63話 真っ赤な記憶
※メメ視点
<魔王軍が攻めてくる数分前>
メメは逃げた。
走って、走って、走って。
誰も居ないところに逃げた。
現実からも。友達って言ってくれたみんなからも。
目をそらして自分の中に閉じこもった。
あの日となんにも変わってない。
臆病で、泣き虫で、弱虫な子どものまま。
メメの時間はずっと止まったまま動かない。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
メメはただ謝ることしかできない。
でも誰に謝っているのかわからない。
何年も何年も、毎日毎日、
”メメは生きてちゃダメな子だから”
”メメがみんなを不幸にしたんだから”
そう言い聞かせて自分を責めた。
そうしていると不思議と気持ちが楽になる。
理由があるとそこに縋ればいいから楽。
本当にずるい、自分勝手な生き物だ。
「ぐすっ……うっ……。うあぁぁぁ」
でも今日はおまじないの効果がない。
久しぶりに優しくしてもらったからかなぁ。
自分を悪者にするのが辛い。もう耐えられない。
もうなにも見たくないし、なにも聞きたくない。
「なんでよ……」
一度弱気になると戻れない。
隠してた気持ちが溢れてくる。
どうしてみんなメメを嫌うの?
どうしてメメは一人なの?
メメが悪い事したから?
メメが無能だから?
ねぇ教えてよ、
「ママ……」
お墓の前で崩れ落ちた。
周りには何もない緑の丘の上。
「うぅぅぅ~~~」
もう何回ここでこうしたかわからない。
目を瞑ればハッキリとあの光景を思い出す。
だから目は閉じれない。
けど、ママがいない現実も見たくない。
「うぅ……早くママに会いたいよぉ」
あと何百年生きればメメは解放されるんだろう。
独りぼっちは嫌だけどみんなが怖い。
生きてるのが辛いの。
だけど、死ぬのはもっと怖い。
メメにその勇気があればいいのにそれはできない。
自分の手ではママに会いに行けない。
だからお願いします。
誰か。
誰かメメを……
…………殺してください。
「ハハッ! やっぱりシャバの空気はうまいぜ!」
その時は突然訪れた。
鼓動が早くなって、悪寒がした。
ゆっくり顔を上げると空が黒くって、空間がぐちゃぐちゃになっていた。
「だ、だぁれ……?」
声のする方を向く。
その瞬間。メメは泣いた。
「うっ、うぐっ、うえええええん!」
なんで泣いたのかすぐわかった。
これはメメの、過去だから。
忘れたくても忘れられない記憶だったから。
「あ? 妖精のガキじゃねえか。エルフか?」
「あっ、あぐっ……うっ」
「ハハッ、たまらんぜその絶望した顔。何度見ても飽きやしねぇ」
「ぐすっ、うあっ、うわああああああああああ!!!!」
記憶が勝手に流れてくる。
鮮明に。今目の前で起きてる事のように。
頭が割れそうなくらい痛くて。ひたすら泣き叫んだ。
「ぐあああああ! 嫌だ! いや゛だ! やめてえええええ!!」
「よく鳴く奴だなぁ。さて、どう殺してやろうか」
「ダメっ! 熱い、熱いよママ……。冷たい。冷たいよぉ……」
「んだよこのガキ。とち狂ってんのか?」
「ぎゃああああああ! うわああああああああん!!!」
体中の水分が無くなるくらい一気に決壊した。
喉が潰れるくらい絶叫した。
けど、
「ぐすっ」
「お? 急に黙ってどうした。怖くて声も出なくなったか?」
涙がピタリと止まった。
目の前にいるのは食人鬼。
髪を掴みあげられて、喉元に棍棒を突き付けられた。
それなのに、現実を見て今度は笑いが止まらなかった。
「ふふっ」
「な、なんだよテメェ。気持ち悪い奴だな」
「アハハ。あはははははははははははは!」
「状況分かってんのか? テメェは今から死ぬんだぞ?」
わからない。
なんだかとっても嬉しいの。
やっと。やっとこの日が来てくれたから。
「腹壊さねえよな? エルフは美味だがイカれてるぞコイツ」
「食べていいよ。メメ、きっとおいしいよ?」
こんなに笑ったのは久しぶり。
自分が自分じゃないみたい。
こんなの可笑しいって頭ではわかる。
けど、感情がついてこない。
「ハハハッ! 気に入ったぜお前。骨ばっかで食いづらそうだがまあいいか。俺様に食べられて光栄に思え」
これで知れる。ママの苦しみ。
そしたら会えるかな?
