67話 メメの戦い方
メメは前を向いてくれた。
しかし本当の意味で乗り越えるためには、まだまだやることが残っている。
やることは単純だ。
現在、妖精の森には魔王軍が侵攻中。
その魔王軍を一匹残らず殲滅し、この混沌の世界を反転させればいい。
魔王軍の存在はメメにトラウマを植え付けた理由であり、俺たちがここに来た一番の目的だ。この戦いで”魔王サタナ”に繋がるヒントや、俺の呪いを解く手掛かりを得ることができるかもしれない。
だから最後まで油断せず、気を引き締めていこう。
「ねぇ、リっくん。何が起きてるの?」
メメは真っ黒に染まった空を見上げた。
もう仮面は取っていて真っ白な肌を見せている。
「魔王軍が攻めてきたんだ」
「ま、まおう……ぐん?」
その単語を聞いてメメは頭を抱えてしまった。
それはメメの母でも敵わなかった相手だ。
しかも、メメは能力で記憶を忘れることができないらしい。
鮮明にその記憶が頭の中でループしている。
大切な人が死ぬ場面を、何度も何度も。
「大丈夫だよ。約束する」
メメの震える手を取り、優しく包む。
だが、
「で、でもぉ……」
声だけはまだ震えていた。
百年も苦しんでいたのだから無理もない。
そんな簡単に克服できる事なら悩んでいないだろう。
「ごめん、俺じゃ頼りないよな。でもメメには絶対怪我させないから安心して」
「ち、違うの。リっくんは信用してるし頼りにしてるよ。ママといる時と同じくらい安心する」
「そうなの?」
良い意味で予想外だった。
かつて最強と呼ばれた大魔導士と同格と言われるのはシンプルに嬉しい。しかもメメの実母という補正付き。
「うん。でもメメがいるとまた負けちゃうから。メメはお荷物だから……」
「あー、そういうことか」
メメが自分を責める根本の理由だ。悔やみ続けている一番の理由。
それは、自分がいたせいで母が死んでしまったという認識。
メメの母はそう思っていなくても本人には分かるはずもなく、それだけは前を向きかけた今も変わっていない。ふとした瞬間に後ろを振り返ってしまうのだ。
「じゃあさ、メメがお母さんの分も戦えばいいよ」
「メメが、ママの代わりに……? む、無理だよ。メメはなんにも出来ないダメな子なんだよ。エルフなのに魔力は無いし能力も役に立たないもん。メメなんていない方が──んんん!? むー! むー!」
俺はその小さな口を手で塞いだ。最後まで言わせてはならないから。
メメが呼吸を荒げたせいで、手の中が生暖かい空気で満たされる。
「──ぷはぁ。はぁ……はぁ…………。ひ、酷いよぉ」
「メメがまた弱気なこと言うからだろ。もうそんなこと言わないって約束な?」
「ぅ、うん。ごめんなさい」
「いいよ。ちょっとずつでいいから」
「うん」
成功を体験したことのない者はその景色を想像できない。
仕方ないし悪い事ではないが、それは凄く勿体ない。
目を開けて前を向いているのに見ている方角が違うのだ。
「で、でもね。メメが何もできないのは本当だよ。ママの代わりなんてなれっこないよ」
ずっとその姿を見てきたからこそ自分の弱さを知っているのだろう。
メメの瞳は自分の非力さを疑っていない。でもそれは視野が狭すぎだ。
確かに、メメ一人なら絶対に無理だと断言できる。が、それは”一人なら”という限定条件だ。
ほんの少し背中を押して隣で支えるだけで、メメの世界はひっくり返る。
「代わりなんて俺は言ってないだろ。メメはそのママの上を行くんだ」
「へ……?」
メメは意味が分からないという様子でポカンと口を開けて、大きく目を見開いた。
「な、何を言ってるの? 今はふざけてる場合じゃないんだよ? いっぱい悪い人たちが来てて大変なんだから、冗談言ってないで早くみんなを助けてあげて。メメはもう邪魔にならないように隠れてるから」
早口でまくしたてるメメ。
なんだ、分かってるじゃないか。妖精の森にはもう時間がない。
メメが戦力になれば戦況が大きく変化するだろう。
俺の見立てが正しければメメは──!?
