83話 女の心は猫の目
魔王軍との戦いは終わり、妖精の森には平和が戻った。
重軽傷者を出しながらも死者数はなんとゼロ。
四天王である吸血鬼の目的は全生物の同時狂暴化による戦争だったため、一般人を殺す必要は無く俺たちの足止めに全力を注いでいたことが大きな要因だろうか。
また、俺たち以外にも妖精族の実力者が百年前の敗戦から学び、自衛力を高めていたのも功を奏したはずだ。なんにせよ、襲撃を受けるという不幸はあったものの俺たちの大勝利と言っていいだろう。
「んぅ……ぅう…………あれ?」
「あ、やっと起きたか」
「んん~、リっくん?」
メメは大きく欠伸をすると眠たそうに目を擦った。まだ寝ぼけていて、いい夢でも見ていたのか口からよだれを垂らしている。
「ほら、口拭いて水飲みなよ」
「ほぇ……ちみたっ!」
俺が冷えた水の容器を頬っぺたに押し当てたことでメメの意識は覚醒した。
脱水症状を起こして急に倒れたため、木陰で介抱して今に至る。外は何もないため枕は俺の膝の上で代用。だから今も視線を下にやると大きな目と交差する。
「あ、あぅ……ありがと」
メメは一度確認するように寝返りを打ち、何かの存在を確認すると耳を赤くして起き上がった。何をしたのかはよく分からない。それからごくごくと500mlはあっただろう水を一気に飲み干すと、今度は大人しくちょこんと座った。その見た目からは魔法をぶっ放していた姿なんて想像できない。
「体はどう? どこも変じゃない?」
「うん、平気。えっと、二人は?」
「フェンリィとルーナなら復興作業の手伝いしてるよ」
「あ……メメもたくさん壊しちゃった」
思い出したように口に手を当てるメメ。
壊したというより消しただな。あの魔法は凄かった。
「一番派手にやったのはメメだろうね」
「うぅぅ」
少し意地悪を言ってみると子犬のような目になってしまった。ちょっと面白いけど可哀想だからやめてあげよう。
「大丈夫だよ。もうほとんど直ってるから」
「え?」
指を差して「ほら」と教える。全焼した家屋は元通り。人々の賑やかな声も聞こえてくる。その多くは笑い声だ。
「魔法って凄いな」
「ほんとだ……凄い」
全員が協力したら三時間ほどでほとんど元に戻ってしまった。メメが空けた大きな穴は流石に手が回らずまだ塞がっていないが、それ以外は俺たちが来た時となんら変わっていない。
「リっくん、ありがとね」
「俺はずっとここで休んでただけだよ」
分かっていてあえてとぼけておいた。
体が重くて働く体力が残っていないのは本当だ。
「違うよ。助けてくれてありがと」
「手を貸しただけだよ。それに、ほとんどメメに任せちゃったしな。ありがとうを言うのはこっちの方だ。むしろもっと助けてあげられなくてごめん」
四天王も俺は一人で倒せなかった。
メメは俺が少し手伝うだけで過去を乗り越えたのだ。
どう考えても俺は感謝されるほどのことはしていない。
「んふっ、そう言うと思った。でもちゃんと言ったからね」
「ああ、伝わったよ。本当によかった」
この子がちゃんと前を向いている。
それだけで俺は報われる気がした。
「メメね、やりたいこと見つけたよ」
「お、いいね。なんだ?」
「え~知りたいの?」
「言う流れじゃないの? メメってたまにそういうとこあるよね」
急に年上ぶろうとしたりからかったりしてくる時がある。お母さん譲りだろうか。本人が楽しそうだからまあいいけど。
「どーしよっかな~」
「いや、勿体ぶるなよ」
「んっとねぇ」
悪戯っぽく笑うメメ。
体を揺らしながら夢を語りだした。
「もっといろんな所行きたいな。ずっと閉じこもってたから外に行ってこの目でちゃんと見たい」
最初は話すことすらできずに仮面を被っていた少女。
顔を隠し、心までも隠して他人を恐れていた。
それがどうだ。
今では未来のことを話して笑っている。
