「ごはん……ありますか?」
「あるよ。ま、嬢ちゃん次第だけどね。じゃあお兄ちゃんと一緒に行こっか」
「は、はい! いきます!」
私はこうして人攫いにあった。
二番目に拾ってくれたのは人間。
そこで私は人に媚びることを覚えた。
顔色を窺って明るく振舞えば殴られない。
ご飯も貰える。捨てられることもない。
そういう生き方をするようになった。
だから私は、最初に呼んだ。
取り繕って従順な女を演じた。
嫌われないように。
できるだけ不快感を与えないように。
私のことを守ってもらえるように。
とびっきりの笑顔で、
「リクト様!」
と……。
ごめんなさいリクト様。
私は下心しかありませんでした。
リクト様の善意を利用してました。
ついていけば生きていけると思いました。
でも今は違うんですよ。
一緒にいたいって思ってます。
役に立ちたいって思ってます。
本当に、あなたのことが大好きなんです。
信じて……くれますか?