「メメ! 伏せろ!」
「きゃっ!?」
俺は咄嗟にメメに向かってダイブし、その華奢な体を抱きながら地面に倒れた。
すぐさま状態を起こしてメメを庇うように背中で隠す。
見ると、金色の髪が微かに宙を舞っていた。
その視線の先に意識を集中すると、
「ありゃ、首飛ばしたつもりだったんだけどな。まあいいか。まずは二人」
この邪悪なオーラは魔王軍幹部のものだ。人語も操れるから間違いない。
見た目は狼男みたいな奴。そこまで強くないが気がかりな点が二つあった。
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名称:べオルフ
体力:A
物攻:S
物防:S
魔攻:C
魔防:A
魔力:B
俊敏:S
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俺はステータスを見た瞬間に≪反転≫の能力を発動した。
にもかかわらず、全く変化がない。
ここに来てからずっとそうだ。これが一つ目。
二つ目は、攻撃されるまで気配を感じなかった。
それはおそらく召喚されたからだと思う。
何かカラクリがあるはずだ。
「な、なな……なんでいるの? え? 夢?」
「メメ? 嫌なこと思い出した?」
俺の背中に抱き着き、ガタガタと震えるメメ。
様子から察するに、ただ怖い物を見たという反応ではない。
「こ、この狼……見たことある」
そう言って、メメは人狼を指さした。
見たことある? 友達というわけでもないだろう。
俺が疑問を口にするより先に、人狼が喋った。
「あ? ……て、テメェまさか! いや、違うな。前より若い。それにあの方が殺したはず……てことはお前、あの時のガキか?」
人狼は一瞬動揺を見せると意味の分からないセリフを吐いた。
でもどうやらメメには通じたらしい。
「この狼、100年前に見た。なんで……生きてるの?」
「本当か?」
「ママがやっつけた狼だと思う。ううん、間違いない」
「……なるほど。そういうことか」
俺は一つの結論に至った。
想像の域を出ないが敵に死者蘇生、あるいはそれに類する能力の使い手がいる。
召喚魔法のように自由に出すことができるのも説明がつくし、俺の能力が効かないのも納得がいく。
俺の能力は生き物にしか効果がない。例えば、造られた存在である四天王のロヴェッタには効かなかった。
それと同じで死んだ者には効かないのだろう。多分、俺のステータスを≪反転≫させる能力は生命エネルギーにしか作用しない。
思わぬ弱点だ。自分の能力なのにまだまだ未知数。
だがこの程度の敵なら、ハンデにならないのは確か。
「まぁ、とりあえず肩慣らしに二人殺っとくか。昔あの女にやられた分もぶっ殺してやらぁ!」
人狼が大きく右手を振りかぶった。
鋭い爪を立て、俺を引き裂こうとした寸前、
「≪反転≫」
「ぐああああああああ!!!」
人狼は自分の体を引き裂いた。
行動をあべこべにする能力。
どうやらこれは効くらしい。
「くそ……何しやがった。どうしてオレばっかりこんなチート野郎とマッチングするんだ!」
紫色の血を滴らせる人狼。
肩で息をしながらそんなことを言うが同情の余地はない。
「お前、何人殺したんだ?」
「はっ、いちいち数えてねえよ」
「そうか。じゃあ目的はなんだ。お前は何を命令されてる」
「知らねえよ。こっちが聞きてぇ」
あべこべにする能力は言いたくないことを自白させることもできる。
コイツが言っていることは本当だ。
「オレはただ殺せって命令されただけだ。一番殺した奴が次の四天王になれるってな」
ロヴェッタの空いた席だろう。
それをかけてバトルロイヤルでもさせる気なのか?
「お前たちだってどうせ殺されるんだ。オレなんかじゃ足元にも及ばねえ。そこのエルフのガキだって分かってんだろ?」
「…………」
その問いにメメは黙って首を振った。
そんなことないと、必死に否定しているようだ。
「のこのこ生き残ったのがこんな弱っちぃガキか。母ちゃんもきっと恨んでるだろうな。こんな出来損ないを庇って死んだなんて報われねえぜ。オレだったら祟るね。お前、なんで生きてるんだ? 恥ずかしくないのか? よくヘラヘラ生きてられるなぁ」
人狼の口は止まらない。
メメの傷を抉っていく。
それはどんな痛い攻撃よりも、ずっとずっと重い一撃だ。
「…………るよ」
俺はメメの心をケアしてすぐにこの人狼を殺してしまおうと考えた。
まだメメは立ち上がったばかり。心が持つわけない。
また壊れて転んでしまう。
そう思ったのに。もうそんな必要は無かった。
メメは俺が思っている以上に強くて、もう子どもではなかった。
「……てるよ」
「あ? 聞こえねえよ」
「知ってるよ。そんなこと言われなくても、メメが一番よく知ってる」
メメは一語一語嚙みしめるように言うと、背を向けて歩き出した。
「ははっ、逃げるのか? お前にはお似合いだな!」
俺がいつでも殺せる状況にもかかわらず、人狼はメメを煽る。
いっそ開き直っているのかもしれない。
「メメはね。ダメな子だよ。弱くて泣き虫で、どうしようもないの」
メメは誰かに語るように言って立ち止まった。
