77話 死を想え
四天王が降臨した。これほど悍ましい存在は他に知らないが絶対に負けられない戦いだ。死んでも勝つ。
「メメ、大丈夫だから安心して」
「うん、もう平気」
メメは泣き止んでいた。
植え付けられた恐怖を掘り返されたのにもう前を向いている。
「よし行くぞ。俺が攻めるからメメは援護を──」
「物騒ですね。少しお話ししましょうよ」
「──!?」
気づかなかった。見えなかったとかじゃない。
吸血鬼が俺とメメの肩に手を置いて話しかけてきたところでようやく認識できた。既に敵の間合い。敵の手中……死ぬ……殺される……?
いや、殺す!
「離せ!」
神器解放。
一瞬で溜めて、
≪王火爛漫≫
薙ぎ払った……つもりだった。
「な──!?」
「ですから、お話するのに武器は不要でしょ?」
指二本で止められた。
は?
「生かされてるのが分かりませんか?」
「ぐぁぁあ!」
握手するように軽く手を握られただけ。
なのに骨が痛い。折れてはいないが体の中を直接攻撃されたような感覚だ。
「リっくんに触るな! ≪涅槃≫!」
「おっと、これは危険ですね。怖い怖い」
そう言いつつ余裕で躱す吸血鬼。
メメは血相を変えて叫んだ。
「お前は殺す!!! メメがぶっ殺してやる!!!」
周囲もお構いなしに全て破壊する勢いで、
「≪爆ぜる血潮≫!」
「≪紅の炎≫!」
「≪天使の囁き≫!」
大地ごと、森ごと、根こそぎ削り取った。
大きなクレーターが出来て、その中心には無傷の吸血鬼。憎たらしいくらいの笑みを浮かべて佇んでいる。
「素晴らしいです! よく成長しましたね」
パチパチと拍手をしながら舞い戻ってきた。
俺たちの何もかもが通用しない。
「ワタシはちゃんと覚えてますよ。あなたのお母さんと戦ったのは本当に楽しかったですね。思い出しただけで興奮してしまいます」
こいつが巨悪の根源。
メメを苦しめた張本人。
「黙れ黙れ! 死ね! 死ね死ね死ね!」
「フフ、無駄ですよ。ワタシだって昔より強くなってますから。今のあなた程度ではまだまだ相手になりません」
「喋んなって言ってるじゃん! ≪復讐の女神≫!」
メメはそれでもなお至近距離で魔法をぶっ放す。
俺も一緒になって攻撃をし続ける。
刀を振って振って……。
斬れるものは空気だけ。
「まあいいです。準備運動ぐらいにはなるのでこのままお喋りしましょうか」
吸血鬼の声は無視して俺たちはひたすら攻撃する。
いつでも俺たちを殺せると思っているのか反撃はしてこない。
完全に下に見られているようだ。舐めやがって。
「≪反転≫」
行動を封じる技。
畳みかける!
「あ、そういうの無駄です」
一閃を放つも、欠伸をしながらあっさり躱された。
ならこれで……
「≪反転≫」
「だから効かないんですって」
吸血鬼は微動だにしない。
何故だ!?
「フフ、ワタシの能力の一つ、≪拒絶≫ですよ。ワタシにはユニークスキルも含め、一切の能力が効きません」
俺の能力が効かない……?
ということはつまり、俺は無能も同然ということか。
はっ、なるほどな……無能か……。
「それがなんだ! 倒せないと決まったわけじゃない!」
俺は諦めず斬りかかる。
「フゥ、あなたにはあまり魅力を感じないんですよね正直なところ。サタナ様は一体何を考えているんでしょう」
魔王か。
そうだ、コイツの上にもまだ敵がいる。
こんなところでもたついてる場合じゃない。
「ワタシにも見せてくださいよ。あなたたちの本気。もっとやれるでしょう?」
ニチャリと笑って吸血鬼は宙に浮いた。
背中に生えた大きな羽を広げて悠々と見下ろしてくる。
「まだ少し時間があるのでワタシの力を見せてあげましょう。こんなのどうです?」
パチン、と指を弾く吸血鬼。
すると空間が捻じ曲がった。
やはりこれもコイツの仕業だったのか。
「≪死者蘇生≫。さあみなさん、存分に暴れてください」
召喚されたのは妖精族。
エルフ、ピクシー、マーメイド……。
「幹部は手持ちがなくなってしまいましたのでこの方々に頼みましょう。結構猛者を集めたつもりですがダメでしたね。まあ、実力を測るならこの程度でも十分でしょう」
召喚された者たちのステータスは高くない。
いや、むしろ低い。
「え、この人たち……」
メメの手が止まる。
杖を落として、口元に手を当てた。
「メメ?」
「みんな……知ってる人たち。100年前に、死んだ人」
動揺するメメ。
全部顔に出ていて隠せていない。
見たところ召喚されたのはただの一般人だ。
女子供からお年寄りまでいる。
「フフフ! どうです、素晴らしいでしょう。ワタシは自分で殺した者をストックしておくことが出来るんですよ。しかしですね、こんなものじゃありませんよ!」
何がおかしいのか、腹を抱えて笑う吸血鬼。
次の行動に、ぷつんと何かの切れる気配がした。
「これはサタナ様より授けられた能力 ≪狂暴化≫ です。元は自分のステータスを大幅に上げるためのものでしたがワタシが研究を重ねた結果、能力を部分的に抽出して他者に付与することが出来るようになりました」
