65話 アンハッピーバースデー
※メメ視点
今後語り継がれる魔王軍と妖精族の大戦。
その終幕を飾るのはママと四天王の吸血鬼。
対峙してから一分が経過。
未だ戦況は動かない。
「氷漬けにしてあげる。≪天使の囁き≫」
ママが攻撃すると、
「おっと、危ないですね」
吸血鬼が避ける。
ママの攻撃は一発一発が当たれば即死級の奥義。
攻撃範囲も広く、火力も申し分ないのに避けられたり防がれたりしている。
メメの目にもこの敵が強いとわかった。
「引きこもりのくせにちょこまかと。≪紅の炎≫」
太陽のような灼熱地獄。
その業火が吸血鬼を包み込む。
……しかし結果は動かなかった。
「チートすぎでしょ」
「ワタシをその辺の下等吸血鬼と一緒にしないでください。弱点なんてとうの昔に克服してますよ」
「そっか、でもちょっとは効いてるみたいだね」
ママは攻撃の手を止めず、大技を連発する。
吸血鬼は防ぐのがやっとの状態。
お互い一瞬でも隙を作れば負ける。
「驚きです。もう魔力が尽きてもおかしくないと思いますが」
「さあ、なんでだろうね」
「このままではジリ貧ですね。近づきたくても近づけない。こんな楽しい戦いは初めてです。さぁ、どうやって攻略しましょうか」
ママのユニークスキルは≪底無しの魔力≫。
どんなに魔力を消費しても無くならない。
「ふぅ……、このまま押し切ってあげる」
でも、無くならないのは魔力だけ。
発動するたびに集中力は削られていく。
ママの肩が微かに上下し始めた。
「ママ?」
「平気よこれぐらい」
嘘。
背中がすっごく熱い。
それに、メメに気を使ってるせいで魔力の練りが甘くなってる。
やっぱりメメがいるとママは弱い。
メメがいない方が絶対いい。
「またバカな事考えてるでしょ」
「ぇ?」
「メメのことなんて顔見なくてもわかるよ。メメのせいじゃない」
「でも、メメがいるとママは……」
「でもじゃない。逆だよ」
「ぎゃく?」
「そ。メメがいるからママは強いの。ママが一番強いのは、メメを守ってる時なのよ」
「ほんと?」
「ほんとだって。ママがメメに嘘ついたことある?」
「なぃ」
「でしょ。だからママの応援してて」
「……うん。わかった。ママ、頑張って」
ママの雰囲気が変わった。
覚悟を決めたような、そんな感じ。
「くだらないですね。あなたが本気を出せばもっとワタシを追い詰められたはずですよ」
「ふふっ、何年生きてるのか知らないけど意外と無知なんだね」
「ほう、と言いますと?」
「常識さ。世界で一番強くて怖いのは母親なんだよ」
瞬間、メメの視界が一変した。
1ナノ秒前に見ていた景色とは角度が違う。
瞬間移動からの近距離攻撃。
防ぐ術はない。
「≪爆ぜる血潮≫」
「ガハ……ッ!」
内部から破壊する爆裂魔法。
吸血鬼が口から血を吐いた。
ママは畳みかける。
瞬間移動で翻弄し、一撃入れて距離を取る。
無限の魔力とママの意地がそれを可能にした。
吸血鬼を圧倒する。
「随分タフだね。でも、そろそろ終わりかな?」
「ゴホッ。フ……フフ、そうですね。我慢比べはもう終わりにしましょう」
一方的にやられていた吸血鬼。
それなのに余裕の笑みを浮かべている。
逆にママは焦っていた。
「次で終わらせてあげる! ≪瞬間移動≫」
また目の前が変化した。
これで最後。
ママもそう言ったし、メメもそう信じてた。
なのに、どうして?