メメの母が眠る墓の前に……。
「ママはね。すごいんだよ。強くて優しくてね、それからメメのことが大好きなの」
メメは合掌すると、その墓に供えられていた棒状の何かを手にした。
布に包まれていたそれは、手入れの行き届いた杖だった。
メメの身長より少し低い。一見、何の変哲もないただの棒切れ。
メメは大事に両手で持ち、コツンと地面を叩いた。
刹那──メメと共鳴するように眩しいくらいの光が放たれた。
すると杖の形状に変化が起きる。よりメメが使いやすいように小さく、片手で持てるステッキサイズに。先端は花が咲くように広がっていて、中心に水晶玉が浮かんでいた。
「だからね、ママがそんなこと言うはずないんだよ。ママはそんな人じゃない。メメはママが大好きで、ママはメメが大好き。そのママは、お前たちのせいで……。お前たちのせいでメメの平和は無くなった。ママがメメを恨んでるとか嘘吐くな。メメのママを汚すな。これ以上嫌なこと思い出させるな。お前たちは、ママに代わってメメが消してあげる!」
その迫力に、俺ですらも圧倒された。
見た目は変わっていない。
変わったのは覚悟だけ。
ただそれだけのことなのに、ずっとずっとメメが強くて大きく見える。
「メメ、だい──」
大丈夫かと、聞く必要は無かった。
その顔を見れば言葉は必要ないと分かった。
怒りで我を忘れているわけではない。
復讐に取り憑かれているわけでもない。
ただメメの目には、一人だけが映っている。
「リっくん。どうやったらママを超えられるの? 教えて」
「あ、ああ。待ってろ──≪反転≫」
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名前:メメ
体力:C
物攻:C
物防:C
魔攻:G → SS
魔防:C
魔力:G → SS
俊敏:C
ユニークスキル:≪永続の記憶≫
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「すごい。自分じゃないみたい」
「それみんな言う」
「そっか。ありがとう。力を貸してくれて」
メメは薄っすらと笑みを浮かべた。
大人びていて、美しいと思ってしまう。
「はっ。ちょ、ちょっと魔力が増えただけだろ。お前は所詮出来損ないだ。オレが動ければお前なんて一瞬なんだよ!」
人狼はさっきからよく吠える。
メメを見ると、黙って頷いた。
俺は能力を解くことにする。
「くっそ、舐めやがって。後悔させてやる!」
自由になった人狼はメメに襲い掛かった。
獣のように、コロスという本能に従って突っ込んだ。
両手を上げ、交差するように攻撃を繰り出す。
しかし──
「≪絶対障壁≫」
メメが静かに唱えると、人狼は見えない壁に激突した。
詠唱破棄。メメは息一つ乱していない。
体力も防御力も俺と変わらない平均値だが、攻撃が届かないなら意味がない。
「クソガキが!」
「やったあ。できた。でもママはもっと上手にやってたな」
メメは人狼を見ていない。
初めてできた魔法に喜び、反省を行っている。
妖精らしく精霊と、あるいは大切な人と対話しているようだった。
「次はあれやってみようかな。えっと、確かあの魔法はあの本に載ってた。ママはどうやってたっけ……ブツブツ」
「決めた。お前はぐちゃぐちゃにしてやる! その面引き裂いてやる!」
人狼は飛び起きる。が、そこにメメはいなかった。
「後ろだよ。これ楽しい」
メメは文字通り一瞬で人狼の背後を取った。
≪瞬間移動≫と呼ばれる大魔法の一つだ。
「最後はやっぱり魔法っぽいことしたいな。メメ、お前嫌いだから消すね」
「ちっ、死ぬのはテメェだ! こんなガキにこのオレが──」
「うるさい」
メメがステッキを向けると人狼は硬直した。
トラウマが呼び起こされるように、死を悟ったように抵抗するのをやめた。
生物の本能。怖い記憶は無くならない。
メメはその痛みを知り、乗り越えたからこそ強い。
親子の想いがシンクロし、重なる。
詠唱破棄の大魔法──
「≪涅槃≫」
唱えた途端、人狼はロウソクの火が吹き消されるが如く静かに息を引き取った。
メメの顔には余韻も消し去るようにパッと明かりが灯る。
「見てた!? メメがやったんだよ! ママみたいだった?」
「み、見てたよ。俺はメメのお母さん知らないけど多分そっくりだった」
メメがどうだと子どものように詰め寄ってくる。
ずっと落ちこぼれと言われ、自分を無能だと思い込んでいたのだから当然か。
俺は十分褒めてから、少し落ち着けとなだめた。
「ここまでとは思わなかった。どうやってやったんだ?」
魔法は普通、詠唱が必要だ。なのにメメは呪文名しか唱えていない。
「ママが持ってた本をたくさん読んだの。魔法って仕組みを理解してると効率よく使えるみたいだよ。無詠唱とか、消費する魔力を抑えるとか」
なるほど。メメのユニークスキルがそれを可能にしているんだな。
メメは一度体験した記憶を忘れずに蓄積することができるらしい。
きっとまだまだいろんな魔法を使えるはずだ。
決して呪いなんかじゃない。
膨大な知識と、膨大な魔力。
それから母への想いが、メメの武器だ。





