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80話 花言葉

 体が軽い。世界が鮮明に見える。

 自分の身体とは思えないくらい力が溢れてくる。

 俺は一歩神の領域に踏み込んだ。

 フェンリィのおかげでその境地まで達した。

 あとは、結果で応えるだけ。


「フェンリィ、隠れてろ」

「は、はぃ!」


 フェンリィを背に、俺は吸血鬼と対峙した。


「フフフッ、フハハハハハ! いいですねぇ! そうこなくっちゃ面白くありません!」


 高笑いし、魔力を練る吸血鬼。

 俺はその動作があまりにも退屈に見えた。

 スローモーションかと思ったほどだ。


「その力を見せてください! ≪血塗られた深淵(ブラッディ・アビス)≫」


 今ならわかる。

 先程までの攻撃は手加減されていたと。

 その違いすら俺は気づけなかったんだな。


「ぬるいぞ。まだ俺を舐めてる余裕があるのか?」


 俺は虫を払うように素手で攻撃を打ち落とした。

 跳ね返すでも避けるでもなく、俺自身の身体能力(フィジカル)で対処して見せた。


「フッ、あなた調子に乗ってますね! いいでしょう、また絶望を刻んであげます! ≪死者蘇生(ネクロマンシー)≫!」


 際限なく湧き出る魔物。

 ざっと100。


「結構体力使いますがもう温存も不要ですね。≪狂暴化(バーサーカー)≫!」


 数と質を両立したスタイル。

 でも今の俺には無意味。


「それ、残機減るんじゃないのか?」

「無用ですよ。もう終わらせますから!」


 襲い来る魔物に交じって吸血鬼も攻撃してくる。

 俺は刀を握り、魔力をチャージ。

 一振りで一掃する。


「かかりましたね!」


 吸血鬼は叫ぶ。その狙いは明白だ。

 俺が刀を振った瞬間、フェンリィの背後に迫る陰がいた。

 死者をその場所に蘇生させて裏を取ったつもりなのだろう。こうすれば俺がフェンリィを庇って致命傷を負うか、フェンリィを直接殺すことが出来る。量で押す攻撃はそれを隠すブラフだったというわけだ。