どうして、
どうして……
「ぐぅぅぅぁぁ!」
「これだから狩りはやめられません」
さっきみたいにママが吸血鬼の死角を突いた。
そして魔法を放とうとした。
瞬間に、メメの背後にいなかったはずの悪魔が現れた。
ママはメメが攻撃される心配をして、魔法を吸血鬼ではなくメメの後ろにいる敵に放った。
その結果、ママが吸血鬼に攻撃された。
「勝ち筋が見えると乗りたくなりますよね。わかります」
「な、何したの……」
「簡単な召喚魔法ですよ。自ら弱点を連れ歩いてるから悪いんです。攻撃する瞬間にこちらも死角を突きました」
「あー、まずったなぁ……。そんな手に引っ掛かるなんて……」
「あなたなら子どもを守ると思ってましたよ。さすがの反応速度です」
「ふふっ、そっかぁ。私、守れたんだ……」
ママの声がどんどん小さくなっていく。
なんで?
何が起きてるの?
どうしてママが。
ママが……。
「うっ、うえええええん!」
「もぅ……泣かないの。よしよし」
「だっで、だっでぇ!!!」
「ケガ、してない? どこも痛く、ない?」
「メメなんていいよぉ! ママは? ママは平気だよね!?」
「メメが平気なら平気だよ。全然、痛くない」
「わあああああぁぁぁ!」
熱い。熱いよママ。
そんなにぎゅってされると熱いよ。
血が、血がそんなに出てるんだよ……?
「なおす……メメが治す! 治れ! 治れ! な゛お゛れ゛ぇぇぇぇぇ!」
「ふふっ、ありがとぉ。治ったかも」
「やだあああああ! やだよおぉぉぉぉぉぉ!」
冷たい。ママの手が冷たい。
「メメ、前に言ったこと覚えてる?」
「うぐっ、あっ、ぐえぇぇ」
「メメの力は、ママを笑顔にすることなの」
そんなのいらない。なんにも役に立ってない。
「メメが笑ってなきゃ、ママも泣いちゃうな」
「じゃあ死なないで! 死んじゃヤだよぉぉぉ!」
「ごめんね、メメ。ごめんね」
メメには何もできない。
もう泣くことしかできない。
どんなに願ってもママの怪我は治らない。
この悪魔も倒せない。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
「最後に聞いて、メメ……」
「いや! 聞かない! 聞きたくない!」
「ママは、幸せだったよ。メメの、おかげ」
「違う! メメのせい! メメのせいでママは!」
「ううん。これだけは、覚えてて……」
メメの頬に手を当てると涙を拭ってくれた。
呼吸を整え、残り火が燃え尽きるように。
じっとメメの目を見て、小さく口を動かした。
「生まれてきてくれて、あり──」
ビチャリ。
最後までその言葉を聞くことはできなかった。
メメの視界は真っ赤に染まる。
ママの血で前が見えなくなって、頬を撫でるみたいにすとんと手が落ちた。
「…………………………」
言葉が出なくなった。
何が起きたのかわからない。
目でも頭でも理解してるのに、その現実を受け入れたくない。
そしたら本当に、ママが消えちゃう……。
「フ、フフフ、フハハハハハハハハハハハ!」
ママの声の代わりに響く騒音。
耳にこびりついて離れない。
「あー楽しかったです! 最後の最後にぶち壊すのはたまりませんね。その絶望した顔は大好物です」
何を言ってるの?
ふざけるなよ。
「がえせ! 返せよ! メメのママを返せ! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね! お前なんか死んじゃえええええぇぇぇぇぇぇ!」
「フフフ、うるさいですよ。あなたは殺してあげませんっ。一生苦しんでくださーい」
必死に殴っても相手すらしてくれない。
「あなたのママには感謝してますよ。これでワタシのコレクションが一つ増えました」
「かえせえええええ゛!」
「そうですねぇ。あなたがワタシを楽しませるぐらい強くなったらいいですよ」
「殺す! ぶっ殺してやるううううぅぅぅ!」
「はいはい、わかりました。もううるさいので寝ててください」
「うっ────」
そこでメメは気を失った。
これがメメの最悪の誕生日。
「おや、サタナ様。いらしてたんですか。お望み通り『力』を持った妖精族は全員根絶やしにしましたよ。これからどうしましょう。残りも殺しますか?」
「んー、もう飽きたからいいや。好きにしていいよ」
「そうですか? ならワタシの研究に使わせてもらいます」
「面白いこと?」
「そうですね。100年後にお花見しましょう」
◇◆◇◆◇◆
目が覚めたのは一週間後。
気づいた時にはすべてが終わっていた。
種族の数は三分の一に減り、家屋や森もほとんど燃え尽きた。
愛する人を失い、住処を失い、守ってくれる存在も失った。
メメが気を失っている間に『力』を持った人たちは吸血鬼によって全員殺された。
あの日新しく『力』が宿った赤ちゃんも死んだ。
なんてことをケットシーのお爺ちゃんに聞かされた。
空想のお話を聞かされてるみたいで実感がなかった。
積み上げてきたものが一夜にして一瞬で崩れ去ってしまったのだ。
生き残った人々の顔に光は無い。
けど、そんなことどうでもいい。
ママは?
