85話 温泉大作戦
魔王軍との大戦が終わり、その翌日。
今日も妖精の森にはいつも通りの朝が訪れた。
昨晩はお祭りどんちゃん騒ぎ。
一晩経てば元通り、というのを期待したが今朝も相変わらずフェンリィは俺を避けている。一応昨日の暴走はみんなに謝罪して、俺にも「酷いこと言ってごめんなさい」と言ってくれたが俺と目を合わせようとはしなかった。
多少は良くなっているが、それでも気まずさと違和感は無くならない。花占いでもしているのか花びらを一枚ずつ千切ったりぼんやり雲を眺めたりと、今までとは違うベクトルの奇行に走っていた。これにはルーナとメメも異常を察したのか、フェンリィにこれ以上とやかく言う事はしなくなった。
こんな調子ではダメだ。四天王の一角を崩したことでまた大きく魔王に近づいたのに士気はむしろ下がっている。今後の方針や他にも俺の考えるべき問題は山積みだ。
「はぁ、一回忘れるか」
せっかくリフレッシュしようとしているのだから頭を空にしよう。というのも、俺は今湯船に浸かっている。メメが空けた大穴を魔法で温泉にしたのだ。
目の前には数多の聖剣。もちろん聖の字が違うのだが、ざっと100本ぐらいはあるだろう。そして絵面がとにかく男臭い。
「はっはっは、いい湯だなぁ!」
「おいおい向こう側には女の子がいるってマジか!?」
「よっしゃ、潜水勝負しようぜぇ」
老若男。ここには男しかいない。
……いや、男湯だから当然か。
そうじゃなくてなんというか暑苦しくてむさ苦しい。
ゴリラやカバなどのガタイのいい獣人は相撲を取り始めたし、エルフのガキどもは素っ裸で追いかけっこをしている。そのせいで水しぶきがバシャバシャかかってくるし五月蠅いしでちっとも休めない。
まあ、平和でいいんだけどね。
……と、この時までは思っていた。
「おっ、おい野郎共! 一回静かにしろ!」
「あぁ? なんだチビ。うるせぇのはてめぇだろ」
「いいかいら黙れって! 聞こえねえのか?」
サルみたいな顔をした奴が木製の壁に耳を当てた。
それで察したのか、他の野郎共も同じような行動に出る。
「わぁー広いですね! ルーナ、メメちゃん、泳ぎましょう!」
フェンリィの声だ。俺がいないからかいつも通りの元気な声が聞こえてくる。
なるほど、野郎共の考えが分かったぞ。
隣は女湯。壁の向こうには花園が広がっているんだ。
「急に元気になったわね。ずっと大人しくしてればいいのに」
「むぅ。悪いこと言うのはこのお口ですか? そんな子は……こうです!」
「はぅっ! さ、触んないでよ!」
「キコエマセーン。じゃーあ、こっちはどうです?」
「やんっ! ね、ねぇやめてってばぁ! ちょ、くすぐっ……やめろって言ってんでしょおおお!」
「あはは! ルーナは恥ずかしがり屋さんですね。隠しても意味ないですよ。タオルなんか没収です」
「い、いい意味ないってなによ! こ、こら返して!」
「いーやでーす!」
よくわからないが喧嘩してるらしい。
それにしてもこれは……。
「あれれぇ~メメちゃん。どうして隠れてるんですか?」
「はぁ、はぁ……め、メメって、スタイルいいわよね」
「ひぃ! メメは美味しくないよ? こ、こっちこないでぇ」
「いいじゃないですか~。一緒に遊びましょうよぉ」
「そうね。メメもこっちきなさい」
「な、なにするの? や、やだよぉ……!」
「あ、逃がさないわ! フェンリィそっち行った!」
「任せてください! 待てー!」
「あぁぁ~~~~れぇぇ~~~~」
何をしてるんだあの子たちは。
仲良さそうでいいけどこんなの聞いてていいのか?
捕まったりしないか?
なんてことを考える奴はこの場でただ一人、俺だけだったらしい。他の野郎共は無言でアイコンタクトを取ると組体操でピラミッドを作ったり、何の順番を決めるのかじゃんけんをしたりしていた。
「待て待て待て待て。お前ら何やってるんだよ!」
俺の問いには誰も答えない。
代わりにギロリと睨まれた。邪魔をするなら殺すという野獣のような目だ。
「醜いことはやめないかみんな!」
突如、沈黙を破るような声が浴場に響いた。
俺以外にも倫理観を持った奴がいる。その事実に俺はぬか喜びした。
「平等であるべきだろ。みんなで協力してこの作戦を成し遂げようじゃないか!」
「「「おおおおおおおおおおお!!!」」」
ダメだバカしかいねえ。
このままでは俺の仲間たちが野獣の目に晒されてしまう!
