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84話 男心と秋の空

「んん~! おいひぃわね!」

「メメもこんなの初めて。あ、こっちも美味しいよ」

「もぐもぐ……んんんん! ひあわせ~!」


 絶賛祭りの真っ最中。俺たちは余興のパレードを優雅に眺めながら四人で食事をすることにした。


 テーブルの真ん中には山のように積まれた色とりどりの料理。それを俺の隣に座るメメと対角線に座るルーナが物凄いスピードで消化している。メメも仮面をつけていないから食べやすそうだ。もう一度四人で食事が出来ることにささやかな喜びを感じる。


「よく噛んで落ち着いて食べろよ。たくさんあるから」


 といいつつ俺もガツガツ食べている。

 たくさん動いて疲れたからかいくらでも食べられる気がした。どれも高級食材ばかりで味もいいから余計に箸が進む。


 ……それだけに、この場で一つだけ違和感があった。

 俺の真向かいに座る少女の様子がおかしいのだ。


「フェンリィ? どこか悪いのか?」

「……」


 俺が聞いても答えは返ってこない。

 フェンリィはお箸を器用に使って、プチプチとした触感が癖になる小さな赤い魚卵を一粒ずつ口に運んでいた。どうみても異常事態だ。


「おーい、フェンリィ?」

「……んぅぅ」


 眠そうでいてうっとりとした半開きの目。

 疲れたから眠いだけなら普通かもしれないが、フェンリィがこんなちまちま食べるなんて何かあったに違いない。昼間なんて串焼きを10本一気に頬張るくらいの食い意地を見せていた。お腹がいっぱいというわけでもないだろう。ダイエットを始めたとか?


「あー、なんか平和だと思ったらフェンリィが静かだったのね。どしたの? 顔がバカになってるけど」

「んぅぅぅ」

「リィちゃん? ご飯まずかった?」

「ふにゅぅぅぅ」


 心配する二人。

 ルーナの毒舌にもフェンリィは微動だにしなかった。するとルーナが席を立ってフェンリィの後ろに立つ。何をするのか見ていると右手を大きく振り上げて、


「また変なものでも食べたんでしょ。ダメじゃない何でも口に入れちゃ。ほら、ぺってして!」


 バシバシと背中を叩き始めた。ルーナは見た目こそ幼いものの、フェンリィより遥かにしっかりしてるし面倒見がいい。


「おげぇ……」


 フェンリィはげほげほするだけで何も変わらない。

 可哀そうになったのか、ルーナは謝って背中をさすってあげた。喧嘩にもならないなんてよほど重症だ。


「ルナちゃん、着替えてる時は元気だったよね?」

「うん、あの時はまだうるさかったわね」

「でも外に出てから大人しくなったよね。メメにも抱き着いてこなくなったよ」

「確かに、(アタシ)のこともからかわなくなったわ。となると犯人は……」


 ルーナとメメが推理を始めた。

 その二人の視線が一斉に俺に向く。


「リクト。もしかしてなんかした?」

「は?」


 犯人は俺だった。

 いや、冤罪に違いない。


「待ってくれ、なんで俺なんだ?」

「リっくん、犯人はいつだって冷静なんだよ」

「メメの言うとおりね。怪しいわ」


 何故か二人が俺を問い詰めてくる。

 崖っぷちに立たされた気分だ。


「フェンリィ、ちょっとこっち見て」


 ルーナがフェンリィの首を無理やり動かす。

 悪さした猫みたいに掴むと俺を見させた。


「んー……んぅっ!?」


 が、俺と目が合った瞬間に下を向いてしまった。

 庇護欲を掻き立てるような弱々しさだ。


「証拠は出揃ったわね」

「そうだね。さあリっくん、白状して」


 メメが俺の肩にポンと手を置いて可哀そうなものを見る目をしてきた。

 いや、なんだよこの茶番は。今何が起きてるんだ?


「だから、俺は知らないって」

「ほんとにぃ? じゃあこの子を見てもう一回言ってみてよ。ほら、アンタもシャキッとしなさい」

「ふぇぇぇぇ」


 ルーナが再びフェンリィの顔に触れると、頬っぺたを両手で挟んで逃げられないようにしてから俺を見させた。その結果、俺の画角にはフェンリィの奇麗な瞳と唇と鼻と眉毛が収まる。


「みゅぅぅぅぅぅ」


 すると、フェンリィは目を瞑ってみるみる頬を紅潮させた。

 それを見て俺もなんとなく目を逸らしてしまう。


「……」


 なぜだ。自分でも説明できないが胸が痛い。もしかして拒絶されたのがショックだったのか? いや落ち着け。それは絶対ありえない。だってフェンリィだぞ? 不思議な動物みたいなもんだ。


「ね、ねぇルナちゃん。もしかして二人ってそういう関係なの?」


 視線を逸らした先にはメメがいた。

 澄み切った瞳が眩しい。


「あ、それ(アタシ)も前に聞いたことある。その時はフェンリィが勝手に言ってるだけだと思ったけど」

「それ絶対嘘だよ。あ! だからメメがお婿さんにしてあげるって言ったのにあんまり喜ばなかったの? じゃないとおかしいもんね。考えてみると二人はお互いに分かり合ってるみたいな感じするよ」


 二人の中で仮定は確証へと変わっていくようだった。

 だがそんな事実はない。弁明しなければ!


