61話 追放された少女 3人目
「わぁー、すごいモフモフです!」
「夢じゃないわよね。フェンリィ、ちょっとつねってみて」
「はいっ」
「ほんほえ。はひぃへいはあ」
俺たちは妖精たちが暮らしているという町を訪れた。
この前までいたミスウェンは都会という感じだったが、ここは自然が豊かで建物の造りも木や藁でできたものが多い。
そして何より、
「いらっしゃいませニャン。お嬢ちゃんたち人間かニャ? いろいろあるニャンよ」
そういう店に入ったわけではない。
目の前にいるのは普通の雑貨店にいる店員の女の子。見た目は完全に人間なのに頭に本物の耳が付いていて、お尻からは本物の尻尾が生えている。
他にも町を見渡せば顔が犬のやつとか蝶の羽を生やして飛び回るピクシーなども見受けられた。純粋な人間は圧倒的少数で、本当に妖精の森に来たらしい。
「リクト様! これ買ってください!」
「あ、私も欲しい! 三人でお揃いにしましょ」
「め、メメはいいよ。恥ずかしぃ」
さっきからフェンリィとルーナは楽しそうだ。
まあ少しくらい遊んだっていいだろう。
さぁて、何を買おうとしてるん……
「ダメだ。戻してきなさい」
フェンリィの手にしたものを見て俺は即答する。
「どうしてですか? そんなに高くないですよ?」
「そうよ。買って買って!」
確かに値段的には問題ない。
それにいらない物かと言われればノーと答える。
だが、それを買うわけにはいかないのだ。
「ダメったらダメ」
「むぅ~。じゃあせめてちゃんと見てから決めてもらいます」
二人が店員のおにゃのこに頼んで試着する許可を貰った。
俺に目を塞ぐように言ってノリノリでそれを装着すると「いいよ」と声をかけられる。
目を開けた瞬間、
「「にゃんにゃんっ!」」
猫耳と尻尾を付けた二人が目に焼き付いた。
結構いいやつらしくて耳と尻尾が勝手に動いている。
不規則に揺れる尻尾を目で追っていると二匹の猫が視界に割り込んできた。
「どうですかにゃ? ご主人様は気に入ってくれましたかにゃ?」
恥じらいもなくベタベタしてくるフェンリィ。
危うく口元が緩みそうになったため引き締める。
「ど、どう? 似合ってる? じゃなくて……にゃん」
正気に戻ったのかルーナが顔を真っ赤にして手だけポーズをとる。
これ以上は見てられん。
「やっぱり買わない」
「「にゃっ!」」
耳と尻尾を奪って店員さんに返す。
「どうしてですか! 可愛いのに!」
「今のままで十分だからそのままにしなさい」
「そっ、そうなんですか? ……えへっ」
余計なことを口走った気もするが買うよりはいいだろう。
俺もケモナーの扉を開きかけたがヤバかったな。
可愛かったのは認めよう。まあ、それだけだ。
「じゃあ最後にメメちゃんも付けてから次行きましょう。はい、大人しくしてください」
「え!? い、いいよメメは」
「絶対可愛いわよ。少しだけ仮面も取りましょ。絶対似合うから」
「ダメ! それだけは嫌!」
実際に取ろうとしたわけではない。
ただそう提案しただけなのに、メメは明らかに拒絶した。
二人になら会話はまだNGかもしれないが素顔は晒せるはずだ。
それなのにメメは声を上げてまで嫌がった。
「ご、ごめんね。そんなに嫌がるとは思わなかった」
「ごめんなさい。友達失格です……」
二人が純粋にメメと買い物を楽しもうとしていたのは見てればわかる。
それが返って傷つけてしまったのならショックも受けるだろう。
「ち、違うの。二人は悪くないよ。でも、ここではごめん……」
お互いに謝ったが雰囲気は良くならない。
そもそも、どちらが悪いわけでもないのだから仕方がないことだ。
俺も詳しいことは聞いていないがメメに事情があるのはわかってる。
そしてフェンリィとルーナがメメの心に寄り添おうとしているのもわかる。