「お前の考え何てお見通しだ」


 分かっていれば対処は容易い。

 俺もフェンリィも攻撃を食らう前に全て薙ぎ払えばいいだけのこと。ただ敵より速く動けばいいだけのこと。ぐるっと一回り。一瞬で全てを消滅させた。


「リクト様、素敵です」

「安心して。指一本触れさせないから」

「リクト様なら十本でも二十本でもいいですよっ」


 その冗談は一旦置いておくことにする。


「合格です。やはりワタシ一人でやった方がいいですね。いくら雑魚を量産したところで無駄でしかありません」


 吸血鬼は攻撃の構えを取った。

 三つの邪眼で俺を見据え、予備動作を取っている。

 拳を握り、僅かに右足に体重を乗せた。

 その一挙一動が、やはり俺には遅すぎた。


「決めました。もうここで殺して──」

「寝てんのか?」

「……はぃ?」


 吸血鬼は口をポカンとあけて呆けていた。

 俺が手にする、自分の右腕を見て。


「ぎぃぃぃやあああああ!!!」

「喚くなよ。すぐ治せるんだろ?」


 俺は手にした気色悪い腕を地面に投げつけて踏み潰した。

 コイツにも痛覚はあるらしい。苦しむことが出来るようだ。


「フ、フフ。一本取ったぐらいでなんですか。ワタシには残機がまだ1000もごごごおぉぉぉぉぉぉぉおお!?」


 水に飲まれる吸血鬼。

 【森羅万象(コスモス)】で大量の水を発生させて、渦潮の中に閉じ込めた。


「溺死は辛いか? でもお前は何千何万と人を苦しめてきたよな? その恐怖を海馬に刻め」


 泡を吹いて息絶えた吸血鬼。これで一回。


「ガハッッッ! ゴホッゲホッ、オエェェ。……クソガキが、調子に乗るなよ」

「いい顔になったな。その気色悪い余裕面も洗い流せたか」

「シね! 貴様はワタシが殺して一生玩具ニシてあげマす!」


 青白い肌が怒りに染まっていく。

 正真正銘、本気で俺を殺しに来た。


「ヒヒィ! シね! シね!」


 繰り出される乱打。猛攻。

 フック、ストレート、アッパー。

 本能に任せた攻撃を俺は冷静にさばいていく。

 最短の動作で躱し、最低限の力でいなす。


「くソガ! なぜワタシの攻撃が当たラんのデス!」

「お手本見せてやるよ」

「ブグオオオオオオッ!!!」


 一発。顔面をぶん殴る。

 頭部がもげて死んでしまった。これで二回目。


「ナぜデス。ワタシは四天王最強。選ばれた存在。雑魚とは違う。強者で勝者。こんな偽物如きにワタシがアアアアア!」

「黙れ。いつまで自分が狩る側でいるつもりだ」


 撲殺。刺殺。絞殺。扼殺。圧殺。惨殺……。

 考え得る限りの絶望を負わせ続ける。


「ギ……、グギィヤァ。ま、マズイ。このワタシが……押されている? そんなの嘘デス!!!」


 突如、吸血鬼が空を飛んだ。

 何をするかと思いきやそのまま逃げるように背を向けて飛び去った。


「フェンリィ、ちょっとごめん」

「え? きゃっ!」


 きょとんとしていたフェンリィをおんぶする。

 背中には物凄い存在感があった。


「お、おおおおお重くないですかぁ!?」

「軽いからちゃんと掴まって」

「え、え!? ここ、こうですかあああ!」


 ぎゅぅぅぅぅっと抱き着いてくるフェンリィ。

 これでもかというくらい押し付けてきた。

 肩には顎を乗せてきて少しくすぐったい。


「だ、大胆になりましたねリクト様も。そ、そんなに私のおっ」

「ちょっと口閉じてて。舌噛むから」

「ふぇ? やああああああああ!」


 俺は膝を曲げて足に力を集中した。

 そして一気に跳躍する。約100メートルの奈落からひとっ飛びで脱出。


「おい待てよ。どこ行くんだ」

「ギエ!?」


 一瞬で吸血鬼に追いついた。

 その顔は俺から見たら怯える小動物のようだった。


「クソ! ≪暗黒郷(ディストピア)≫!」


 悪あがきのように魔法を連発してくる。しかしもう通用しない。フェンリィに衝撃がいかないように気を使いながら刀で相殺する。


「こ、ココ……こうなったらやるしかないようですね」


 吸血鬼の様子が変貌する。

 頭を抱えるようにして苦しみだした。

 瞬間、小爆発を起こして俺たちは吹き飛ばされた。

 ダメージは無く、ただ遠ざけられただけ。


「なんだ、自爆してくれたのかと思ったのに」

「ゴギャ……ヴァアアアアアアア!」


