57話 森の妖精
森で迷子になっていた俺たちはエルフの少女に出会った。
名をメメといって、どうやら俺のことを怖がっているらしい。
だからまずは警戒心を解いて、それから話を聞こう。
「あのー、メメ? 俺は悪い人じゃないよ?」
「……」
「ちょっとだけでいいからさ、話聞いてくれないかな?」
「…………」
「えっと、俺たち妖精の森を探してるんだけど案内してくれない?」
「………………」
ダメだ。完全に無視られた。
こっちを向いてすらくれないぞ。
「大丈夫ですよメメちゃん。リクト様は優しい人です」
「うぅ……」
生まれたての小鹿みたいにぶるぶると肩を震わせて怯えるメメ。
よく見たらフェンリィが相手でも目を合わせようとしていない。
まるで迷子になった子どものようだ。
「ダメですね」
「任せろ。まだ俺には考えがある」
俺は怖がらせないように碧眼を覗き込んで笑ってみることにした。二ッと口角を上げてスマイルを披露。赤ちゃんも笑いかけると笑顔になると言うからな。
「ほら、出ておいで」
「いっ!」
これもダメか。
傍から見たら犯罪者みたいだな、俺。
「リクト様、何かしたんですか? 私以外の子に手出したら許しませんよ」
「してないと思うけどな。あと一言余計だ」
俺とメメは初対面だしまだろくに会話もしていない。
となると思い当たる節は一つだけ。
男にとっては些細な事でも女の子にとっては一大事かもしれないからな。
もう一度しっかり謝っておこう。
「その……メメさん」
呼びかけるとピクリと耳が動いた。
軽く頭を下げ、地面を見つめながら口にする。
「パンツ見ちゃってごめ──」
「してるじゃないですか! バカ!!!」
「え……?」
言い終える前にいち早く反応したのはフェンリィ。
まさかフェンリィにバカと言われる日が来るとは思わなかった。
急に大きい声を出すもんだからメメもびっくりしている。
「フェンリィ? 一回落ち着こうか。なんで怒ってるのか俺にも理解できるように説明してくれ」
「まだ私も見せてないのに!」
発狂するフェンリィ。
文脈から察するに私のパンツは見たことないだろと言いたいようだ。
いきなりすぎて思考が追い付かない。
「え、今更? それ言うなら最初に言えよ。いや言わなくていいけどさ!」
「きっと見てないって信じてたんです! わあああん。リクト様の初めて取られちゃいましたー」
「変なこと言うな! お前が喋り出すと話が進まないからもう黙っててくれ。ルーナ、このバカを頼む」
「……った」
「あれ、ルーナ? どうした?」
何故か顔を真っ赤にしてブツブツ呟いている。
首を横に振ってツインテールをぶんぶん振り回すと急に叫んだ。
「私もまだだった!」
「お前までどうした! いいよ見せなくて!」
俺のパーティはもうダメかもしれない。
まともな人間が一人もいねぇ。
わんわんうるさかったため額にデコピンして静かにさせる。
二人とも最低限の恥じらいや貞操観念は持っているらしく、いきなり下を脱ぎだすような痴女じゃなかったのは安心した。口ではよく暴走(主にフェンリィが)するが基本的にはピュアな子たちだ。
変な方に話がずれたが本題に戻ろう。
「ごめん、うるさかったね。とにかく悪気はなかったからそんなに怖がらないで」
フェンリィとルーナは大人しく座っている。
俺たちがバカやっているうちにメメはまた木の後ろに回っていた。
「大丈夫だよ。ほら」
刀を置いて無害をアピール。
ついでに両手も上げて降伏のポーズ。
「……」
するとメメは黙ったまま木の棒を手にして一歩出てきてくれた。
一発ぐらいならぶっ叩かれてもいいだろうと思い覚悟を決める。
しかしメメは恐る恐る地面に何か書き始めた。
そこにはハッキリとした文字で、
”助けてくれてありがと”
そう書いてあった。
意外にも綴られたのは感謝の言葉。
逆さまに書いてくれたから俺の方から見るとすんなり読める。
器用な子だな。
「全然いいよ。どうして筆談?」
ほとんど声を聞いていないが出せはするはずだ。
俺とは喋りたくないってことか?
まあコミュニケーションを取ってくれるだけまだマシか。
答えを待っているとまた何か書き始めた。
書き終えると「ん」と言って軽く棒で叩く。
”男の人苦手。悪いのメメ”
「あ、そうだったんだ。俺も知らずにグイグイいってごめんね」
メメは下を向いたまま小さく首を横に振った。
苦手なだけで嫌われたわけではないらしい。
小枝みたいに細い腕を動かして新たに文字を刻んでいく。
”女の人もちょっと苦手。友達嬉しいけど話すの無理”
そういえばルーナとフェンリィにもたった二文字の名前を名乗っただけだったな。きっと極度の人見知りなのだろう。今も赤面しながら身をよじっている。
その様子を見た銀髪と赤髪の少女は顔を見合わせると頷いて立ち上がった。メメに背を向ける格好で同じように地面を掘り始める。お絵描きでもするみたいに、楽しそうに描いていた。
”フェンリィとルーナだよ☆ なかよくしようね♡”
二人は満足したように笑みを浮かべるとメメに手を差し伸べた。
一緒に行こうと、そう言っているように見える。
それはフェンリィとルーナだからこそできる行動だ。
俺もその可愛らしい丸文字のすぐ上に書き加えて完成させた。
メメに見えるように大きく、ハッキリと。
”俺はリクト。よろしく!”