ママはどこにいるの?
朝起きてもおはようって言ってくれないの。
呼んでも返事が聞こえないの。
あったかいご飯がどこにもないの。
家の中がとっても寒くって、広くって。
ボロボロ涙がこぼれてくる。
嫌だ。信じたくない。
ママにもう会えないなんて……。
「がああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
叫んだ。
とにかくずっと泣いた。
何回も吐いて感情を発散しても気持ちは全く晴れなかった。
目を瞑ればママの殺されたシーンが永遠に再生される。
目を開けていればママがいないという現実を突きつけられる。
メメが殺した。
メメが死ねばよかった。
メメさえ生まれてこなければママは死ななかった。
やっぱり全部メメが悪かったんだ。
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
懺悔することしかできない。
ママの後を追おうとしたけどできなかった。
そんなことすらできなかった。
一月ほど泣いて吐いてと繰り返してるうちに町のみんなは前を向き始めていた。
復興作業が始まり、徐々に活気を取り戻しつつあった。
過去を忘れようと必死なのだろう。
メメにはそれができない。
ある日、気を紛らわすためにメメもできることを手伝おうとした。
ようやく家から一歩外に出て前を向こうと行動できた。
メメもママみたいに誰かの役に立とうとした。
誰かに会うのは久しぶりだし苦手だけど頑張ろうって思ってた。
なのに、メメは受け入れてもらえなかった。
「なんでこんな無能だけ生き残ったんだ」
「あーあ、頭首様が生きてればなぁ」
「使えない。この子に何ができるのよ」
怒りや不安を全部メメにぶつけてきた。
メメは生きていてはいけない。
そんなこと自分が一番わかってる。
でも、みんなから言われるのは本当に辛かった。
ぎゅってしてくれるママはいない。
メメのために怒ってくれるママはいない。
ケットシーお爺ちゃんが心配してくれたけど信じられなかった。
みんなの視線が怖い。
心の中でどう思われてるのか怖い。
暴力は無かったけど胸がとっても痛かった。
だからメメは引きこもり、いつしか仮面を被り、この町を出て行った。
一人は寂しかったけど寂しいだけで済む。
その寂しさもいつしか慣れた。
ママの残した魔導書を読み漁って食べて寝るという日々をひたすら繰り返した。
けど、ママへの想いは少しも無くなってくれない。
あと何百年こんな生活をすればいいんだろうと悩んでいたその時、もうすぐ200歳になろうというタイミングで三人組の人間に出会った。
久しぶりに会う他人。
三人は無愛想で生きてちゃダメなメメに優しくしてくれた。
すっごく嬉しかったけど罪悪感もあった。
メメがこんなに幸せになってはいけないから。
楽しかった。
メメに初めてできた友達で、メメのことを想ってくれる人たち。
メメも普通に生きたかった。
でも、今更ダメ。
◇◆◇◆◇◆
「みんな、ありがと。最後に会えてよかったよ」
走馬灯のように流れてきた記憶。
なんど振り返ってもやっぱりメメは死ぬべきだ。
だから……リィちゃん、ルナちゃん、リっくん。
ごめんね。約束守れなくって。
メメはもう死ぬね。
目を瞑って、食人鬼の口の中に吸い込まれていく。
このままメメは死ぬ。
そのはずだったのに。
そう願ってたのに。
「ごめん、メメ。遅くなった」
リッくんがメメを助けた。
これでまたメメはママに会えない。
アンハッピーな、バースデー。





