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79話 最強の答え

 狂暴化した吸血鬼。

 もはや強さの指標は意味を成さない。ただわかるのは、どれだけ見上げても届かない境地にいるということだけ。戦力差は計り知れず、越えられない壁が立ち塞がっているようだ。


「この姿になるのは二度目です。サタナ様にボコボコにされた時以来でしょうか。あなたは全力でお相手して差し上げましょう」


 逆に考えれば全力を引き出させた。それだけ俺の攻撃が脅威だったってことだ。きっと俺の攻撃が通用したはず。きっと。きっと……。


「褒めてあげます。先程の攻撃では1回だけ死にましたよ。たったのね。ま、そんなの誤差ですけどっ」

「そうか。じゃあ残り死ぬ回数ゆっくり数えて──やる……よ?」


 なんだ? なにが起きたんだ?

 あれ……? 口の中が鉄の味しかしない。

 敵は? あいつはどこだ?

 え? なんでだよ……。

 どうして、俺の腹に知らない手が生えているんだ?


「がはッッッッッ!!!!!」


 痛い。し、しし、死ぬ。


「呆気ないですね。所詮この程度だったってことでサタナ様には報告しましょう」

「……ァ……ェゥ」

「ええ? なんですってー?」

「うぉエぇぇぇッ……!」


 今ようやく理解した。吸血鬼は一瞬で俺の背後に回り、俺の腹を手で貫いたのだ。そして俺はそのまま投げられて地面を転がった。視界には俺の血で出来た軌跡が広がっている。


「ぃっ、ぐぁ……ぁあ゛……≪反転(リカバリー)≫」


 何とか能力を発動して治療する。

 これは死へ近づくダメージを反転させて回復する技だ。敵は俺の能力の効果を受けないスキルを所有しているが、俺自身に使うことは可能らしい。重症な分、高速で再生した体は貫通した腹部を塞ぐのにそう時間はかからなかった。


「はぁ……はぁ……」


 とはいえ、難は逃れていない。

 こんなのは初めてだ。

 痛い。辛い。熱い。寒い。

 それに、生きてるだけじゃ意味がない。

 コイツを倒せなければ意味がないのだ。


「おや? まだ元気そうですね」


 俺は何とか立ち上がる。

 するとまた俺の体を貫いてきた。


「ぎあああッ!?!?」


 今度は足。立てなくなってその場にうずくまる。

 死にたくないから俺は痛みを反転させる。

 痛いのは一瞬。しかし死ぬほどの激痛を何度も味わう羽目になる。

 コイツはどうやら俺をすぐに殺すつもりはないらしい。

 俺をいたぶって楽しんでいるんだ。


「あ、そういえばワタシの目的を話していませんでしたね」


 這いつくばる俺の頭の上から声を浴びせてくる。

 手をぐりぐりと踏みつけながら続けた。


「この里の伝承ご存知ですか? 百年に一度大きなお花が咲くんですって」

「ぁう゛……そ、それがなんだ」


 抵抗を試みるが体が動かない。

 痛みも感じにくくなってきた。


「その花が持つ効果の一つに幸せの花粉を飛ばすというものがあるんですよ。笑っちゃいますよね。でもその力は本物で、世界中にまで届き人々に幸福をもたらすと言われています」


 花粉? 世界中?

 ……まさか。


「ワタシの能力は他者を凶暴化させるものだって言いましたよね。これはワタシの一部を取り込ませることで可能です。何でもいいんですよ? 例えばワタシが血を吸って唾液が体に混入したり、血液を注入したり」


 幹部が使っていた狂暴化薬はそういう意味があったのか。さっきメメのお母さんの血を吸っていたのももしかしたら……。


「それでですね。ワタシは百年前にこの妖精の森を襲いました。そして百年間、コツコツお花のお世話をしたんですよ。お水の代わりにワタシの血をあげてね」


 くそ……幹部を使って俺たちの足止めをしていたのは最後の仕上げに邪魔をさせないため。じゃあここにいるのはもう全て終わったからで、勝ちが確定しているからか。


「時間ですね。お花見の時間です」


 吸血鬼が微笑む。

 するとこの森の全域に爆音が鳴り響いた。

 その正体は100メートルある奈落の底でも目に入った。


「な、なんだ……これは?」


 花。一輪の大きな大きな花。

 昼間、祭りの最中に見た時とは比べ物にならない。

 さらに巨大化し、ぐんぐん茎が伸びている。まだ蕾の状態だが開花するのにそう時間はかからないだろう。


 そして、ここ妖精の森は地面の下にある集落だ。このままではあと数分で天井を突き破ってしまうだろう。そうなれば全世界の人間が吸血鬼の実験対象になる。


「もうわかりましたね? 全生物を狂暴化させて大戦争時代を始めるのです!」


 そんなことをしたらお終いだ。

 止める者は誰も居ない。

 永遠に殺し合う終末世界に成り果てる。


「想像するだけで楽しくなってきました。さあ、あなたはここで全員が狂う様を見届けるのです。あなたの仲間を全員あなたに襲わせるってのはどうですか? いい画になりそうですねー、ハッハッハッハ!」


