68話 新しい関係?
メメのステータスを≪反転≫させたことにより、メメは大魔導士と呼ぶにふさわしいレベルまで覚醒した。
それは単純な魔力や知識だけではない。
一番大きな変化は気持ち。つまり心だ。
つい数分前までの過去と今現在とでは覚悟が違う。
自信を持って堂々と前を向いている。
「決めたよ、リっくん」
メメは瞳の奥に宿るものを見せるように、パッチリした大きな目で俺を見つめた。
「メメはもう逃げない。ちゃんと見て、自分で歩く」
たった今敵を葬ったばかりの小さな小さな手で、母の形見であるステッキを握りしめている。その手が若干震えているのは、きっと恐怖から来るものではない。
「メメはもう独りぼっちじゃないってわかったからみんなと一緒にママの分も戦うよ。戦って、メメの止まってた時間を動かすことにする。だからね……。助けてもらってばかりだしこの力も与えられたものだけど、これからもメメの隣で支えてくれる?」
メメは言葉にすることで抽象的だった想いを形にしてくれた。
俺と関わった時間なんてメメの生きてきた年月からしたら一瞬の出来事だろう。
だがこの一瞬の出会いによって、閉ざされていた無限に広がる未来を見せることはできたと思う。
その一歩として俺に成長を見せてくれた。自分のことのように嬉しい。
でもメメは一つだけ勘違いをしている。大きな大きな勘違いだ。
「嫌だ」
「……」
俺が言うと、メメは目と一緒に口も大きく開けた。
ショックを受けている様だ。声にもなっていない。
「だ、だよね。メメなんていても──」
「ああ、ごめん違う。ちょっと意地悪な言い方したな」
このままだと泣いてしまいそうだったため慌ててフォローを入れる。
太陽は隠れているのに目がキラキラしていたのだ。
「えっと、物を安定させるには脚が何本必要か知ってる?」
「な、何の話? 意味わかんないよぉ」
今度は半開きにしてポカンとしてしまった。
慣れないことはするもんじゃないな。普通に教えてあげよう。
「んと、正解は3本。2本でも4本でもなくて3。まあ何が言いたいかっていうと、俺とフェンリィとルーナでメメを支えることはできるけど俺たちの誰かが崩れたらメメも倒れちゃうんだ。だからメメも俺たちを助けて欲しい。……分かる?」
問いかけるとメメは固まって動かなくなってしまった。
顔の前で手を振ってみるとレスポンスはあったが、小さく首を横にふるふるするだけ。そして、また瞳をキラキラさせていた。
「だからお願いするのは俺たちの方だよ。俺たちの仲間になってほしい」
ハッキリと口にしたのは俺も初めてかもしれない。
頭では分かっていても、感じ取っていても、言葉にすることでしか得られない物もある。言葉とはまさに魔法。時間もコストもかからない贈り物だ。
「な……か…………ま」
メメはゆっくり咀嚼するように発音すると、さっきよりも速いスピードで髪が躍るくらい頭を振った。でもそれは否定の意味ではない。
ずっと閉じ込めていた感情。苦悩、悲壮、恐怖、寂寥……。
決壊したように、次から次へ雫となって溢れ出てくる。そして溜めこんでいたそれら全ては、メメの口から反対の感情として吐き出された。
「あ゛りがとう」
絞り出すような掠れた声。
俺の胸に勢いよく飛び込むと、声を上げて泣いた。
顔をくしゃくしゃにして、わんわん泣いた。
天気雨みたいな顔で、笑っていた。
誰にも言えなかっただろう。
聞いてもらえなかっただろう。
抱え込んでいたはずだ。
ずっと、ずっと。
一人で。
「うわあああああああん!!!!!」
でも今は違う。
その声を聞かせる相手も。
その涙を拭ってあげる相手もここにいる。
俺にはそれしかできないけど、メメにとってはそれが特別だ。
抱きしめてくる手には力がこもっているのに壊れてしまいそうなくらい弱い。
俺はどこかに行ってしまわないようにしっかり受け止めた。
小さな体も、大きすぎる感情も、全部全部受け止めた。
「うぅっ……なりたい。……なる! メメも、仲間になってあげる!」
精一杯の強がり。
そのメメの顔は微かにぼやけてよく見えない。
でも俺もメメも笑っているのは確かだった。
「ああ、頼む。これからもよろしくな」
性別も種族も、助けた助けられたも関係ない。
俺にも欠点があるし、メメは俺に無いものを持っている。
だから俺も自然に言うことができた。
そしてこれからも俺はメメを頼りたし頼ってほしい。
「うん。よろしくね」
この関係を仲間と言うのだろう。
俺たちはようやく、対等な関係になれたのだ。
◇◆◇◆◇◆
「リっくんはメメが守ってあげるね」
気が済むまで泣いたメメは腰に手を当てて胸を張った。
まだ目は若干赤く腫れている。
「頼もしいな。でもあんまり無理するなよ?」
「大丈夫だよ。メメはみんなよりお姉さんだから頑張るね」
そう言って俺の頭を撫でてきた。
なぜか頑張って背伸びをして、俺より目線を上にしようとしている。
「や、やめろよ。急に何だ」
「えへへ、弟ってこんな感じなのかなぁ? 照れなくてもいいのに」
どうやらこの子は年上ぶりたいようだ。
実際200歳ぐらい差があるから間違いではないが、俺の中では幼いイメージの方が強い。まあ自信を持ってくれたみたいだしいい傾向ではあるか。
「照れてるのはそっちだろ。恥ずかしいならやめろって」
エルフのチャームポイントである耳が真っ赤になっていた。
もしかしたらメメの中では、仲間=家族なのかもしれないな。
そういうのに飢えていてもおかしくはないだろう。
「そ、そんなことないよ。恥ずかしくなんかないもんっ」
ぷくっと頬っぺたを膨らませて唇を尖らせるメメ
俺は何となく、やり返す意味を込めて頭を撫で返してやった。
この子顔小さいな。それに髪がさらさらしてて撫で心地が──
「ぴぎゃぁ!」
おかしいな。エルフって泣き声とかあったっけ。
「あぅっ……だ、ダメだよぉ」
「え!? な、なんかごめん」
慌てて手を引っ込める。いけないことしてるみたいで罪悪感が込み上げてきた。
「あの……どうしたの?」
恐る恐る尋ねる。泣かないでくれよ?