「おいおい兄弟、乗り気じゃないのか?」
「きょ、兄弟? お前誰だよ」
たった今統率を計ったリーダー。
最初に聞き耳を立ててたド変態のサルだ。
「キミはいいよな。あんなに可愛い子たちと一緒に旅をしてるんだろ?」
「そ、それがなんだ。別に顔は関係ないだろ」
「へーそう。あーそう。そんなこと言っちゃいますかぁ。さすが勇者様は紳士であらせますねぇ」
「な、何が言いたいんだお前は」
「見るぐらい罰は当たんねえだろって言ってんだよおおおおお!!!」
逆切れしてきた。
ほんとに何言ってんだコイツは。
「そうだろお前らも!」
「ああ、フェンリィちゃんだっけ? あの体は最高だ!」
「僕はルーナちゃんに罵られたいです!」
「おおいいな。メメ様に踏まれるのも悪くない」
クズと変態とドMしかいねえ。
なんなんだ。俺がおかしいのか?
「へい兄弟」
「兄弟言うな。こんなバカなことはやめろ」
「バカはお前だアアア!!!」
これ絶対向こうに聞こえてるだろ。
いいからもう中止しとけって。
「逆に覗かないなんて失礼だと思わないのか!?」
そうだそうだ! と他の男も続く。
俺はもう頭が痛くなりそうだ。
「兄弟よ。もう素直になれ。お前も見たい、そうだろ?」
あいつらの……裸。
いかんいかん。そんなの考えるな。
目先の欲に溺れるな、俺。
そんなことしたらパーティ崩壊だ。
追放されるどころの話じゃないだろう。
「興味くらいあるだろ?」
「く、悪魔め。誘導しても無駄だぞ」
「許してくれそうな子はいないのか?」
「げ、ゲスめ……」
許してくれそうな子だと?
ルーナは……ピュアな子だから鎌でちょん切ってくるかもしれん。
メメは……なんだかんだそういうのは良くないって消されそうだ。
フェンリィは……今の状況からして一番まずい。
って俺は何を考えているんだ。
あいつらは仲間。今は仲間のピンチだ。
「ここは通さない。仲間は俺が守る」
俺は総勢100人の前に一人で立ちはだかった。
この先は誰一人行かせない。
「ふっ、兄弟よ。戦闘力だけがすべてと思うなよ?」
ニヤリと笑うサル。後ろの愚民共も面構えが違う。
なにか覚悟を決めた漢の顔だ。
「この魔法を使う時が来たとはな。オレたちはこの日のためにずっと牙を研いで来たのさっ」
雰囲気が変わった。
なんだ? なにをしてくる?
「≪運気上昇≫!」
他の男も同じ魔法を次々に唱えた。
運気? どういうことだ。
「これでオレたちは無敵だ。よし行くぞ!」
「「「おおおおおおおおおお!!!」」」
押し寄せる男、男、男。
100の男……いや、獣たちが一斉に向かってくる。
全員素っ裸。俺は一体何を見させられているんだ!
「ふっ、兄弟。これは幸運を呼ぶ魔法だ。ただ単にラッキーなことが起こりやすくなるだけ」
「な、なぜそんな魔法を得意げに……?」
「わからんか? 覗けても幸せ。覗いた先で殴られてもご褒美。オレたちは何をしてもラッキーなんだよぉぉぉ!」
ダメだ。さっぱりわからん。
ただコイツらは本気でバカをやってるんだ。
本気になったバカは強い!
「猫耳メイドちゃんたちが我を待っている!」
「人魚の姉ちゃんたちもきっとたくさんいるぞ!」
「よし行け! ぷにぷにパニックを起こしてやらあ!」
コイツらはもう目先の欲望に食らいつく獣だ。
なんと醜い。だがこれが生物の雄としての本能だ。
しかし、越えてはいけない一線がある。
ここで俺が抵抗しないのは簡単だ。
見るのが悪いと思うなら速やかに立ち去ればいい。
きっと俺を責める者はいないだろう。
だが、果たしてそれが正解なのか?