宝石みたいにキラキラした目で堂々と話している。
もう今のメメならどこへだって行けるだろう。
「いいな、それ。じゃあ……」
「一緒に行ってもいい? まだ困ってる人たくさんいるんだよね? メメはママみたいにたくさん助けたい。メメも誰かの役に立ちたいの!」
「もちろんだ。これからもよろしくな」
「うん!」
こうしてメメは目に見える形でも仲間になった。
自信満々のエルフの少女は頼りになる大事な仲間だ。
「あ、ちょっと期待させちゃったかな?」
「えーっと、何が?」
話が見えず俺は頭に疑問符を浮かべる。
対するメメはもじもじすると、顎を引いて45度の角度で上目遣いを披露してきた。
「お婿さんにしてあげるって話」
「……!」
「やっぱり魔王を倒すまではダメだよね」
「……」
「だからごめんね。もうちょっと我慢してて」
メメは肩を落としてしょんぼりしてみせた。
俺を置いてけぼりにして話が勝手に進んでいく。
やっぱりこの子は変なところで自信を持ちすぎだ。
「リっくん」
「あ……はい」
「行こ!」
俺はメメに手を引かれ、みんなが待っている町へと溶け込んでいった。振り回されてばかりだがこれからはもっと賑やかで楽しいパーティになりそうだ。
◇◆◇◆◇◆
「んー、動きにくいな」
メメに連れられてフェンリィとルーナに合流した後、時間は流れるように過ぎて行った。
すっかり日が落ちたにもかかわらずここ妖精の森は影の気配がない。屋台やスポットライトなどの照明。それから人々の顔も明かりが灯っているのだ。
復興作業がひと段落したところで、誰が言い出したわけでもなく自然と祭りを再開する流れになった。百年に一度の祭典は滞りなく進行中。綺麗に咲いた花の周りではパレードが開かれていて、それ以外の箇所でも町全体が活気に満ち溢れていた。
そしてそれは俺たちも例外ではない。
この森を救った英雄として称えられた後、ようやく俺たちは自由時間を貰った。俺はせっかくだからと今は動きづらい黒のタキシードを着させてもらい、三人の女の子たちが着替え終わるのを待っている状況だ。猫耳の少女たちに髪型もバッチリ決めてもらったせいか、心が浮つくような変な気分がする。
あ、それとメメはこの森の頭首代理人となった。
民がメメを認めて是非にと頼み、今までメメを非難していた者も含めて全妖精がひれ伏したのだ。渋るメメだったが、せめて代理人にしてくれと言ったところで事態は丸く収まった。
今日は新たに精霊の力を宿した子が誕生するだろう。その力が成長するまで、そして成長した後もみんなで支え合っていくのが今後の課題。でもきっと、二度も困難を乗り越えたのだから大丈夫だ。
あとは盛大に満喫すればいい。
全て無事に一件落着した。
「んー、まだかかるかな」
もう三十分は独りで悶々と祭りを眺めている。
女の子の着付けは時間がかかると分かっているが、流石に少し退屈してきた。
まだかかりそうならもう少し近くに行ってみようかと思ったところで、ギギィと扉が開いた。
「ごめん、リクト。待った?」
「ん? もしかしてルーナか?」
「え、そうだけど?」
最初に出てきたのはルーナ。赤が基調のドレスに身を包んだ姿は、おとぎ話に出てくるお姫様みたいだった。いつも高い位置で括っているツインテールは、緩く三つ編みに結って前に垂らすというアレンジ。なんだかお化粧までしていて大人びて見える。
「一瞬誰かわかんなかった」
「そう、なんだ……どう?」
顔をドレスと同じ色にして首を傾げるルーナ。
鎌を振り回してる時とは違って年相応の女の子って感じだ。
「似合ってるよ」
自然と言葉がこぼれる。
時間をかけた以上のリターンがあると素直に思えた。
「やった。リクトもかっこいいよ」
「お、おうそうか。ありがとな」
素直に褒められると俺も恥ずかしい。