「お耳は触っちゃやだよぉ。ぁぅぁぅ……」
「あ、なるほどね。悪かった」
「ううん。リっくんなら……ぃぃょ」
人より大きいから当たっちゃってたみたいだ。
メメはもう気にしてないのか、何故か嬉しそうに顔をゆるめている。
俺はなんとなく気まずくなったから話題を変えることにした。
「ごほんっ。話は逸れたけど無理しなくていいからな。年とか関係ないから普通にメメらしくしてればいいよ」
「うん、そうだね。弟は違ったよね。弟だとダメだもんね。リっくんはそうじゃなくて……」
メメは急に早口で言うと頬っぺたまで赤くした。それから手で顔を隠して、指の隙間からお目目をこんにちはさせている。謎だ。
「チラ。……チラチラ」
「あのー、メメさん?」
一体何をしているんだろう。
これはエルフの文化だろうか。
急に不思議ちゃんになってしまったぞ。
奇行に走ったフェンリィを相手してるみたいだ。
「戻ってきて?」
「……チラリ」
タイミングを見計らうように俺の様子を窺うメメ。やがて決心したのか、小さな声で「あのね」と前置きし、
「メメのお婿さんにしてあげてもいいよ?」
恥ずかしそうに小首を傾げてそう言った。
俺は言葉の意味を理解するのに数秒費やし、
「はぁぁぁ!?」
思わず声を上げてしまった。
「ゲホッゲホッ」
「だ、大丈夫? 回復魔法かけようか?」
「い、いや平気。驚いただけ」
「そっか、よかった。それで? なってもいいんだよ?」
「聞き間違いじゃなかったのか!」
俺は自己分析では冷静な方だと思っているが動揺を隠せない。
フェンリィとルーナとはまた違う。
何故かこの子は受け入れられるのが当然のように求婚してきた。
変なところで自信を持ちすぎだろ。
「え、も、もしかして嫌だったかな? なりたいん……だよね?」
大きな目で訴えてくる。そこにはもう恥じらいは無い。
俺が首を縦に振ることを疑っていないようだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんで上からなの?」
お嫁さんにしてじゃなくてお婿さんになっていいと言われた。
エルフでもそうは言わないと思う。耳……触ったから?
「ママがね、言ってたの。メメは可愛いから選びたい放題よって。メメを見た男の人は絶対好きになっちゃうからって。だからメメの方から選んであげなさいって言われたの。え……ママが嘘吐くわけないよね?」
そういうことか!
まさかお母さんの仕業だったとはな……。
物凄くピュアな子だ。何言っても信じそうな目をしている。
「いいかいメメ、よく聞くんだ」
「うぅぅ……」
そんな顔しないでくれよ。
俺がいじめてるみたいじゃないか。
「お、お母さんは嘘言ってないよ」
「だよね! メメは可愛いんだよね?」
それについては否定なんてできない。俺はゆーっくり首を縦に振った。
「じゃあリっくんもメメのこと好きだよね! お嫁さんにしたいでしょ?」
パッと顔に花を咲かせるメメ。
まったく、人間で言うと当時10歳ぐらいの娘に何を教えているんだ。
親からしたら可愛いだろうし俺の目から見てもメメが美少女なことに間違いはない。
だが話が急に飛躍しすぎだ。
そう言ってくれるのは嬉しいけど今は他にやることがある。それに……。
「えーっと、一回落ち着こ? ほら、早く魔法使いたいでしょ?」
「あ、そうだった。じゃあさっさとボコボコにぶちのめすね!」
誤魔化す形になってしまったが物分かりのいい子でよかった。泣かれでもしたら大変だからな。先送りにしただけな気もしないではないが……。まあいいか。
それはそうと、この子はどこでそんな野蛮な言葉を覚えたんだろう。
幹部のこともお前って言ってたし怒らせると怖そうだ。
「リィちゃんとルナちゃんはどうしてるの?」
「あー、二人なら大丈夫だ。絶対」
あの二人が一緒なら心配はいらない。
きっとたくさんの人を救っているだろう。
特に異変の報せも入っていない。
「だから俺たちは別の場所を食い止めよう」
「わかった。じゃあ全部終わったら……ね?」
そんなウインクをされても困る。出来てないし。
この技術も母の仕込みだろうか。
「集中しような、メメ」
「油断してる余裕なんてメメには無いよ。自分の実力は嫌なくらい知ってるから」
「そっか。なら安心だ」
「うん。じゃあリっくん、捕まって」
「へ──」
俺が何かするより先にメメが手を握ってきた。
すると、
「≪瞬間移動≫」
一瞬にして景色が変わった。
そして、
魔王軍との大戦はここから激化の一途をたどることになる。





