59話 暗心暗然
メメの隣に座って夜の森を眺める。
光る虫が飛んでいるおかげで絶景だ。
薄っすらメメの表情も確認できて、神秘的な空間がその美貌を演出しているようにも見える。景色を眺めるよりメメを見ている方が絵になると思ったほどだ。
「……」
「……」
この状態が20分。
俺から話を振ることはせず、メメの言葉をじっと待つ。
風の音のおかげで沈黙は苦にならないがそろそろ退屈になってくる頃だ。
「……」
「……」
さらに5分が経過。
もしかしたら寝ちゃったのかもしれない。
そう思って顔を覗き込もうとしたその時、
「あ、あのね」
待ち望んでいた声を聞かせてくれた。
「うん、なに?」
ようやく一言。
でも0と1では全然違う。
あとは増やす手伝いをするだけでいい。
「な、なんで。助けたの?」
「それが聞きたかったこと?」
「いい、から。教えて」
気を紛らわすようにメメが足をぶらぶらさせる。
理由、か。言葉にするのは難しいな。
「んー、死んで欲しくないから。かな?」
多分それが答えだと思う。
奪いたいから殺す。
死なせたくないから守る。
それが生物の本能で真理だ。
「そ、そっか」
「そうだよ。無事でよかった」
「……」
納得いかないのかまた黙ってしまった。
女の子は何を考えているかわからない。
「メメ?」
「……あり、がと」
数秒間を空けてからまた喋ってくれた。
小さく、だがハッキリと感謝を伝えてくれた。
「いいよ。どういたしまして」
「うん。それと……ごめんなさい」
「なんで謝るの?」
「だって、メメ泣いたから」
最初に会った時のことか。
声音から想像するしかないが今のメメが笑っていないのは確かだ。
「それに、無視もたくさん」
「そんなの気にしなくていい。メメは悪くないよ」
「違う。悪いの全部……メメ」
根底にある何かがメメの心を蝕んでいるようだ。
一人きりでいることと関係してるに違いない。
「少なくとも見ちゃったのは俺のせいでしょ」
「ううん。勘違い」
「勘違い?」
「そう。さっきわかったの。リっくんいい人」
「それはもしかして俺のこと?」
「うん」
小さく首が動く。
なんかめちゃくちゃ嬉しいな。
「メメ、男の人苦手。だけど、見られても泣かない」
いつまでこの話を引っ張るつもりだろう。
今俺たちがしてるのはパンツを見てしまった話だ。
「あの時、わかんないけど泣いた。なんで?」
「いや俺に聞かれても」
「だから、悪いのメメ。全部……メメ」
よくわからないが自分を責めている。
これ以上は見てられない。
「嫌じゃなかったらメメの話聞かせてよ。まだ俺は質問できてないからさ」
「メメの、こと?」
「そう、何でもいいよ。好きな物とか苦手な事とか。言いにくいことはもっと俺を信頼してくれてからでいい。愚痴でも何でも思ってることを言葉にして」
今日出会ったばかりの男に同情なんてされてもいい気はしないだろう。
でもほんのちょっとだけ気を軽くすることはできるはずだ。
暗がりのおかげか口数も増えてるしな。
「なんで、みんなメメに優しいの?」
「だって助けてくれたじゃん。順番は逆かもしれないけどご飯もくれて寝るところも貸してくれた。俺たちの方が優しくされてるよ」
「優しくなんか、ない。メメは悪い子」
「俺たちは誰もそんな風に思ってないよ」
「うぅ……」
自分に違うと言い聞かせるみたいに頭を振る。
髪がふわりと跳ねていい匂いが鼻孔を抜けた。
「でも、メメは……」
「でもじゃない。俺たちを優しいって思ったんでしょ。それも違うの?」
「違わない。ほんとに、いい人」
「俺たちもそう思ってるよ。嘘なんかじゃない」
「嘘じゃ、ない。そっか。そう、なんだ……」
吐息みたいな声を漏らすメメ。
どこか遠くを見ているようで、空に輝く星に手を伸ばした。