なら俺が上手く立ち回ろう。
「ちょっとお腹空いたな。なんか食べよ」
俺の提案に三人は黙って首肯した。
こういう時は美味しいものを食べるのが一番だ。
◇◆◇◆◇◆
「んんん~~~おいひいです!」
「ね、ここの食べ物どれもいけるわ」
「メメもこれ初めて食べた。結構好きかも」
三食団子を頬張ってお餅みたいにもぐもぐさせる三人。
今は町を見て回りながら食べ歩きしている最中だ。
すっかり元の雰囲気に戻って楽しんでいる。
「今度はあれ食べましょう!」
「まだ食うのか。凄い食欲だな」
もう昼は食べなくてもいいぐらいたくさん食べた。
俺はもうお腹いっぱいなのに三人はそうでもないようだ。
「ん? なんか騒がしいわね。何かしら」
「多分……お祭り」
「へー、なんかあるのか?」
「うん。100年に1回の、大きなお祭り」
一語一語噛みしめるようにメメが言う。
この通りを抜けた先に人だかりができていた。
拍手や歓声が聞こえてくるぐらい盛り上がっている。
「行っても平気?」
「大丈夫だよ。リィちゃん来たら行こ」
人が多そうだから念のため確認したが了承を得た。
でもあまり気乗りはしてなさそうだ。
「お待たせしました! はい、みんなの分です」
新しく串焼きを買ってきたフェンリィ。
両手に五本ずつ合計十本持っている。
俺たちは四人。数も数えられなくなっちまったのかと思っていたら五本まとめて口に入れて幸せそうな顔をした。その栄養がどこに行っているのかは想像に任せる。
「じゃあ行くか。何やってるんだ?」
人混みを抜けて見やすい位置に移動する。
すると、
「すげぇー」
思わず感想が口から出る。
見た瞬間、空想世界に入り込んだような気分にさせられた。
中央に大きな大きな植物──まだ花の咲いていない蕾があって、その周りはぐるっと一周水で囲まれている。花は見上げる必要があるくらい大きい。
その水の中で美しい人魚たちがショーを催していた。
魔法を使った派手な演出に歌やダンスがシンクロして圧巻の一言だ。
フィナーレを飾ると出演者たちがお辞儀をして大興奮に包まれた。
「すごぉぉぉい! ねえ見てた!? わーってなって、びゅーんってなったわ!」
「ですね! ぶわってきましたよ!」
フェンリィとルーナが感想を言い合って興奮を爆発させている。
俺も大体同じ気持ちだが……。
「メメ」
「ん? なぁに?」
「楽しくなかった?」
「……た、楽しかったよ」
「そっか」
メメはずっとショーより他のことが気になっているようだった。
そしてこの町に来てから様子がおかしい。
「メメちゃん。もう終わりなんですか?」
「えっと、多分夜はもっと盛り上がるよ。今は一回休憩かな?」
武装した騎士団らしき集団が誘導を行っている。
祭りの警備をしているのだろう。
「何の祭りなんだ?」
「あの真ん中にあるお花が咲く日なの。100年に1回しか咲かないんだよ」
「なるほど。だからこんな盛り上がってるのか」
「うん。今日はここでステージやったりして咲くのを待つの」
偶然だがちょうどいい時に来れたな。
今日は祭りを楽しんで明日から本格的に動いてもいいだろう。
フェンリィとルーナがもうお祭り気分だ。
「こんなに楽しいことがあるのね! 今度は何かしら」
「私も人魚さんの格好してみたいです!」
「あんまりはしゃぎすぎるなよ」
「わかってますって。メメちゃん、他にもおすすめの場所とかありますか?」
「……」
「メメ? どうかしたか?」
黙ったまま動かない。
表情も読み取れないから何を考えているのか伝わらない。
「あ、ごめん。メメ用事あるから、ここでお別れしよ。みんなといるの楽しかった」
「え、どうしたのよメメ。もう会えないってこと?」
「うん。ありがと」
「あっ、ちょっと!」