これは俺の信条。
自分を許せるか許せないかの問題だ。
なら俺は……いや、違うな。
言い訳はやめだ。
単純に、俺は他の男に見せたくない。
ただそれだけなのかもしれない。
「なあ兄弟! やらない後悔よりやる後悔って言うだろ?」
俺の横を次々と通過していく獣たち。
この場にいる全員に向け、
「≪反転≫」
能力の効果を反転させた。つまり、ラッキーなことではなくアンラッキーなこと。奴らには幸ではなく災いが訪れる。
「「「ぎゃあああああ!!!」」」
呻き声を上げる男たち。
足をつりだす者や、滑って転ぶ者など被害者多数。
その不幸は波紋のように広がっていき、やがて全員を無力化することに成功した。
「どうだ。俺の勝ちだ!」
何と戦っているのかはわからない。
だが俺はきっと大切なものを守ったに違いな…………
「うわっとぉぉおお!?」
滑った。俺はその勢いで壁の方に向かって派手に放り出された。
石鹸を踏んづけて滑るというあまりに滑稽でご都合主義な展開。
「ふっ──」
目が合ったサルは笑っていた。
コイツまさか……俺にも運気上昇の能力を?
「油断したな兄弟!」
俺は運命を変えようともがく。だが後の祭りだった。
空中で身動きが取れない俺はそのまま壁をぶち破り、獣の屍を超えてただ一人そこへ辿り着いた。
「「「え……?」」」
そこには楽園が広がっていた。
聖剣は一本もない。争いもない。暑苦しくもない。
少女たちがわちゃわちゃと水を掛け合ったり触ったり……。とにかくロマンが詰まった場所だというのは俺にも理解できた。
「「「なんで……?」」」
と同時に命の危機を感じた。
目の前には三人の少女。なぜか温泉にいるのにお湯には浸からず、全員生まれたばかりの姿で仰向けになっていた。ちなみに俺も同じ姿だ。
ははは、お昼寝してるのかな?
温泉ってたまにそういう人いるよね?
あは、あはははははは。
はぁ……
「「「……」」」
少女たちの顔がみるみる変わっていく。
三人とも反射ですくっと起き上がると目を擦って俺を観察した。すると金髪と赤髪の少女は卒倒。残された銀髪の少女は逃げも隠れもせず、叫びもせずに一歩また一歩と俺に近寄ってきた。
「……ご、ごめんなさい」
俺は気づくと地面を見つめていた。
それも目と鼻の先。いわゆる土下座という行為。
それをしたのは、この子の顔があまりに怖かったからだ。
「……が、……様が、……リクト様が…………ぶつぶつ」
何を言っているのかはわからない。
だが穏やかではないのは確かだった。
俺は死にたくないから必死に言葉を紡いだ。
「ふぇ、フェンリィ? 俺じゃないよ。えっと、俺は俺じゃない。そう、それに見てない。ほんとだよ? 早くいつものフェンリィに戻って……」
「うぅぅうううるさいです! 忘れてください!!!」
瞬間、俺の天地はひっくり返った。
多分フェンリィに持ち上げられたのだ。
「えーーーーーーい!」
そのまま俺は投げられた。
これは報いなのだと受け入れ、俺は意識を失った……。
◇◆◇◆◇◆
この日の出来事を覚えている男はいないらしい。
次に目が覚めた時は何故か全員そろって頭部を負傷していたのだ。
俺もそのうちの一人。温泉に浸かったところまでは覚えているが、気づいたら夕方になっていた。夢でも見ていたのだろうか。なにも思い出せない。
「えっと、なんでみんな俺から目逸らすの?」
夕食。昨日のように四人で机を囲んだがフェンリィに続いてメメとルーナまでもが俺と口をきいてくれなくなった。なんとなく謝ってみたが反応は無し。
しかし翌日の朝、今度は逆に三人の方から謝ってきた。なんか勘違いだったとか記憶にない事を言ってくるがみんな機嫌を直してくれたようで一安心だ。
そして、
「リクト様!」
「な、なんだフェンリィ。今日はやけに元気だな」
「私はいつも元気ですよ!」
フェンリィの様子も元に戻っていた。
昨晩二人で少し話をしたのだが、そのおかげか顔にモヤはかかっていない。以前のようにベタベタくっついてくる。
「ま、まあいいや。二人も準備できてるか?」
いつも通りフェンリィを引きはがしてルーナとメメに問いかける。二人の様子も変わっていない。
今日で妖精の森とはお別れをして地上に戻るのだ。メメも一緒に来てくれることになった。
「いつでも行けるわ」
「うん。メメも大丈夫」
「私はもちろんリクト様にずっとお供しますよ!」
新パーティの士気は好調。
少なくとも懸念点はパーティ内にはない。
「よし、じゃあ行くか!」
新たな門出。
魔王との戦いはクライマックスに突入する。
だが当然ながら俺は、今後待ち受ける未来をこの時は知る由もない。
次からシリアス入ります。