 咆哮する吸血鬼。いや、もう既に吸血鬼ではない。体中に眼が浮かび上がり、見えているところだけでも腕が十本以上生えている。


「こノ姿は嫌いなんデスよ。醜いでシょウ?」

「似合ってると思うけどな。お前にはぴったりだよ」


 完全体といったところか。

 狂暴化の能力を最大まで使ったのだろう。


「リ、リクト様」


 フェンリィの声と手が震えていた。

 元からフェンリィはモンスターを恐れていた子だ。こんな怪物を見て、こんな邪悪なオーラに当てられて正常でいられる方がおかしい。


「やっつけてくださぃ」

「任せろ。目瞑ってていいよ」


 くしゃっと髪をなでて、俺はより一層集中する。

 次で決めるために。


「この技を使うのは初めてデスよ。使う機会は訪れないと思いマしたが、今日はいい日デスね。楽しいデス!」


 十本以上の腕で魔力をチャージする吸血鬼。

 凝縮される狂気。禍々しい集合体。

 それは終焉の訪れ──



「≪神々の黄昏(ラグナロク)≫!」



 吸血鬼は集合させた魔力を刀の形に変えた。

 その刀身からは漆黒のオーラが燃え盛る炎のように溢れ出している。


「死ネエエエエエエエ!!!!」


 吸血鬼が先に仕掛けた。

 防御不可。回避不可。

 ならば俺も真っ向から迎え撃つ。

 狂気と正気のぶつかり合いだ。


「それがお前の全力か」


 俺も【森羅万象(コスモス)】に魔力をチャージ。今まではこの武器の力に頼っていただけだがこれからは違う。凝縮した魔力に俺の力も上乗せした力は何倍にも膨れ上がる。


「悪いが『諦めろ』」


 その一太刀は彼岸と此岸を繋ぐ道。

 鞘の中で刃を走らせる居合術。

 たった一瞬一度の所作で勝負は決し、彩る紅色からは鉄の臭いが放たれる。


 悪を断ち切るは正義だ。

 死の養分を礎に色づくは華だ。

 彼岸へ渡し、ホムラのように咲き誇れ。



彼岸花(ヒガンバナ)



「ヴァギュァアアア!!!」


 勝負は一瞬だった。真っ二つになった吸血鬼が鳴いている。

 今ので何機分殺せたかはわからないが、俺は攻撃の手を緩めはしない。

 再生する命を摘み取るように殺していく。


「俺はな、『強運』の持ち主だよ」



花衝羽根空木(アベリア)



「オゲェェェ!?」

「みんなの『優しさ』と、『あったかい心』に助けられてる」



椿(カメリア)

桃色蒲公英(クレピス)



「そして、俺はそんなみんなの『希望』を背負ってるんだ」



文目(アイリス)



「だから、『困難に打ち勝つ』義務がある」



山茶花(サザンカ)



「人々の『幸福を取り戻す』ために」



君影草(スズラン)



「『平和』を守るために」



(アルテミシア)



「俺は今からお前に『絶望』を植え付ける。お前が『滅亡』するまで何度だって、『冷酷』に刀を振るってやろう」



千寿菊(マリーゴールド)

睡蓮(スイレン)

紫陽花(アジサイ)



「グィアヤァオオガアアアア!??!?!!!」

「おいおい、まだ『ゲーム』はこれからだろ? この程度で許されると思っているのか?」



風信子(ヒヤシンス)



「なあ? お前の『悪意』のせいでどれだけの人が『犠牲』になったと思ってる」



瑠璃溝隠(ロベリア)

馬酔木(アンドロメダ)



「これはその『報復』と『復讐』だよ」



(アザミ)

白詰草(クローバー)



「俺はただ『純粋』に、お前を『呪い』殺す」



胡蝶蘭(コチョウラン)

蝦夷黒百合(チョコレート・リリー)



 俺はいくつもの技を重ねて敵を圧倒し続けた。

 手も足も出なかったのに立場を逆転させた。

 これは他でもない、フェンリィがくれた『王者の風格』だ。



牡丹(ピオニー)



「ガルァァアアッッッ」

「お前はメメの気持ちを踏みにじったよな。『母への愛』を利用して苦しめた。楽しかったか?」



麝香撫子(カーネーション)



「そういえば前に倒した四天王を裏で操ってたのもお前だよな? ルーナは境遇に恵まれないながらも兄と『小さな幸せ』を感じてたんだよ。それをお前はぶち壊した」



(バイオレット)



「そしてお前はフェンリィを傷つけた。あんなに『天真爛漫』で『無邪気』に笑う女の子の顔を苦痛に歪めた」



香雪蘭(フリージア)



「それがお前の『罪』だ」



夕顔(ユウガオ)