ママに、会いたいな。
会わせてね?
「一口で食べて。痛いのは嫌なの」
「わかったぜ。じゃあ遠慮なく……」
鬼はメメの足を持つと口を大きく開けて上を向いた。
約束通り頭から丸呑みしてくれるみたい。
メメは脱力したように万歳して闇に引き込まれていく。
そこは目を開けているのに真っ暗だった。
止まってた時間がゆっくり、ゆっくり動きだす。
「今行くよ。ママ……」
不思議ともう怖くない。
目を閉じて、期待しながらその時を待つ。
その瞬間、昔の記憶が流れてきた。
遠い遠い。でも、つい最近の出来事。
◇◆◇◆◇◆
<200年前の今日>
メメの誕生日。まだみんなが生きていて妖精族が最強と言われていた時代。
生まれたばかりのことなのに、メメにはハッキリと記憶がある。
忘れることができない、そういう呪い。
「あなた、見て! かわいいわぁ~」
「きっとキミに似たんだね。お人形さんみたいだ」
「もう、あなたったら。あ、こっち見た! はーいママでちゅよ~」
「パパだぞ~。頬っぺたぷにぷにしてて可愛いなぁ。目もこんなにおっきい」
ママとパパはとっても優しい人だった。
しかもママは妖精を束ねる一番偉くて凄い人。
そして、メメのことを世界一愛してくれた人。
毎日幸せだった。
本当に。本当に……。
<170年前のとある日>
エルフの中ではまだまだ幼子。
人間で言うと三歳ぐらいかな。
メメはよく虐められていた。
「うえぇぇぇん」
「あらあらどうしたの、メメ。よしよし泣かないの」
メメは外の世界──と言っても家の近くを出歩くようになった。
同じ年ぐらいの子たちに混ざって同じように遊びたかった。
なのに、みんなはメメが嫌いみたい。
「うぐっ。みんながね、いうの。メメはしっぱいさくだって……。ママとちがってダメダメだって……。めっ、メメはひろってきた子なの?」
「もう、こんなかわいい子がいたら拾っちゃうわね」
「やっぱりぃぃぃぃ」
「あっ、違うのよ。ほらこっち見て」
「ぅ?」
ママはいつもメメの頭を撫でて優しく笑ってくれる。
「メメの髪の毛と同じでしょ? 綺麗な瞳も一緒」
「ぅん」
「メメはちゃんと、ママの子よ」
「えええん」
ぎゅってされるといつも泣いた。
あったかくて、安心できて、幸せで。
嬉しくて泣いた。
「で、でもぉ。メメはダメな子なんでしょ?」
ママとパパは100年に1度生まれる『力』を持った特別な人。
しかも、ママは四大精霊の『力』全てを使える歴代最強の大魔導士。
そんな二人から生まれたのにメメは……何も持ってない。
おまけに魔力もすっからかん。
エルフの恥だとよく笑われる。
「違うわ。メメは特別よ。ママの一番大事なもので、一番特別な存在はメメなの。強くなんてなくたっていいわ。メメは誰よりも優しいじゃない。ママが守ってあげるから、ママをたくさん笑顔にさせて。メメだけの特別な力なんだから」
「うっ、うん。わかった。……すんっ。もう、なくのやめる。ママの子だから」
「よし。じゃあ行くわよ」
「ぇ?」
「やり返しに行くのよっ。いひひ」
ママは偉くて凄い人だけど昔はやんちゃな人だったみたい。
メメが顔を上げて生きてていいようにしてくれた。
メメを見ても誰も悪口を言わなくなった。
そんなメメの事しか考えてないママのことが大好き。
<100年前の今日>
今日は100年に1度のお祭り。
大きな大きなお花が咲く日で、100年平和に暮らせたことを祝う日。
精霊の『力』が新たに宿る日でもあるし、新しい頭首を決め直す日でもある。
そして、
「メメ、誕生日おめでとう!」
「ありがと。ママも、おめでと」
ママは300年前の今日、『力』に選ばれて生まれた。
メメはお祭りとは関係なしにママが生んでくれた日。
「えっと、パパは?」
「パパは……忙しいの。今日はお祭りだから」
「そうなんだ」
本当は知ってる。
パパとママはメメのせいで別れたって。
妖精族の頭首は血筋と強さで決まる。
まず一に、『力』に選ばれた者の血を引いていること。
そして単純な強さ。
頭首になれば富も名声も何でも手に入る。
だから、どの家も自分のところから頭首を出そうと派閥争いが繰り広げられていた。