 狂ってやがる。

 そんなこと……。


「ぜ、絶対させねぇ」


 吸血鬼を強引にどかす。

 刀に体を預けながらなんとか立ち上がった。


「あーあ、抵抗しちゃいます? んー、じゃああなたを狂わせて仲間に襲わせましょうか。そうですね、そうしましょう!」

「るせえな。もう黙れよ。ぶっ殺すから」

「それしか言えないんですか? まあいいじゃないですか。遅かれ早かれそうなる運命なんですから」

「げほっ、……させるわけないだろ」

「いえ、そういう話ではなくてですね。だってあなたも、 ●● じゃないですか」


「──────え?」


「あ、なんでもないです。怒られますかね? まあいいでしょう。少しお喋りが過ぎるのでもうちょっとだけ心を折っておきますか」


 俺の思考は、完全に停止した。


「今度はどこがいいですか? 頭と心臓だけ避けて……この辺ですかね。では、おやすみなさい」


 漆黒のエネルギーが吸血鬼の指に集まる。

 それが剣のような形を成し、俺を射貫かんと向かってきた。

 ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。

 走馬灯なのか、みんなと過ごした日々が浮かんだ。

 それでも俺の体は動かない。

 当然だ。脳が止まっているのだから。

 動こうという認識すら浮かばない。



「リクト様!!!!!」



 その少女の、声を聞くまでは。


「ぃぎいいぃぃい゛!」


 俺は無傷だった。

 代わりに少女が傷を負ったから。


「え……なに、してるんだ?」


 俺に覆いかぶさるように横たわる少女。

 その白い肌は血液で汚れていた。


「フェンリィ!?」

「ぃっ、……よ、よかった……無事ですね?」

「なにしてんだ! 無茶すんなよ!」


 俺を庇ったせいでフェンリィの肩は大きく損傷していた。

 俺は急いで≪反転(リカバリー)≫を発動して一命をとりとめる。


「あ、ありがとうございます」

「お礼を言うのは俺の方だ。でもなんでこんなこと……」


 地獄のような痛みをフェンリィに負わせてしまった。

 傷口は癒えても心までは癒せない。


「いいんです。私の命なんて。あなたが無事なら」

「お前の方が大事に決まってるだろ! ふざけんな!」


 俺は何故か怒っていた。

 そうしなければこの子は何をするかわからないから。


「えへ、嬉しいです。でも大丈夫ですよ」


 フェンリィはふらふらと立ち上がると俺の前に立った。

 吸血鬼から庇い、俺を守るようにして。


「リクト様をいじめるのはあなたですか? メメちゃんを泣かせたのはあなたですか?」


 フェンリィは俺なんてお構いなしに怒っていた。

 仲間のために。自分以外の誰かのために。


「そうですけど? ちょうど一匹欲しかったので探す手間が省けてよかったですね。あなたたちを戦わせましょう」

「そうですか、私も、よかったです。人違いだと、困ります、からね。これで、心置きなく、殺せます」


 ふり絞るように声を出し、フェンリィは銃口を向けた。

 と同時に発砲する。

 バンバンバンと銃声を轟かせる。


「ハッ! 舐められたものですね。そんな玩具が通じるのはせいぜい幹部程度ですよ。それに、コースが甘すぎです。当たると思って撃ってるんですかぁ?」


 弾は全て受け止められた。

 潰れた金属がパラパラと落ちる。


「シューティングゲームってのはこうやるんですよ!」


 吸血鬼が無数の球を空中に浮かべる。何も映らない涅色の球。それを全てフェンリィにめがけて飛ばしたところで、俺はようやく体を無理やり動かした。


「フェンリィ!」


 重い足で地面を蹴って、ヘッドスライディングをするようにフェンリィの体に体当たりした。

 結果、俺もフェンリィも半分ずつダメージを受ける。またすぐに治療して死だけは回避した。


「リ……リクト様。何してるんですか!」

「それはこっちのセリフだ! やめろって言ってるだろ!」


 俺のせいで誰かが傷つくのは御免だ。

 フェンリィたちは俺が巻き込んだようなもの。

 だから絶対に傷つけてはいけない。それだけは嫌だ。


「嫌ですやめません! だってそうしないとリクト様が死んじゃうじゃないですか!?」


 フェンリィは泣いていた。

 それは見慣れたいつもの表情で……。


 ああ、そうか。とっくにフェンリィは疲れ切って戦える状態じゃなかったんだ。それなのに俺を助けようとしてくれたのか。


「……ごめん。ありがとな」

「うぅっ、ごめんなさいです。私じゃ何もできません。ぐすんっ……だから。せめて、盾にしてください。私はただの道具ですから」

「そんなことさせないよ。させるわけない」


 乱れた髪を直して、涙を拭ってあげる。

 久しぶりだ。またこんな顔をさせてしまうなんて本当に自分が情けない。


「フフフッ、茶番は結構ですよ。ワタシがもっといいシナリオを描いてあげます」


 吸血鬼が再度魔力を集中させた。

 俺たちの力ではどうすることもできない。

 攻撃を受けきる術がない。

 どうすればいい? せめてフェンリィだけでも。


「リクトさまぁ」


