73話 月神
敵が狂暴化の薬を使ってステータスをSSSランクまで上げてきた。こんなの聞いてないしインフレするにもほどがあるでしょ。何なの? バグってんの?
「能力教えてあげたんだからこれでフェアね。ああ堪らないわ。その顔見るとゾクゾクして殺しちゃいそう。でもまだ逝っちゃだめよ? バラバラのボロボロにしてあげるから!!!」
髪を束にした先端はドリルみたいに尖っていて自由自在に操ってくる。
タコの足みたいにうねうねで、もし当たったら体に風穴が空きそう。
「まずはこんなのどぉう?」
毛を伸ばしての攻撃。ツルみたいにしなる鞭。
速いし数が多くて避けるのは無理。なら、
≪月黄泉≫
軌道を逸らして間一髪で躱した。
でも私の唯一の武器である攻撃が通用してない。
どうやって攻略しよう……ううん。
倒せるかどうかより先に、このままだと私が死ぬ。
「あはは! ほら逃げて! 死んでしまうわ!」
考えろ。頭を回せ。
フェンリィなら逆境も乗り越える。
リクトなら簡単に倒しちゃう。
メメだって、きっと今頃たくさん人を助けてる。
私は……
「もう終わり? 死んじゃうの? アナタとっても弱いわね!」
……私だけ、何もしてない。
さっきもフェンリィがいなかったら勝てなかった。
私はフェンリィに従っただけ。
「どこまで耐えられるかしら? ≪薔薇鞭≫!」
まるで一つの生き物みたいに髪の毛が一つに纏まって叩きに来る。避けたのが地面に当たると、掘り返した跡が出来るほどの重い一撃。【紅月】で真っ向から迎え撃っても押し負ける。
「……ぅッ」
攻撃は止まない。私は避けて防ぐのだけで精一杯。
策を練る余裕なんてない。マイナスな事ばっかり考えちゃう。でも敵を前にしてそんな悠長な事をしていると、
「がぁぁぁぁあ゛!」
食らった。脇腹に掠った程度。
浅いけど確実に攻撃を受けた。
こんなに痛いのは久しぶり。
血が、とっても赤い。
滲んで、広がっていく。
「う……。こんなところで、私は……」
気を強く持て。
負けるな。
もう私は乗り越えたんだ。
「動かない的は退屈よ?」
敵は余裕の表情。息一つ乱してない。
完全に遊ばれてる。
「ほら、頑張って避けて! ≪棘時雨≫!」
無数に飛んでくるトゲ。
私は必死に逃げて弾き返した。
でも全部防ぐなんて……無理。
「いぃぃぃぃッッッッッ!!!」
ヤバい。叫べないくらい痛い。
もうボロボロ。
痛くない場所を探す方が難しい。
傷、残ったらやだな。
「もう終わり? なんだ、とんだ無能ね。つまらないわ」
……ああ、そうよね。
私って無能だったわね。
特別な能力なんて無い、月並みな女。
そう。そっちの意味の無能ね。
こんなの四人の中で私だけよ。
私が一番弱い。
そんなのは知ってる。知ってた……。
「もしもーし、寝ちゃったかしら? 生きてるわよね?」
でもね。そんなのどうでもいいの。
私が強かろうが弱かろうがみんなは一緒に居てくれる。
問題は、自分が納得できるかどうかだけ。
「あ、生きてるわね。ちょっと聞いてくれるかしら? あたしって美しいじゃない? そのせいですっごくモテるのよ」
ああもう、うっさいなぁ。
ちょっと黙ってろよ。
「もちろんいい男はたくさんいたわ。でもねぇ、あたしってばこの能力のせいで男に抱かれたことないのよ。近づくとオートで攻撃して殺しちゃうから。あ、いいのよ。男って死んだ時の顔が一番カッコよくてカワイイから」
何の話よ。
つーか頭痛いから黙れって言ってんの。
あ……声出せてないのか。
「それでもね、哀しくはあったのよ。あたしは一生愛してもらえないんだって。そんな時にあの方にお会いしたのよ。あたしの攻撃を受けても死なないの。それどころかあたしの血を美味しいって言ってくれて殺してくれたのよ。もうこれで一生一緒にいられる。嬉しかったわ。もう大好きっ! 愛してるっ!」
ああ、うざい。
こんな弱い自分にイライラする。
これじゃあただのお荷物じゃない。
一緒に連れて行ってもらってるだけ。
そんなのさぁ、許せるわけないよねぇ?