 足元には穢れた血の海が出来ていた。

 それでもまだコイツが朽ちる気配はない。

 だから俺はサンドバックのように攻撃を続けた。


「お前の敗因は二つ。『自惚れ』と、くだらん『野心』だ」



水仙(スイセン)

花笠石楠花(カルミア)



「……ァ、ゥガ。クソ……がぁ。わ、ワタシが……負けるナんて」

「どうだ、苦しいか? 俺はその『悲しみに歪んだお前を見るのが好きだぞ』」



竜胆(リンドウ)



「ゥアアァア゛!」

「俺は、『お前の死を望む』」



待雪草(スノードロップ)



「だからもう終わりにしよう。お前の存在は『秩序』を乱すんだよ。死をもって償え」


 何千。いや、もっと多くの命。それをコイツの命一つとなんて釣り合いが取れてなさすぎる。だが今コイツを俺が殺せなければ被害者は増える一方だ。


 今ここで、確実に殺す。


「フッ、フフ。好きにすれば……ガハッ、いいデスよ。どうセ、魔王様には敵いっこ、ないん……デスから」


 亡骸同然の吸血鬼。

 俺は思いっきり刀を振り上げた。


 千紫万紅(せんしばんこう)とは色とりどりの花が咲き乱れる情景のことを言う。ならば俺は千回殺して何万の笑顔を咲かせてみせる。この世に存在する一切のものを守ってみせる。


 ほんの一輪の花も枯らさない。この先何が待ち受けようと、希望の光となりて狂気を滅す。歪んだ世界を反転させる。


 これは、その一歩。

 大きく、限りなくゴールに近い一歩。

 奥義──



森羅万象(コスモス)



 白くて眩い光に包まれる。

 その瞬間、光と共に吸血鬼の姿も消滅した。

 最期は呆気なく、いつの間にか消えていた。


「……勝った」


 実感がわかない。


「勝った……勝てた……」


 手がぷるぷると震えていた。

 まだ体が追い付いていないのだろう。

 一気に疲労が押し寄せてきた。


「リクト様!!!」


 そしてフェンリィも押し寄せてきた。覆いかぶさるように抱き着いた勢いで一緒に倒れてしまう。


「やりましたね! やったんですよ! 私たちがやっつけたんです!」

「ははっ、そうだな。やったな!」

「はい!」


 私たち。

 その言葉が凄く心に染みた。


「あ! 見てください!」

「ん、どうした? 全然見えないんだけど」


 フェンリィの胸が邪魔で何も見えないのだ。


「ほらあれです!」

「ん? ……あ」


 花が成長を止めていた。

 そこで俺はようやく自分の勝利に実感がわいてきた。

 吸血鬼が死んだことにより花の成長が止まった。

 つまり、野望を撃ち砕くことが出来たということ。

 黒く闇に染まっていた蕾は絵に描いたような赤に戻っている。まだ開花はしていない。これから本物の花が咲くだろう。


 そして、


「えへへっ、リクトしゃま~」


 フェンリィが一足先に笑顔を咲かせていた。

 ニコニコしながら大きく口を開けるぐらい笑っていた。

 それを見て俺は……いや、何でもない。


「メメとルーナ。どこにいるかわかる?」

「あ、はい。待ってくださいね、休んだので少しは回復しました」


 フェンリィが音を拾って探知する。


「あ、二人とも無事ですよ! ルーナは近いですね。メメちゃんは……ぐすっ、うぇえええん」

「ど、どうした!? 無事じゃないのか?」


 メメは母と戦っていたはずだ。

 俺の加勢に来てくれる余裕は無かったが今は……?


「だ、大丈夫ですぅぅ。ちょっと、優しい音が聞こえただけです。うえええええん!」

「紛らわしいな! でもよかった。大丈夫なんだな」

「はぃぃい。先にルーナのところ行きましょう」


 フェンリィと一緒に並んで歩く。

 夜のように暗かった空は、いつの間にか雲一つない晴天になっていた。

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