三人で答えを待っているとメメは微かに口角を上げてくれた。
言葉は無くても想いが伝わればそれでいい。
メメは今まで書いた分を足で消して嬉しそうに筆を動かす。
”ついてきて”
最後に文字を丸で囲むと金色の髪を靡かせながら歩き出した。
弾むような文字と足取り。
俺たちも笑みをこぼして妖精の後を追う。
◇◆◇◆◇◆
メメについていくと一本の大きな木があった。
こんなに目立つのに一度もこの木は見ていない。
普通に歩いても辿り着けないようになっているのだろう。
「ん」
目的地ってことかな。
メメが指差してここだよと教えてくれる。
「メメちゃんはここに住んでるんですか?」
フェンリィが聞くとコクリと頷いた。
もう暗くて筆談してもよく見えないため詳しいことは伝わらない。
木に近づくと幹には足場が付いていて螺旋階段になっていた。
外からは葉で覆われていて見えないが、中はツリーハウスのようになっている。
「すごい。秘密基地みたいでワクワクするわね!」
「メメちゃんが作ったんですか?」
「……ぅん」
小さくボソッと呟くメメ。
内装は簡素だが一人で生活するには不自由ない造り。
壁で囲まれたうえに屋根までついていて安心の一部屋だ。
水と電気も通っていて調理器具から寝どこまで全部揃っている。
「他にも誰か住んでるのか?」
「……」
「あ、そうだった。ごめん」
俺はあまり話しかけない方がいいな。
フェンリィかルーナに中継役を頼むとしよう。
と思っていたのだが、
「め……メメだけ。ほ、他はいないよ」
聞いたことのない声が草原を吹く風のようにスッと耳に入ってきた。
この場にいるのは俺を含めて四人。
フェンリィとルーナの声は親の声より聞いた。
「え、もしかして今の声メメ?」
「そ……だよ?」
俺の問いに対し、不思議そうに首を傾げるメメ。
そんなメメを見て、俺もまた同じ方に首を傾げる。
「メメなんだよね?」
「うん。どうして?」
「いや、どうしてって……」
あんなに怖がってだんまりだったメメが急に喋った。
それはいい事だしとても喜ばしい事だ。
が、今はそれどころではない。
俺が動揺しているのには別の理由がある。
今俺の目の前にはメメがいて、メメの目から見てもその瞳には俺の姿が映っているだろう。しかし、どんなに俺がメメの顔を見てもそのご尊顔を拝むことができない。どういうことかというと、見ればわかる。
「えっと、その恰好はなに?」
「おめん」
「なるほど。お面か……」
何故かメメが突然お面を着けて喋り出した。
これが驚いた一番の理由。
壁にかけてあったからただのオブジェだと思っていたがメメが着けるためのものだったらしい。後ろをひもで止めるタイプのため本当に顔だけ隠れている。これなら耳が引っかかる心配もない。
「かっこいいです!」
「いいな! 私も欲しい!」
「あり、がと」
どこかの民族が着けてそうなデザインで俺には良さがさっぱりわからん。
「それ着けてれば喋れるって事?」
「う、うん。見られてる思うと、喋れない」
「わかった。喋ってくれてありがとう」
「うん」
コミュニケーションが苦手なことに変わりはないらしい。
驚いたし、声は小さいし、セリフは途切れ途切れだが十分だ。
「メメちゃん以外の人はどこにいるんですか?」
俺がフェンリィに目配せして話を進めさせる。
喋ってくれるとはいえ女の子同士の方がいいだろう。
「メメは……」
仮面の下の表情は簡単に想像できる。
何か事情がありそうだ。
「明日案内する、ね。今日遅いから」
「ほんとですか! ありがとうございます!」
「うん。外危ないから、ここいていいよ」
「やった! みんなでお泊りね!」
メメとは対照的なテンションで騒ぐ二人。
暗闇すらも明るく照らす存在だ。
「夜はガールズトークしましょう! メメちゃんも!」
「え? わ、わかった。でも先ご飯にしよ」
「そうね、いろいろ聞きたいこともあるし」
「わーい! ごはんごはん! もうお腹ペコちゃんです!」
すぐに打ち解けられる技術は俺も見習いたい。
俺は少し居づらいが三人が楽しそうで何よりだ。
「悪いなメメ。世話になるよ」
「ひ……っ! う、うん」
顔を隠していても俺のことはまだ苦手みたいだな。
まあいいか。最初に比べたら距離が縮まっただろう。