寂しいじゃん。一人だけ除け者みたいでさ。
「……っさいわね。興味ないっての」
「あら、起きれるの?」
私は【紅月】を杖にして何とか立ち上がった。
ふらふらする身体と頭。しっかり支えて、思考を巡らす。
「ぁ、アンタ……話長いのよ」
「ロマンチックって言って頂戴。そんなこと言うとまたお寝んねすることになるわよ。それともあたしに勝てる算段でも付いたのかしら? あたし、唯一あの方にダメージを与えた幹部よ。一番強いのよ? 大丈夫? そんなふらふらなのに」
道理で強いわけね。おまけにドーピングまでしやがって。ふざけんなよババ……っと、いけない。ちょっと口悪くなってきたわ。冷静さは失うなってフェンリィに言われちゃう。
「はぁ……、アンタが誰だろうと関係ないわ」
私は確かに無能だし弱い。
けどそれはみんなに比べてってだけ。
みんなと一緒に居たいならこのままじゃダメ。
みんなに着いて行くのが精一杯でもダメ。
弱音を吐くなんてもってのほか。
「んふっ、お子ちゃまってすぐ強がるわよね」
「勝手に言ってろ。倒す方法ならある。一つだけね」
前だけ見てろ。強くあれ。
リクトも、フェンリィも、兄さまも。ここには誰もいないんだよ。いつも誰かが居てくれたけど今は一人。しかも相手は四天王を除いて最強らしい。
でも大丈夫。そうでしょ?
私はもう守られてるだけの妹じゃない。
しっかりしろルーナ!
私なら出来る!
「へへ……」
「なぁに、気味悪いわね。頭おかしくなっちゃった? 大丈夫?」
「心配いらないわ。自分の心配だけしてろ」
つい、笑いが零れる。だってイカレテルんだもん。
こんな事考えるなんて、自分でもおかしいって思う。
「ぃひ、やるしかないわよね」
私は【紅月】を握った。
手は震えていない。そのまま振り上げて、
ジャキン────────自分を斬った。
「吸え、【紅月】。気に食わないけど、この体に流れる血は特上よ!」
神器:【紅月】。
その唯一の特性は吸った血の分だけ威力を増す。
私の火力をさらに底上げしてくれる。
今日はあまり敵を倒していない。でもここにある。
歴戦の一族、アストレシア家の血が。
「好きなだけくれてやるわ。だから力をちょうだい」
私は腕を少しだけ斬って【紅月】に吸わせた。もう元から傷だらけだしこれくらい大差ない。何より、痛みには慣れっこだから。心が痛くなるよりかは随分マシ。
一か八か、奥の手の形態。
これが私の切り札──【月神】。
「んふ、血迷ったわけではなさそうね。いいわ、相手になってあげ──」
「相手してやってんのわコッチよ。バカが」
「ぇ……?」
バサリ。
緑色の物体が地面に落ちる。
散髪された大量の毛が。
「きゃあああああああ!! あ、あたしの! あたしの髪の毛があああああ!!!」
泣き叫んで必死に髪をかき集める敵。
ギリギリガードされたらしい。
けど、私の攻撃が通じてる。
ならもっと速く!