 思案する俺の手をフェンリィが握る。

 とっても暖かくて柔らかくて優しい手だ。


「大丈夫だ。死なせないから」

「なに、言ってるんですか?」

「お前だけは絶対守る。俺がどうなっても」

「だ、ダメです! 許しません!」


 俺の言葉にフェンリィはまた怒ってきた。

 真っ赤に腫れた目でじっと見つめてくる。

 こんなやり取りをするのも最期かもしれないな。


「フェンリィは逃げてくれ」

「嫌です」

「我儘言うな。逃げろって」

「やだ!!!」

「分かってくれよ。お前が傷つくところなんて見たく……」

「嫌だって言ってるでしょ!!!」


 フェンリィが掴みかかってきた。

 俺を殴る勢いで揺すってくる。

 だから俺も、ついかっとなってしまった。


「ダメだって言ってんだろ! なんで分かんねえんだよ!」


 口にして気づいた。

 俺が、フェンリィを泣かせたのだ。


「ごめん……。でもお願いだからさ、言うこと聞いて? お願いだから死なないで。フェンリィだけは絶対俺が助け──」



 バチン!



「ばかぁ!」


 罵声。それから平手打ちを食らった。

 意味が分からない。

 でもその答えはすぐに彼女が教えてくれた。


「なんでよ……なんで私を頼ってくれないんですか! 私は守られるだけのペットですか? 信じて託してくれたのは嘘だったんですか!?」

「そ、そんなこと言って……」


 ないとは言い切れない。

 でもそれはこの子のためを思ってのことだ。

 今は状況が違う。


「リクト様」


 フェンリィは俺の顔に両手を添えて引き寄せてきた。

 目の前にはフェンリィの白い肌と綺麗な目と鼻と口と眉毛しかない。


「私は無能で、お馬鹿さんで、あんまり役に立たないポンコツさんです。確かにその通りですよ」


 唾を飛ばす勢いでまくし立てるフェンリィ。

 俺は何も言い返せずに聞き入っていた。


「ですが! 私は誰よりもあなたを信じています」

「……それは、ごめん。裏切っちゃった」


 勝つ算段が見えない。

 訪れるのはバッドエンドのみ。


「諦めないでください。勝つ方法はあります!」

「は……?」

「いつもの逆をします。私がリクト様を最強にします。私の大好きなお人好しでかっこよくて頼れるリクト様を英雄にします!」


 言ってることが一つも理解できなかった。

 なのに、この真剣な彼女を見て俺は心底安堵していた。

 戦闘時のフェンリィと同じかそれ以上の説得力がある。

 だから俺は、


「わかった信じるよ。どうしたら──!?」

「んっ、んむ……ンぅぅぅぅぅ……!」


 言い終える前に、口の中には知らない感触が迫ってきた。

 唾液が混ざり合い、舌が絡み合う。脳が蕩けて浸食される。

 俺は、フェンリィにキスをされた。

 深い深い、全て持っていかれそうなくらいディープなやつ。


「んっんっんっんぐっ! ……っぷはぁ……」


 口と口が糸を引いたまま離れる。

 フェンリィの小さな顔は俺の画角に収まった。

 前にもこんなことあった気がするが思い出せない。

 それよりも、なぜ今このタイミングで。


「な、なにして……うあっ!?」


 突然、俺は強烈な倦怠感に襲われた。

 重力が重く、倒れるように膝をついた。

 体が動かない。肌に触れる風が痛い。

 なんだか自分が凄く弱くなった気がした。


「別れの誓いですか? いいですね、終わらせてあげます!」


 そうこうしているうちに、吸血鬼は魔法を構築し終えて砲撃してきた。

 今までの比ではないと一目でわかる。


 迫りくる無数の狂気。

 しかし、それらが当たる未来はもう来ない。

 俺は全てを素手で掴んで相殺した。


「≪反転≫」


──────────

 名前:リクト

 体力:SSS

 物攻:SSS

 物防:SSS

 魔攻:0

 魔防:SSS

 魔力:0

 俊敏:SSS

──────────


 フェンリィのユニークスキルは≪能力低下(デビリティ)≫。デバフ効果を持つスキルを使えるが、それは自分にしか効果がないというもの。そのはずだった。


「相手もやってるんですよね。自分の能力を誰かに与えるの。だから、私の力をリクト様にって思って……えっと、上手くいってよかったです」


 フェンリィは恥ずかしそうにキョロキョロしながら自分の唇に指で触れた。いつもはベタベタしてくるのに顔を真っ赤にして悶えている。


「ありがとう、フェンリィ」

「はい!」

「ちょっとだけ待っててね」


 フェンリィの能力でもここまでステータスを低下させるものは無かっただろう。きっと、極限状態と俺への信頼が能力の覚醒に繋がり、一度俺を最弱にしてくれたのだ。そうすれば後は俺が自分自身のステータスをひっくり返すだけ。


 敵を弱くするのではなく、自分がその土俵まで上がる力。

 それが俺に無かったピースであり不安の芽だった。

 しかしもう摘み取った。殺す準備は整った。


「1000回死ね」


 これが、最強の答えだ。

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