吸血鬼がもう一度指を弾く。
すると召喚された妖精たちに変化が起きた。
────────────
名称:ダークエルフ(狂)
体力:S
物攻:S
物防:S
魔攻:S
魔防:S
魔力:S
俊敏:S
────────────
エルフたちは完全に自我を失った。
全部で50人はいる。
「お気づきですね。その辺で暴れているモンスターたちはワタシが実験したモルモットですよ。今ではコントロール出来るようになりましたけど。あ、今回は弱っちいので出力最大で無理やりいじってみましたよ。もうどうせ死んでるのでいいですよね。ハハハッ!」
命を玩具としか思っていない。
一体どれだけの人が苦しんできたか、コイツはこれっぽっちも分かっていないんだろう。いや、理解するどころか興味すら抱いていない。食事や睡眠と同じように、人を傷つけて殺すことが日常の奴なんだ。
「これがワタシの力です。たった一人で最強の軍団を作れてしまうんです!」
両手を広げて高らかに笑う吸血鬼。
確かに絶望を憶えるほどの圧倒的な力だ。
ただでさえ本体が強いのにほぼ無限に戦力を増やすことが出来る。俺のステータスを反転させる能力なんかよりずっと凶悪で強力な能力だ。
しかし、真に恐れるべきはそれじゃない。これまでは悪人たちと戦ってきたが、今目の前にいるのは完全に被害者の一般人だ。戦いたくなくても襲ってくるし、邪魔をしてくるから無視はできない。
既に死んでいて自我が無いとはいえ、一人一人に背景がある。他人を一度も傷つけたことのない善人だっているだろう。考えだしたらキリがない。俺は大丈夫だがメメは……。
「おい」
突如。
小さく、だがはっきりと声が聞こえた。
「おいお前」
メメはステッキを拾い上げると吸血鬼を睨みつけた。
見たこともない表情。怒りと同時に冷たさを感じる。
殺意や憎悪を混ぜ合わせた感情が、メメの小さな体の中でメラメラと燃え盛っているようだった。
「どうしました? また泣いちゃいます?」
「これ以上メメを怒らせないでよ。どうにかなっちゃいそうだからさ」
「クククッ、あなたに何が出来るんですかぁ? お母さんの真似事して楽しいですか~?」
「うるさいなぁ。もうお前の顔は見たくないし声も聞きたくない。うざいから消すけど、どうやって死にたい?」
「ハハハ! あなたが? あなたがいたからお母さんは死んだんですよ? そのお母さんを殺したのはワタシですけどぉ?」
「もういいや。消しちゃお」
メメは目を瞑り、魔力を練った。
「やれるものならご自由に。さあみなさん、あのエルフを殺しなさい!」
吸血鬼の指示で一斉に動き出す妖精たち。
俺は最大火力で葬る準備をした。
出来るだけ苦しめないように一撃で殺すために。
「リっくん。いい」
「メメ?」
「平気だから」
その声を聞いて俺は攻撃を辞めた。
気迫に圧倒されて大丈夫だと確信した。
メメは目を見開いて、今度はボソボソと何か呟く。
ピリピリとした緊張感が周囲に漂った。
「Don't forget to die.」
詠唱を始めると森が大きく揺れた。メメの手にするステッキの先端に魔力が集中し、魔法が構築されていく。その姿は、正に妖精を統べる女王そのもの。
「Remember death and carve it into yourself. No need for recollection.」
生物に等しく訪れるもの。
生物が等しく畏怖するもの。
幾星霜。メメはそれを感じてきた。
「Because there is no guarantee that you will be alive tomorrow. Laugh just now. I'll remember your smile. Don't hesitate to sleep.」
全ての想い。
死という恐怖を。絶望を。孤独を……。
今ここに、解き放つ。
「A terrible death to you ── 」
究極魔法。
「≪死を想え≫」
瞬間。視界が全て真っ白に覆われた。
何が起きたのか判別がつかない。
感じるのは爆風と何かが崩壊する轟音だけ。
それもメメがガードしてくれた。
やがて光が収束し、視界が晴れるとそこは。
「これを、メメが?」
何もなかった。
俺たちの周りには生命が存在しなかった。
草木の一本たりとも。虫の一匹たりともだ。
俺たちが立っている約1メートル四方の足場を残して、下も横もメメを中心に半径100メートルの空間が抉り取られたように消滅していた。隕石でも降ってきたように、本当に跡形もなく──
【詠唱の和訳】
自分が死ぬことを忘れるな。
死を記憶して己に刻め。
追憶は必要ない。
明日生きている保証はないのだから。
今だけでも笑っていろ。
お前の笑顔は私が覚えておいてあげるから。
遠慮せずに眠ればいい。
凄惨な死をあなたに──メメント・モリ
メメントモリという言葉自体はラテン語なので詠唱もラテン語にしようと思いましたが、雰囲気を残しつつも単語の意味を取りやすい英語を採用してみました。