パパもそうで、ママが引退した後のことを考えて優秀な子どもを欲しがった。
メメを頭首に育てたかったけど、出来損ないだから新しく赤ちゃんを作ろうとしたみたい。
けどママはメメだけをちゃんと育てたくて、パパと喧嘩した。
パパは出て行って、ママが一人でメメを育てた。
「ママは忙しくないの?」
「今日からは忙しくないわ。一緒に見て回ろ」
ママは頭首だったからいない日もあった。
そんな日はママが信頼してるケットシーのお爺ちゃんが世話してくれる。
だけど、メメが寂しい思いをするからと言って途中で頭首を辞退した。
今日までは肩書だけ頭首になっていたけどほとんどメメに付きっ切り。
実際、寂しくて心細かったから嬉しかった。
でも、申し訳ない気持ちもあった。
本当は凄い人なのに。メメがママの幸せを奪ったから。
全部、全部、メメのせい……。
「ごめんなさい」
「ん? どうしたのメメ。楽しくない?」
「ママこそ、楽しくないんじゃない?」
この時のメメは本当にバカだった。
子どもだなんてのはただの言い訳。
一番言ってはいけないことを言ってしまった。
「ママはメメがいるだけで楽しいわよ」
「嘘。辛いくせに」
メメは知ってる。
メメのことを悪く言う人たちに、見てないところで怒ってくれてたこと。
メメにいつも付きっ切りで、強いのに全然仕事しないから親馬鹿だって笑われてることを。
「何か嫌なことあった? ママ怒らせることしたかな?」
それでもママは、メメの前で笑顔しか見せない。
そんな姿を見てると、悔しくって自分にイライラする。
メメは、その怒りのぶつけ方を間違えた。
「何食べたい? メメの好きなの食べて──」
「やめてよ!」
頭を撫でてこようとしたママの手を払う。
ママは初めて困惑の表情を浮かべた。
「メメ? ごめんね。ママを許して?」
ママはなんでメメが怒ってるのかわかってない。
メメが一方的に悪いのに、ママは自分の悪い所ばかり探す。
だからメメは自分に怒りが湧く。
「そういうところだよ! なんでメメに優しくするの? なんでメメを責めないの? 全部メメが悪いんじゃん。メメが生まれなければよかったのに……。ぐすっ、どうして……どうしてメメに優しくするの?」
言った瞬間。パチンと乾いた音がした。
「バカ!」
叫び声も聞こえた。
聞いたことない声。
見たことない表情。
あんなに笑顔だったママが、すっごく怖い顔でメメを叩いた。
「本気でそんなこと思ってるの!?」
その顔が怖くって、でもすっごく優しくて……。
涙が零れた。
瞼から溢れて、頬を伝う久しぶりの涙。
どうして?
どうしてそんなにメメを愛してくれるの……?
わからないから、ママのせいにするしかない。
我儘を言うことしかできなかった。
その優しさに甘えることしかできなかった。
「ママのバカ!」
愛が大き過ぎて、嬉しくて、理解できなくて。
でもやっぱり自分に怒れて。
メメは逃げた。
人混みに紛れて、転んで、起き上がって、とにかく走った。
メメは小さいからママに追いつかれずに距離を離す。
特に何も考えず、ただただ駆けた。
気づけばママとはぐれて迷子になった。
周りには誰もいない。
知らない間に町の外へ出てしまった。
そして──
「さて、みなさん準備はいいですか? 祭りの時間です」
不気味な声が聞こえてきた。
コッソリ見ると、そこには見たことも無い恐ろしい生物。
絵本でしか見たことないけど、多分ヴァンパイア。
「一番多く殺した人が優勝にしましょう。さあ、存分に暴れてください」
たくさんの仲間を引き連れてそのヴァンパイアが不敵に笑う。
その瞬間、恐怖で泣いた。
「うっ、うぐっ、うえええええん!」
その声で気づかれた。
ヴァンパイアと目が合う。
けど、運がよかったのかわかんないけどつまらなそうに無視された。
「ま、ママに知らせなきゃ……!」
町が危ない。
メメに酷いことしてきた人たちもたくさんいるけど死んで欲しくはない。
ママならきっと何とかしてくれる。
そう思ってメメはまた必死に走った。
妖精族と魔王軍の全面戦争。
この日のことは一生忘れることができない。