「え、えっと、二人とも一旦落ち着いてくれ」


 俺の声は若干震えていただろうか。

 その動揺を今の二人が見逃すはずもない。


「「どうなの?」」


 四つの目が容赦なく浴びせられる。

 逃げ場はない。だが俺にもこれといった心当たりは……


「いやだから。ほんとに俺は何もして……」


 何もしてないな。少なくとも俺からは。

 だがあった。今も鮮明に覚えている事実がある。

 忘れたくても忘れられない。もう体に覚えさせられてしまった。


「ふ、ふふ二人とも、りりりりリクト様は関係ないですよ!? ぃ、意地悪するのはかっ、可愛そうです!」


 ここでようやくフェンリィが言葉を発した。

 ぷるんとした唇を小さく動かして喋っている。


「ふーん。じゃあ二人とも見つめ合いなさいよ」

「簡単に出来るよね?」


 二人が真顔でじーっと見つめてくる。

 若干呆れているようだ。


「で、できますよ。むしろ見て欲しいくらいです。さあリクト様、私のこと見放題ですよ?」


 フェンリィはそう言って俺を凝視してきた。

 だがすぐに、


「リ、リクト様。あの、ごめんなさいですけどあっち行ってくれますか? 今日はもう寝ててくださいますです」


 顔を逸らした挙句、俺に塩対応をしてきた。

 いつもの甘ったるい態度とは真逆でこれには俺も驚いてしまう。


「わかったよルナちゃん。メメわかっちゃった」

「ん? 何が?」


 両手で顔を隠してしまったフェンリィ。

 頭の中が疑問符で埋め尽くされる俺。

 きょとんとした顔で俺たちを見比べるルーナ。

 そして自信満々のメメは、この場に爆弾を投下した。


「混ぜちゃったんだよ」

「「は?」」


 俺とルーナの声が重なる。

 メメの口は止まらない。

 どこで覚えてきたのかとんでもないことを口にする。


「もちろん染色体だよ」

「「……」」


 俺とルーナの沈黙の意味は違う。

 俺はとりあえずメメを黙らせる方法を模索した。

 純粋なルーナは反芻する。


「メメ? センショクタイ、って何?」

「ルナちゃん知らないの? んーとこういうことだよ。簡単に言うと二人はこういう風に繋がっちゃって……」

「メメ! ちょっと黙ろうか」

「どうして? ママが教えてくれたんだよ」

「そんなの聞いてねえよ! いいから大人しくしてなさい!」

「ん? わかった」


 メメが魔法で宙に絵を描こうとしたところで中止させる。ルーナはようやく理解したのか顔を真っ赤にしたまま固まっていた。そして肝心のフェンリィはというと、


「……もぐもぐ……ぱくぱく……うぅ、苦しいですぅ」


 黙って料理を平らげていた。

 気まずさを紛らわせるためかバク食いしたようだ。

 いつの間にか皿もグラスの中身も全部なくなっている。


「あー! アンタ全部食べたの!? メメの誕生日ケーキも全部食べちゃった!」

「いいよルナちゃん。そんなに揺すったらリィちゃん可哀そうだよ」

「メメは甘いわ。もう、このバカ! ちゃんとごめんなさいしなきゃダメでしょ!」

「ぐぅ~ぅう~わわぁぁぁ」


 ルーナが肩を持ってぐわんぐわん揺らすと、フェンリィは玩具みたいに首をかくかくさせた。そして力尽きたように机に突っ伏してしまった。


「えへっ、あははぁ~。いひひひひっ」

「やりすぎちゃった? なんか壊れちゃったんだけど」


 ルーナがぺちぺちと頬っぺたを叩く。

 すると、


「ヒック。あはぁ、リクトしゃまがたくさんいる~」

「も、もしかしてアンタ酔ってんの?」


 フェンリィは酒に弱い。

 以前、俺が来ていた酒を被ったローブの匂いを嗅いだだけで酔っ払ったほどだ。

 アルコールの飲み物は無かったはず。料理に入ったワインかなんかで酔ってしまったのか?


「あはは! ルーナかあいい。メメちゃんあしょぼ~」

「んっ、やっ! ちょ、どこ触ってんの!?」

「り、リィちゃん? お耳は食べちゃダメだよぉ」


 もう止めることはできない。

 フェンリィはふらふらしながらルーナとメメを捕まえると逃がさないようにホールドした。そのままキャッキャ言いながら体をまさぐり始めたのだ。


 しかしそれも一瞬のこと。通り雨のように暴れた後は、すぐに気を失ったように眠ってしまった。


「……はぁ、今後が思いやられるな」


 カオスな空間。周りには人だかりができていて獣のような目をした男たちがニヤニヤしていた。

 気づけば抵抗を試みていたルーナとメメも力尽きたように寝息を立て始める。相当疲れが溜まっていたのだろう。


 三人の幸せそうな顔を見ると嬉しくもあるが、同時に新パーティになったばかりで不安もいっぱい生まれる俺だった。



「フェンリィ……」


 その唇を見るとやっぱりあの感触を思い出す。

 フェンリィの様子がおかしいのはやっぱりキスが原因だろう。


 キスをした瞬間は確かに照れていたが吸血鬼を倒してしばらくは何ともなかったと記憶している。俺は人工呼吸のようなものだと思っていたが、さっきみたいな態度を取られるとこっちまで変に意識してしまう。


 時間が経って恥ずかしくなったのだろうか。いや、フェンリィに限ってそれはありえないだろう。むしろ嬉しがってもう一回とか要求してくる子だ。密接に触れ合ったせいで変に意識するようになっちゃった……とか?


 いっそ記憶を巻き戻してやろうか。

 でもそれは良くないよな。上手くいくかもしれないが、あったことを無かったことにするのは何か違う気がする。


「あぁ……やばいな」


 俺は頭に浮かんだものを流すように水を被った。

 心の底にある気持ちを拘束する鎖が徐々に千切れていくのを感じながら……。

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