一緒にいる仲間だからこその照れがある。
「二人はまだ時間かかるみたい」
「そうか。まあゆっくり待ってよう」
ルーナと並んで腰かける。
すると夜空に花火が上がった。魔法で創られた花火は絵画のようで、大空のキャンバスを彩っている。
「そういえばルーナ、怪我はもう大丈夫か?」
「問題ないわ。ほら」
フリフリした袖をまくって淑やかな腕を見せてくれた。
新雪のように傷一つない綺麗な肌をしている。
「よかった。ルーナもあんま無茶するなよ」
「大丈夫だって。死に急いだりはしないから」
「ならいいんだけどさ。それと……」
ルーナは幹部の中でも一番の敵と一人で戦い、勝利を収めた。
俺たちが吸血鬼を倒してルーナの所へ向かうと、ルーナは妖精族に保護されて看病を受けていた。俺の能力と治癒魔法により傷は残らずに完治したという具合だ。
「ルーナに任せてよかったよ」
「え?」
「生き延びてくれてよかった。俺の期待に応えてくれてありがとう」
「え、いや、私は別に……」
俺の言葉が意外だったのか狼狽するルーナ。
自分の胸に手を当てるとくすっと笑った。
「役に立てたんだ……私も。よかったぁ」
「ああ。頑張ったな」
「うん!」
弾ける笑顔。ルーナも随分成長してくれた。
もう誰かに守ってもらうだけの存在ではない。
自分の足で立つ姿、何度倒れても立ち上がる姿は気高く美しい。
そんな風にルーナと話していると、
「お待たせ、二人とも」
ガチャリと扉が開いて金髪と銀髪の少女も登場した。
声をかけてきたのはメメ。黄色いドレスに身を包み、ふわっとした尻尾が頭から生えている。思わず引っ張りたくなるようなポニーテールだ。ルーナ同様、素材がいいからメイクすることでそのポテンシャルにはさらに磨きがかかっている。目はよりパッチリしていてつぶらな瞳が可愛らしい。妖精みたいな子だ。
「じゃあお祭り行こっか。メメが案内してあげるね!」
「やった、楽しみ! 早く行こ!」
ルーナが立ち上がって飛び跳ねた。
結構激しく動き回っているのに髪が崩れないのが凄い。
二人とも少し浮かれてるが今くらいはいいだろう。
「フェンリィも楽しみでしょ? 何さっきからボーっとしてんのよ」
「え? あ、えっとそうですね! はい!」
ワンテンポ遅れて返事をするフェンリィ。
この子は白いドレスで肩と腕が露わになっている。胸元だけでなく、くびれや足にも視線を分散させるような造りで正直魅力的だった。毛先だけ巻いて顔はナチュラルメイク。何というか、花嫁みたいな姿をした子だ。あくまで姿が。
「アンタ眠いの?」
「ねねね、眠くないですよぉ?」
一瞬、フェンリィと目が合った。
しかし何故か逸らされた。いつもなら「どうですか!?」「好きになっちゃいますか!?」としつこいくらいウザ絡みしてくるが何も言ってこない。恥ずかしがっているのだろうか。
疑問に思っているとメメが視界に入り込んできた。
くるっとその場で回ってドレスを見せてくれる。
「どうかなぁ?」
三人並ぶと俺だけが見れる花火の特等席みたいだった。フェンリィだけは俺の顔を見ていないが何か言ってほしそうにはしている。黙っているのは許されない雰囲気だ。
赤、白、黄色……。
「チューリップみたいだな」
俺が言うと、ルーナとメメは首を傾げる。
フェンリィは依然として上の空。
「リっくん、それ褒めてるの?」
「これ以上ない褒め言葉だ」
「そうなの? じゃ、行こっか!」
メメとルーナを先頭に、俺は少し遅れてついていく。
だがすぐに歩みを止めて振り返った。
「フェンリィ?」
「あぅ。あ、えっと……二人とも待ってくださいよおおお!」
またもや俺を無視。
あからさまに誤魔化して逃げられた。
「んー、どうしちゃったんだろ」
フェンリィの様子がちょっとおかしい。
まあいいか、と思いつつ俺も三人を追いかけた。





