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66話 上書き保存

「ごめん、メメ。遅くなった」


 フェンリィとルーナに中央広場の乱戦を任せた俺は、急いでメメのお母さんが眠っているお墓を目指した。このタイミングで魔王軍が攻めてくるとは思わず、間に合わなかったら俺がメメを殺したも同然だっただろう。


 しかしメメはちゃんと俺の腕の中で息をしている。

 食人鬼の口に吸い込まれていくメメを見たときは焦ったが、こちらに気づいていない様子だったため背後から胴を真っ二つにして無事にメメを救出できた。


 殺した食人鬼には確かな感触があったが、絶命した瞬間存在していなかったように血も臓物も残らず消滅した。誰かの傀儡であることはまず間違いないだろう。

 おそらく相当な使い手だ。幹部……いや四天王か? いろいろ気になるが今はそれどころではない。


 今はこの命の方が先決だ。

 メメに視線を落とす。外傷は無い。

 見つめていると、メメはゆっくり大きな目とそれから小さな口を開けた。


「ぅ、うう…………リっくん?」

「そうだよ。無事でよかった」


 お姫様抱っこの形でメメと視線が交差する。

 目をぱちぱちさせて状況を確認しているようだ。


「メメは、生きてるの?」

「ああ。間に合ってよかった」


 メメは抱きかかえても不安になるぐらい軽い。

 でもしっかり生きている。触れ合う肌は熱を持っている。

 俺は、この子の命を守ったんだ。それは決して軽いものではない。

 メメを死なせないという自分に課した誓約をちゃんと守った。


「……なんでよ」


 ──はずなのに。


「なに、してくれてんの」


 メメは、笑っていない。

 それどころか安心も恐怖も不安もその表情には一切ない。

 涙も流していない。


「やめてって、言ったじゃん……」


 そこに俺の期待したものはなかった。

 別に感謝されたくて助けたわけではない。

 それでも、拒絶だけはされたくなかった。


 俺は純粋にメメに生きていてほしかっただけだ。

 メメの命だけあれば満足だった。

「ありがとう」とかも言われなくていい。

 だから、その続きだけは……言われたくなかった。


「また、あなたのせいで死ねなかった」


 向けられたのは怒りと悲しみ。

 悲愴と怒気を混ぜ合わせたような表情。


 ──あんまり優しくしないで


 昨晩、メメに何度も言われた言葉。

 優しさで助けたわけじゃない。偽善でもない。

 上手く言葉にできないけどそれだけは断言できる。

 でも、行動で示してもメメにこの気持ちは伝わっていなかった。


「メ、メメ? 怪我してない? 立てるか?」


 誤魔化すように、聞いていないかのように話を逸らす。

 間違いであって欲しいと願った。

 でも、


「そういうのやめて」

「あ────!?」


 これは現実だった。

 メメが暴れて俺の腕から落ちる。

 近くに落ちていた仮面を拾い、顔を隠した。

 そのまま逃げてしまうかと思ったが、俺に掴みかかる勢いで接近し、


「なんで助けたの!!!!!」


 叫んだ。

 初めて聞くメメの怒号。

 感情に任せたその声は、俺には断末魔のように聞こえた。


「やっと死ねると思ったのに!!! 邪魔しないでよ!!!!!」

「…………じゃ、じゃま?」


 突然の勢いに気圧されて、繰り返すことしかできない。

 この表情は俺がさせたのか?

 こんなに怒っているのは俺のせいなのか?

 俺が助けたから、俺が見殺しにしなかったから、メメはこんな悲鳴を上げているのか?