俺たちに背を向け、逃げるように走り出すメメ。
気持ちも、本音も、顔も、全部隠して走り出す。
追いかけようとしたがその必要はなかった。
急に走り出したメメが他の人とぶつかってしまう。
結果、バランスを崩して倒れる。
その衝撃で仮面が取れた。
整った顔立ち。一度見たら忘れない美貌。
碧眼で金髪のエルフ。
それはこの町にとって周知の存在だった。
幸か不幸か、このタイミングで俺たちも真実を知ることになる。
「あ、……わわっ、……いっ……」
急いで手で顔を覆い、身をかがめるメメ。
その元へ、一人の妖精が駆け寄った。
姿は猫。羽根つき帽子を被ってブーツを履き、髭を生やしたケットシーだ。
だいぶ年はいってると思う。
「メメ様ですか?」
「ち、ちが……」
初めて会った時のようにぶるぶると震えるメメ。
その怯える正体がすぐにわかった。
「今メメって言った? 本物?」
「マジっぽいな。最後に見たのあの日以来か?」
「よく生きてられるわね。こんなめでたい日に何しに来たのかしら」
「しっ、聞こえるって」
周りの人たちが口々にメメを非難し始める。
わざと聞こえるように暴言を吐くものや、面白がって石を投げる者までいた。
「コラ、やめんか! メメ様、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
この場でただ一人、ケットシーのお爺さんだけはメメを庇う。
だが、今のメメの目には全員が敵に映っている。
恐怖で周りが見えなくなっていた。
「うぅぅ……っ」
「お忘れですか? わたしはメメ様の味方です」
メメに声は届かない。
騒ぎが大きくなり、他の武装した兵士もやってきた。
「おい! メメ様がいるぞ!」
「ほ、本当だ。すぐに捕まえろ!」
「やめんかお前たち! 乱暴な真似はするでない!」
「っせえ黙れジジイ! 邪魔だ!」
「グヘッ……」
ケットシーのお爺さんはメメを守ろうとするが簡単に突き飛ばされた。
二人の兵士がメメに手を伸ばす。
「ひっ!」
それより早く、メメは仮面を拾って顔に着けると人混みをかき分けて逃げ出した。
一瞬だけ俺たちの方を見て、でもやっぱり全力で何かから逃げた。
「メメちゃん!」
「メメ!」
「待て、二人とも」
フェンリィとルーナが追いかけようとしたため制止する。
「どうしてですか!」
「友達なのよ?」
「わかってる。だから待て」
ただ闇雲に追っても解決には繋がらない。
俺たちはメメのことを知らなすぎるのだ。
「くそ、逃げられたか」
「警備なんていい。すぐに他の者にも連絡して捜索しろ」
「了解」
兵士たちは通信機を耳に当てながら急いでこの場を去った。
ただ一人を置いて。俺はその人物に手を貸した。
ケットシーの爺さんだ。メメのことを知っているに違いない。
「立てますか?」
「あ、あなたたちは?」
「メメの仲間です」
「メメ様に、仲間……?」
「何があったか答えてください。もしかしてメメはあんたたちが追放したんですか? もしそうなら──」
あまり時間が無いから問いただす。
メメは誰かと話すのも困難になるほど独りぼっちで生活していた。
並大抵の理由があったとは思えない。
「ま、待ってください! わたしはメメ様のお世話係を務めていた者です。なのでメメ様の味方です」
「世話係、ですか?」
「はい。メメ様は妖精の姫様です」
「「お姫様!」」
「ですがいろいろあって、メメ様はご自分からこの町を出ていかれました」
「自分から……。なるほど、もう少し詳しく聞かせてください。できるだけ急いで」
──メメは、生きてちゃダメな子だから
あれはそういう意味だったのか。
自分から出て行っただけで追放されたようなものだ。
「わかりました。わたしもあなたたちを信じましょう。どうかメメ様をお救いください」