だが当然掴むことはできない。
残念そうに一つため息をつくと、一緒に言葉も吐き出した。
「リっくんはメメがピンチになったら助けてくれるの?」
「え?」
夜空を見上げるメメは別人に見えた。
その横顔は凛としていて大人びて見える。
ハキハキと喋っていて逆になんて言われたのかわからなかった。
「もし今から下に飛び降りても助けてくれる?」
「何言ってんだよ。助けるけどそんなことするなよ?」
「しないよ。そんな勇気ないもん」
諦めたように言い放つ。
「そんな冗談言う子だった? まあでも、『もし』が『現実』になっても絶対助けるよ。約束する」
「やめてって言っても?」
「は? どういう意味だ」
「そのままの意味だよ。あんまりメメに優しくしないでね」
「なんでだよ。というか急に饒舌になったな」
会話がスムーズで混乱するなんて初めての経験だ。
「リっくんたちのこと信頼できるようになったからかな。メメ、誰かと話すの久しぶりで喋り方忘れてただけ」
「そう……なのか? 大変だったんだな」
「うん。でも、まだ顔見て話せない。怖いのは本当だから」
「わかった。ちょっとずつでいいよ」
「だから、あんまり優しくしないでよ」
「どうして?」
偽善なんて要らないということだろうか。
確かに、踏み込み過ぎな気はしないでもない。
嫌と言うならもう少し引こう。
それが正当な理由なら。
「だって……」
一度言葉を区切り、深呼吸するメメ。
今から語られる言葉が本気のものだと教えてくれる。
風の音が消え、メメの声だけが鼓膜に届いた。
「メメは、生きてちゃダメな子だから」
浮かんだのはメメの笑顔。
実際に見たことは無いがそんな情景が頭に浮かんだ。
聞いてるこっちが泣けてくる。
どうしたらそのセリフを自然に言えるんだ。
「誰かにそう言われたの?」
「ううん。言われては、ないよ」
またいつもの声に戻った。
寂しそうで悲しそうで辛そうな声。
「メメ……」
半端な言葉はかけられない。
それを経験したことのない俺が何を言っても軽すぎる。
だから言えるのは一つだけ。
一方的な俺の願いだ。
「死なないでくれ。頼む」
「うん。死のうとしてたらとっくにしてるから。あ、今日罠に引っかかってたのは自殺じゃないよ。メメがドジなだけ」
「そっか。ごめんね」
「どうして、リっくんが謝るの?」
「ごめん……」
気づけば俺の方が黙っていた。
沈黙が重く、苦しい。
「メメはもう寝るね。リっくんは?」
「俺はもうちょっとここにいる。一人で戻れる?」
「だいじょうぶだよ。ありがと」
「そっか。じゃあおやすみ」
「うん。おやすみ」
メメは立ち上がると俺の横を通る時だけ手で顔を隠して下に降りた。
その背中が見えなくなるまでぼんやりと眺める。
やがてしんとした夜の森が訪れた。
この世界に俺だけが取り残されたみたいだ。
夜空なんて久しぶりに見る。
「あ、そういや俺どこで寝ればいいんだろ」
思考を一旦リセットして別のことを考えた。
戻っても女の子三人と俺一人。
間違いなんて起きないだろうがリスクは避けるべきだろう。
「まあここでいっか」
たまにはロマンチックに星空を眺めながら寝るのも悪くない。
この平和がいつまでも続く保証はないからな。
「さて、どうするか」
目を瞑って今のやり取りを思い出す。
俺の行動理念として、目に見える範囲の人は笑顔でいて欲しい。
これは偽善ではなく言うなれば俺のポリシーだ。
ならやることは決まってる。
もう関わってしまったから見ないフリなんてしない。
魔王を倒すのは絶対だが、目の前の人ぐらい救ってみせる。
正直こんな重い話をされるとは思ってなかったが何とかしよう。
フェンリィとルーナも同じ気持ちに違いない。
俺は今後の方針を固め、眠りについた。
動き出した歯車は止まらない。