 いや、違う。そんなはずない。

 死にたいなんて言わせることが正しいはずない。

 メメをこんな風にさせているのは、今も過去に囚われているメメ自身だ。


「もう少しでママと会えたのに! 勝手なことしないで!」


 ドン、ドン、と弱い拳が俺の胸を叩く。

 痛覚には全く響かないのに痛みを感じる。

 その仮面の下を想像すると胸が締め付けられる。


「助けてなんて言ってないじゃん。優しくしないでって、言ったのに……」


 メメの手が止まる。

 代わりにぎゅっと服を握ってきた。

 もう何も言ってこない。

 だから俺はたった二文字の名前を呼んだ。


「メメ」


 呼びかけても返事はない。

 ただひたすらやり場のない感情を小さな手に込めて握ってくる。


 そんなメメに、俺は現実を突きつけることにした。

 言ってあげなければならない。

 慰めや綺麗事ならいくらでも言えるが今は必要ない。

 優しくしないでと言うなら、俺が全部ぶち壊してやろう。


「死んでもお母さんには会えないよ」

「…………!?」


 想像する言葉とは違ったのか、メメが首を持ち上げる。

 小さく首を横に振ったが俺は構わず続ける。


「逃げる理由にお母さんを使うな」

「な、何言ってるの? 意味わかんない」

「お母さんのせいにして勝手に死のうとするなって言ってるんだ」

「かか、勝手なのはそっちじゃん。メメは生きてちゃダメだから死ぬの。メメの代わりにママが死んで、他の人もたくさん苦しめたから死ななきゃダメなの」


 メメは俺ではなく自分と話しているようだった。

 きっと、仮面の下のメメは俺の目を見ていない。

 内に閉じこもって出てこない。


「じゃあ自分でやれよ」

「へ……?」


 俺は腰に据えていた刀を引き抜き、メメに握らせた。

 むき出しになった刀身には俺とメメが映りこんでいる。


「よく切れるから痛くないぞ」

「い、痛くないって……こんなので切ったら……」

「死ぬな。心臓を貫いても首を切断してもどっちでも楽に逝ける」

「え…………?」


 さっきよりも長い沈黙。

 途端に柄を握る手が震えて刀を落としてしまう。

 俺は拾い上げて鞘に収めた。

 そして威圧するような雰囲気も消した。


「ほら、できないでしょ? もう自分でもとっくに分かってるはずだ」

「ち、違う。メメは生きてちゃ……」


 生きてちゃダメ。

 そう言うが、メメは一度だって自分から死のうとはしなかった。

 死という運命を待って、それを受け入れるだけ。

 数日だけの話ではない。メメは約100年もの間孤独と戦い続けていた。

 死ぬ機会なんていくらでもあったはず。

 それでもメメは自分から命を絶つことはしなかった。

 メメだって、本当は……。


「生きていいんだよ。生きてくれ」

「……ず、ずるいよ。そんなこと言われたら思っちゃうじゃん。ずっとその気持ちだけは殺せてたのに。死にたくないって気持ち、思い出しちゃうじゃん……」


 メメは全身の力が抜けるように、その場にヘタッと座り込んでしまった。

 俺もしゃがんで目線を合わせる。


「メメは何も悪い事してないだろ。もう前を向いていいんだよ」

「だ、ダメだよ。みんな言うもん。生きてる方が辛い事たくさんあるもん」

「かもな。でも死んだら、お母さんが泣くよ」

「マ、ママ……」

「それに、メメはもう一人じゃない。一人にはさせない。お母さんの代わりは到底務まらないし、俺たちがいるから安心しろなんて言えないけどさ。俺もフェンリィもルーナもずっと仲間でいる。絶対だ」

「……」

「メメの目には今何が映ってる? 過去は絶対変わらないけど今見てる現実も絶対変わらない本物だよ。辛い過去は忘れられないだろうけど、現実もちゃんと見て欲しい……と俺たちは思ってる」


 所詮俺たちは外野の人間だ。

 数百年積み上げてきた気持ちを簡単に改変できるとは思わない。

 でもほんの少しだけでも気づきと変化を与えることはできるかもしれない。

 その小さな心の動きが、大きく本人を動かすことはある。


「リっくん」


 メメは囁くと仮面に手を添えた。

 後ろの留め具を外し、ゆっくり自分を覆っていた物を剝がしていく。

 そこには宝石みたいな濡れた瞳で俺を見つめるメメがいた。

 ほんの少し口角を上げて微笑むメメの姿が。


「メメね、ずっと呪いがかかってるんだと思ってた」

「呪い?」


 言葉を紡ぐメメはもう逃げない。

 俺から目を逸らさず内面を曝け出してくれた。


「うん。メメの能力。一度体験した記憶を絶対に忘れられない能力。その力のせいで、目を瞑るといつもママが死んじゃうところを思い出してたの。怖くて辛くて悲しくて寂しくてすっごく痛い記憶だった」


 正に悪夢だっただろう。

 悪い記憶というのは時間が経つにつれてより悪化し、無かったことすらあたかも事実となって拡大する。自分を蝕み、追い詰める。呪いというのも比喩ではない。


「でもやっと思い出した。ママはね、笑ってたの。いっぱい、いーっぱいメメを見て笑ってたの。ママを笑顔にするのがメメの力だって言ってた。そんなのもう意味ないって思ってたけど、ママの笑顔を思い出すとメメも元気になってあったかい気持ちになるの」


 そう話すメメは本当に無邪気な子どものようだった。

 今日あった楽しい出来事を話してくれるみたいだ。


「だからね、メメは死ねない。生きなきゃいけないって分かった。メメが死んだらママが凄くないってことになっちゃう。ママが守ってくれたんだから、メメは笑って生きる。生きて何したいとか、生きる理由とか何も無いけど、それでもいいのかな? メメが生きたいって思ってもいいんだよね?」


 やっと見せてくれた。

 ずっとその顔が見たかった。

 メメが本音と笑顔を見せてくれた。

 本当に、こっちまで笑顔にさせてくれる女の子だ。


「当たり前だ。やっと目が開いたみたいだな。これからは未来(いま)だけ見てろ」


 もう過去は十分振り返った。

 良い記憶だけ残して、後は前を向いてくれればいい。


「うん!」


 吹っ切れたような晴れ晴れした声が風に乗って俺の鼓膜に広がる。

 メメは風になびく金色の髪をくすぐったそうに押さえ、仮面はどこかへ飛んで行った。

 その美しい妖精の姿は俺の海馬にしっかりと刻まれる。

 これから先、何十年経っても俺の記憶を彩る1ページとなるに違いない。


 メメは前を向いてくれた。

 しかしまだ何も始まっていない。

 ようやくスタート地点に立っただけ。

 まだまだやることは山積みだ。


 もうこれ以上奪わせない。

 魔王軍の好き勝手にはさせない。

 だから全部終わらせて、みんなで笑おう。

 反撃開始だ。

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