「返してよ! 髪は女の命なのよ!? もう許さないわ!」
「喚くな。うるさい女はモテないわよ?」
「だまらっしゃい! あたしはねぇ、世界一美しいんだから!」
荒れ狂う敵は追加で一本の薬を注入。
戦闘力が大幅に向上し、髪が新たに生え変わった。
それは怒りを体現したような、深紅の薔薇色。
「許さない許さない許さない!」
「あはは! 私、一度でいいから長い髪をバッサリ切ってみたかったのよね。思ったより気持ちいいわ」
「黙れ黙れ黙れ! ≪赤薔薇監獄≫!」
怒りに任せ、触手のような髪が暴走。魔力で発火させた炎の鞭が私を捕まえようと襲い掛かかってくる。
でもそんなの無意味。
「髪、大事なんじゃないの? 焦げてるわよ」
「うるさああああああい!」
「アンタがね」
黙らせる。
喋れなくさせる。
その一心で私は動く。
より速く、より強く。
≪月下美刃≫
一閃──。
相手が奥の手を使おうが関係ない。
もう私には誰も追いつけない。
今度は私が、みんなを引っ張っていく番。
「おのれえええええ!」
「ふふ。無駄よ、ばーか。アンタ、ショートの方が似合うんじゃない?」
また髪を斬り落としてやった。
あとは本体だけ。
SSSだか知らないけど真っ二つにしてやる。
私は一気に距離を詰めて敵の懐へ侵入し──
「なあんてね! かかったわね!!!」
急に元気になった敵。
余程嬉しいのか、品の欠片も無く笑っている。
「あたしのユニークスキル忘れたの? これで詰みよ!!」
そう叫び、最後にもう一本ダメ押しの注射。
今度は邪悪に染まる。漆黒の黒薔薇。
狂気に染まったような痛々しい姿だった。
「≪閂迎撃≫!」
近づく者を拒むフルオートの防御。加えて三本目の狂暴化薬。
私の単純な攻撃は流石に防がれてしまった。
でも平気。成功するまでやり直す。それが私だから。
「もう私には通用しないわ」
「んふ、カウンターって言ったでショ? 攻撃も込みなのヨ!」
突如、視界が黒に覆われていく。その正体は網目状に絡み合った真っ黒な髪の檻。一瞬で囲まれてしまったらしい。というか閉じ込められた。
「ンフフ! バラバラにしてあげる!」
逃げ場はない。体制を立て直す暇もない。
強度も申し分ない全方位からの攻撃。
小細工も奇策もお構いなし。
正真正銘のチェックメイト……
「死になさイ!!!」
って思ってくれてるなら、私の勝ちね。
「ばかね。やっぱアンタモテないでしょ」
「ほぇ……?」
間抜け面に気の抜けた声。あは、その顔はちょっと可愛いじゃない。そのバカ面で、ただ刈られていくのを見てればいいわ!
「アンタの負けよ!!!!!」
私が動ける理由。
最初は手も足も出なかったのに今では敵を置き去りにしている理由。
特に無いわ。強いて言うならボロボロだからね。
たくさん血を流して、血流が早くなって、頭が冴えて、よく見えるようになって、体が燃えるように熱い。
要するに、ぶっ倒れるギリギリの状態ね。
火事場の馬鹿力ってやつ? 限界を超えて120%のパフォーマンスを発揮してるってわけ。時間はかけられない。短期決戦の最終奥義。
「そろそろキツイから倒すわね」
ただ感覚に任せて【紅月】を振る。
刈って刈って世界を広げていく。
邪魔な物を取り除くように。
一段階上のステージへ。
戯れるように、舞うように。
≪月狂乱舞≫
散り散りになった髪。
それは、終幕を飾る髪吹雪──
「……く、狂ってル。こんなの人じゃない。狂人ダわ!」
髪の檻はこじ開けた。
敵はもう丸裸で己を守る術は無い。
「失礼ね。こっちはドーピングなんて使ってないわよ」
「なんでよ! どうして勝てないノ!? こんなガキにあたしガ!!!」
自分で自分の頭皮を掻きむしる敵。
そしてもう一本、どこにしまっていたのか注射器を取り出した。文字通り目の色を赤くして、もうとっくにただの殺戮マシーンと化している。
「もうどうなってもいいワ!」
させない。
これ以上やらせるわけにはいかない。
それはこの人のためにも。
悪人だけど、今回は操られているわけで元凶がいる。
だからこれ以上苦しませる前に送ってあげよう。
「最後くらい、美しいまま消えなさいよ」
「キレ……イ?」
その問いには答えず、私は最後にもう一度だけ力を込めた。
これは全てを無に帰す終焉の鎌。
あるいは狂気を炙り出す紅の月。
その月光に照らされる姿は言うまでもなく……。
≪狂気消滅≫
勝った……。
敵は散りゆく花弁のように儚く消えた。
斬った感触だけを残して跡形もなく姿を消した。
地面に落ちていた色とりどりの髪も。
全て一本残らず。
「うぅぅぅぅああああ! 疲れたぁぁぁぁぁあ!」
私は眠るようにバタリとその場に倒れた。
もうダメ。一歩も動けない。
貧血? なんか急にくらくらするし体が重い。
「後は任せるわよ、みんな。終わったら起こして」
こうして私の戦いは終わった。
あとはみんなが何とかしてくれるはず。
【月神】モードの時はパワーとスピードが疑似SSSランクです。
今更ですがSSSって長いし定義が曖昧なので別の言い方にすればよかったなって思ったり思わなかったりしてます……。





